農協おくりびと (80)練習場へ来てくれ
その翌日のこと。昼休みが終る頃、ちひろの携帯が鳴りはじめた。
(誰だろう、今頃?)不審な顔で、ちひろが携帯を覗き込む。
ちひろはまだ、ガラケーと呼ばれる古いタイプの携帯を使っている。
ガラケーは、ガラパゴス携帯の略。
スマートフォンが売り出される前の携帯電話を、そんな風に呼ぶ。
何故、古いタイプの携帯を、わざわざガラケーと呼ぶのか?。
日本の携帯が世界標準から隔離された環境で、独自の進化をとげてきたからだ。
ワンセグ・着うた・着メロ・電子マネー・お財布携帯・各種のゲームなどなど、
日本で当たり前のように普及してきたこれらの機能が、海外では、
まったくといっていいほど、普及していない。
世界標準から外れ、独自の進化をとげてきた日本の携帯を、他の島との接触をさけ、
独自の進化をとげたガラパゴス諸島の生物に例えて、命名された。
「いいかげんで、今風の新しいスマホに買い替えたらどうなの?」
ちひろの携帯を見るたびに、先輩がクスリと笑う。
ちひろにしてみれば、ガラケーに深いこだわりを持っているつもりはない。
ただ単に、買い替えるのが面倒なだけだ。
ゲームに没頭するわけでもない。ラインで友人たちと会話するつもりもない。
通話と簡単なメールさえ送れれば、ちひろには充分なのだ。
液晶画面に表示された番号に、まったく心当たりはない。
(初めて見る番号ですねぇ。君子危うきに近寄らず、とりあえず放っておきましょう)
ちひろがそのまま、携帯をポケットへ戻す。
しかし。ポケットに収めて数秒も経たないうち、ふたたび携帯が鳴り始める。
(しつこいわねぇ・・・あんたも)画面を見ると、先ほどと同じ番号だ。
(臭しと知りて、嗅ぐは馬鹿者。でも、立て続けに2度目となると意図を感じます。
熱意に負けて、出てあげましょうか)「ハイ。ちひろです」と、着信を押す。
「お。あきらめたか。よかった、出てくれて。昨日は悪かった。
酔いつぶれてすっかり世話になった。あんたの膝、案外、気持ちよかったぞ」
「あら、誰かと思ったら大酒のみの、もと高校球児のキュウリ屋さんですか。
それにしてもよく分かりましたねぇ、わたしの番号が」
「祐三さんが教えてくれた。そんなことより、今夜は暇か?」
「通夜の予定は入っておりません。たぶん、定時にあがれると思います」
「町はずれにゴルフの練習場が有る。知ってるか?」
「24時間営業しているという、コンビニみたいな練習場のことでしょ。
知ってるわよ。でも、それがどうしたの?」
「いまそこに居る。終わったら来てくれ。渡したいものがある」
「行けるのは5時過ぎですから、いまから4時間後になります。
それまでえんえんと練習場に居るのですか、あなたは」
「おう。今日の俺は暇を持て余しているからな。
仕事をさぼっているわけじゃないぞ。
2日酔いの状態だが、、朝の仕事はちゃんとした。
明日は市場が休みだ。市場が休みという事は、出荷も休みという事になる。
ということで俺はいまからたっぷり、ボールを打ち込むことになる」
「よほど好きなのね、ゴルフが」
「別に好きな訳じゃない。だが若いころは、プロゴルファーを目指した」
(若い頃って・・・あんたはまだ、たしか27歳のはず・・・
高校野球で投手をしていた話は知っているけど、プロのゴルファーを目指して
いたというのは、初耳です)
「そちらへ行くのに、なにか、注意すべきことが何か有りますか?」
「運動しやすい普段着で来てくれ。
あ、かかとの高いハイヒールはやめてくれ。
女から、高い目線で見下ろされるに、抵抗が有る。
自称176センチと言っているが、実は俺、170センチしかないんだ、
本当は・・・誰にも言うなよ。2人だけの秘密だ」
(81)へつづく
農協おくりびと 71話から80話 落合順平 @vkd58788
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。農協おくりびと 71話から80話の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます