亡霊は魔王の娘に再び忠誠を誓う
勇者が復活する日の早朝。
まだ暗い時間に、ベラナベル様は我の元を訪れた。
「お主が負けるなどとは、万に一つも考えておらぬ。じゃが、念には念を入れて、奥の洞窟との道を断つ。再び出現させるには、マーナ協会の持つ瑠璃の御柱という石が必要となる。おそらくサラに用意があるはずじゃ」
「はい」
ベラナベル様は、実に魔王の娘らしい顔で今後の予定を話す。
「次にバルドスと会えるのは五日後じゃな。食事の心配はない。泉の水には魔力が籠っておる。生きるだけなら、それで十分じゃ。生きるだけなら、な」
また料理を作れ、そのために生きて戻れ。元より、そのつもりである。
「バルドス」
年相応の女の顔で、ベラナベル様は我を見上げた。
「わたしはこの場所から絶対に逃げない。逃げたところで、わたし一人じゃ皆を守り切れないから。運よく勇者の手から逃げ伸びても、他の人間や、魔物や、亜人に出合ってしまえばどうしようもない。指名手配もされてるし」
ベラナベル様の言葉に迷いはない。もう、覚悟は決められたようだ。
「もし万が一、バルドスになにかあって、勇者がこの場所に辿り着いたなら。わたしは、この首を差し出すつもり」
「ベラナベル様、それは――」
「ただでじゃないよ。勇者と取引きする。子供たちを見逃してくれるなら、降参する、って。タイムリミットは五日しかないんだ。勇者だって時間はかけたくないはず。あっちとしても悪い話じゃない」
再び、ベラナベル様は魔王の娘に戻る。
「なんせ、わらわは魔王の娘じゃからな。まともに相手をすれば、勇者といえど骨が折れるじゃろうて」
勇者は、否、我を除く全ての者は、ベラナベル様の正体を知らない。ベラナベル様がそこらの魔物と同程度の実力であることを知らない。
ベラナベル様らしい、油断も隙もない作戦である。ただ一点だけ抜けているのも、ベラナベル様らしい。
「ベラナベル様は、それでよいのですか?」
ベラナベル様自身のこと。ベラナベル様は相も変わらず、自らの身を守ることを一切考えていない。
「『彼ら』が歩む未来を、共に見届けたくはないのですか?」
ベラナベル様と『彼ら』。どちらかを犠牲にしろというわけではない。だが、共に生き残る道は、どこにも残されていないのだろうか。
例えば、サラに応援を頼めば――
「それが嫌なら、バルドス。お主が勇者を食い止めることじゃな。そして、生きて戻ることじゃ」
ああ、そうか。簡単なことだ。
ベラナベル様に背負いきれないのなら、我が肩代わりすればよいのだ。
「お主が死ねば、わらわも間違いなく死ぬ。それだけは覚えておけ」
「御意」
「……そろそろ、夜明けじゃな。戻って、道を断たねばならぬ」
ベラナベル様は背を向けた。
「ベラナベル様」
「なんじゃ?」
「我は、ベラナベル様に出会えてよかった。忠誠を誓う相手があなたでよかったと、心から思います」
「遺言のつもりか? なら、聞く必要はないな」
ぺた、ぺた。しゃりん、しゃりん。
音は途中で一度、止まった。
「わたしも、バルドスと会えてよかった。そう思ってるよ」
今伝えなければ、永久に伝えられなくなるかもしれない。考えていることは同じらしい。
「また会いましょう。ベラナベル様」
「もちろん。約束だよ」
叶わない予感はあった。だが、時間は巻き戻らない。一度選んだ運命を変えることなどできないのだ。
構わない。少なくとも、ベラナベル様と共に過ごした時間に、後悔はない。
夜が明ける。
運命の5日間が、始まった。
(勇者死す。ゲーム本編に続く)
勇者死す。 SIDE:ベラナベル 井戸 @GrumpyKitten
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