第5話 VSフラガラッハ(次世代型量産機)後編
月経済圏が先導して開発した人型機動兵器は、ギガスから始まりギガスRへと発展を遂げた。名機と名高いギガス系列の中でも、ギガスR以降は未だに現役の機体として使用されているほどだ。
そのギガスの名前をとり、人類の対ユミル用人型機動兵器はギガスの複数形である『ギガステス』と呼称されるようになった。
その月経済圏のギガステスに対抗し、月経済圏の発言力の拡大を阻止せんがために開発されたのが、『ファルシオン』と呼ばれる地球圏連合謹製の機体だ。
これは、月経済圏が早々にライセンス契約で提供したギガスRの設計データを参考にしつつ、地球圏連合がその威信をかけて開発した結果の凡作である。
ファルシオンはギガスRを参考にしながら、そのフレーム構造を一新して新規に開発された。ギガスRは当時から既にフレーム構造の設計限界が指摘されており、新規にフレームを設計し直さなければ劇的な性能の向上は望めない、という判断からだった。その判断そのものは正しい。
間違っていたのは、地球圏連合のギガステスに関する技術が、月経済圏のそれに遠く及ばないという現実を無視して、地球圏連合独自の技術に固執したという点である。
その『ファルシオン』が完成した頃には、月経済圏は『ギガス
にも関わらず、ファルシオンがギガスレックスに勝っていたのは、重量が若干軽くなったことによる運動性と機動性の若干の向上、そして新規格の火器類が一部ギガスレックスには未対応だった、ということのみである。
なお、ギガスレックスはギガスRを既に保有している組織への配慮も考慮されており、改修用のパーツのみを新規購入すれば、ギガスRをギガスレックスへとアップグレードすることが出来たのだ。
さらにギガスレックスを新規購入する場合ですら、多少の性能差があることを含めても、コストパフォーマンスについてはギガスレックスの方が優れている始末だった。
だが、それだけならまだ良かった。それだけなら、性能のみを重視してファルシオンを採用する組織も、きっとあっただろう。
最たる問題は、若干性能面でのみ優位性がある『ファルシオン』の整備性の問題である。地球圏連合が威信をかけたファルシオンは、その性能を重視した新規構造が複雑化していることもあるが、部品自体も月経済圏の物と規格が一致しないパーツを多く採用している。
地球圏連合の息がかかった工場以外から、修理やスペア用の部品を入手することは不可能だったのだ。
結果、生産性と整備性が劣悪で地球圏連合以外の組織がファルシオンを採用することはなかった。
それどころか、実は地球圏連合内部ですら補給が滞るケースが出てしまうほどで、前線の兵士からはその改善の意見が相次いだ。
マヌエルの『凡作』という言葉は、実のところかなり穏便な物言いだった。
地球圏連合出身のはずのワイオミングでさえ、エース級のギガステス乗りだった当時、ファルシオンのことを「ポンコツ」や「駄作品」と言ってはばからず、自身の搭乗機をギガスレックスへ転換するよう再三願い出たほどである。
そのファルシオンを原型とし、にの
(
セレーネは、フラガラッハから撃たれるリニアアサルトライフルの連射を、アルテミスの四肢を動かすことによる慣性運動で回避しながら、そう述懐した。
ちなみに、現在は電磁加速技術が発達しているため、火薬を用いて弾頭を加速させる銃器は、ギガステスに使われることは稀になっている。宇宙空間では、火薬による加速では弾速が遅すぎるということもあるし、ギガステスが人間よりも巨大であるため、電磁加速装置を容易に携行できるということもある。
そういうわけで、リニアアサルトライフルそのものは、今やギガステスの主流の火器の一つだ。とはいえそう珍しくない火器だからといって、それを腕や脚を動かす慣性運動を主体にするだけで回避するような輩は、そうそういない。
フラガラッハのパイロットが動揺して、攻撃が多少単調になるのも無理からぬことだった。とはいえ、セレーネにはもはやこの程度の回避行動は常識のことである。だから、相手が動揺しているのが分からなかった。
(まあ、あのファルシオンからなら改善出来ない要素を探すほうが、むしろ難しいかもしれないがな。とはいえ、機体性能は悪くない)
とはいえ、フラガラッハは性能面だけでなく、現場で非常に不評だった整備性も改善されているようである……性能面については、あくまでギガスレックスと比べて、なのだが……
(搭乗者も、射撃戦の技術そのものは決して悪くない……フラガラッハの射撃管制システムも反動制御も優秀だ……だがいかんせん、攻撃が単調過ぎる)
なにせ、射撃が常に一定の間隔なのだ。無駄打ちや命中精度などの問題から、フルオートで撃てる射撃武装も、慣れた者は指切りと言われる技法を使う。ずっと連射はせずに、途中で一旦指をはなして再度狙いをつけてから、連射を再開するのだ。
連射が可能な武装は、そのまま撃ち続けると反動で銃身がズレてしまう。一旦連射を止めて狙いを修正することで、弾の温存と命中精度を上げることが出来るのだ。しかし、
(その間隔が、あまりに均一過ぎる……自分の癖に、気がついていないのか?)
