Episode 4 別れ

 翌日、エクスは宰相に話しジェイクと面会の許可をもらった。

 容体は回復しているが、すぐには会えないとのこと。

 彼は一国の王であり、まずはこの国の政をやらばければならない立場にある。

 結局、彼と会えたのは日が傾き始めた頃だった。

 彼は今、城門付近の石畳脇にある訓練場にいる。

 いつも兵士が訓練しているのだが、昨日の戦いの影響なのか、今日は一人もいない。

 ジェイクは黙々と剣を振り続けていた。

「ジェイク……」

 エクスは近づき声をかけた。

「エクスか」

 ジェイクは親友の声を聞き、振り返った。

「昨日は助かったぞ。お陰でレジスタンスを倒すことが出来た。礼を言う」

 そう言いながら、ジェイクは剣を鞘に収め、笑顔を見せた。

「もう体は大丈夫なんだね。よかった」

「あぁ、心配かけたな。もう大丈夫だ」

 エクスの顔は暗かった。ジェイクに事の真相を聞きだそうとしたが、なかなか言い出せずにいたからだ。

「どうした。しけた顔をして。何があった?お前の頼みなら何でも聞いてやるぞ。今じゃお前はこの国の英雄……」

「ジェイク……」

 エクスは話を遮り、意を決して彼に問いただした。

「君はいつから王様になったの?」

 ジェイクは予想外の問いに狼狽えた。

 答えも曖昧でハッキリしない。

「いつと言われてもなぁ……1年くらい前からだったか……王位を継承した時は…………」

「違う! とぼけないでくれ。君は農民のはずだ。何で王子なんかになってるんだ」

 エクスはハッキリと告げた。

 ジェイクの顔がみるみる曇っていった。目を落とし俯いて、ボソッと呟いた。

「やはり、覚えていたんだな。どうして今頃になって言ってきた。」

「カオステラーの気配が消えないんだ。昨日レジスタンスを倒したのに。それで、昨日の場所にもう一度行ってみた。そしたら、もう新しいレジスタンスが生まれてたよ。あれは、君が生み出したものなんだろ?」

 ジェイクは驚いていた。エクスが既にそこまで知っていたことを。

「お前、なぜそれを」

「シンデレラが心配して相談してきたんだ。何かに恐れているって。君は本当の事をみんなに知られるのが怖くて心のどこかで怯えていた。それが妄想になり、幻覚を生み出した。それだけでは収まらず、誰かが自分の素性を暴露するんじゃないかって疑い始めた。その疑いは君の素性を知る人々へと向けられた。何とかして、彼らの口を封じなければ。そう思ったら、その人達がレジスタンスのリーダーになった。これで、大手を振って口を封じることが出来る。なにせレジスタンス討伐という名目が出来たのだから」

 エクスは続けた。

「結局、口封じに成功したけど、君の疑いはまだ晴れない。他の人に移っただけだ。そうやって永遠と疑い続けいく。だからレジスタンスがいなくならない。きっとこの世界の人たちがいなくなるまで、それは続く」

 ジェイクは俯き、ただ黙っていた。

「ジェイク、君は気づいていたんじゃないの?僕と再会してカオステラーの話を聞いた時、それが自分の事なんだって」

 しばらく、二人の間に沈黙があった。

「あぁ、何となくな。何でも思い通りになるなんておかしいって思ってたよ。」

 重く暗い口調でジェイクは返事をした。

「それだったら……これ以上こんなこと続けてたって、意味無いよ。分かってるんでしょう? このまま放っておけば、いつかこの世界が破滅するってことを」

「あぁ……」

「だったら、なんで!」

「お前には分からないだろうよ!」

 ジェイクは大声で言い返した。

「俺は農民だった。一生それでもいいと思ってた。だが、大人になって、あの一本杉のマークを見た時、お前の事を思い出しちまったんだ。そしたら、急に自分のやってることが馬鹿らしくなちまった。だってそうだろう? あの王子なんか、何もしないで大きな城に住み、優雅な生活で、仕舞には美人と舞踏会で毎日楽しく暮らしている。羨ましいと思わないか?」

