第7話 次世代量産機種同士の戦い

 セレーネがアストラエアで戦うと聞いたとき、マリーはふと心配になった。

 とはいっても、セレーネの身体を心配したわけではない。対戦相手に対して手加減が出来ないのではないかとか、アストラエアの装甲を破損させるのではないかとか……そういう類の心配である。

「たしかに、アルテミスに比べるとアストラエアは近接格闘戦を積極的に行うようには出来てないからな。ただ、まあなんとかするさ」

 アストライアーからアストラエアへの変更点は、別に積極的にユミルに近付くことを推奨しての物ではない。接近を許してしまった場合の対応力の強化と、武装のダウングレードによるコストダウンが主目的である。

 当然ながら、アルテミスのように自分から相手に積極的に近付くようには設計されていない。

 それでも、セレーネはその場しのぎの言葉を並べたが、それを耳にした整備班のルイスからは厳しい指摘があった

「思いっきりフラガラッハの頭部を串刺しにした人にいえるセリフとは、到底思えませんね……実際、どうします? フラガラッハの機動性と運動性、特に機動性が予想より高いので、スティレット二丁だけで容易に制圧出来るとは、到底思えませんけど」

 それは確かにそうだった。フラガラッハは地球圏連合が固定武装に関しては完全に旧式だが、固定武装については技術的に成熟した物を使うと割り切って製造したらしく、その分本体のトータルバランスや機動面は決して低くはない。

 内部の基本構造、特に関節機構は月経済圏の方が未だに圧倒的に優位ではあるものの、それは主に地上での歩行速度や腕部で扱える重量などの差であって、宇宙空間での大半を占めるスタスターによる移動には、それほど影響しない。

 ついでにいえば、アストラエアの関節構造から繰り出される蹴りなどは、ギガステスやユミルに十分通用するのだが、実のところそれが逆に問題にもなっている。機体の全出力で殴ったり蹴ったりといったことをすると、装甲強度が足りずに装甲が歪む場合がある。一応、格闘戦で主に使う部位は優先的に強化してあるので、駆動系にまで影響が及ぶことは少ないのだが……

 つまるところ、アルテミスのように気軽に相手に格闘すると、相手のみならず自機の方も装甲の整備が必要になるわけだ。

「……本当に大丈夫なの、セレーネ?」

 マリーはギガステスの機構にはそれほど詳しいわけではない。ただ、アルテミスが実は本体重量だけなら、ハインラインで一番重いほど装甲が強化された機体で、格闘戦に関しては突出した機体であること程度は知っている。

 セレーネが、ため、アルテミスは格闘戦でよく使われる部位の装甲をかなり強化してある。

 装甲の形状まで考慮されており、格闘戦での威力強化まで考えて設計されているのだ。それらの装甲の強化による重量の増加が著しく、それをカバーするための大推力スラスターや推進剤の増量を含めて、結果的に固定武装を全て外した本体だけなら、むしろかなりの重量がある部類に入る。

 アルテミスが機動力で圧倒的なのは、要するに固定武装の大半が軽い近接戦仕様の物だけだからだ。装甲の材質などが一新されているアストライアーやアストラエアでさえ、固定武装の射撃武器の積載重量を考慮すると、全備重量では逆にアルテミスより重くなる。しかも、推進装置はアルテミスほどピーキーな操作性ではないが、それゆえに機動性も運動性も劣る。

「運動性はまだしも、機動性がアストラエアと大差ないのは、厳しいですよ。フラガラッハとは、固定武装の性能面では圧倒的に優位ですけど、その大半がセレーネさんだと使いこなせませんからね。アストラエアは、セレーネさん以外が乗るなら利点も多いですけど、セレーネさんの場合だと単に近接格闘戦に移行出来るまでの時間が飛躍的に伸びるだけ、ということになりますから」

 アルテミスとアストラエアでは、特に機動性で大きな差がある。直進加速度は全備重量比で二倍以上もあるのだ。一方で、旋回性能や姿勢制御などの運動性関連については、全備重量比で二割増しといった程度である。

