崖の攻防 撤退戦
リリスは目の前で何が起きたのかさっぱりわからなかった。
気づけば崖の上から石が転がり落ちてきて先程まで生きていた兵士達が潰され死んでいるのだから。
そうして立ち込める火と煙。人間が焼けている匂いがした。
「リリスちゃん、撤退だ。こっちだ!」
兵士の一人にそう言われ、はっとする。
「周りは見るな、もう何も見るんじゃねえ。ただ来た道を戻ることだけ考えろ」
「分かりました。けれどそうは参りません。兵をまとめて撤退しなくては」
リリスはそう言い、大声で、
「リリスです。輸送隊、全軍撤退します。食料は全て捨て撤退。もはやここに居る必要はありません。ただ来た道を戻り逃げましょう!」
そう言って兵士達を逃がす。
「こっちです、ついてきて下さい!」
そう言って兵士達を纏め、逃がそうとする。
───と
森の方から砂煙が巻き起こるのが目に入った。
「わたくしに構わず、逃げて下さい!」
「おい、まさかリリスちゃん殿を務めるつもりか」
「お任せ下さい。必ず全員逃しますので」
「おいてめえら、逃げるぞ。俺についてこい!」
兵士が大声を張り上げて全員を逃がす。
その頃には狼や熊がなだれ込み、食料を根こそぎ奪っていっていた。
「ここまでとは、恐ろしい。けれど」
そう言って突撃してくる狼達を黒い槍で薙ぎ払っていく。
闇の魔術を展開し、狼達の影を止め動きを止める。
「リリスちゃん、もういい。下がれ!」
「分かりました!」
そのまま撤退する。狼達がこちらを追ってくる様子はなかった。
「うわあああああ」
中には悲鳴を上げ襲われている者もいたが振り払って逃げることに専念した。
───そうして
生き残ったのは僅か20人ほどだった。輸送隊そのものに大した被害はない。
「おかげで助かった、リリスちゃんはやっぱり違うな」
兵士に言われる。
「しかしエドワード様は」
そう言った所で兵士がそれ以上はいい、と言い置いて、
「これだけ生き残ったんだ、良しとしようじゃないか」
「そうだな。これ以上ない戦果だろう。無事生き残れただけ良しとしなければ」
「そうは申しましても」
すると兵士の一人が声を下げ、
「いいかリリスちゃん、いつまでも死人に引っ張られるな。お前も死ぬぞ」
そう言われ、思わずごくりと息を飲んだ。
「あんたが死んで悲しむ人だっているだろう、生きるんだ、いいな」
「は、はい」
そう言うしかなかった。
「幸いにも追撃はないようだ。相手も全滅狙いだったわけでもなさそうだしとりあえず助かったと思おう」
「はい」
「さて、どう報告したもんかね。味方は全滅、命からがら逃げ帰って参りました、かねえ」
そんなの報告出来るわけねえよなあ、と兵士達が話している。
そんな中、リリスは未だ煙の上がった方を見やっていた。
───これが戦。
あれほどの人間達があっと言う間に死んでいく様を見て何も出来なかった。
生き残っている事を喜ぶべきなのか、共に戦えなかったことを悔やむべきなのか。
そんなことを考えていると、
「リリスちゃん、生き残ってることを誇るべきなんだな、ここは」
「───え」
「考えてたんだろ、一緒に戦えなかったことを」
兵士が、どうだ当たらずも遠からずだろう、という顔をしている。
「え、あ、はい。なんで分かったのでしょうか」
「まあ、何度も戦してりゃなあ。そりゃあ一緒に戦えなかったことを悔むのはいい。けどあれ以上どうしろって言うんだ、どうにも出来ねえよ。それを責める者等いない」
「はい」
「ってのは受け売りだけどな。そう自分を責めるなよ。リリスちゃんのおかげで俺達は生き残れてるんだからよ。ありがとな」
「そうだそうだ」
「ま、生き残って参りましたと報告しようじゃないか。隊長殿も無茶なことはいわねえよ」
兵士達に励まされ、思わず涙が出てきた。
「ど、どうしたいリリスちゃん」
「いえ、みなさんがいて本当に良かった。有難うございます」
「なんだ、そんなことか。お互い様だよ。お互い生き残れて良かったな」
「ええ、はい」
「さあ、落ち着いたら魔王軍に戻ろう。まだ、帰れる所があるんだからましなもんだぞ。これがもっと規模の大きな戦なら帰る場所すらねえんだからな」
兵士がそう言い、魔王軍の方を指す。
帰りの足取りは、最初ほど重くはなかった。
在りし日の絆 ゆめりん @yumerin
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