崖の攻防戦

魔王軍が野営を終え、朝となり出立の準備をしているのが崖の上から見えた。


来るか、とヴェルファリアは思う。


崖の下の魔術妨害は完璧、何らかの魔術を使おうとしても魔術は使えないようにしてある。範囲は限られているが、今はそれで十分だ。


だが動きが不自然な部隊もある。輸送隊だ。


「ミリア、輸送隊だけ動きが不自然だ。おそらくこちらの考えが筒抜けのようだ」


「そうですか、如何いたしますか」


それにヴェルファリアは少し考える。


「いやいいだろう。あの部隊だけ逃げた所で問題はない。このままで行く」


そうして後ろの村人達に声をかける。


「合図と共に岩を落とすんだ、魔王軍を分断しそこに火を注ぐぞ。全員焼ききってしまおう」


「分かった!」


村人達が岩の前で準備をする。


そうして昼頃、行軍を開始した魔王軍の一部が崖を抜けていく。


「まだか!」


村人が騒ぎ出す。


「まだだ、まだ早い。本隊が抜けるまでの辛抱だ」


一隊が抜けていく。そしてまた一隊が抜けようとした時、


「今だ、落とせ!」


「せーの!」


村人の掛け声と共に岩が崖から落とされた。崖は岩で塞がれ通れなくなった。


「そして油と火!それから退路を塞ぐための岩を落とす準備だ」


「おう!」


村人達は崖の上を走りながら次の岩を落とす準備に取りかかる。


「輸送隊は一部だけか、全員入るのが望ましかったが・・・ん?」


「どうしましたか」


ミリアが傍に駆け寄ってき、一緒に崖の下を見下ろす。


「どうだ、あれはひょっとして」


「ええ、リリスのようですね」


崖の上からでもよく見えた。漆黒のドレスを身にまとっているその姿を見間違うことはない。リリスだった。


「まずいな、岩を急いで落としてくれ」


火の中にリリスを閉じ込めないように岩落としを急がせた。


「分かってる!」


その頃には油を崖下に注ぎ火を投げ入れていた。豪炎に包まれ、混乱している魔王軍。中には魔術を扱おうとしているが何も出来ずそのまま燃え死んでいく者もいた。


「いいか、下は見るな。とにかく火を投げ入れろ!」


「わ、わかった」


「急げ、岩を落とすんだ」


「せーの!」


村人の掛け声と共に再び岩が落とされる。そうして退路も塞がれた魔王軍は火に包まれ逃げられず燃え死んで行く。崖上からも異臭がするが、構わず火を投げ入れさせた。


「仕上げは上々か。リリスは、どうやら間に合ったようだ。全滅まではさせられなかったがなんとか火の中にいれずに済んだな。さて、ミリア、一緒に来てもらえるか。抜けた一隊を片付ける」


