第6話 月と地球の次世代量産機種
セレーネからの提案で、模擬演習は先にアストラエアとフラガラッハの戦闘が行われることとなった。ワイオミングとの一騎打ちは、最後の楽しみとして最高の状態で行いたかった。
「その口ぶりからして、最近はその『クラウ・ソラス』には搭乗していないんだろう? ブランクもある上に整備不良がないかの確認などにも時間がかかるとなれば、先にアストラエアのお披露目をするべきだ。その間に、可能なら慣らし運転もしておけばいい」
「こちらとしても、そうしていただくのは有り難いのですね。ぜひ、そうさせて貰いましょう」
「代わりにその時間を使って、概算でいいからクラウ・ソラスの性能データを製作しておいて貰おう。ファルシオンとの性能比でいい。アルテミスの性能と武装は見たのだから、その程度は構わんだろう?」
「了解しました、それでは」
そういうと、ワイオミングはヘカテーを後にした。アルテミスと最高の状態で戦うための準備を整えるために。
しかし、数奇な運命だとワイオミングは思わざるを得ない。
彼の専用機である『クラウ・ソラス』は、当時彼が現役のギガステス乗りだった尉官時代に、ファルシオンをベースとして作製された物だ。
その当時のことを思い出すと、自分の若さが懐かしくなってくる。
なにせ彼は、当時はその『クラウ・ソラス』とそれにまつわる事柄を、決して
「……私は、ギガス
「貴様を、月経済圏の機体に乗せるわけにはいかんのだ……地球圏連合の次期エース候補が、自分から進んで月経済圏の機体の支給を要請して搭乗するなどと、月経済圏の機体に地球圏連合の機体が劣ると宣伝するような物だろう……
これはその代わりとしての、特別措置だ」
宣伝しなくとも、ファルシオンが実はそれほど性能面での優位性を持っていないということは、既に噂になっていることなのだが。しかも、それは単なる事実でしかない。
それでも、総合的な技術面で劣っている機体しか開発出来なかったという事実を噂止まりにするために、折衷案として提示してきたのが専用機の開発ということか。
実に情けない話だ。ワイオミングはその事を思わず口に出して言いそうになったが、それでギガスレックスが自分に支給されることはないだろうから、ここは黙っておくべきだという程度の理性は、かろうじて働いた。
その分、専用機についてはかなりの注文をしてやるつもりだった。そして、それは現実の物となり、整備士たちはその注文を叶えるためにかなりの苦労をすることになる。
今思うと、整備士たちには悪いことをしたとは思う。おかげで、当時は整備士たちにかなり無茶な要求をしたし、彼らからすればファルシオンを更に欠陥品へ改修する作業だったからだ。
だが、
おそらく、フラガラッハよりはクラウ・ソラスの方がアルテミス相手には相性が良いだろう。それほど無様な結果にはなるまい。
相棒の有終の美を飾るには、最高の舞台となる相手だ。ワイオミングは意識せず、微笑みを浮かべていた。
とはいえ、いくらワイオミングが副司令の立場といえど、模擬演習の予定を変更してクラウ・ソラスを動かすとなれば、それなりに下準備がいる。
どのように司令を説得すべきか、ワイオミングはあれこれ思案しながら司令へ演習内容の変更を具申したのだが。
「ああ、構わんよ。君の好きにしたまえ……それにしても、マヌエル殿は実に寛容だな。彼らしい」
「ありがとうございます、司令殿」
それで会話は終了した。ワイオミングは拍子抜けしたが、元々彼の模擬演習に関する具申を司令はあっさりと了承した。ただ、模擬戦相手にはハインラインを条件とし、マヌエルへ連絡したのも司令だった。それなりに親しい付き合いなのだろう。
(まさかフラガラッハの情報提供を行ったのも、司令なのか……? いや、むしろマヌエル=マイクロフトの影響力からすれば、地球圏連合内にすら複数の協力者がいると考える方が妥当か……?)
