流石我らのお嬢様

成神泰三

第1話

 お嬢様は我が儘だ、それは誰もが周知の事実である。だがその事を言及するものは誰もいない、なぜならその全ては私、空沼智紀にのみ降り注ぐ災難だからである。


「空沼、 散歩にいくわよ!」


 外出用の衣類に着替え、玄関からお嬢様は意気揚揚と私を呼んだ。しかし時刻は夜の八時、外に出るには遅すぎると言っても過言ではない。私はお嬢様のご命令に首を振り、時計を指さした。案の定お嬢様は頬をふくらませ、かなりご不満な様子を顕にする。


「むう〜空沼、私は散歩に出かけたいの、例えそれが夜中であろうと早朝であろうとよ。それとも、私の指図は受けないとでも言うの!?

 上等よ、減給処分にしてあげるわ!」


 減給、新入りの時はその言葉によく振り回されてきた。だが今の私は違う。私は反転すると急いであるお方に助力してもらう為に駆け出した。


 数分後、お嬢様は私がお連れしたあるお方に気づくと、顔が一瞬にして蒼白となった。これは私の期待どおり、奥様を連れてくるのは正解でした。


「ひぃ! お、お母様……………」


 お嬢様はズリズリと後ずさりをし、涙目になりながら奥様から逃げようとしている。対して奥様は終始笑顔、ただし、明らかに怒りを込めた笑顔を浮かべながらゆっくりお嬢様に近付いていくのです。まるで、狩人に見つかった小鹿のような光景でした。


「こんな時間に外出とは、いいご身分になったものですね。空沼さんだってまだお仕事が残っているでしょうに………ね?」


 奥様の問いに、私は全力で頷く。さすが奥様、私のような一介の使用人にも考慮してくださるとは、そこに尊敬の意を評さざるおえません。ただ、本当に奥様のお顔怖いのでこちらは向かなくても結構ですはい。


「ご、こめんなさいお母様………いつも空沼は忙しそうだから、たまには息抜きさせようと思って………」


 潤んだ瞳で上目使いを駆使し、奥様を見上げるお嬢様に、奥様は口を押さえた。奥様、騙されないでください奥様、これきっと嘘です。だって口元笑っていますもん。それにお嬢様と一緒じゃ結局息抜きになりませんしって聞いてますか奥様?


「な、なんと…………そのような考えを……母は、母は感涙が止まりません………」


 奥様はヨヨヨと気品漂わせながら涙を流し、そのまま自室に向けて歩き出してしまった。待ってください奥様、それでいいのですか奥様。今絶対お嬢様奥様のこと「こいつちょれえわ」とか思ってますよ。あ、お嬢様襟を掴まないで下さいシワになってしまいます。


「空沼、よくもお母様にチクったわね。ちょっとチビっちゃったじゃないの」


 ……………さすがお嬢様、少しチビっただけでは揺るがない自尊心、そして実行力。空沼と致しましてはそのお心を優しさに変えていただければいいのですが………。


「余計なお世話よ。そんなことよりさっさと出るわよ、今日は星が綺麗なんだから」



「空沼、少しこっちに来なさい」


 今日はお庭で椅子に腰掛け読書中のお嬢様、紅茶を届けて戻ろうとした私を呼び止めました。碌でもないようでなければいいのですが…………。


 お嬢様のお側に近づくと、お嬢様は読んでいた本を閉じ、どこからかチェス盤と駒を取り出した。なるほど対戦相手になれと言うわけですかお嬢様、しかし私、チェスをする暇すらないほど忙しいのです。お戯れは他の者としていただくと「手当出してあげるわ」やりましょうお嬢様。


 こうして私はお嬢様とチェスをすることになるのですが、私、結構チェス強いのです。しかしお嬢様に勝ってしまうとお嬢様は不機嫌になりかねません。そうなってしまえば手当も消されてしまう可能性があります。しかしだからといってわざとらしく負けてしまうと返ってお嬢様に見破られてしまいます。さて、どうしたものでしょう。


「ん、普通にチェスやっても面白くないし、負けた人は勝った人の言うことなんでも聞くってのはどう?」


 ほうほう、いいのですか? そんな自らハードルを上げてしまって、自分が負けることを考えずにホイホイ提案してしまいますと自らの首を絞めると言うものですよ?


