Thread‐Res.


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【2】こよ☆こよ◆shk5be33


猫又くん

本当に、ごめんなさい


結果的に、私はあなたを裏切ることになってしまいました

今更何を言っても、遅いと思います

私に対して、多分怒っている事もわかります

きっともう、ここを見てないと思うけど、これだけは伝えたかったです

あの日、私の我儘に付き合ってくれた猫くんの言葉が嬉しかった

私は、自分を偽ることでしか自分を表現出来ない人だから、甘えていたんだと思います


そこに付け込んで、猫くんを振り回して、たくさん迷惑をかけました


本当に、ごめんね


[2010/07/29 20:32]


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『謝罪』


 そう冠したスレッドには、久し振りに見る彼女の名前と言葉が綴られていた。

 新しい機種に変更したばかりの携帯でスクロールする。慣れないせいか、少しフォントが見づらかった。



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【1】こよ☆こよ◆shk5be33


サイトにいたはずの皆さま

あの日、私は皆さまの期待に応えられず、本当にすみませんでした


でも、これだけは信じてください

皆さまと活動した事、皆さまに伝えた言葉に嘘はございません

でも、あの時は、あの時からの私には、ここでの活動を続ける事がどうしても出来なかったです


結果的に皆さまの期待を裏切るような事をしてしまい、本当に、本当にすみませんでした


[2010/07/29 19:56]


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 スクロールした先に、また謝罪文が続いている。こちらは、いなくなったサイトの人たちに向けて書いたようだ。


 シナリオ研究会に入り、就職活動の時期も重なって、忙しさを理由に暫く掲示板を覗く機会は無かったけれど、今日になり、ふと思い出して掲示板を覗いてみた。


 一昨年……つまり最後に彼女と話した時と、似ているようで、どこか違う。お互いに、成長してしまったのだと思った。

 彼女がまだ見ているかは解らないけど、少し考えて返事を打つ。



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【3】猫又◆ab9b7ef1


お久しぶりです。

何を書けばいいのか解りませんが、心配しましたよ。僕を含めて、サイトに居た人達も。

だから、怒ってなんかいませんよ。

でも、迷惑をかけていると思っているのでしたら、迷惑料におっぱい画像をうpしてください。


[2010/09/04 23:52]


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 いや、こんな事を書きたいわけじゃない。本当は『何故あの時掲示板に突然来られなくなったのか?』とかもっと別の事を聞きたかった。でも、書けなかった。これは、互いに踏み込んではいけない。僕には僕の事情があるし、彼女には彼女の理由がある。全てを知ろうとするのは、愚者の行う事だ。それなのに……。


 返信は最初から諦めている。来るとも思っていなかったけれど、彼女からの返信は意外にも早くに来た。



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【4】こよ☆こよ◆shk5be33


やだよ、えっち


[2010/09/05 19:56]


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 割と辛辣な言葉だった。でも、最初に見た時、何故かふいに嬉しさが込み上げた。



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【5】猫又◆ab9b7ef1


ダメですか。結構妥協したつもりだったんですけど。


[2010/09/05 21:41]


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【6】こよ☆こよ◆shk5be33


女の子のおっぱい見るのは妥協じゃないでしょ

本懐でしょ


[2010/09/05 22:32]


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【7】こよ☆こよ◆shk5be33


あぁ、もう

すごく緊張して損したよ


久しぶり


[2010/09/05 22:48]


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 小さな画面を通してみる彼女の言葉は、新鮮だった。きっと、格子状に配列した副画素サブピクセルの中でも、彼女の存在はあの日から何も変わらず、時間の止まったような空間が、僕ら二人のやり取りを焼き付ける。


 でも、行間を読んでふいに察してしまった。この時間が永遠に続くものではないと。


 変わらない物は一つもない。確かな事は何一つないのに。多分僕はそれが一番欲しかった。


 文字盤を打つ手が止まる。打っていた文章を全部消して、また一つ一つの文字を打つ。投稿ボタンを押した。



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【8】猫又◆ab9b7ef1


今度こそ、さよなら、なんですか?


[2010/09/05 22:52]


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 彼女の答えは、決まっている。



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【9】こよ☆こよ◆shk5be33


うん


私は、私の生きる現実で、今度こそやりたい事をしなくちゃいけないから


[2010/09/05 23:13]


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【10】こよ☆こよ◆shk5be33


だから、嫌だけど

本当は悲しいけど


これで本当の本当に最後


ごめん……はもうしつこいか

じゃあ、今までわがままに付き合ってくれてありがとう、猫又くん


[2010/09/05 23:27]


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【11】猫又◆ab9b7ef1


僕は、もっと話したい事があります。

まだ話し足りないんです。僕にはまだこの場所が必要です。僕には



[2010/09/05 23:39]


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『こよさんが必要なんです』


 文章の続きは、打てなかった。どうしようかと悩んでいる内に、最後の三文字を消さないまま投稿ボタンを押していた。


 間もなく、掲示板の上に新着の投稿文が上がった。



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【12】こよ☆こよ◆shk5be33


ほら、もう帰ろうよ

私は私の

猫くんは猫くんの、

あのくそったれで窮屈な世界へ


ただ唾を吐いて生きてるだけじゃシャクだからさ

ここにいた事が、

ここで話した事がいつか大きな財産になるように、

せめて精一杯の愛を込めて生きてやろう


うん、きっと、ここで上手くやれていた君なら大丈夫だよ

私だって、死ぬわけじゃない

ずっと、君と同じ世界で生きているんだから

だから、一緒に頑張ろうよ


[2010/09/05 23:56]


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【13】猫又◆ab9b7ef1


でも、


[2010/09/05 23:59]


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【14】猫又◆ab9b7ef1



[2010/09/05 0:24]


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【15】猫又◆ab9b7ef1


こよさん、いますか?


