手紙
――クララ。
君をクララと呼ばせて欲しい。それ以外、私は君の名を知らないのだから。
クララ。私は君に、限りない感謝を捧げる。何も怨みはなく、悲しみもなく、ただただ感謝だけがある。既に失われた娘へ、注ぎたくとも注ぎ得なかった愛を、君に注ぐことが出来た。短くはあったが、娘にしてやりたかったあらゆることを、君にしてやることが出来た。私は満ち足りて死ぬことが出来るのだ。
私には守り通してきた秘密があった。それは、私の娘、真実のクララは、人買いから売られた後、今の私と同じ病に
生かしたかった。生きていて欲しかった。どんな形でも生きていてくれさえすれば、いつか機会を得て探し出し、再び共に生きることが出来るはずだと、願っていた。
娘の死を秘密にしていたのは、それを信じたくなかっただけのことだった。他の誰もが娘の死を知らなければ、私も、愚かしいことにそれに騙されてしまうことが出来るかも知れないと考えたのだ。いつか娘が帰ってくれるのではないかと思っていたかったのだ。
私が愚かなことは十分に分かっているつもりだ。せめてもの罪滅ぼしにと、私は娘の小さな遺骸を埋めたという土地を買い取り、この家を建てた。君と過ごしたあの花園、地獄門の下で、私の本当の娘は眠っている……
死期が近付き、私は迷っていた。娘の死を胸にしたまま旅立つべきか、真実を皆に伝え、正当に娘を弔ってやるべきか、と。
そんな時に、君が現れたのだ。
君の真意がどこにあったのか、それは私には分からない。愚弟が正しかったのかもしれない。確かに私も、君が、娘の死を既に知っているような気がしてならない。
だが、死んだ妻に本当によく似た君を見た瞬間、私は、君が神が遣わされた天使なのだと信じた。このみじめで愚かな男に、神が最後の慈悲を垂れて下さったと信じたのだ。
私は、私が自ら捨てた娘を、君のお陰で取り戻すことが出来た。十数年、片時も忘れなかった娘への思いを、君に向けることが出来た。自ら捨てた娘に恋着する私を、君は笑うかもしれない。
そして君に向けた愛は、娘へ向けた愛であったと同時に、紛れもなく君自身に向けた愛であったことを信じて欲しい。私は君を愛した。優しく、汚れなく、天使のように美しい君の微笑みが、どれほど私を励まし、喜びを与えてくれたことか。この愚かな男が、人並みの最期を迎えられるのは、まさしく君一人の慈愛のおかげだ。
いかなる理由があろうと、なかろうとも、君の笑顔に満ちた愛が、私の魂を安らげてくれた。
私は、君がいてくれて、嬉しかった。
私の全財産は君に譲ろうと思う。確かな遺言書を、信頼できる人物に任せてある。愚かな男の最後のわがままと哀れみ、受け取って欲しい。そしてこれからの人生を、娘クララの分まで、どうか、どうか幸せに暮らしておくれ。
幸せが久遠に君とともにあるよう、娘とともに祈っている。
さようなら、私の天使。ありがとう、私の愛しいクララ――
(続)
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