第7話 観察官、上陸す(レジェンディア7の探訪)

 着陸態勢に入った5隻の揚陸艇は、ゆっくり弧を描きながら降下を始める。

 その最中、揚陸戦隊の乗るふねから小型の飛行物体が射出される。

 浮遊型の警戒用自立端末であろう。着陸後はすぐにベースの設営に入るが、設営の間はどうしても警戒が薄くなるため、事前に自立端末群による警戒網を敷いておくのが揚陸戦隊のドクトリンらしい。

 以前、揚陸戦隊との合同会議の際に、オレの班のメンバーであるアスク・ベイリー(少尉相当)観察官が戦闘前提の行動ではないので警戒用端末の射出は不要ではないかと質問したことがあるが、レジア大尉に失笑されて終わった。

 確かにオレたちがこれまで行ってきた観察行動は事前の衛星軌道上からの観察や過去の記録等を確認してから上陸、行動を行ってきた。しかし、今回の観察行動は2000年以上前の資料と直近とは言え短時間の衛星軌道での観察後に上陸しているため、安全に関する確立が通常よりも低くなっている。つまりは不測の事態が起こる可能性が高い状況にある。生粋の軍人は少しでも危険を排除することに余念がない。(オレ達観察官も本来はそうであるのだが……)であれば惑星に上陸後、が襲いかかってくる可能性がある以上、警戒を厳重にすることは当然という訳だ。

 また大尉に聞いた話だと警戒端末は周囲の警戒と同時に着陸地点の傾斜角なども簡単にだが測定しているらしい。なんでも以前、着陸地点が想定より傾いていたためハッチが完全には開けなくなり、機材の搬出に難儀したことが有ったらしい。大尉は笑いながら話していたが戦闘行動中の話だとしたら、結構シャレにならない話だ。その様な経験が揚陸時の警戒を厳重にさせているのだろう。

 ともあれ、オレ達を乗せた揚陸艇群は問題なく着陸。ほどなく揚陸艇の艇長から各員の機密チェックサインが発せられる。オレ達は対環境スーツの診断システムを起動させスーツの破損や、循環装置の異常が無いか確認する。

「チェック完了した者から報告。」オレは周りにいるメンバー全員に聞こえるようにオープン回線で通達する。

 通常は班員のみに通達すればよいが、行動開始前など1班及び3班が集合している場合は1班の班長が全体の指揮をとる事になっている。

 3班の班長であるジュエン・ガン観察官は元々軍人であり観察官としてもオレより経歴が長い人なので全体指揮をとる人物としては彼のほうが向いていると思うのだが、規則について原理原則を大事にするガン観察官は1班の班長であるオレが指揮する様にとの事だった。

 オレがそんな事を考えてるうちに報告が来る様になり、程なくして全員からの報告が揃った。

『問題なし』すべての報告は同一であった。

 オレは管制室に報告とエアロックの解除指示を送る。

 ほどなくエアロック解除のアナウンスとボルトが外される音がデッキ内に響く。

 ボルトが外されると揚陸艇後方のハッチがゆっくり上下に開放されていく。

 ハッチの開放が終わり、管制室から船外への移動指示が送られる。それと確認しオレは指示を出す。

「観察班移動開始。船外に出た後、観察行動の準備を開始する。」

 指示に従い観察班の面々が移動を始める。

 軍属とは言え、軍人ではない観察班の面々は縦列行進などは行わないが、次の行動を一緒に行うメンバーで集まり、それなりにまとまった状態で船外へと移動していった。


 オレが船外に出ると、既に観察に必要な機材の展開を始めていた。

 ある者は地質調査用の超音波解析機を、またある者は対生物用の多機能ゴーグルを準備している。すべて最新式の装置ではあるが訓練中に使い込んでおり、班員はみな体の一部であるかのように迷いも無く装備を展開している。

 ふと他の揚陸艇の方へ目をやると車両キャリアを準備している。

 これは全長3m程度の軽量級の多脚車両を5両連結した輸送を目的とした物で、人を運ぶことを目的としていないため、乗り心地は最悪だが観察行動に使用する機材を運ぶのに重宝している。(衝撃保護は搭載機材側の処理に任せているのがたまに傷なんだが……)

