第6話 観察官、惑星へ

 時空断裂跳躍航法は予定どおりに実施された。それは体感的にはこれまでの跳躍航法とさして変わるわけではなかった。

 今回の跳躍はあくまで時空断裂跳を飛び越えられるかのテストで有った為、距離そのものは消して長くはなかった。その為、見える景色はほとんど変わらないはずであった。

 しかし、跳躍完了後にディスプレイに映し出された景色はまるで違うようにオレには思えた。先程まで視界の一部に有った認識できない空間時空断裂が突如としてなくなりそこには一つの恒星が映し出されていたのだ。

 喪失星域783『レジェンディア』の主星レジェンディアの輝きだった。

 喪失星域と言うのは時空断裂により航行ができなくなったり、大暗黒期に行われた恒星破壊工作によって居住ができなくなった星域を指しており、これまでは文字通り失われた星域として扱われていた。

 しかし、少なくとも時空断裂の影響で航路が失われた星域については喪失星域の指定が解除出来る可能性が出てきた。居住惑星の現在の環境や生態等に問題が無ければ再入植が可能になる。時空断裂がある以上、文明の中心地となる可能性は少ないが農業などの第1次産業を中心とした惑星として開発が見込める。そうすれば汎銀河文明政府が抱える食糧不足や人口増加が少しは改善されるはずだ。

 その事を考えると改めて自分の使命の重さを感じるが、それと同時にオレたちとは異なるかたちで2000年の時を経た惑星はどの様に変化しているのかという好奇心に胸を踊らせていた。


 レジェンディア星域へ進入した『アルゴース』は短距離の跳躍航法を使いながら、およそ3週間かけて目的の惑星『レジェンディア7』へ接近した。

 通常に比べると遥かに慎重な惑星への接近だったが、何分先方の状況が分からない。大暗黒期以前の惑星防衛兵器が稼働していたり、レジェンディア7が独自に用意した艦隊などが存在していてもおかしくはない。それらの危機を回避するためにも、第2及び第4観察班が星域全体とレジェンディア7周囲の観察を行いつつ慎重に艦は進んだ。

 目的地であるレジェンディア7は資料映像に比べると全体的に緑がかかって見える。第2班の報告によると植物が2000年前と比べ遥かに多くなっており、かつて有った都市の殆どは廃墟同然のかたちで森の中に埋もれているとのことだった。

 その為、住民の生存は厳しいと思われるというのがエリシア先輩の見解だったが、同時に第4班のガイウス・ヤン観察官は山間部に火山活動と見るには不自然なエネルギー集積が確認されていることを報告していた。

 また大気組成は概ね地球型であり2000年前と比べ遜色は無いとの事だ。となれば揚陸艇を使い現地へ上陸し観察活動を行う必要がある。アドは艦長として揚陸艇の発信の命令を下した。その際、一言「可能であれば現地住民と接触する事」と付け加えるところを見ると、生存者がいることにかけている様だった。


 指令が下るとすぐに上陸する第1、第3観察班のメンバーは揚陸艇ハンガーの脇に用意されている装備庫内にて対環境スーツを受領、更衣室にて装着を行う。

 対環境スーツはあらゆる人体保護や衛生、補給の機能が備わっている。これは一度装着すると原則アルゴースへ帰還するまで脱ぐことは出来ない為であり、また着脱が非常に面倒である為でもあると思う。

 まずは衣服を全て脱ぎ、アンダーウエアーを着る。このウエアにはある程度の気密性を保持する機能があるため、対環境スーツが破損してもすぐに致命的なことにはならない様になっている。

 その上から対環境スーツを纏う。これは金属やファイバーなどのプレートで覆われており、かなりの重量となるがパワーアシスト機能がついているのでそれほど重さは苦にはならない。

 最後にヘルメットと対環境スーツの支援ニュニットが入ったザックを背部アタッチメントに取り付けて完了となる。

 対環境スーツの装着は学生時代から繰り返し行っているので、時間を掛けずに行うことが出るので、他のメンバーが装着を終えるまでに各機能の動作確認を行っいた。その時、不意に後ろから不意に声をかけられた。

「さすがに班長ともなるとスーツの装着は手慣れたもんだな」

 振り返ると揚陸戦隊々長のレジア大尉だった。彼女は野戦服(野戦服は陸戦隊の簡易制服でもある)を着たまま立っている。

「大尉はまだ準備しなくてもいいですか?」オレはチェックの手を止めること無く大尉に聞いた。

「ああ、あたしらは観察官達あんたらに比べると物が大きいんで順番待ちだ。」

 そう言う彼女のもとに整備班の隊員が合図しているのが見えた。奥には対環境スーツよりもさらに大型のスーツ『陸戦用装甲服』が用意されている。

 『陸戦用装甲服』はその名の通り惑星上での戦闘用に用意されている装甲服だが、通常の人間が持ち運べないような重装備を施すことが出来るため、手練の兵士が装着した場合、その戦闘力は軽戦車をも上回る。(実践での運用を見たわけでは無いがアドによると本当のことらしい。)