本人の態度から勘違いされがちだが、セレーネは実のところギガステスの操作自体は実に繊細で、機体の性能に頼り切った力押しを嫌う。
そして、敵の癖や得意分野などを冷静かつ丹念に観察して、それに合わせた戦い方をするのを好んでいるのだ。今も、相手のフラガラッハのパイロットの射撃方法に癖があることを見抜いて、それに合わせた回避行動をとっている。
(油断していただけでなく、動揺までしてこちらの接近を許した。それだけならまだしも、その状態から立て直せないとは……)
「無様過ぎるぞ、貴様!」
「なんで、俺の射撃がこうも読まれる!」
気がつけば、もうアルテミスの交戦可能距離に突入していた。
ワイオミングはその様子をモニタリングしていたが、アルテミスが慣性運動を主体とした最小限の動きでフラガラッハの射撃を回避した時点で、勝敗が読めてしまった。
しばらく退屈になったので、マヌエルとの雑談を再開する。
「ところで、どうしてアルテミスは白を主体に、赤と青の入ったカラーリングが施されているんですか? フラグシップ機とはいえ、戦場で目立ち過ぎでは?」
「今勝負が始まった所なのに、その話か? まあ、ユミルにも視覚専用の器官こそないが、視覚はあるらしいからな。アルテミスはユミルにも目立つだろう」
そこで、マヌエルは一呼吸おいた。これは別に秘密でもなんでもないことだが、とはいえあのカラーリングを採用した理由は彼にとっては複雑だった。
「だが、あれは誤射対策に必要なんだよ。ユミルはその鋭い爪や脚部による近接格闘戦が主体だ。そのユミル相手に自分から近づく奴は、普通はいない。その既成概念のせいで、目立たないカラーリングだと味方から誤射されやすくてな」
「……なるほど」
この口ぶりだと断定出来ないが、もしかすると本当に誤射が起こったのかもしれない。そうワイオミングが思ったときだった。
「まあ、あの女皇様はどうやって察知したかさっぱり分からんが、きっちり誤射は回避しおったが。それ以降は、囮を兼ねてあのカラーリングが採用された。誤射はほぼ無くなったよ」
その言いようだと、まだ誤射が完全に無くなったわけではなさそうだ。それでも無事でいるのだから、凄まじい力量の持ち主だ。ただ……
「噂だと、アルテミスが近接戦特化なのは意図的なことではなく、パイロットが射撃が苦手だからという話ですが。その分だと、デマだったようですね」
「いや、本当の話だが。セレーネの射撃センスのなさは、尋常じゃないぞ」
「……あれだけの操縦センスがあるというのに……?」
「不思議だよな。そのうち多少は慣れてくると思ったが、未だに射撃だけは下手とかいう次元じゃないんだ。俺にも、そこはよく分からん」
確かにそれは、ワイオミングにも全く理解出来ない話だった。あれだけの機体性能を引き出した回避運動を行える人物が、なぜ射撃だけ異様に下手なのか。
マヌエルの、なにか思い当たる節がある口ぶりが気になったが。
「そろそろ決着がつきそうですね。距離が近くなった」
ようやく、退屈な戦いが面白くなってきた。ここから、どうやってセレーネがフラガラッハを制するのか。両者ともに、もはやアルテミスの方が負けるなどとは微塵も考えていない。
セレーネは、ここで始めてアルテミスの左右の腰部に装着されたガンズネイルを発射した。これはアルテミス唯一の射撃武器である。
