Res.4
「また携帯見てるの?」
「……」
視線の先にいた浦波さんの姿に「最近良く会うな」と思いつつも、それを言葉にすることは出来なかった。
一日の授業も終わり、もう帰宅するだけなのだが、なんとなく家に帰るのが億劫だった僕は、未だ学内をうろついていた。
高校の校舎と違い、大学は圧倒的に広い。加えて、去年から増築しているらしく、まだ広くなる余地を残している。知らない箇所もまだ多くあり、一日歩き回れば日も暮れる。
「そんなに気になるエロサイトなわけ?」
「は? エロサイト?」
「あ、あんたが言ったんじゃん! 一昨日会った時、何見てるの? って聞いたら、良い感じのエロサイト見つけたーって!」
「……あぁ!」
言った気がする。しかし、脚フェチの件といい、特に興味のない人間の言う事を良く覚えているもんだ。僕なんて、自分が言った事すら忘れているというのに。
「良く覚えてるなぁ」
「私だって覚えたくて覚えてるんじゃないし」
言いながら、隣に腰を下ろす。ここ最近、やたらと隣に来る事が多いけど、彼女が言った『近づくな』という縛りはもう良いのだろうか。あと、あんまりスキンシップされると僕も理性を抑えられる自信がないのだけど。
高校生の時は『地味な奴だな』としか思っていなかったのに、大学生になってやたら垢抜けてきた。客観的に言えば、友達が欲しいという気持ちがそれほど強いのだと思う。
以前、彼女から近づかないように言われた時『それならサークルか部活動にでも入ってみたら?』と提案した事がある。けれど、彼女はあのワイワイした空気感や上下関係が苦手だと言っていた。彼女は彼女なりの言い分があるのだろうけど、彼女自身が他人に歩み寄らない事にはどうすることもできない。
「放課後に携帯でエロサイト見ながら過ごしてるだけなんて……不毛ね」
「やることないからね」
「サークルでも入れば? 文芸のサークルとかあったよ。奏介、小説とか読んだりするの好きでしょ?」
「読むけど、それって別にサークルやら部活やらに入ってまでする事じゃないし」
「良くわかんないけど、ああいうのって、皆で感想とか言い合うのが良いんでしょ?」
「感想なんて、作者の思惑とは別に、人それぞれ思う所を持ってるんだから。それこそ僕から見れば不毛だ」
「そうやって、自分の中で答えを出して自己完結しちゃってるから、一歩前に踏み出せないのよ」
「うらなみみみみみみみみみみどりさんだって、サークルも部活も入ってないじゃん?」
「私は、先週サークル入ったよ。あと、みが多いってば」
……は?
「……は?」
浦波さんの言葉を聞いて思わず頭に浮かんだ言葉がそのまま飛び出した。
「マジで?」
「まじで」
一瞬だけ、恥ずかしそうに視線を外す。
「……演劇のサークルなんだけど」
「……そっか」
……あれ? なんだろうこのモヤモヤは。僕としては、彼女がようやく踏み出した一歩を応援したい気持ちなのに。まるで、テストの日「まったく勉強してないわー」と言っていた友人が結構な高成績だった時のような、僕と一緒で進路が決まってないだろうと思っていた友人が、先の先の方までしっかりと見据えて進路を考えていた時のような。まぁ、友達いなかったから経験無いんですけど。
「あー、えーと。頑張って?」
「なんで疑問形なの?」
「なんでだと思う?」
「質問に質問で返さないでよ」
「すいません」
演劇……。およそ彼女らしくない選択に、未だ頭の整理が追いつかずにいた。僕の知る限り彼女はインドア派だ。進んで人前に出る演劇なんて、務まるのだろうか。……でも、これで、彼女にも親しい友人ができる、はず。元々、話し始めたら、空気を読んで会話が出来る人だ。今までは、その話し始めるまでのきっかけが掴めなかっただけで、サークルに入れば嫌が応にも会話をする機会は増える。そうやって、彼女も普通の人と変わらない生活を送っていく。
……あれ? なんだろう。
自分自身でもわからない感情が胸中に渦巻く。彼女に置いていかれたような。自分だけ前に進めない不安がモヤモヤと鎌首をもたげているような。
彼女の言葉を聞きながら、適当に相槌を打つ。脳内で平静を装う中で、ようやく会話の内容が脳に届く。