[2010/09/05 0:52]


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【16】猫又◆ab9b7ef1


こよさん?


[2010/09/06 09:23]


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 それっきり、彼女からの返事はなかった。


 三ヶ月後に、掲示板を再び覗いた時には、僕らの居た掲示板は、ネットワーク上にはもう存在しない事になっていた。


 [age]


 全く身の入らなかった就職活動は、ほとんどがダメだった。

 やる気というのは、どうやら相手にもちゃんと伝わっているらしい。


 そんな中、シナリオ研究会に所属していた当時の先輩に泣きつき、深夜ドラマの脚本を書く仕事を紹介してもらった。

 金銭面に少し不満はあれど、ノルマさえしっかりこなせば、文句を言われる事はあまりないので、何とか続ける事が出来た。

 余談だが、浦波さんには一週間で辞めると思っていた、と言われて少し複雑な気分になった。


 忙しさに忙殺される中、ある日脚本を書いていた時、息抜きに見た出演者リストの中で一人の女優が目に留まった。


一文字いちもんじ 小和こより


 有名な女優の娘で、今売り出している若手らしく、年齢は僕より二つ下だというのに、芸歴は長い。本名は“朝霧あさぎ きさら”というらしい。


 俳優の間では、本名とは別に男優名、女優名を付けるのは珍しくない。脚本家である僕も、昔のハンドルネームをそのまま使って“猫又”という名義を使っている。


 ただ、有名な女優の娘であるにも関わらず、それを活かさずに、全く関係のない別の名前を使っている事に違和感があった。


 気になり、ネットで調べてみたけれど、情報は出ない。諦めて、作業に戻ろうとした時、浦波さんの事を思い出した。彼女は今、大学時代に行った演劇の魅力に目覚めて以来、仕事の傍ら、舞台役者をしている。


 早速、電話で聞いてみたが、浦波さんからの返事も僕と同じだった。


 確かに、役者の繋がりと言っても広い。それに、舞台とドラマとでは接点もあまりなく、一々噂など入ってこないだろう。


「がんばれよ」と声をかけて、電話を切ろうとした時、彼女が『あ、ちょっと待って』と待ったをかけた。


 どうやら、彼女は居酒屋に居るらしい。その時、たまたま一緒に飲んでいる役者仲間がその女優……“一文字 小和”の事を少し知っている、という事だった。


 役者仲間が聞いた話では、一文字という女優は、以前は子役として舞台で活動していたようだ。有名な女優の娘ということで可愛がられ、既にネームバリューはあったのだが、高校生になった頃ぐらいに、ある日いきなり芸名を変えた。

 その際、なぜ有名な母親の名前で活動しないのか聞いたところ“この芸名は、私の、大切な友達人の名前”と答えたらしい。


 更に、彼女は続ける。


『その友達はもうこの世にいないけど、私は私のやり方で、この名前を誰にも忘れられないように広めていきたい。どんな世界に居ても、この“一文字 小和”っていう名前が頭の中から離れてしまわないように』


 それだけ聞けば、大言壮語の野心家だ。業界の中にも、二人に一人はそんな人がいる。でも、彼女の場合は、野心というより、使命のように感じたとその役者仲間は言っていた。


「ありがとうございました」


 短くお礼を告げて、電話を切る。携帯電話を机の上に置いたまま、少し外の空気が吸いたくなって家を出た。


 季節は、秋から冬へ変わろうとしている。枯葉の落ちた遊歩道に、建ち並ぶ街頭の一本がチカチカと瞬いていた


 肌寒い風が頬を撫でる。風に煽られ、枯れた銀杏の葉が舗装されたアスファルトをなぞった。


 電話の内容を思い出しながら、僕は掲示板で話した“彼女”の事を思い出す。


 違和感を感じていた部分は、確かにあった。


 突然、彼女がキャラを模索し始めた事。

 掲示板の状況を聞いてきた事。

 掲示板を盛り上げたいと言ってきた事。


 彼女が、一文字 小和がもし“こよ☆こよ”さんだとして。

 本当の一文字 小和は実はあの日を境に既に亡くなっていたとして。

 親友である朝霧 きさらという少女が、亡き友人の代わりに彼女へ夢の続きを見せていたのだとしたら……。


 そして、すぐにその降ってわいたような考えを振り払う。

 馬鹿な話だ。ご都合主義だ。希望的観測だ。


 そんなの、じゃあ、朝霧 きさらという少女は、余りにも報われないじゃあないか。


 僕らが過ごしたあの2007年だけが確かに存在していて。

 くだらない事でふざけあって。

 何か良いなって空気があって。

 楽しくもない毎日だったけど、そこにだけは居場所があるような気がして。


 僕の、全てだった。


 彼女は……。彼女は、掲示板を離れた後、どんな気持ちで過ごしていたんだろうか。


 一度離れた掲示板に再び戻った時、誰も居なくなったあの場所を見て、一体何を感じたのだろうか。


 最後の書き込みを終えて、現実に戻った彼女は、いよいよあの場所に寄り添える事が出来ないと気づいて、それから……。


 遊歩道を振り返る。街灯の下で、誰にも知られずに泣いている彼女の姿が重なった気がした。


 ……向き直り、また歩き始める。

 寂しげな背中と寄り添うように追いかける影。ゆっくりと暗闇の中に溶けて混じり、そこには、いつもの道が無機質に並んで、寂しげに映るだけだった。



 了


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ネットワークゲイズ/アンセム 白井 滓太 @shiroi_kasuta

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