この射撃武器は、五門の連装砲から順番に散弾を発射することで、近距離で散弾を連射して徹底的な面制圧を行う。射撃武器を使いこなすことが著しく下手なセレーネでも、なんとか弾を命中させられるようにと開発された代物であり、近距離では弾の密度が尋常ではない。
反面、電磁加速装置でも火薬でもないハインライン独自の技術、指向性爆発を金属表面から発生させる装置によって散弾を発射する関係上、弾速が近距離以遠では若干遅い上に、そもそも散弾自体が近距離以遠を狙うのに向いていない。
それでも、セレーネが近距離でさえまともに射撃武器を当てるには、ここまで徹底する必要があるという結論に至った。それほど、セレーネの射撃センスはひどいものなのだ。
そういうわけで、もともと近距離でしかまともに機能しない射撃武装である。セレーネの射撃センスもあいまって、この局面で始めて使用したのは、当たり前だった。
「なんっ……!」
それでも、流石にフラガラッハのパイロットもアグレッサー部隊に選ばれるだけあって、その初見の弾の嵐を見事に回避して見せた。さらに、ライフルをフルオートで乱射して、回避運動を行いながらこちらを狙ってくる。
(このパイロット……もしかして、もともと近距離の射撃戦が得意なのか? 明らかに近距離に移行してからの方が、手際がいい)
若干遠距離から中距離での射撃戦が適当だったのも、元々部隊では近距離での射撃戦を担当することが多かったからかもしれない。とはいえ……
「遅いっ!」
元々、セレーネにとってもガンズネイルによる射撃は牽制込みだった。当たらなかった場合でも有利な体勢になるよう、相手を誘導するための布石である。
回避できたのはなかなかだが、避け方もその進路もセレーネの想定の範囲内の動きでしかない。アルテミスから距離を取るように動くフラガラッハに対し、牽制射撃をかいくぐりながら接近するのは、容易いことだった。
(マグナ・ネイルによる一撃……は装甲を損傷させてしまうか?)
アルテミスの両腕に装備された五本の爪が装着された手甲が、アルテミスの最大の武器であるマグナ・ネイルである。ただ、これは本来敵に爪を突き刺すように使う格闘武器なので、当然ながら模擬弾などとは違って迂闊に相手に当てられない。
本来なら、そのまま突き刺せるタイミングだったが、セレーネはあえてフラガラッハの右腕を左腕の手甲で払った。連射された弾は、空を切って宇宙を舞う。
セレーネはそれで模擬戦が終了したと思った。右腕はフリーである。今からでも右腕を突き刺せることくらい、相手にも分かると思ったのだ。
だが、相手は冷静さを失っているらしい。フラガラッハの左腕に固定装備されているマシンキャノンをこちらに向けようと動いた瞬間、それをセレーネは理解した。
(バカが! 恥の上塗りだろうが!)
その腕がこちらを捉えようとした瞬間には、アルテミスの右腕がその腕を弾いている。さらに、フラガラッハの両脚ふくらはぎに装備されたグレネードランチャーの発射口が開いた瞬間には、アルテミスの右脚がフラガラッハの脚部を押している。グレネードランチャーの模擬弾は、明後日の方向へ飛んでいった。
フラガラッハは回転ベクトルによって、アルテミスからみてうつ伏せになろうとしていた。
(多少の損傷は、もう知らんからな!)