そこまで考えたものの、それでワイオミングやL1コロニー群駐留艦隊になにか不都合があるかといえば否だ。むしろ、地球圏連合から離れて存在するL1及びL2宙域については、地球圏連合の駐屯艦隊と月経済圏とは、繋がりがあったほうが都合がいいのだ。
地球圏連合から遠いということもあって、そもそも補給が
取り敢えず、演習内容の変更を部下たちに知らせる必要がある。今はそちらを優先すべきだろう。
アルテミスと自分が戦闘する模擬戦の追加と、そしてフラガラッハとの模擬戦相手がアストラエアに変更されたことを伝える。もしかすると、反発があるかもしれないと予測していたが、意外にもその件は部下たちもあっさり了承した。
「実のところ、アルテミスの性能に加えてあの操縦者の力量……傍から見ていてこそ分かることもあります。あれとフラガラッハで戦うのは、我々にはいささか荷が重いと思っておりましたので」
「とはいえ、アストラエアも決して楽な対戦相手とはいえないけどね……とはいえ、彼女がそのままパイロットを担当する以上、アルテミスほどあっさりと倒されることは、まずない」
「……なぜでありますか?」
部下からすれば、当然の疑問だった。射撃戦を含めた数値上の統合戦闘力においては、アストラエアはアルテミスとほぼ互角である。乗り手との相性があるにせよ、実は量産機種とフラグシップ機の性能差は圧倒的とは言い難い。
ただ、事実を知るワイオミングからすれば、アルテミスと比べてかなりのハンデマッチになるという認識が既にある。
「あの『鋼の女皇』セレーネにはね……致命的な弱点があるんだよ。彼女は実は射撃が大の苦手らしい。アルテミスが近接戦特化なのは、ハインラインの戦術的理由ではなく、純粋に本人が射撃戦を苦手にしているから、らしい」
「「……は?」」
「意外に思うよね。でも、本人もアルテミスの機体コンセプトについては、おおよそ時代錯誤だと語っていたにも関わらず、それに乗っているあたりおそらく事実だろう。とはいえ、アストラエアは我々が事前に知っていたアストライアーよりは、近接戦よりに調整された機体だ。本人も近接戦用の汎用武装くらいは携行するだろうから、あくまでアルテミスに乗っているときほどではない、というだけの話だよ」
そして、ワイオミングは一呼吸おいて続ける。
「それに正直、未だにギガステスに関する地球圏連合の技術力は、月経済圏に遠く及ばない。アルテミスが使った射撃武器は見たね? ハインラインのマヌエル殿は気軽に教えてくれたが、あれはガンズネイルというコードネームでね。なんでも金属表面から指向性爆発を発生させるという、地球圏連合にとっては実用段階ですらない技術を使っているらしい。それを、アストラエアも所持している。月経済圏では、それさえありふれた技術らしいからね……だからこそ、隠す必要も感じず教えてくれたんだろうし」
「「…………」」
皆が沈黙する。ガンズネイルという武装は、フラガラッハが両脚部に装備しているグレネードランチャーと同程度のサイズだった。であるにも関わらず、そのような技術が使われていたという事実は、実は大きな差異なのである。
フラガラッハの脚部にあるグレネードランチャーは、実は宇宙での高速戦闘ではあまり使う機会がない。近接戦闘か遮蔽物などの破壊に使う用途が主だ。
そのような時代遅れ気味の武装を採用しているのは、フラガラッハの生産性と整備性を低くしないために、枯れた技術を敢えて使っているのだ。他の固定武装は両腕のリニアマシンキャノンだけである。
このリニアマシンキャノンも、若干の改良はされているがファルシオンが開発された同時期に、合わせて開発された代物である。これも敢えて新規技術を導入しないことで、整備性や生産性を高めるための措置である。
両腰には様々な携行武装をマウント出来るようにされているが、それも要するに機体自体を複雑な設計にしないための措置なのだ。
一方、アストライアー及びその廉価版でもあるアストラエアの方は、固定武装からして全く事情が異なっている。
アストライアーに至っては、当初地球圏連合はこれを砲撃戦向けの機種だと思っていたほどだ。両脚のガンズネイルと、両肩側面および両腕のリニアマシンキャノンに、背部から両腰に固定されるリニアレールガンが固定武装として標準装備される仕様だったからである。
地球圏連合の技術力であれば、整備性や生産性に著しく問題を与えるほど複雑化するはずのその機構を、月経済圏では簡略化して難なく量産機種として成立させられる技術力を保有していたらしい。制式な量産機種として採用が見送られたのは、単にコストパフォーマンスに劣るという理由からだ。
そのコストパフォーマンスを改善するべく、アストラエアでは両腕のリニアマシンキャノンをガンズネイルへと変更。さらに背部から両腰へ固定されていたリニアレールガンを、砲身を短くして連射性と取り回しを向上させているらしい。代わりに射撃精度と威力が低下しているらしいが、使い勝手の向上と小型化によるコストの軽減を優先したようだ。
それでも、アストラエアでさえ固定武装の数と性能は、地球圏連合とは比較にならない。流石に純粋なコストはフラガラッハの方が若干低いものの、固定武装の数と性能差を考えれば、それはむしろ当然と言えるだろう。そこまで負けていたら、もはや比較するのもはばかられる。
ワイオミングは、皆を見て内心で安堵していた。
(月経済圏と地球圏連合のギガステスに関する技術格差……ようやく皆も受け入れ始めたか)
生まれ故郷の側を
だが、それに搭乗することを肝心のパイロットたちが
教導部隊の戦闘データは、駐屯艦隊のギガステスパイロットの指針として、皆が参照するのだ。この模擬演習は、きっと駐屯艦隊全体の空気を変えることになるだろう。
とはいえ、ワイオミング自身地球圏連合と月経済圏で、ここまでの技術格差があるとは思っていなかった。内心では若干ショックも受けている。
(ただまあ……現実は大抵、いつだって何かしら苦々しいものを突きつけてくるものだよねぇ……)
それを受け入れなければ、前には進めない。ワイオミングは皆にそれを突きつけるために、今回の模擬演習を計画したのだから。
マヌエルの側も情報提示に寛容なのは、より現実を直視しやすくするためなのだろうから。
そして両者の思惑通りに、模擬演習は進んでいくのだった。
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