「何? ビビってるの空沼? それでも男〜?」


 お嬢様を思って申し上げたのですが、そこまで言うのなら止めません。では、はじめると致しましょうか。


「決まりね、じゃあ先手後手決めるわよ」


 そう言うとお嬢様は細くて白い手で黒と白のポーンを摘み、背中の後ろで混ぜて私の前に白と黒のポーンを握って左右の手を突き出した。これはトスと言う方法で、今お嬢様の左右の手には黒か白のポーンのいずれかが入っており、私が左右の手のどちらかを選び、選んだ色のポーンが先手となっております。


 私が左手に指をさすと、お嬢様は左手を開いた。黒だ、私の駒は白なのでお嬢様が先手となりました。チェスは性質上先手のほうが有利なので、後手である私は引き分けを狙います。さあかかって来なさいお嬢様ってうわいきなり捨て駒しだしたこれキングス・ギャンビット狙ってる待って早い早いもうそこまで攻めちゃうクイーン取られたうわおじょうさまつよい………………。


「ふん、他愛もないわね」


 白のキングを指で弄りならがら勝者の余裕を私に見せつける。結果はお嬢様の大勝利、私はどんな無茶な命令も聞かなくては行けなくなってしまった。ああ、あの眩い笑顔で一体何をお考えなのだろう。きっと碌でもないことだ、人間パチンコとか言わなければいいが…………。


「決めたわ、空沼、私の肩を揉みなさい!」


 …………肩揉みですか?


「そうよ、本読んで肩がこってたの、だから早く揉みなさい。何、嫌なの?」


 ……さすがお嬢様、私の考えの斜め下を進むお方。まあ、流石に人間パチンコなんて言う人いませ「3秒以内に肩揉まないと人間パチンコの刑よ」やりますやります。


 突然ではありますが、お嬢様には妹様がいます。性格はお嬢様とは正反対で、優しく清楚で可愛らしい、それはもう小動物のように可愛らしい妹様なのです。


「か、空沼さん、あの……」


 はいはいどうか致しましたか妹様?ああ、パシャマ姿で指を絡ませながらモジモジしている妹様萌え、ヤバいですこの為に生きています。


「あの、今夜もよろしいですか?」


 勿論でございます妹様。私は妹様に手を引かれ、寝室まで着いていきます。勘違いしないでいただきたいのですが、決してイヤらしいことは致しません。例え大天使妹様があられもない姿でベットに横たわっていたとしても、私は決して手は出しません。ただ自らの目を潰してしまうかもしれません。


 余談はさておき、私は妹様のベットの上で正座をして準備万端です。もうお分かりでしょう、膝枕です。光栄なことに妹様は私の膝枕が大好きなのです。


「ん………んぅ」


 妹様が私の膝の上に頭を乗せ、気持ちよさそうに息を漏らしています。私が初めて妹様に膝枕をしたのは、今から三年前、妹様が小学六年の頃です。その日、妹様はお嬢様と一緒に心霊番組を視聴し、あまりの怖さにトイレすら一人で行けないほど怯えておりました。その日の夜、ベットでタオルケットを頭から被って泣きじゃくる妹様を発見し、落ち着かせる為に膝枕をしたのが始まりです。それ以降、妹様が熟睡なさるまで、私は膝枕をしております。時折髪を撫でてあげると、気持ちよさそうに笑うのでgoodです。どうです?可愛らしいでしょう?


 翌日の夜、いつもの様に妹様を膝枕で寝かしつけ、妹様の寝室から出ると、なぜかお嬢様がスタンバッていました。いつもなら自室でテレビを見ている筈なのですが…………。


「か、空沼! ちょっと来なさい」


 嫌です。


「なっ、主人の言うことが聞けないの!?」


 私の営業時間は終了いたしました。もう着替えて風呂に入って歯を磨いて寝たいのです。


「うう〜、妹は良くて私はダメなの?」


 妹様は特別です。あのお方は誰かが支えなければ倒れてしまいそうなぐらい繊細なお方なのです。


「………」


 あ〜…………拗ねてしまいました。お嬢様が拗ねるとすごくめんどくさいです。あと特に意味のない暴力が私を襲います。お嬢様が幼い時は食べ物などでご機嫌取りが出来たのですが、今物でお嬢様を釣ろうとすると金塊を要求されます。私の給料が軽く吹き飛んでしまいます。


「………何よ、皆して妹ばっかり構って……」


 そんなことはありませんよ。少なくとも私はお二人とも同じだけお世話させていただいています。


「嘘、勤務時間過ぎても妹に構ってるじゃない」


 ……お嬢様、少しいいですか?


「嫌よ………ちょ、引っ張らないでよ! どこ行くのよ!!」


 お嬢様のお部屋です。


 ………はい、準備OKです。


「…………何してるの?」


 膝枕です。妹様には好評です。


「何それ、下らないわ」


 そうですか。なら帰ります。


「ま、待ちなさい! やっぱりそのままにしていなさい」


 …………どうですか、寝心地は?


「……悪くないわ、明日から妹の後に必ず私も膝枕しなさい」


 流石お嬢様、妹様に一番をお譲りになるとは。それでこそ私の主人でございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

流石我らのお嬢様 成神泰三 @41975

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