セレーネの我慢はもはや限界だった。元々、こういったことにはあまり忍耐力がある方ではない。他の人間からすれば、多少どころの損傷ではないことなど、意に介さず。アルテミスの右腕部のマグナ・ネイルで、フラガラッハの頭部へアッパーカットを打ち込んだ。
本来のマグナ・ネイルは、刺した相手への追撃と刺したネイル部分を引き抜くことを兼ねて、指向性の爆発を発生させるようになっている。ガンズネイルの発射機構は、このマグナ・ネイルの指向性爆発装置を応用して造られている。
ただ、流石に爆発による追撃がマズイ(もう既に十分マズイ損傷を与えてしまってはいるが)ことは覚えていたセレーネは、マグナ・ネイルが突き刺さったフラガラッハの頭部から、強引にネイルを引き抜いただけで、爆発による追撃は一応しなかった。
セレーネの駆るアルテミスは、ヘカテーに一度着艦した。次の模擬戦前に、最低限の補給や不調がないかの確認を行う必要があったからだ。
そのとき、叱責があるものと思っていたのだが。意外にもワイオミングは鷹揚な態度だった。というより、明らかに部下の不甲斐なさの方を嘆いていた。
「構いませんよ。右腕を払われた時点で、本当は本体を貫くことも出来たというのに、その後になっても死に
「……ノイマン中佐。傍から見ているだけでよく気付いたな、そんなこと」
あのフラガラッハの右腕を払う動作は、大半の人間には右腕で突き刺すための前動作に見えただろう。あのとき、本当はそのままアルテミスの左腕で本体を突きつけることは出来た。とはいえ、それで負けたことに気付いても機体を止められるか微妙な場面だったので、あえてその動作をしなかったのだが。
「そりゃそうだろ。ノイマン中佐は尉官時代、次期エース候補筆頭のギガステス乗りだったんだからな」
「……初耳だぞ、そんなこと」
「セレーネ、私は知ってたわよ。マヌエルさんから事前に聞いてたの」
そう発言したのはマリーだった。対戦の決着の仕方がおかしかったから、心配になって様子を見に来たらしい。しかし、マリーでさえ知っていたのになぜ自分が知らされていないのか。
「いや、だってあんた対戦相手とかに全然興味無かったじゃねえか。話す機会がなかったんだよ、単に」
言われてみれば、そうだった。しかも、ワイオミングは別に対戦相手ではなかったから、あのときはなおさら聞く耳持たなかっただろう。納得せざるを得なかった。
「すみません。そのことで相談があるのですが」
「ノイマン中佐か。なんだ? 模擬戦を中止でもするのか?」
「いえ……このままアルテミスとアルファ小隊の残りのメンバーで戦闘したところで、結果が見えていますので……」
そこで、ワイオミングは笑顔を見せた。不敵で、挑戦的な笑顔を。この男がこのような表情をしたのを、始めて見た気がする。
「よろしければ、私の専用機『クラウ・ソラス』と踊っていただけないでしょうか、女皇陛下。その場合、アルファ小隊の残りのメンバーはフラガラッハとアストラエアで対戦していただくということで、どうでしょう?」
「……ほう……」
セレーネ以外の者も、その提案内容には少なからず驚いた。そもそも、地球圏連合は基本的に専用機は造らない。軍としての規模が大きすぎるので、機体は共有して使えるようにしなければ、機体数が足りなくなるのだ。
その地球圏連合において、例外的に専用機を与えられた人間がいる。次期エース候補筆頭は伊達ではなかったということか。
「いいぞ。ノイマン中佐。その挑戦、受けよう」
「即決していただけるとは。うれしいですね」
「今は駐留艦隊副司令だろう。そうでなくとも中佐だ。ギガステスに乗れる機会など、もうそうないのだろう? なら、引き受けてやるのが情けというものじゃないか。なあマヌエル?」
「……はあ。まあ、好きにしてくれ」
マヌエルは嘆息した。ここで断りをいれようものなら、自分が悪者にされそうな雰囲気な上、別に自分たちが損をするような内容でもない。
確かに、この申し出は引き受けた方が恩を売れるというものだ。
「では、私は『クラス・ソラス』に搭乗してきます。一応緊急出動出来るよう、今までは定期的に整備していたので、それほど時間はかからないはずですが」
セレーネとマヌエルは、そのワイオミングの物言いからして、おそらく近日中にクラウ・ソラスが解体されるのだろう、ということを察した。
駐留艦隊副司令となれば、戦闘時にギガステスに搭乗する機会などもはやないだろう。
最後の晴れ舞台となるに相応しい対戦相手として、全力で相手をしてやるべきだと、セレーネは心に決めたのだった。
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