Epilogue

 すでに日の出は過ぎていた。

「結局、あいつは来なかったな……」

 タオは暗い声で呟いた。

 三人は予定通り、小高い丘にいた。

 日の出と同時に時間稼ぎのつもりでゆっくり調律したが、エクスの姿はなく、レイナの顔は暗かった。

「いいんですか? 姉御。もう少し待っても……」

「いいえ、時間の無駄よ。私たちは立ち止っていられないの。今でもカオステラーに苦しむ人達がいるんだから」

 レイナは、『無理してでも進まなければならない、たとえ、仲間との別れがあったとしても』そう心に言い聞かせていた。

 彼女が先頭に三人が同じ方向に向くと、目の前に霧が集まりだした。

 その霧が大きな球体になると、中心から空洞が現れた。

 やがて、その空洞は人の大きさほどになると、広がりを止めて、霧の奥が輝き始めた。

 それを見たレイナは、霧の中へ歩き出した。

「どうせだったら、見送りにでも来りゃよかったのによ」

 タオはエクスの事が諦めきれず、後ろを振り向いて憎まれ口を叩いてしまった。

「仕方ないわ。彼の人生だもの。私たちがどうこう言える立場じゃないわ」

「そうですね……じゃあ、あの走ってくるやつはなんなんでしょうね?」

 シェインが嬉しそうに指差す先にはエクスの姿があった。

「あーすごい勢いで走ってくるな。あれ、絶対に見送りのテンションとかじゃないよな? どうする。お嬢。」

 タオも嬉しそうにレイナに話した。

「どうもこうもないわよ。散々心配掛けさせて…遅いって怒鳴りつけてやるんだから。それから、土下座させて……それから…………」

 最初は息巻いていたレイナも、やがて声が震えて、目が涙で滲んでいた。

「……それから……それから…………」

 憎まれ口を叩こうにも、言葉が出てこない彼女は、溢れる涙を堪え切れず、最後に泣きながら言った。

「……おかえりって、……言ってやるんだから…………」

 泣きじゃくるレイナを見て、もらい泣きしていたシェインはタオに向かって話した。

「そう言えば……前にも、こんな事がありましたよね」

「あぁ、丁度、あいつと初めて一緒になった、この場所でな」

「再出発ってやつですね」

「そうだな」


 エクスが合流して、四人になった調律の巫女ご一行は、再び霧の中へ入っていった。

 フッとエクスは後ろを振り向くと、今までいた想区が揺らいで見えた。

 そこから薄ら子供の声が聞こえてきた。

「ねぇ、あの向こうには何があるのかなぁ」

「じゃあ、行ってみようよ。あの向こうに」

 その声を聞いて、エクスは思い出していた。

 子供のころ、ジェイクとシンデレラと三人で遊んだ日々を。

 そして、ヒーローのジャックがあの時に言った言葉の意味が初めて分かった。

「ジャック。君の言った言葉が今、分かったよ」

 エクスはいつの間にか笑顔になっていた。

「あの向こうにはね……明日があるんだよ。希望の明日が。何が起きるか分からない明日が。良いことかも知れないし、悪いことかも知れない。とても辛く、耐えきれない事かも知れない……。それでも、僕は歩いて行く。どんな明日が来ようとも。一歩ずつゆっくりと歩いて行く。そして、僕の歩いた道が運命の書になる。それが、僕の運命だから」

 エクスは前を真っ直ぐ見つめていた。

 どこまでも遠く、その先の明日を見ているかのように。


 想区、それは古の伝承をもとに寓話や伝記の物語が語られる世界。

 そこは、己の運命が記された書に従い一生を過ごす世界。

 いつまでも変わらぬまま、永遠に繰り返す世界。

 ふたつの異端が生まれ、彼らが新たな物語を紡いだとしても、この永遠に繰り返す時間の中では、ほんの一瞬の出来事なのかもしれない。

 だが、ほんの一瞬の出来事だったとしても、その瞬間は間違いなく、眩い光が放たれていることだろう。

 なぜなら、その光こそ自身の運命を切り開いこうとする者たちが放つ、力強い光なのだから…………

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グリムノーツ ~ 永遠の歯車 ~ さかさまのねいろ @eeyore

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