「それは違うよ。王子様が羨ましいっていうけど、彼だって小さいころから努力しているんだと思う。僕は、いろいろな想区を見てきたから分かるけど、みんなそれなりに苦労はしているんだよ。あの王子様だって、僕たちが野山を駆け回って遊んでいるころ、お城の中で教養や知識、武術に学問を勉強をしていたんじゃないかな。きっと僕たちを羨ましがって見てたかもしれない。でも、彼は分かっていた。それが将来立派な王子様になるため必要なことなんだって」

 エクスは今まで見て聞いたことをシンデレラの王子様になぞった。

 しかし、ジェイクは認めようとしなかった。

「ハッ、それがどうした。お前だって、何も書いていない運命なのだろう。自由に生きることが出来じゃないか。だが、俺はどうだ。どんなにがんばったって、農民という運命から逃れられることはできない。どんな生活をしようが、どんな努力をしようが、結局、最後はあの運命の書に記されている通りになる。そんな決められた運命の何が面白い! 親父も爺さんも、曾爺さんも、ずっと農民だ。何故いつも同じなんだ。他の奴らだって、誰一人自分の役割を疑問にさえ思わない。この役割がお前の言うストーリーテラーの決めた事なら、俺達はそれだけのために用意された、永遠の歯車なんだよ!」

 ジェイクはいつの間にか立ち上がり、エクスに訴えていた。

「お前の所為せいだ。俺がこんなのになっちまったのは。お前と出会わなければ、今頃俺は幸せに農民をやっていた。そんなお前が俺を責められるのか? 人の運命を勝手に変えておいて!」

 エクスは何も言えなかった。

 自分の存在が親友の運命を狂わせてしまった、その事が堪らなく苦しかった。

「悪いが、ここはもう俺の世界だ。好きにさせてもらう」

 ジェイクはそう言うと石畳に向かって歩いていった。


「そうやって、自分勝手にして、あなたはいいでしょうね」

 そこには、ジェイクをはばかるようにレイナが立っていた。

 彼女の後ろには、タオとシェインもいる。

 三人はエクスの事が心配で様子を見に来ていたのだ。

「でも……その所為せいで、想区を失った人達の気持ちがあなたにはわかる? 平和に暮らしていた日常が、次の日には全て失われている。家族や友達がバラバラになり、一人ぼっちになった人の気持ちがあなたにはわかるの?」

 レイナは唇を噛み、涙を堪えながら、ジェイクを睨みつけた。

 他でもない彼女自身がカオステラーによって想区を失った本人なのである。

「私はカオステラーが憎い。私の故郷を壊したカオステラーが!」

 レイナはじりじりジェイクに近づき、さらに言葉を続けた。

「あなたのような身勝手な人の所為せいで、どれだけの人が苦しんでいると思っているの? いくらエクスの親友でも私はあなたを許せない!」

「ほぅ、許せなかったらどうする?」

 ジェイクは、腰に挿した剣の柄にゆっくり触れた。

 同じくレイナも、運命の書と栞を手にしていた。

「待って! 二人とも」

 一発触発の二人に、エクスは身を挺して止めに入った。

「ジェイク。君の言っていることも分かるよ。確かにストーリーテラーの作りだす世界には、不条理な生き方を虐げられている人もいる。無理やり戦わされ、最後には倒されてしまう者たち。詩の中でしか語られない、肉体を持つことが許されない存在。中には、英雄と謳われながら、最後には処刑されてしまう人もいた。 でも、その人達は決して腐ったり、投げ出すことはしなかった。それどころか、残りの人生を悔いの無いように、自分らしく精一杯生きていた。君のお父さんやお爺さんは、いつも嫌々生活していた思う? そんなこと無いよね。だって、君はいつも自慢してじゃないか。この野菜の美味そうだろ? 俺の親父が作ったんだぜって。ジェイク、君はそのことをきっと忘れていただけなんだよ」

