勇者物語~進路指導編~

鵜川 龍史

勇者物語~進路指導編~

〈登場人物〉

Y:勇者志望の生徒 山田

T:担任教師

S:勇者をしている先輩 鈴木



T:次、山田、入っていいぞ。

Y:失礼します。

(Y、教室に入って一礼し、Tの前に座る)

T:お前は、相変わらず、礼儀正しいな。他のやつも見習ってほしいもんだ。

Y:とんでもないです。僕なんて、臆病なだけで。

T:そんなことないだろ。(手元の資料を見ながら)学年トップクラスの秀才で、運動神経も抜群。こないだの県大会の決勝、俺も見たぞ。あれは実にホワイトなエクストリームだったなあ。お前、それで臆病なんて言ってたら、周りのやつから殴られるぞ。今後の進路も決まってるようなもんだし。な、未来の東大生!(肩を叩く)

Y:そのことなんですが……あの、先生、聞いてください。

T:ん? どーした?

Y:僕、勇者になりたいんです。

T:ああ、勇者ねー。……って、勇者!(二度見)

Y:勇者です。(照れくさそうに、だが、胸を張って誇らしげに)

T:お前、バカだろ。

Y:せ、先生。そんな……。

T:そんなもどんなもないわ! 勇者? 言うに事欠いて、勇者だと? お前、勇者って何か分かってんの?

Y:もちろんです。世界の悪に勇敢さだけで立ち向かう者です!

T:「勇敢さとは……」(試すように)

Y:「無謀さではない! 勇者は永久に不滅です!」――ミスター勇者、ナガシメの言葉ですよね。

T:ちっ。(舌打ちして目をそらす)

Y:小学生の頃から、ずっと考えてきたことなんです。バット一本で世界を救ったナガシメだけじゃありません。靴に仕込んだ刃で世界を切り裂いたタカハチとか、今もまだラケットで世界に殴り込みをかけているニチグォーリとか、ずっと、ああなりたいって思い続けて来たんです。

T:じゃあ、なんでこんな成績なんだよ?

Y:え? 今回も学年二位ですよね。一位じゃないとダメなんですか? 二位じゃダメなんですか?

T:(ジト目でしばらく睨んだ後、噛んで含めるように)ちがうわ。この成績のどこに勇敢さがあるっていうんだって話だよ。

Y:どういうことですか?

T:順位が下がることへの怯え、平均点を割ることへの怯え、赤点を取ることへの怯え、留年することへの怯え――お前の成績は、怯えだらけだっつってんだよ! この、臆病もんが! ケツまくって、田舎へ帰れ!

Y:ええー!

T:そもそも、勇者っていうのはな、竜王から世界の半分をやるって言われても、突っぱねるだけの意志の強さが必要なんだよ。それが、なんだ、この悪魔に魂を売ったかのような点数は。高二までの評定平均に至っては、4.7だぞ! まじめか? 順風満帆か? 明るい家族計画か?

Y:いや、先生。僕にだって、勇気ぐらい……。

T:ばっかやろう!(こぶしを振りぬく。Y、吹っ飛ぶ)勇者の勇気、なめんな! 時に、世界中が背を向けた大魔王にわざわざ挑みかかる。

Y:そして、世界を危機に陥れる!

T:あるいは、死ぬとわかっている呪文を平気で唱える。

Y:仲間が教会に連れて行ってくれると信じて! 主人公だから!

T:落ちるかもしれない鳥に乗る。

Y:景色がきれいだね。あそこに見えるのが世界樹だよ。

T:通報されることを恐れずに民家のタンスをあさる。

Y:へんじがない、ただのしかばねのようだ……ひっ!(自分で言って、自分で驚く)

T:この臆病者が!

Y:だって、タンスの中に死体が入ってるなんて、反則ですよ。

T:うっさい! 勇者ってのはそもそも、存在そのものが反則なんだよ。

Y:だって、世界にはルールってものがありますよね。(半べそ)

T:それが臆病者だっつってんだよ。だいたい、「ルールだ」「反則だ」ってわめいてるお前に、何ができるっていうんだよ。

Y:何がって……。(困惑)

T:お前の勇敢さっていうのは、いったい何だって聞いてんだよ!