「はい、お任せ下さい」


目を紅くして静かに佇むミリア。


「村人達はここにいろ、ここが一番安全だ。いいか、下は見ないほうがいい。死体なぞ見てもいい気分はしないだろう」


「ああ、そうするよ」


その頃には、森から狼達が輸送隊めがけて突撃していた。食料を奪わせる約束を守ってくれたのだ。


「後はリリスに武運があることを祈って、俺達も行くぞミリア」


「はい」


そう言って急いで崖から降りて下にいる魔王軍めがけて二人で突撃する。


退路を塞がれ、後ろで突然煙が上がっている味方を見て混乱している魔王軍一隊に対し強引に突撃した。


ヴェルファリアは地面を思い切り蹴り、石つぶてを巻き上げ、それを風の魔力で加速させ飛ばす。


「う、うわああああああ」


兵士達に石つぶてが当たり、貫通し即死する。


「恨みはないが、死んでもらうぞ」


そう言い、風の魔力を込め思い切り重さを乗せ兵士の首を蹴り上げる。顔がねじ切れ空中に浮いた。それを蹴り飛ばし別の兵士に直撃させる。


「さあ、貴方達の相手はあの方だけではありませんよ。ミリア、舞わせて頂きます」


ミリアはそう言い居合の構えを取る。そうして一閃。周囲の兵士達が胴から真っ二つになる。


「ええい、お前達が今回の首謀者か」


誰かが声を上げる。


「誰であろうが構うものか、全員殺すだけだ」


兵士達に囲まれそうになるが風を操り動きを止める。それをミリアが瞬時に首を刈り取っていく。


そうして一人、また一人と兵士を倒す頃、装備が明らかに豪華な兵士が出てきた。


「どうやらお前が大将のようだな」


「ええい、守れ守れ!」


それを守るように魔術師達が出てくる。魔術を出そうとするが、


「遅い!」


風の魔力を込め、思い切り兵士の顔面を殴りつける。鈍い音がし、首が回転しねじ曲がった。


「ば、化物・・・!」


一歩、一歩と確実に大将に近づく。


「く、来るな!」


そう言って頭に被っている兜を投げつけてくるが、それを片手で掴み、風の魔力を込めて投げつけた。


「ぐふっ」


それが腹にめり込み、その場に崩れる大将。


そうして、


「さようなら」


ミリアが一言そう呟くように言い、刀を真横に振るい、大将の首が飛んだ。


「私の弱点を教えましょう。気分が高揚していると相手の首しか飛ばさない」


ミリアがそう怒鳴り、一人、また一人と首をはねていく。


「こちらの仕上げも上々か」


そう呟いた所横から火の魔術が飛んでくるのを感じた。それを避けず余裕で受け止め、


「まだ生き残っている者がいたか。ミリア、遊びすぎだぞ」


そう言って掴んでいる火の玉を思い切り魔術師めがけて投げつけた。


「ぐわああああ」


身体が燃え、もがき苦しんでいる。


「せめてもの情け、か」


そう言って思い切り首を蹴り飛ばした。首が飛び、身体が消し炭になる。


「残りは一人」


ミリアはそう言い、最期の一人を追いかける。


「ひい、た、助けて・・・・!」


武器もかなぐり捨て逃げる魔術師らしき者。だがミリアからは逃れられず、首をはねられ即死した。


周囲から魔力が完全に消えた。敵一隊を全滅させたのだ。


「やれやれ、魔王軍とはこの程度か」


「武器を持っていなかった者もいます。魔術師だったのでしょうね」


「そのようだな。さて、お互い血だらけだな」


「水浴びしましょう」


「ああ、そうだな。少々疲れた」


その頃には村人達も崖の下に降りてきていた。


「おーい!」


「やれやれ、まだ降りていいとも言っていないのに気の早い奴らだ」


「嬉しくてしょうがないのでしょう」


「あんた達、これを全部やっちまったのか」


「ああ、まあな。武器を持っていなかった人間もいるし、こんなもんだろう。魔術師と言えど間合に入られたら何も出来ないということだ」


「お、おお・・・」


「勝ったんだ、俺達は勝ったんだ!」


「うおおおおおおおお」


その場から雄叫びが上がる。


「やれやれ、騒がしいことですね」


ミリアが静かにそう言うが、


「そういうミリアこそ。気持ちが高揚しているのか目が紅いままだぞ」


「あらいやですわ。気分を落ち着かせないと」


「いや、そのままでいい。さあ、皆。村へ戻るぞ」


「勝どきをあげろー!」


村人の一人がそう言い、


「えいえいおー!」


全員が勝どきを上げる。


「ところで、リリスですが」


ミリアが静かに言う。


「まあ、おそらく逃げられているだろう。そうでないと困るんだが。戦略的にはもう少し遅らせて岩を落とす予定がずれてしまったのだからな」


「まあ冷たいお人。それほどまでに戦略が重要でございますか」


ミリアがからかい口調にそう言ってくる。


「冷たくなどあるものか。あれでも相当岩を落とすのを急がせたのだからな。輸送隊はほぼ逃してしまったようなものだ。まあ、食料は約束通り奪えただろうし問題ないだろう」


「それで、これからどうされるおつもりですか」


ミリアの問いかけに対し、村人達も静まりかえっていた。


「そうだな、これから周囲の様子を伺い反乱が各地で起きた所で降伏する形を取る。今度こそ村の代表者を選んで出すんだぞ。俺が出たらややこしいことになる。それから岩はあのまま放置しておけ。魔王軍が唯一出入り出来た通路だ、塞いで問題あるまい。幸いこの村は自給自足が出来ている。魔王軍なしにもやっていけるだろう。森にはあまり近づくな。なるべく森の動物たちと友好的な関係を築くのだ。もう芋虫の方も退治しておいた、問題はないから」


そうヴェルファリアが言った所で、


「こまけえことはいいよ、俺達は勝ったんだ、まずは祝勝会だ!」


村人の一人がそんなことを言い出した。


「分かった分かった、まずは水浴びと服を着替えさせろ。それからでもいいだろう」


ヴェルファリアは苦笑した。


「おうともよ」


そうして一日かけて村で祝勝会が行われることになる。


祝勝会の後。村人達が寝静まった頃、


ヴェルファリアとミリアは村の高い所に、二人佇んでいた。


夜の中、月が綺麗だった。


「村長、なんて言われておりましたが」


「ミリア、お前までもそんなことを言うか。俺は、そういう柄ではない」


「そうでしょうか、案外向いている気がしますけれど」


「ミリアに言われると、そんな気になるから困る。ミリア、今日は本当に有難う」


「いえ、当然のことをしたまでです。私は貴方様の刀でございます故」


ミリアは静かにそう答える。


「お互い無事に乗り越えられて良かった。正直な所、勝てるか不安だったんだ。初めての戦だった」


「そうでしたか、そのようには見えませんでしたが」


「そうか。急ぎ魔王軍に戻りたいとは思うのだがどうしたものか。リリスは心配だが、この村ももうしばらく様子を見る必要がある」


「リリスならば大丈夫でしょう。無事逃げ帰っているはず。決して弱い魔族ではありません」


「ミリアが言うならばそうなのだろうな」


「そのようないらぬ心配より、今もっと大切なことがございます。ご褒美を下さい」


ミリアがそんなことを言い出した。


「褒美・・・?なんだシルバーなら持ってないぞ」


「口づけで許してあげます」


「そうか、そんなもので良いのなら」


そう言ってそっとミリアに口づけをすると、足りない、と言われぐっと力いっぱい引き寄せられ熱い口づけを交わすのであった。



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