 偏執的なまでに、相手に近づくため必要な性能だけを追求しているのだ。もっとも、アルテミスは近づいてからがようやく勝負の始まりなのだから、当たり前といえば当たり前だが。

 しかし、アストラエアはそうではない。ユミルに近づかれた場合を想定しているだけで、自分から接近することは重要視されていない。フラガラッハも同様なため、相手側の搭乗者がかなりの変わり者でもない限りは、接近するまでにかかる時間が相当伸びてしまう。それだけ、相手側に様々なことを仕掛ける猶予が生まれるということだ。

「しょうがないな。模擬戦用の戦い方をするよ。だから、マリーは心配しなくて大丈夫だ」

「本当……?」

「本当だよ。あんまり模擬戦用の戦い方はしたくはないんだが……アルテミス以外では、手段を選り好みして楽に勝てるほど相手の腕も甘くないしな」

 これは偽らざる本心だった。彼らはアグレッサー部隊に選ばれるだけあって、自分専用に調整されたギガステス以外では、対ユミル用の実戦的な戦闘スタイルを守ったまま戦うのは厳しい。

 模擬戦には、模擬戦向けの戦い方もある。相手もこちらのギガステスの性能に合わせて戦っているようだし、こちらだけ対ユミル向けの戦闘方法にこだわる理由もないだろう。




 地球圏連合のアグレッサー部隊アルファ小隊の二番手は、遠距離狙撃を得意とする女性パイロットだった。

(とはいえ……本来なら、むしろこっちから接近しなければ勝機がないはずだというのは、実に皮肉な話だな)

 本来の統合性能差を考慮すれば、自然とそうなる。アストラエアとフラガラッハ。両者の固定武装で共通の武装であるリニアマシンキャノンでさえ、型式が新しいアストラエアの方が装弾数や射撃精度に連射速度、その全てにおいて勝っている。

 リニアレールガンとグレネードランチャーなど、もはや比べるのもバカらしい。レールガンはグレネード弾と同等クラスの破壊力を持ちながら、扱う者の腕次第で遠距離狙撃すら可能であり、近距離でも取り回しは悪くない。それでいて、装弾数では圧倒的にレールガンの方が余裕がある。グレネードランチャーなど一桁の弾数しかないのだから、当たり前なのだが。

 つまり、固定武装の充実度に差があり過ぎて射撃戦は圧倒的にフラガラッハが不利なのである。一応腕や腰部に武装を携行出来るが、向こうとて腕部に携行武装を装備するわけだから、この差は腕が同等なら到底補いきれない。

 本来なら、のんきに射撃戦を展開していればフラガラッハ側が蜂の巣にされる。それほど携行火器の総合性能と運用可能な射程範囲に差があるのである。

 通常なら、勝機があるとすれば近接戦闘のみだ。近接戦闘なら機動力には極端な差は元からないし、中距離以遠の射撃戦以上に回避運動などを含めた、総合的な操縦技術の差の方が近接戦闘ではものを言う。

(相手が射撃戦で並以上の腕があるなら……だけど。本当に射撃戦は下手なようね。近接戦闘や回避マニューバでの神がかり的な操縦センスからすれば、到底信じられなかったんだけど……)

 向こうが撃つ弾は、こちらにかすりさえしない。武装の性能からすれば信じられないほど、射撃の精度が悪すぎる。事前の情報がなければ、わざとやっているのではないかと疑っていたほどだ。だが、

「しかし……何でこうまで私の動く方向が分かるの!?」

 確かに、弾そのものはこちらにあたる気配はない。ただ、弾の軌道から察するにこちらに弾を命中させることより、移動を牽制するために弾をこちらの移動先へ置くように撃っている。間違いなく、移動方向を読まれて撃たれている。

「こちらに接近するためだけに、移動する先を読んで動きを牽制するためだけの射撃をしてくるなんて!」

 色々と信じられない。そこまで出来るのに、なぜ弾をこちらに命中させられないのか。普通ならここまで移動先が読まれている以上、とっくに射撃が命中しているはずなのだが……