「……で、どうなの?」
目の前には珍しくたおやかな雰囲気の彼女。久しぶりにこんな姿を見た気がする。
「なにが?」
「だから、サークル。湊介も入りたいなら、先輩に頼んでみるけど」
「……」
あぁ、サークルに誘われていたのか。
瞬時に理解し、考える……だけど、答えはもう決まっていた。
「悪いけど、まだ入りたくないんだ」
彼女からの言葉に自分自身でも驚くくらい戸惑いは薄かった。感情が全く動かなかった訳ではない。当然、彼女からの言葉は嬉しかった。内心では少なからず喜んでいた。けれど、それで流されるように同じサークルに入ったらどうなるだろう。ヘタをすればまた高校時代の二の舞だ。彼女の人生は彼女の為にある。だから、それじゃダメだ。
「残念」
冷たく言い残す。
「……ごめん」
何て言えば良いんだろう。こういうのって。
「まぁ、気が向いたらまた、声をかけてよ。次会った時はリア充になってるから」
「なんだよリア充って」
「知らないの? 今ツイッター? とかで流行ってるんだよ。
「それって、充実してない場合はどうなんの……」
「さぁ?」
「はぁ、色んな所で
「学生の内からそうやって、使えるものと使えないものを仕分けしてるんだよ、社会も」
「何か社会って、もっと僕に興味持ってるのかと思ってた」
「甘いね。世の中数字で出来てるんだよ。成績で出来てるんだよ。背けたって無理矢理、現実の方を向かせるように出来てるんだよ。それが出来ても、社会は私達に興味を持ってくれるかどうかわからないんだよ。前に出てアピールをした人だけが生き残れるのがこの世界なんだ。私は大学に入って悟ったね」
「興味を持たせたモノ勝ちか……」
「そうだよ。私だって興味のある事はどんなに昔の話だって覚えてるよ」
「……そっか」
「うん」
「そっか」
「そうだよ」
[sage]
家に帰って、夕食を済ませた後、いつもより少し早めの風呂に入って、自室に篭る。バッテリーの切れかけた携帯電話を充電ケーブルに差込んだ。待っている間、積んでいる本の山の一番上にあった漫画を手に取り読み始める。好きな作者の新刊だったのだけれど、以前程物語にのめり込むことはなかった。これは多分、作者の腕が落ちたとかそういうのではなく、僕自身の考え方が変わったのだと思う。
一巻を読み終えて、続巻を何ページか捲ったところで、読むのを止めた。充電中の携帯電話を開いて、いつも見ているサイトの掲示板を開く。一番上に表示された新着の
『このサイトを、もっと……もっと盛り上げたい。その為に、猫又くん。力を貸して』
投稿はそこで終わっている。つまり、僕はこの返事を保留にしたまま。
その言葉にどんな目的があるのかは正直予想もつかない。純粋に、サイトを盛り上げたいのか、それとも何か裏があるのか。だけど、普段の文章から伝わる彼女の様子に、何か裏があるとも思えなかった。それに、仮に裏があったとしても、悪い方向に転ぶ事は無いだろうという根拠の無い楽観的な考えもあった。……違う。多分僕は、後悔しないんだと思う。例え、彼女に何か思惑があって、騙されたとしても、僕は後悔する事はない。
ただ気がかりな事といえば、やはりあのサイトを“盛り上げる意味について”だ。
現状、あのサイトは管理人も放置してしまい、僕たち二人の雑談掲示板となりはてている。しかも、小説の投稿をし合うというニッチな名目を持ったサイトだ。そんなサイトを盛り上げた所で、得は無いように思う。
また、サイトの盛り上げ方……恐らくは人を増やしたいのだと思う。その方法については何か、案はあるのだろうか。……まぁ、人を増やすのに失敗したところで影響は無い。元の、今のサイトの状態に戻るだけだ。
難しく方向につい考えすぎてしまうのは、悪い癖だ。きっと、どんな返事をするかはもう決まっているのに。僕の足りない根性が、エンターキーを押せないでいた。
布団に寝そべったままだった僕は起き上がる。そのまま布団の上で胡座をかいた姿勢で、携帯のキーを押し始めた。保留にしていた返事をする為に。
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