第8話 VS『クラウ・ソラス』 開幕
ワイオミングは演習の結果を聞いて、得心した様子で自分専用の期待を見上げていた。今回の演習以降、おそらくは解体処分されるであろう自分の愛機に、最後にして最高の舞台が待っている。
(思えば、奇妙な縁だったな……欠点だらけのこの機体が、結局パイロットとしての私の、最も付き合いが長い相棒になるとは)
「申し訳ありません。我らは他の舞台を教導するアグレッサー部隊の一員だというのに、一勝も出来ませんでした」
「構わないさ。元々機体の技術格差も大きい勝負だったしね」
彼の言う通り、月では元々アストライアーが量産機種となる予定だったのだ。今回戦ったアストラエアは、改良点もあるがコストパフォーマンスをより優先した機種である。
アストライアーならば、アストラエア以上の弾幕を形成することなど容易い。問題はむしろ、それだけの武装を動かすための機構を内蔵した機体を、量産機種とすることが可能だと判明した月経済圏の技術力だ。
地球圏連合では、機体にそういった武装のための機構に見切りをつけたから、機体の基礎性能では大差がないフラガラッハをようやく量産機種として採用が出来たのだ。基本的な技術格差は、まだまだあると見るべきだろう。
「共通のユミルという敵がいる以上、彼らの技術力はむしろ歓迎すべきだと思うよ。彼らは今のところ、心強い味方なのだから」
(とはいえ、ユミルが居なくなった後まで地球圏連合と月経済圏の関係が小康状態を保っていられるかどうかは、むしろ地球圏連合の出方次第だと思うけどね)
お偉方が月経済圏の技術力を全面的に頼りにしないのは、要するにユミルが居なくなった後のことを考えてのことなのだろう。ただ、月経済圏やコロニー群が地球圏連合のことを
いわば自業自得である。弾圧を受けた者たちが反発するのは当然なのだが、為政者たちは飼い犬に手を噛まれる程度に考えているかもしれない。今までの政策を、地球の為政者は当然の権利と考えていたフシがある。
(ハインラインのマヌエル=マイクロフト……彼は別に支配者になるつもりはないようだ。彼が望んでいるのはきっと、月を始めとする宇宙移民たちの公正な権利なんだろう……)
考えれば考えるほど、地球圏連合の上層部のことが嫌いになっていく。その考えを打ち払うべく、彼は自身の愛機に搭乗することにした。
「さあ、お前と私の最期の戦いだ。最高の舞台に相応しく踊るとしようか」
セレーネの方も、クラウ・ソラスという機体との戦いを心待ちにしていた。
だが、実際のクラウ・ソラスの姿を見た彼女は、その異様な装備に柄にもなく動揺してしまった。
(あれは、剣と盾……地球圏連合の前世代機種が、改修されているとはいえ近接格闘戦専用の武装を携行しているだと……!?)
信じられない物を見た気がする。そういうセレーネ自身も近接格闘戦専用の武装を装備した機体に搭乗しているのだが。とはいえ、アルテミスの方は前身くまなく近接格闘戦を前提に設計がなされている(元々はセレーネの本体を改造した物なので、そういう風に触れ込んでいるだけの部分も含まれてはいるが)
だがあれは技術力が未熟な地球圏連合の機体と武器であって、しかも改修前のメインフレームであるファルシオンそのものは、決して近接格闘戦に向いた設計ではない。
どうしてそのような機体の改修機に、盾はまだしも近接格闘戦以外で機能するはずがない剣などを、わざわざ携行しているのだろうか。
「驚かれました? 実のところ、この機体を見て驚かない人を見たことがないんですよ。なにせ、このような奇異なコンセプトの機体ですからね」
「自分からいうのか」
「自分でも、自覚くらいはありますよ。この装備に一体何の意味があるのか、と面と向かって言われたこともそれなりにありますので」
「それで生き残っている上に、かなりの戦果もあげているのだから、実に皮肉なものだな」
「ええ、お互いに」
クラウ・ソラスのカラーリングは、銀色を基調として碧のラインを随所にあしらった、比較的目立つ彩りだった。
ちなみに、一般的な量産機種は大抵グレーを基調にしていて、あまり他の色のラインなどは入れられていない。せいぜい、所属を表すエンブレムなどが描かれている程度だ。
これは、地球圏連合も月経済圏やコロニー群も同様である。アルテミスやクラウ・ソラスの方が例外であって、基本的にギガステスは目立つ配色はさけて、グレーを基調とする風潮がある。
なぜ宇宙空間を主な戦場とする機体の配色が、グレーを基調としているのか。宇宙空間では熱の蓄積と、それを放出する手段が問題となるからである。大気などで熱の移動がおこる地球上とは違い、宇宙空間では基本的にそのままでは熱の移動がほとんど起きない。それゆえ、黒を基調とするのは完全に問題外とされている。黒は特に熱の蓄積が著しいからである。
かといって、白では宇宙空間では目立ち過ぎる。民間の戦闘を行わない機体はともかく、戦闘行為を視野に入れた機体で宇宙空間で目立つ色合いは避けたい。
そこで、折衷案としてグレーが基調の色として採用されることが多いのだ。