「ならば!」

 彼女は、下手に移動するのは止めた。どうせ、向こうはロクに射撃を命中させる腕がない。近接戦と呼べる距離までは、まだ十分に離れている。

 フラガラッハに携行させたリニアライフルを、狙撃モードへと移行させる。電磁加速装置式のライフルなどは、大抵は射撃精度重視の高加速モードと、連射速度重視のモードが存在する。火薬式の火器では実装しづらかった機能であるが、電磁加速方式なら比較的簡単に実装出来る機能なのだ。

 ほとんどの場合は連射速度重視のモードでも十分な射撃精度があるため、あまり使われることがない狙撃モードだが、相手との距離が離れている場合に専用の狙撃兵装がない場合などでは使い道がある。

(向こうに接近される前に、撃ち抜く……! 勝機はそれ以外にない!)

 幸い、機体を狙いがつくまでほぼ制止した状態にしても、相手に撃ち抜かれる心配はまずない。それでも、弾が飛んでくる以上はまぐれ当たりは十分にあり得るのだが。

 だからといって完全に移動パターンが読まれている上、射撃パターンまでほとんど読まれている。あの『鋼の女皇』の二つ名は伊達ではない……絶望的な射撃センス以外は。

 このままではいずれジリ貧になってしまう。なら、勝機がある方法に賭ける。そう決意して、機体に回避運動をあえて止める。

「当たれぇ……!!」

「……!」

 外した。それを理解した瞬間に、回避運動を再開する。流石にずっと移動を抑制していれば、向こうの弾が当たっても不思議はない。まだチャンスはある。

 そう思って、何度かトライしてみたが……

「チェックメイトだな……」

 当てられなかった。そして、近接戦へと持ち込まれてしまった。そうなれば、もはや向こうの独壇場でしかない。近接戦に関する戦闘技術が、あまりにも違いすぎた。

 しかし意外と悔いはない。出来るだけのことはしたという、実感があるからだろうか。

「しかし、あえて簡易狙撃を行うとは。いい状況判断と射撃センスをしている。戦場で足を止める度胸もある……本当にヒヤッとさせられたぞ」

 セレーネは皮肉でいったのではない。狙撃体制に移行したとき、違和感を感じていたが、それからほとんど間をおかず放たれる弾を回避するのは、なかなか難儀した。

「それはどうも」

 それが皮肉ではなく賛辞さんじだとかって、負けたというのに彼女の表情には、自然と笑みが浮かんでいたのだった。




 三人目のアルファ小隊のメンバーとの試合も、大体似たような状況だった。

 こちらの射撃が苦手なのを理解して、機体スペックだけ見れば悪手となる射撃戦を挑んでくる。回避行動もそれなりに洗練されていて、セレーネでも捉えるのには苦労した。

 射撃戦と格闘戦両方に精通しているパイロットらしく、近距離に移行したからといって容易には制圧出来なかったが、それだけだった。

「マリーに言われた通り、こちらにも向こうにも損害は出さなかったぞ」

「偉いわ、セレーネ!」

 マリーはそう言って褒めていたが、ルイスからすればなぜあれほど相手の行動パターンが読めた上で弾を撃って、それでも命中させられないのか。

(セレーネさんでも当てられる近中距離戦用の射撃武装……マヌエル様から開発要請が来ているけど、かなり特殊な構造じゃないと無理かも……)

 ルイスは、対ユミル用のアルテミスの新武装について、頭を悩ませるのだった。




 そして、ワイオミング専用機『クラウ・ソラス』との戦いの時が、近づいてきていた。

 届いた機体スペックを見て、セレーネは驚く。ルイスも内心では驚いていたが、彼女は技術屋として純粋にどのような改修を施したのかが気になっているらしい。セレーネの場合は、どのように戦うかの指標が欲しかったのだが。

 このデータからは、それは分かりそうになかった。

(ファルシオンベースの機体で、フラガラッハ並の機動力がある……? 装甲が全体的に低いようだが、単純に装甲を削っただけか……? そうとは到底思えないが)

 何か、機体スペック上では出てこないカラクリがあるようだ。セレーネとしては、今までで一番の強敵だろう相手に対して、到底退屈することはなさそうだと考えていたのだった。

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