Y:それなら……跳び箱を跳べます!

T:何段?

Y:八段!

T:普通! 却下!

Y:雲梯の上を全力でダッシュします!

T:何秒?

Y:五十メートル、八秒!

T:微妙! 却下!

Y:コーヒーカップを全力で回します!

T:遠心力で吹っ飛んでない段階で、甘い!

Y:新幹線の前にいる子犬を助けます!

T:犬は非常食だ! 甘い!

Y:ラーメンをふーふーせずに、直ですすります!

T:甘い! 甘すぎる!

Y:おしるこに砂糖!

T:甘い! 甘い?(戸惑う)……甘い!

Y:おでん、一気飲み!

T:それだ!

Y:ありがとうございます!

T:よく頑張ったな。

(S、登場)

S:せんせー、いるっすか?

T:おー! おー? おー!

S:職員室で聞いて、こっち来ちゃいました。

T:あー! あー? オマエー! ヒサシブリダナー!

S:先週、こっちの世界に戻って来たばっかりなんすよ!

T:え? お前、鈴木か?

S:あははは。やっぱり分かってなかったんすね。(苦笑)

Y:誰ですか、この人?

T:うちのOBの鈴木だよ。知らないのか? 日本初、高校生勇者!

S:やめてくださいよ。昔の話っすから。

T:高二の二学期の成績、今でも忘れないよ。

S:中間テストで、全科目ゼロ点!

T:そして、進級のかかった期末テスト、まさかの!

Y:まさかの?

S:まさかの欠席!

T:あの時、お前何してたんだっけ?

S:マグロ漁船に乗ってたっす。

Y:何してんすか!

T:勇敢だったなー。

S:勇敢だったっすねー。マグロ漁船なのに、麻薬運んでて、危うく、南米で命ごと売り飛ばされるところだったっす。そのあと、北米に渡って、カナダに行って、三学期のカナダ海外研修で合流したんすよね。

T:あれは驚いた!

S:俺も驚いたっす。シベリア渡って、オホーツク回りで帰ろうと思ってたんで。でも、今から考えると、合流して帰るより、そっちの方が安全だったかもしれないっすね。

T:そうだな。俺のスーツケースに入るのは、そうとう大変だったもんな。

S:何が一番きつかったかって、空の上がめちゃめちゃ寒いんすよ。冷凍マグロになるかと思ったっす。

T:うまいこと言うねー。山田君、ざぶとん全部もってっちゃってー!

S:先生、そりゃないっすよー!

Y:そのあと、どうなったんですか。

S:日本に帰ってきて、入国管理局に身柄を拘束されるとともに、緊急入院。それで、学年末試験も受けられなくて、退学処分。ま、退学が怖くてマグロが釣れるかって話よ。

Y:でも、先輩は高校生で勇者デビューですよね? 勇者になったのはいつなんですか?

S:入管から解放されたのが二月中旬で、その時にはまだ入院中だったんだけどな。それから急いで願書出して、三月中旬の試験は、特別に病室で受けさせてもらったんだ。それで、一発合格。

Y:あの、勇者程度認定試験に一発で……。

S:マグロ漁船での経験が効いたな。

T:鈴木。お前、その前からすごかっただろ? 高一の一月に受けた全国勇者センター試験の模試で得点率九割超えてたよな。その直後に受けたユーシャックのスコアが九九〇点満点中、九四五点。

S:何の準備もしてませんけどね。

Y:勇敢だー。(称賛のまなざし)

T:なあ、鈴木。こいつ、勇者になりたいんだってよ。アドバイスしてやってよ。

Y:い、いいんですか! ぜひお願いします!

S:勇者志望? まじで? 俺、ちょーナイスタイミングで来たって感じなのね? さすが、俺、勇者!

Y:おお! この自画自賛ぶり。まさに勇者の風格!

