悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される

ぷにちゃん/ビーズログ文庫

ためし読み

「そこまでですよ、ハルトナイツ王子。彼女よりも、貴方の言葉の方がよほど酷いではありませんか。――ねぇ、ティアラローズ嬢?」


 耳に届く甘く優しい声は、ゲームの展開にないものだった。しかしそれは――不安だったティアラローズの心を潤してくれた。

 声の主を振り向くと、その人はティアラローズを安心させるように微笑んだ。

「大丈夫。胸を張って誇りを持つ貴女は、この場にいる誰よりも正しく美しい」

「……アクアスティード殿下!」

 彼の言葉を聞き、自然とティアラローズの震えが収まる。胸をきゅんと締め付けられるような感覚に襲われる。

 ――国外追放を言い渡された瞬間に助けにきてくれるなんて、まるで物語の王子様だ。

 ……でも。どうして、ここにいるのだろうか。

 どきどきと、鼓動が加速していく。

 彼がこの世界に存在することは、ティアラローズとして生きてきたから把握していた。同じクラスだった。

 ダークブルーの髪を揺らしながら、アクアスティードは彼女の横を通り過ぎ、ハルトナイツの前に立つ。

 真っすぐ前を見据える金色の瞳は、まるでアクアスティードがハルトナイツを断罪していると錯覚するほど。

 グレーに、黒のラインが入った礼服を着こなした優雅な立ち姿は、まるで支配者だ。

「……アクアスティード王子。これは、俺たちの問題だ」

「いいえ」

 ハルトナイツはこの展開に一瞬戸惑うも、アクアスティードへ暗に下がれと命じている。しかし、それは即座に否定の言葉で応じられる。

 アクアスティードとハルトナイツの間に、いったい何があるというのか。

 一緒にいたほかの攻略対象者たちも、隣国の王太子の出現を見て後ろへ下がった。

 どうしよう。と、ティアラローズが少し不安に思ったところでアクアスティードが振り向いた。

「婚約を破棄されたのですよね」

  一連の流れからも、ゲームのシナリオからもそれは間違いない。ティアラローズはその言葉にこくりと頷いた。

 そして彼の口からティアラローズの名が紡がれる。


「ティアラローズ嬢、私の妃になっていただけませんか?」


「…………え?」

「私はずっと、貴女を手に入れたくて仕方がなかった」

 アクアスティードの言葉に、会場はざわめくことを忘れ……まるで音のない宇宙にでもいるかのように、静まり返った。

 それほどまでに、アクアスティードの求婚は衝撃的だった。

 ティアラローズも一瞬意味を理解することが出来ず、大きく目を見開いてしまう。

 まさか、このタイミングで求婚をする人がいるのだろうか。普通であれば、ありえない。たとえ想いを抱いていたとしても、順序というものがあるのだから。

 しかし、ティアラローズの心臓は大きく揺れ動いた。


 アクアスティード・マリンフォレスト。

 隣国であるマリンフォレスト王国の第一王子であり、王太子だ。ティアラローズと同じ年で、この王立ラピスラズリ学園に一年間だけ留学にきていた。


 このゲームの攻略対象者でこそないが――彼は、ゲーム続編のメインキャラクターであると、告知がされていた。

 そのキャラクターデザインを一目見て、アクアスティードのことが大好きになった。

 大国の王太子という立場に、優しい笑顔。けれどどこか腹黒らしさを読み取れて、たった一枚のイラストだったのに続編への期待は高まった。

 ただ、発売より先に生涯を終えたティアラローズには、彼の立ち位置を正確に把握することは出来ない。


 ――まさか、こんな形で実物と関われるなんて! ……そう、求婚。え、求婚?

 はっと我に返り、思わずあとずさる。ありえないほどに、ティアラローズの心臓は大きな音を立てていた。

 大好きだったキャラクターに求婚されるなんて、まさに夢のようだ。

 ――いや、実際に夢なんじゃないだろうか?

 あまりにも幸せすぎて、この現実が己の都合のいい夢ではないかと不安になってしまう。起きたら朝で、また乙女ゲームをする日常が待っている。……なんて、考えてしまうほどに。

「突然のことで、驚かせてしまったと思います。ですが、どうかお考えいただけませんか?」

「あ……っ」

 ハルトナイツに向けた厳しい瞳とは違い、甘さを含んだ微笑みを向けてアクアスティードはティアラローズの前に跪いた。

 王族が跪くなんてとんでもない! しかし止めようとするよりも早く、アクアスティードは動きを見せる。

 ティアラローズの手を取り、その甲へとそっと口づけた。

 その動作一つ一つに、いけないと思いつつもティアラローズの胸は早鐘のように音を刻み高まっていく。

 ティアラローズは、これまでハルトナイツからこのような扱いをされた経験がない。

 王太子の婚約者であったため、ほかの令息からアプローチを受けたこともない。

 つまり――……免疫がないのだ。

 どうしたらいいかわからずに、赤い顔をしたまま助けを求めるように父親へと視線を巡らせる。しかし父親は、娘の視線に大きく頷くだけだった。

 先ほどまでは、ハルトナイツに反撃しそうなほどだったのに……今では、大人しく観客の座に着いていた。

 ――どうしろっていうんですか、お父様!

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