 その時ジェイクは、父親が作った野菜を自慢していた頃の事を思い出していた。

 大きな手でジェイクの頭を撫でて、優しく笑っていた父親。

 いつも笑顔の絶えない母親。

 彼に事を優しく見守っていた祖父。

 そこには暖かい家庭があった。

 だが、次に思い出したのは、彼が呑んだくれた挙句、両親に手を挙げ、家を出てしまったことだった。

 それからは、生活が荒れ、気付けば王子になり、堕落した生活を経て王様になり、最後は両親をレジスタンスとして処刑してしまったことだった。

 いつに間にか、ジェイクの目には涙が溢れていた。

「俺は……何てことをしてしまったんだ」

 震える手で顔を覆い、泣き崩れてしまった。

「ジェイク……」

 エクスは彼に声をかけたかったが、言葉が出てこなかった。

 代わりにレイナが近づき、ジェイクを諭すように話し始めた。

「この想区の中で生きていく人たちにとっては、同じ生き方をすることが当たり前になっている。それは、あなたの言うように歯車のようなものかもしれない。でも、たとえ歯車だとしても、いつも同じ生活をしなければならないとは限らないわ。だって、そうでしょ? 運命の書には毎日の生活なんて書いてないんだから。農民として幸せに暮らしましたと書いてあれば、どんな生活を送っても幸せに暮らしていければそれでいいの。ね?」

 ジェイクはただ頷くことしかできなかった。


 少しして、落ち着いたジェイクは事の成り行きをゆっくり話し始めた。

「俺はあの時、酒に酔って寝てしまった。気づくと王子になっていた。驚いたよ。夢にまで見た王子の生活だ。大きな城に住み、贅沢な生活をして、美女と踊り、全てが輝いて見えた。だが、次第に城の奴らは俺を馬鹿にしだした。堕落した王子ってな。やがて、それは町の奴らにも広がって、いつしか俺は馬鹿王子と呼ばれるようになった。悔しかったよ。だから、俺はあいつらを見返してやるつもりで、いろんな事を覚えた。教養、学問、芸術、武術。最初見下していた奴らも段々俺の事を認めてくれるようになってくれた。そして、俺は王になった。うれしかったよ。みんなが認めた王だ。だが……、そのころから、俺は幻覚を見るようになった。いきなり魔術師風な男が現れ、お前の素性をバラす奴がいる。そう言って、消えていった。度々現れるその男に俺は徐々におかしくなっていった。…………そして、両親や友人をこの手に掛けた」

 そう言うと、ジェイクは深く目を閉じた。

 それは、両親や友人に対するせめてもの懺悔の現れであった。

「城の奴や住民たちからやっと手に入れた信頼を裏切るわけにはいかなかった。俺は自分に嘘をついて、王として努力した。だが、どうやっても王として納得のいく姿にはなれなかった。何かが足りなかった。きっとそれが素質というやつなんだろうな。所詮、俺は王になりきれない、ただの農民だったってわけさ」

