亡霊は魔王の娘に晩餐を振る舞う

「いよいよ、明日ですか」

「そうだね」

 明日から五日間、勇者が蘇る。

 それに合わせ、昼の時間が五日続く。代わりに勇者の死後、夜の時間が五日続く。王女とやらが受けた啓示ではそうなっている。幸い、我に肉体はない。休める体を持たぬゆえ、睡眠も休息も必要ないのだ。

 もし神がいるとすれば、神は勇者を、人間を贔屓しているらしい。関係はない。勇者だろうが神だろうが、全力で斬り伏せるのみ。


 今はそんなどうでもいいことより、ベラナベル様だ。

「ベラナベル様のオーダーにお応えします。なんでも好きな料理をお申し付けください」

「……知らないよ。料理の名前なんて知らない。食べたいものは沢山あるのに、味は全部覚えてるのに、料理は、ずっとバルドスに任せっきりだったから」

 涙声が刺さる。我はベラナベル様を慰める言葉を知らぬ。いや。我が何を言おうと、ベラナベル様を苦しませるだけなのかもしれぬ。


「行かないでよ! 今までみたいに、わたしたちの為に料理してよ! わたしはもっと、バルドスの料理が食べたいよ」

 ベラナベル様は幼子のように泣き、駄々をこねる。小さな体躯に背負うには、その使命は、魔王の娘の肩書は、あまりにも重すぎる。残酷なことだ。


「必ずや、生きて戻ります」

 全盛期の勇者に我が挑むのは、客観的に見て無謀かもしれぬ。

 構わぬ。戦いは生きるか死ぬか。そこに僅かでも可能性があるのなら、命を賭す価値はある。


 だから、ベラナベル様。

 どうか泣くのをお止めください。



「一つだけ、あった」

 ベラナベル様は涙でくしゃくしゃになった美しい顔を上げた。

「バルドス。塩焼きが、食べたい」

 それは唯一、ベラナベル様しか知らない味だ。

「かしこまりました。ベラナベル様。以前のように、ここでお食べください」

「どうして?」

「冷める前に食べた方が美味しいので」

「そういえば、そうだったね」


 ベラナベル様はシンクでばしゃばしゃと顔を洗い、少女の顔を洗い流した。

「では、童たちをここに呼んでくるのじゃ。しばし待たれよ」

「御意」

 ベラナベル様は『彼ら』の元へ戻る。魔王の娘として。




「皿と箸は持ったか? 準備ができた者から順に並ぶのじゃ!」

「「「「はーい!」」」」

 長テーブルに十三人分の椅子が並べられている。『彼ら』は左右に6人ずつ。もちろん、ベラナベル様は誕生日席だ。

 行儀のよい真っ直ぐの列。先頭に立つのはベラナベル様だ。


「なんでベラ姉ちゃんが最初なの?」

「もちろん一番早かったからじゃ。わらわは魔王の娘じゃからな」

 本当ならば、ベラナベル様に焼きたてを食べて頂きたいところなのだが。こればかりはどうしようもない。

 ベラナベル様の皿に二尾、湯気の立つ塩焼きを乗せる。味付けは塩のみ。それが一番美味い。


「ありがとう、バルドス。皆もわらわに続くのじゃ!」

「はーい!」


 広い台所があって良かった。慣れているとはいえ、焦げぬよう加減しながら26尾もの魚を焼くのは骨が折れる。我に骨はないのだが。

 一人、また一人と童たちが魚を手に戻っていく。

 長かった列もいつの間にやら最後の一人。先日我らの家族になった新入りだ。

 他の皆は、ベラナベル様を含め、全員が揃うのを行儀よく待っている。


「あっ!」

 と、上がった声の傍で箸が落ちる音がした。

「これ、慌てるでない。心配せんでも料理は逃げぬぞ」

「ごめん、ベラ姉ちゃん」

「なに、謝ることはない。次は気を付けるのじゃぞ」

「うん!」

「バルドスに洗ってもらうとしよう。お主は新しい箸を取ってくるのじゃ」

「はーい」


 新入りの皿に魚を乗せながら、我は背中で会話を聞いている。

「ありがとう、おじさん」

 新入りは湯気の立つ皿を持ったまま、ちらちらとベラナベル様の様子を伺っている。

「早く行かねば、冷めてしまいますよ」

「う、うん!」


 妙にそわそわした新入りと、ベラナベル様がすれ違った。 

「悪いのう。お主の料理を前にすると、皆どうにも落ち着きがなくてな」

「いえ。子供は元気があってこそです」


 彼らがこうして明るく生きられるのも、全てはベラナベル様の努力の成果だ。

 ベラナベル様のこれまでを無駄にしないためにも、守りぬかねばならぬ。


 ベラナベル様の後ろで、テーブルの上に13番目の皿が置かれた。

「よし、全員揃ったな! 箸を忘れた者はおらぬな!」

 ベラナベル様は『彼ら』の母親として、姉として、魔王の娘として、全員の顔を見ながら席に戻られた。

 幼子のような体躯には、少しだけ大きな椅子に座る。

「では、いただきま――うん?」


 手を合わせたベラナベル様は、幼子のような瞳を瞬いた。

 ベラナベル様の皿から温かい湯気が昇っていたからだ。

 ベラナベル様を急かす新入りの皿は、一番最後に手にしたはずなのに、何故だか湯気は見えなかった。


「ベラ姉ちゃん、早くしないと冷めちゃうよ!」

「……そうだな。冷めては勿体ないな。いただきます」

「「「「いただきまーす!!」」」」

 ベラナベル様は嬉し涙を堪えて、どうにか魔王の娘としての面子を保っている。なんとも微笑ましい光景である。

 親も帰る場所も失った『彼ら』。身の丈に合わぬ肩書を着たベラナベル様。苦汁を飲み、辛酸を舐め続けた皆が、ようやく手にした日常なのだ。

 勇者なんぞに、壊されてたまるか。

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