 船外に運び出した機材を陸戦用装甲服を纏った揚陸戦隊の隊員が車両に載せ、それを観察班の班員が固定し、移動中も使用する機材は展開させていく。

 訓練を除けば初めての作業になるが、それなりに上手く行っている様に見える。

 よく見れば揚陸戦隊の隊員たちは観察班の動きを見ながら的確にアシストしているようだ。

「揚陸作戦は基本的に細かい担当が決まっている。戦隊の奴らは連携をしなければ目標を達成できない事を熟知しているんでな。」

 隊員の作業を見て回っていたレジア大尉が、オレのところに来るとそう言った。

「正直、助かっていますよ。こちらは集団行動に慣れているとは言い難いメンツが多いですからね。」

 観察行動は元々少人数で行う事が多いので、大人数での行動には慣れていない。それに対し揚陸戦隊は集団行動で統一行動するプロフェッショナルだ。この様な時には本当に頼りになる。

「それは任されてくれ。ところで設営が終わった後の行動方針については基本的に観察班が決めることだ。それについては準備いいのか?」

 大尉に確認されるが、そこは問題ない。時間も頃合いなので観察行動の確認を行うため、ガン観察官に呼びかけた。

 程なくガン観察官が来たので、降下艇の一角に用意された指揮所へ3人で入った。

 指揮所内はまだ完全に準備が終わった訳ではない為、ベイリー観察官やミサキ、他数名の陸戦隊の隊員達が機材の展開を行っていたが彼らの作業を邪魔しないように空いているテーブルの周りに座った。

 ジュエン観察官が指揮所内の密閉が完了しているか確認を取る。ミサキが再確認の上で問題ないと答えたのを確認するとオレたちは対環境スーツのヘルメットを外す。本来であれば密閉されておりとは言え、作業が完了していない施設内でヘルメットは外さない方が良いのだが、対環境スーツ内の空気を無駄に消費する事を避けるため、そして何よりヘルメットを被っている事による閉塞感から解放されたい気分でも有った。

 近くで作業をしていたベイリー観察官が携帯用ドリンクボトルを用意してくれたので、オレは遠慮なく受け取り中の液体ドリンクを一口すすると、おもむろに手元の端末を操作し、テーブルをモニターに見立てて端末で呼び出した情報を投影した。

 テーブル上に各種自動監視端末が記録した情報をもとにしたベース近辺の地図が立体画像として表示された。

 周辺は基本的に平原だが、東側数キロ先に海岸。他の方位には背の高い樹木が生い茂る森林がある。

「オレたちが今回目標としているこの星の首都は、ここから南南東方向へ約100km程進んだところにある。」

 オレは地図上に首都の方向を入力する。それに反応し別ウィンドウが表示され南南東の方向の望遠画像が表示される。上空の監視端末がオレの入力に反応して送信してきた映像だ。

 映像を見る限りでは南南東方向は大きな山などが無く延々と森林が続いている。降下前の観察でもレジェンディア7は現在平野部の殆どが森林に覆われているが確認されていたが、実際に降下してから確認を行うとその森林の広さに驚かされる。

「この感じだと首都周辺も森林に覆われている可能性が高いから航空機で首都周辺に向かっても着陸や機材を下ろすことは困難になる可能性が高いな。そうなると森林部を突っ切るしかないが問題はこの生体反応だな。」

 レジア大尉が森林部にある光点を指しながらつぶやく。

 ベース周辺の平原にはオレたち以外に30cmを超える様な生体の反応は無い。しかし森林地帯には幾つかの生体反応が有る。そして森林は樹木の枝葉が鬱蒼と茂っているため、高度を飛ぶ監視端末からでは森林内にある生体の詳細は分からない。その為そこにいる生体がオレたちより大型な個体なのか、それなりの数の群体がいるのかも分からない。

 もしこの生体が大型の肉食生物であるのなら、エリシア先輩たち2班の見解どおり住民の生存は難しいかもしれない。とは言え確認もせずに戻ってはこの惑星レジェンディア7へ来た意味がない。