S:「勇敢さとは……」(促すように)

S&Y:「無謀さではない! 勇者は永久に不滅です!」(力強く、ハイタッチ)

T:まあ、でもな、この成績、見てやってくれよ。まさに、お前とは真逆なんだよ。

S:うわ、すごっ。

T:学年二位だよ。こんなことじゃ、勇者なんて……。どうすればいいと思う?

S:いやいや、先生。時代は変わってるんすよ。

T:何が?

S:俺の時なんか、勇者は「みんながんばれ」とか「ガンガンいこうぜ」とか言ってれば、パーティのメンバーが勝手に働いてくれたじゃないすか。(肩を落としながら)今は、相手の弱点考えてエンチャントしたり、敵のレベル上昇考えてレベルキャップ解放を見合わせたり、他にも、ヘイト値管理して攻撃の順番を考えたり、リキャストタイムを計算して技を出させたり……。

T:なんか、カタカナばっかり。ビジネスマンみたいだな。

S:「パルスのファルシのルシがパージでコクーン」って言ってりゃごまかせた時代が懐かしいっす。

T:「クライアントのセグメントのアジェンダがコンプライアンスにアサイン」みたいな……。

Y:何言ってるんですか、二人とも。

S:実は、今日、勇者やめようと思って、その相談に乗ってもらおうと思って来たんすよ。

T:そうなのか。

S:でも、俺、決心がつきました。(Yに向き直り、両肩に手をかける)おい、君! 俺のパーティの勇者にならないか?

Y&T:え……。ええー!

S:勤務地は、異世界、魔界から、みんながネコミミの世界や、みんなが委員長の世界まで、選び放題だ!

Y:じゃ、じゃあ、みんな鬼畜の世界で、鬼畜の難易度で、鬼畜プレイとか!

S:いいねー、君! ノリノリじゃないか! それにな、どの並行世界もオープンワールド化が進んでるから、冒険し放題だぞ!

Y:どこまでも広がる、鬼畜大平原!

S:鬼畜山脈に、鬼畜海洋大冒険だ! 最近じゃ、海賊船相手に海戦もできるようになったから、海でも鬼畜な略奪に明け暮れられるぞ!

Y:クエストもたくさんあるんですか?

S:もちろんさ。メインシナリオをクリアしちゃっても、MOD職人がそれぞれの世界で裏工作して、新しい事件やイベントを発生させてくれてるから、忙しいぞ!

(Y、目をキラキラさせる。T、SとYの肩に手を置き、落ち着かせようとする)

T:まあ、待て、二人とも。勇者に頭が必要なことはわかったが、だからと言って、山田がすぐに勇者になれるわけじゃないだろう。勇認試験を受けないと。

S:それは、心配無用っす。去年の異界議会の法改正で、異世界パートナーシップ協定が可決されて、人材派遣の自由化が決まったんすよ。うちのパーティメンバーの推薦状さえ取れれば、ポータル管理局が口を出すことはできません。

Y:先輩ー!

T:お前はどうするんだよ。そもそも、勇者って転職できないんじゃなかったけ?

S:こっちの世界に戻ってきて就職する分には問題ないっす。いやー、自分、結婚するんすよ。魔導師やってた子と。でも、彼女、ちょー堅実で、今の俺の年齢の平均年収一年分の貯蓄ができるまで、あっちで待ってるって言ってて。

T:まじかよ。二十代の平均でも三百万は余裕で超えてるぞ。どうやって稼ぐんだよ。それに、就職って、バイトとかじゃなくて正社員になるってことか? マグロ漁船とはわけが違うぞ。

S:わかってますって。だから、ここに来たんすよ。

T:どういう意味だよ?

(S、再びYに向き直り、両肩に手を置く)

S:高校中退じゃ、どこも採用してくれないんだよ。たのむ。お前の学籍、俺に譲ってくれ!

T:高校生、やり直すのかよ!

Y:いいですよ! 「王子と乞食」みたいですね!

T:山田、お前、自分が「王子」のつもりで言ってるよな? 失礼だぞ、それ。

(SとY、固く握手)

T:なるほど。「高度に発達した無謀さは勇敢さと区別がつかない」ということか。

(幕)

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