 そう言い終わると、穏やかな顔をして目を開けた。

「これが、すべてだ。さぁ、好きにしろ。カオステラーを倒さなければ、世界を元に戻せないのだろ?」

 エクスはジェイクの手を握り、やさしく声をかけた。

「そんなことないよ。今の君なら、きっと元に戻れるさ」

 本当に調律できるかなんて、エクスには分からなかった。

 だが、今のジェイクの姿を見たら、そんな気がしていた。

 レイナも、そこにいた人たち全てがそう思えた。

 フッと彼女が魔法の本を見ると、淡く光っていることに気付いた。

「箱庭の王国が呼んでる……もしかして、調律できるかもしれない」

 そう言うと、魔法の本を手に開いて見せた。

 エクスは笑顔でジェイクを見て言った。

「やったよ、ジェイク。これで元に戻れる!」

 嬉しさのあまりジェイクの手をとり上下に振ってしまった。そしてすぐにレイナの調律する姿を見届けるつもりで近寄って行った。

 レイナは調律するための詠唱を始めた。

「混沌の渦に呑まれし語り部よ。我の言の葉によりて、ここに調律を……」

 間もなく詠唱が終わる、その時だった。

 音もなく、ジェイクの近くで空気が揺れた。

 いつの間にか魔術師風の男が立っている。

「お、お前は……」

 ジェイクは驚いたように男の姿を見た。

 四人も彼の驚いた声で、その男の姿を目にした。

「これはこれは、『調律の巫女』様ご一行の方々。あなたたちはまだ、この不条理な世界を修復しようと努力されるおつもりですか?」

 男は静かに、しかし威圧さえ感じる声で言った。

「ロキ! あなたの仕業だったのね!」

 男に向けた第一声は、レイナの憎しみが籠った声だった。

 その声を無視するように、ロキと言われた男は、ジェイクに近づき、耳元で囁いた。

「哀れな農民よ。何をためらう必要がある。ここはお前の世界だ。お前が望んだ世界だ。今さら元に戻って何になる。邪魔なものは排除すればいい。お前の望む、あるがままの姿を!」