一応、地球上での戦闘も考慮されてのことでもある。地球では逆に、黒は夜間や物陰以外では目立つ。白は夜間や物陰では目立つ色合いだから、やはりそれらのことを考慮して、比較的どこでも極端には目立たないグレーがギガステスの基本色とされることが多い。
そのことを考慮すると、クラウ・ソラスのカラーリングはエース専用機という意味合い以外の理由で、あえて目立つ色を選んでいるのかもしれない。
例えば、他の僚機を狙われにくくするため、あえて目立つ色で囮を引き受ける戦法。現在確認されているユミルは、非常に機動力に秀でている反面近接格闘以外の攻撃手段を持たないため、近接格闘戦に秀でた機体が囮を引き受ければ、他の僚機は格段に対処がしやすくなる。
そうであれば、アルテミスと結果的には同じ戦法を行うための機体だ。
もっとも、クラウ・ソラスの場合はアルテミスとは違い、両腰部にファルシオンの物より大型化されたリニアマシンキャノンが装備されている。大型化されているとは言っても、ファルシオンが腕部に装備していた物との違いは弾倉部分が大型化しているのみであって、単純に装弾数だけを増やした代物なのだが。とはいえ、アルテミスと違って射撃戦闘が出来ないわけではないらしい。
弾倉部分が大型化されているのは、おそらく両手が近接戦闘用の武装で塞がっているからだろう。他に射撃武装を用意しなかったのか出来なかったのか。
なんとなく前者のような気がするが、とにかく両腰のマシンキャノンだけで射撃戦をしなければならないために、弾切れを起こしにくくされているのだろう。
(あの剣と盾の大きさや幅……元がファルシオンだからか?)
最大の特徴である剣と盾は、お世辞にも大型とは言い難い。強度を確保しつつファルシオンの関節構造で持てる重量に抑えなければならないという、整備班の涙ぐましい努力が伺える。
とはいえ、剣は人間でいうならレイピアのように主に決闘に用いられた刀剣類とは違って、流石にそれなりに幅がある直剣である。ある程度は斬撃も有効な攻撃手段としつつ重量を抑えるためか、若干刀身の長さが犠牲になっているようだ。(余談だが、レイピアは護身用や決闘用としての使用が主であり、戦場では使用されなかった。携行するには便利ではあるが、戦場で使うには細過ぎて強度に不安があったようである)
盾に関しては、重量をおさえるためか面積が小さい。流石にバックラーや手甲などよりは大きいが、胴体を覆うにも苦しい大きさである。ただし、盾の先端が鋭く尖っていて、攻撃手段としても機能するように造られている。
「こちらは、前時代のブロードソードをイメージした剣です。開発コードは機体名と同じでクラウ・ソラスなのですが、伝説の剣と同じ呼称なのはいささか名前負けしていると、実は前々から思っていました」
ちなみにブロードは幅広という意味なのだが、これはレイピアと比較してのことなので、ブロードソード自体は特に刀剣類全体の中で幅広というわけではない。
「で、盾の方は開発コードがラムシールド。船で船に体当たりをするさい使用されていた、
つまるところ、盾も近接格闘戦でより攻撃的に使えるように設計された代物だということだ。
「どちらもニッチな代物なので、開発から現在に至るまで特に目ぼしい機能は追加されませんでした。月経済圏の方は、こういう近接格闘武器にもそれなりの工夫がされているようですが……戦術思想の違いを考慮してもなお、技術力の違いも感じられますね」
地球圏連合の側は、軍隊規模での使用を前提として設計することが多い。そのため、一部の者以外が使おうとしなかったり使えない武器は、そもそも開発が進められない。一方、月経済圏は民間軍事会社などで各々が好みの武器を使うことも考えて設計している。それを可能とするだけの技術力もあるだけあって、地球圏連合に比べて多種多様な武器が開発されている傾向がある。
「なんで、武器の説明を自分からする?」
「だって、私は貴女の機体の武装は見せて貰いましたからね。機体スペックは送りましたが、格闘武器の詳細データは特になかったでしょう? できるだけフェアに戦いたかったので」
「そうか……」
つまり、大体は見た目で分かる範囲の武装であって、隠し機能の類はないらしい。嘘をつくような輩とは思えないので、それは信じていいだろう。
実のところセレーネは、クラウ・ソラスの近接武装があまりにシンプル過ぎる代物だったので、なにか隠し機能や仕込み武器があるのではないか、と勘ぐっていたのだ。
だがどうやら、地球圏連合では技術力の不足と圧倒的な使用者の少なさ、双方の理由からクラウ・ソラスの武装を現在に至るまで改修しなかったようだ。
(しかし、それで一定の戦果を叩き出すとは……元から侮るつもりはさらさらなかったが、搭乗者の力量がそれだけ優れているという証左だろうな)
「さて……それでは始めましょうか。演習を開始します。合図を」
ワイオミングが、演習の開始を告げる信号を出すよう要請を出した。セレーネも、それに合わせて身構える。
「……いくぞ!」
演習の開幕を告げる、始まりの音が響き渡る。それと同時に、両者が動き出した。
恐るべき近接格闘戦の技量を持つワイオミングとセレーネ、両者による今日一番の激闘が開幕する。
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