 少なくとも住民の生存の有無と再入植が可能かについての確認が出来なければ、オレたちはこの惑星を離れるわけにはいかないのだ。

「この生体反応。動きが有りませんね。周辺の樹木とはあきらかに反応が異なるので植物である可能性は低いと思いますが、全く動かないのは夜行性なのか。」

 オレが考えを巡らしているとガン観察官が光点を指しながら発言した。

「どちらかは現時点で判断するには材料が足りないですね。大尉、車両はどの程度まで音を抑えられますか?」

 ジュエン観察官の見解に異論がなかったのでオレはレジア大尉に車両について確認する。

「車両の脚は人工筋肉だから駆動音自体は抑えられるが、重量による振動や下草を分け入る音についてはどうしようもないな。なので揚陸戦隊としては生体反応を迂回しながら進むことを進言する。」

 レジア大尉の回答は想定の範囲内だが、それ以外に良い案がないのも事実だ。

 オレは意を決して指示を出す。

「分かりました。では可能な限り迂回しながら移動しましょう。しかし相手の探知能力や俊敏性などは未知数ですので、車両随伴員スカウトは重装対応でお願いします。」

 車両随伴員は簡単に言えば車両の周囲を徒歩で移動する護衛役の事である。

 観察行動中には野生生物や場合によっては野盗と化した現地住民に襲われる可能性がある。その様な時に最初に最前線に立ち他の戦闘要員の準備が終わるまで車両の護衛を行う役目を持った隊員である。

 通常でも車両随伴員は他の隊員より重装備かつ、車両についてこられるようにホバーバイクやホバー機能のある陸戦用装甲服を使用している。

 しかし今回は森林地帯の踏破が目的のため、これらの装備が使えない。必然的に下肢を機械サイバー化し、常人より遥かに早く移動できる隊員が行うことになる。

 揚陸戦隊にはレジア大尉以外にも機械化している隊員がいるとは言え、全員が機械化している訳ではないので車両随伴員となる隊員の負担は大きくなる。その為、車両も随伴員にある程度あわせての行動となるので、進行速度もそれに比例し遅くなる為、より進路決定は慎重にする必要がある。

「アイギス観察官。一つ提案が有るのだが随伴員にホバーユニットの装備を許可してくれないか。」

 突然のレジア大尉の提案に、オレやガン観察官だけでなく、近くにいたベイリー観察官やミサキまで思わず大尉の顔を見た。

「そんなに驚く事ではないよ観察官。なにも通常の移動時に使うって話じゃないから安心してくれ。緊急事態の際に素早く展開するために使用するだけさ。」

 オレたちの反応に驚きつつもレジア大尉は説明する。しかし、緊急時とは言え森林の中で高速でホバー移動を行ったら樹木と激突しないのだろうか……。

「ちなみにみんな想像している様なヘマする奴はうちの戦隊にはいないぜ。それにあたし達がぶつかる程、木々が密集していたらそもそも車両が通過できないだろ?」

 オレたちの心中を読み取っていたかのようにレジア大尉は若干あきれつつも誇らしげに言い放った。

 確かにホバー移動が出来ないほど木々が密集していたら車両は通れないとは思う。しかしブレーキのかけにくいホバー移動では勢い余って木々や車両に激突しないのだろうか?そんな不安もあったが、大尉の姿勢はこの人とその部下なら問題ないだろうと思わせるほどに自信に満ち溢れていた。

「分かりました。ホバーユニットの装備は許可します。ですがその分、重量はかさみますので随伴員の疲労の確認は適時行ってください。」

 オレは許可と一緒に注文をつけておく。

「了解だ」レジア大尉はそれだけ言うと打合せは終いだと言うようにヘルメットのバイザーをおろして指揮所を後にした。

「さすがは歴戦の揚陸戦隊の隊長ですね……。」

 ややあっけに取られつつガン観察官がつぶやく。

「いや、あなたも元軍人ですよね?」思わずツッコミを入れてしまう。

「確かに自分も陸軍にいましたが、揚陸戦隊ってのはフィジカル面だけでなくメンタルも一流の正に陸戦におけるエキスパート集団ですから。自分なんかが追いつくような存在じゃないですよ。」

 そう話すガン観察官はどこか憧れにも似た感情を秘めているようだった。

「ともあれオレたちも準備を終えないと出発できませんよ。」

 そう言いながらヘルメットを被りなおし、指揮所を出る準備を始めた。

 そして1時間後、オレたちは観察行動を開始するため、森林地帯へと車両で出発するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銀河文明観察官 サイノメ @DICE-ROLL

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