 それを聞いたジェイクは苦しみ、悶えていた。

「な、何をする……うっ……うぅ……」

 ロキはまるで呪文を唱えるように、ジェイクの耳に囁いていた。

「やめろー!!」

 それを見ていたエクスはジェイクを助けるために、ロキに斬りかかった。

 大きく振りかぶり、ロキめがけて渾身の力で剣を振り下ろす。

 不敵に笑うロキ。

 彼の前にエクスの剣が迫る。

 ガキン! 金属のぶつかり合う音が響いた。

 剣と剣が交わり、その奥には、傷一つ負っていないロキの姿。

 その横には、剣を抜きエクスと対峙する変わり果てたジェイクがいた。

「ロキ! 彼に何をしたの!」

 レイナがロキに向かって叫んだ。

「別に私は何もしていませんよ。ただ、彼の欲望をそのまま、露わにしてあげただけです。我慢はよくありませんからね」

 そう言うとロキはまた不敵に笑った。

「さて、私はこれでも忙しい身なので、これでお暇いたします。それでは、『調律の巫女』様ご一行の方々。ごきげんよう」

 そう言うと、ロキの周りの空気が揺れた。

「待ちなさい! ロキ!」

 レイナがそう言ったが、すでに彼は消えて居なくなっていた。


 エクスはまだ、ジェイクと対峙していた。

「ジェイク! 正気に戻るんだ。君はまた同じ過ちを……」

 そう言いかけた時、ジェイクが態勢を変え、エクスに上から強烈な一撃を加えた。

 寸でで、その一撃をかわしたエクスだが、地面に叩きつけた剣の衝撃で、横に飛ばされてしまった。

「大丈夫か。エクス!」

 後ろからタオの声が聞こえた。

 エクスを追っていたジェイクだったが、今度はタオを睨みつけた。

 その姿は少し前までのジェイクとはかけ離れていた。

 目は充血し、歯はむき出しになり、口からよだれを垂らしていた。

 腕や足、体中の筋肉が数倍も膨れ上がり、うめき声を上げている。

 それはまるで鬼の姿だった。


「ジェイク、目を覚ませ! ジェイク!」

 エクスの必死の呼びかけにも応えず、彼はタオを目標にゆっくり歩いていった。

「エクス! 無駄だ! もうこいつは、お前の知っている王様じゃない! こいつは……欲望に溺れたカオステラーだ!」

 そう言うと、タオは運命の書に栞を挟み、光に包まれながらジェイクに向かった。

 シェイン、レイナもそれに続く。

 三人がジェイクを取り囲み、連携で攻撃を繰り出している。

 しかし、ジェイクの人並み外れたその力とスピードで、かなり劣勢を強いられていた。

「チッ、化け物か、こいつは!」

 タオがぎりぎりのところで、切っ先をかわしていた。

「エクス、お願い。あなたも一緒に戦って!」

 レイナが悲鳴ともいえる声で叫んだ。

 だが、エクスは立ち上がれなかった。

 親友の変わり果てた姿に、そして、再び彼を苦しませてしまった罪悪感に苛まれ、どうすることも出来ずにいた。

 三人は必死になって戦った。

 しかし、それでもなお、ジェイクは強かった。

 力は均衡していたが、ジェイクの有り余る体力が三人の体力を徐々に削っていった。


 エクスは泣いていた。

 地面にこぶしを打ちつけ、俯き、泣いていた。

 自分の不甲斐なさに、泣いていた。

 そこに、後ろからそっとエクスの耳元で囁くシンデレラがいた。

 その瞬間、エクスはハッと我に返った。

 そして、運命の書を手に持ち、栞を挟むと、鬼神の如くジェイクに向かって走っていった。


 ジェイクの振り下ろす切っ先がレイナを狙う。

 レイナの間近まで迫る剣。

 避けることが出来ない一撃と分かると、目をつむってしまった。

「もう駄目」

 レイナの心の声が聞こえた、その時、目の前に立ちはだかる盾が彼女を守った。

「ごめん。遅くなって」

 エクスは申し訳なさそうに言ったが、彼女を守れたことに少し安堵していた。

 彼は両面ある栞のもう片面のヒーローの力を使った。

「ずいぶん待たせたな! エクス!」

「うん。ごめん。でも、もう大丈夫。僕は彼を救ってみせる!」

 タオとエクスがジェイクの両脇に入りこみ、盾と槍でけん制しながら攻撃する。

 シェインが矢の嵐で動きを封じ、レイナの魔法で四人の体力を回復していた。

 ジェイクの体力が奪われていく。

 互いに傷つき、もはや、お互い立っているのがやっとだった。

 タオが盾でジェイクの攻撃を受け止め、その盾で彼を叩きつけると、よろけて後ずさりした。

 初めて見せた隙だった。

 エクスはその瞬間、シンデレラに掛けられた言葉を思い出していた。

「彼を……苦しみから救ってあげて。あなたにしか出来ないことなの。お願い」

 全てがスローモーションに見えた。

 エクスが駆け出し、息づく音や心臓が鼓動する音が聞こえる中、ジェイクが態勢を立て直そうとしている。

 それを見て、すぐさま栞を切り替え、ジャックの渾身の力を借り、真一文字の閃光を浴びさせる。

 エクスとジェイクが交差し、通り過ぎていく。

 二人が立ち止った後は、時が止まっているようだった。

 沈黙の間に、砂煙を上げ、崩れていくジェイク。

 放心状態のエクス。

 それを見守る仲間たち。


 やがて時は流れだし、エクスは我に返る。

「ジェイク!」

 剣を投げ捨て、彼のところに駆け寄り、抱きかかえる。

 そこには、親友のジェイクが横たえていた。

「今、回復するから待ってて。」

 そう言うと、エクスはレイナを探した。

 しかし、レイナは倒れて動ける様子ではなかった。

「誰か! ジェイクに手当てをして!」

 城内にエクスの声が響き渡る。

 しかし、抱きかかえたジェイクの姿をみて、すでに手遅れであることは誰もが分かっていた。

 それでも、なお、叫び続けるエクスに向かってジェイクは静かに言った。

「いいんだ。もう……いいんだ。俺は自分の姿を偽るために、たくさんの人を傷つけたきた。それはどんな理由があっても許されないことだ。そして、その罪をいつかは償わなきゃいけない。それが、今ってだけだ」

 ジェイクはエクスを諭すように、やさしく微笑んだ。

 そして、目をつむり、再び話し始めた。

「エクス。お前はお前しか出来ないことをやれ。せっかく真っ白な運命の書を持っているんだ。いろんな世界を見て、いろんなことを感じてこい。そして、俺みたいな奴がいたら、そいつを苦しみから救ってやってくれ……。頼んだぞ……。俺の……一番の……親友よ…………」

「わかった。わかったから、もうしゃべらないで」

 エクスは息絶え絶えのジェイクに何もしてあげらない自分が悲しかった。

 ただ、今は彼を抱きかかえることしか出来なかった。

 ジェイクは目を開けていたが、すでに何も見えていなかった。

 最後の力を使って、親友を探して、手を声のする方に向けた。

 空を切る手をエクスが両手で受け止め、しっかり握った。

 その握られた手の感触が分かると、ジェイクは安らかな顔をした。

「なぁ……エクス…………楽しかった……なぁ…………」

 それが彼の最後の言葉になった。

「ジェイク! ウソだろ! 君が死ぬなんて、僕は認めない。君は昔言ったよね! 今度俺が作った野菜で美味い料理食わせてやるって! だったら、今すぐ起きて、その料理を食べさせてよ。ねぇ、こんなところで寝てちゃだめだよ。ジェイク! こんなところで……目を開けてよ……ジェイク…………ジェイクーーー!!!」

 エクスは叫んだ。

 悲しみの限り叫んだ。


 抱えていたジェイクは淡く光りだし、その光が細かい粒になって舞っていく。

 その光は風に乗り、そして、ゆっくり消えていった。

 何も無くなった腕の中をエクスは涙を流し、見つめていた。

 その姿を誰も咎める者はいない。

 親友を亡くした彼には、それを受け止める時間が必要だった。


 辺りは夕暮れを過ぎ、城内に明かりが灯し始めた。

 ゆっくりと立ち上がるエクスは、力の無い声でレイナ達に問いかける。

「ねぇ、僕たちのやっていることは本当に正しいのかな。誰かを犠牲にしないと想区は救えないの? もし今まで僕たちと会った人たちが記憶を取り戻したら、また同じことの繰り返しじゃないか。死ななくても良い人たちが死んでいくんなんて、そんなの間違ってる。僕たちが人の運命を勝手に変える権利なんてないんだよ!」

 その声はだんだん憤りのようになり、もはや冷静な判断が出来なくなっていた。

「アラジンの彼だって僕たちと出会わなければ、死なずに済んだかもしれない。彼は僕たちが殺したんだ」

 エクスはアラジンの想区で知り合った主人公が刺されそうになったレイナを庇い亡くなってしまったことを思い出した。

「みんなを助けるために頑張ってきたのに、これじゃ……何の為にやってきたか分からない……僕はこれから……何を信じていけばいいんだ……どこへ向かって行けばいいんだ」

 そう言うと、エクスは俯き、町へ向かって歩きだした。

「おい、エクス……」

 タオは呼び止めようとしたが、それ以上言葉が出てこなかった。

 その時、エクスとまだコネクトしていたヒーローのジャックが、心の中で呼びかけてきた。

「エクス……あの向こうには、何があるのかなぁ……」

 エクスを心配してなのか、ジャックはただ、その言葉を残すとコネクトを自ら外して栞に戻っていった。

 だが、今のエクスには彼の言葉もその意味も届くことはない。

 彼は一瞬立ち止まり、俯いたままタオへ話し出した。

「少し考えたいんだ。これからの事……。もし、夜明けまでに僕があの丘に戻って来なかったら、その時は、そのまま三人で出発してほしい」

 静かにそう言うと、再び歩き出し、町の中へ消えていった。


 エクスはどこに行くあてもなく、ただ町の中を彷徨っていた。

 そして、農村地帯を歩き、気がつけば一軒の家の前に立っていた。

「ここは……」

 目の前の家を懐かしむように見つめている。

 知らず知らず、彼は自分の家に帰っていたのだ。

 しばらく、その家を眺めていた。

「やっぱり、ここにいたのね」

 振り向くと、そこにはシンデレラがいた。

手には籐で編んだ手籠を持って、優しく微笑んでいる。

「どうして、ここに……」

 エクスは驚いていた。

 この家は幼馴染の記憶があるシンデレラとジェイクしか知らないはずだった。

「さぁ、中に入りましょ」

 シンデレラは呆然とするエクスを置いて、家に入っていった。

 中を見渡すと、きれいに掃除がしてある。

「どうして、こんなにきれいなんだ」

 後から入って来たエクスは、きれいな部屋を見て、また驚いた。

「昨日、お城の人に言って、きれいにしてもらったの。きっと、ここに戻ってくると思ったから。」

「シンデレラ……君は……記憶が……」

 部屋の中を眺めていた彼女は、エクスに振り向きにっこりと笑った。

「えぇ。ハッキリ思い出したわ」

「シンデレラ……」

 エクスも思わず、笑顔になった。

「立ち話もあれね。そこに座って。今、お茶を淹れるから」

 そう言って、シンデレラは部屋の中央にあるテーブルに籠を置いた。

 その中から、ランタンを取り出し、明かりを灯すと、お茶の入ったガラス瓶を出して、二つのグラスに注いだ。

「お腹すいたでしょ?」

 そう言うと、カゴの中から布に包まれたサンドイッチを取り出してエクスに渡した。

「これ、私が作ったの。美味しい?」

「うん。すごく美味しいよ」

 二人はまるでピクニックをしているかのように、テーブルに並んだお茶とサンドイッチをつまみながら、楽しく話していた。


 夜も更けて、辺りが明るくなり始めたころ、エクスの顔が急に暗くなった。

 レイナ達と待ち合わせの時間が迫っていたのだ。

「これから……どうするの?」

 シンデレラは、エクスにやさしく問いかけた。

「わからない……。人のためと思ってやってきたはずなのに、人の運命を勝手に変えていた。僕が外の世界に出なければ、ジェイクもきっと死ななかった。僕に関わった人だって、きっと……。僕はもう、外の世界に出ない方がいいのかな?これ以上、誰かが苦しむのを見たくない」

「ねぇ、エクス。ジェイクはね。昨日の夜、私にこう話したの」

 シンデレラはそう言うと、目をつむり、ジェイクとの会話を思い出しながら話した。

『シンデレラ、聞いてくれ。自分は農民出身で、本当の王子じゃない。今まで隠してきたが、どうやら、それも限界らしい。もし、全てが明らかになった時、俺は俺で無くなってしまうかもしれない。これ以上、お前たちや住人を傷つけたくはない。俺が暴走したら、その時は、あいつの、エクスの剣で俺を殺してくれ。あいつなら、俺を苦しみから解放してくれる。そんな気がするんだ』

「ジェイク……」

 エクスは目に涙を浮かべて聞いていた。

「彼は自分のしたことを後悔していたんだと思う。償おうと思っても、その償い方が分からなかったのね。だから、せめて住民達だけでも良い暮らしをさせてあげたいと思って、頑張っていたのかもしれないわ」

 そう言って、シンデレラはエクスの手をとり、優しい目で見つめた。

「エクス、あなたは彼を苦しみから救ってあげたの。確かに、人の運命を知らずに変えてきたかも知れない。それでも、あなたと出会ったことで、迷いや苦しみから救われた人達もいるんじゃない? 空白の運命の書を持っているということは、あなたにしか出来ない事があるはずよ。…………お節介なくらい、人に親切なところ……とかね」

 そして、シンデレラは立ち上がった。

「それでも、ここに残るって言うのなら、私がずっと傍にいてあげる」

 そう言うと、彼女は恥ずかしそうに俯いてしまった。

「シンデレラ……」

 エクスはそんな彼女の姿が心底かわいいと思ってしまった。

 エクスに見つめられたシンデレラはどぎまぎしながら、照れ隠しにボソッと呟いた。

「あ……でも、エクスから見たら、私、もうおばさんだし……嫌よね……そんな事、言われても…………」

「そんなことないよ。シンデレラはいつだってかわいいし、僕の永遠のヒロインだよ」

 エクスはシンデレラに最高の笑顔を見せた。

 そして、真っ直ぐ彼女を見つめた。

「ありがとう。シンデレラからそんな事言われたら、本当にここに残りたくなっちゃうよ」

 エクスは俯いて、黙ってしまった。

「でも……」

 そう言うと、彼は顔を上げた。

 その顔には決意があらわれていた。

「僕は行くよ。ジェイクとも約束したんだ。僕にしか出来ないことをするって。苦しんでいる人を救ってやるんだって。だから、もう立ち止らない。何があっても歩き続けていく」

 その姿を見て、シンデレラは優しく微笑み、頷いた。


 空が赤く染まり始めていた。

 日の出は、もうすぐそこだ。

「がんばってね」

 シンデレラはエクスを見送るため、表に出た。

「うん。行ってきます」

 エクスはニコッと笑い、彼女を見つめた。

「早く行かないと、間に合わないわよ」

 シンデレラはエクスを促し、そして、彼は走って行った。

 途中、高く上げた手を振って、最後の別れをしてきた。

 シンデレラも彼の姿が見えなくなるまで、手を振り続けた。

 笑顔を見せていた彼女だが、いつの間にか、頬から一筋の涙がつたっていた。

「さようなら、初恋の人……どうか、お元気で…………」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る