「じゃあ、ちょいと頼むよ。」

 レジア大尉は声をかけると、二人の整備員が彼女の脚を抱え持ち上げる。彼女はその勢いを利用し3メートルはある装甲服の肩に手を掛け、そのまま体を反転させながら開放されている胴部に自分の身体からだを滑り込ませる。

「ハーネス固定開始。」大尉が音声入力でハーネスで体を固定させると、腹部の装甲が閉じる。

 通常はそのまま胸部と頭部の装甲を閉じるのだが、大尉はその状態のまま体を前に出した。

「悪い。こいつも頼む。」大尉がなにかを投げる。

 整備員達がそれは受け取る。それは細長い物が2つ。なんだ?銃とかか?

 それはだった。そうarm。人体の肩から先に付いている部位。

 ……何でそんな物が装甲服の中に入っているんだ?オレは改めて装甲服の中の大尉に目をむける。

 そこには大尉が収まっている。ただ両腕が無い。

「大尉つかぬことを質問させていただきますが、その両腕は……。」

「ん?ああ、あたしは両腕両脚が義肢サイバー・リムでね。装甲服を使用する際は取り外してるんだ。」

 大尉は何事も無いかのように答える。

「それはやはり戦闘中の負傷で?」

「いいや、自発的にだ。装甲服に四肢の動きをトレースさせるより、神経接続サイバー・リンクするほうが反応が早いし、多少の無茶なら可能だからな。」

 確かに戦闘用の義肢に換装する兵士は少なくはない。退役後は再生治療を行えば元に戻るのだから。しかし、装甲服とのリンクのためと言うのは珍しい。

「あたしは元々惑星降下猟兵でね。装甲服の機動性は戦場で生き残るためには必須だったんだ。そこで装甲服に乗り込んでいても反応速度を落とさない為に神経接続を選んだわけだ。結果としてあたしは生き残り結果を残せたんで、今回の任務では揚陸戦隊の隊長に選出されたって訳さ。」

 大尉はさも当然という感じで語りだす。その言い方にはどこか誇らしさも感じる。

 四肢を機械に換装することは技術的には、それこそ大暗黒期以前からある技術であり、再生治療が間に合わない状況では積極的に利用されている。しかし義肢への換装は地球文明圏では忌み嫌われる傾向にある。それは大暗黒期の原因の一つであるコンピュータウイルスへの忌避感からであろう。文明を破壊したコンピュータウイルスが何かの拍子に機械化した部分から体内に侵入するのではないかという恐怖。もっとも件のウイルスは当時と現在ではプログラム言語が全く異なるため拡散も増殖も出来ない様である。(ウイルス拡散を阻止するためにプログラム言語をゼロから作り直したとする説も有るらしい。)

 ともあれ、そんな情勢にあって戦場で生き残るために四肢を機械化するどころか、機械との積極的な一体化を目指す神経接続を施す彼女の姿勢は一般社会では白い目で見られるであろうが、そこには彼女なりの生き残るための意志と誇りを感じるものであり、彼女とその配下の部隊に守られる身であるオレには非常に心強いものを感じた。


 装甲服と神経接続を行うとストレッチする様に装甲服の関節をゆっくり動かす大尉。

 そのそばを離れ観察班の面々の様子を見に戻ると、既に全員スーツの装着も終わり揚陸艇への乗り込みを始めていた。

 オレも降下艇へ乗り込み、降下前の最終チェックを行う。すべての機材は待機状態であり、オレのスーツに装着されている機器に問題はない。この状態であれば降下後も正常に動作してくれるだろう。

 指定の座席に腰を下ろすと揚陸艇のハッチが閉じ、ハンガー内に退避指示が発令される。いよいよオレ達はレジェンディア7へと降下し、その地の生態や旧文明の残滓について調査観察することになる。高揚する気持ちを抑えつつ班のメンバーに言葉をかけようかと思い立った時、艦橋ブリッジから優先通信が入った。降下要員全員に対して通信らしく周りの班員達もヘルメットバイザーに通信ウインドウを開いている様子が見て取れる。

「降下要員全員の諸君。艦長のアドニアス・ウィルだ。君たちの任務は大暗黒期以降、交流の無くなった居住惑星の調査観察という過去に例のないミッションだ。その為、私も君たちを待ち受ける事がどれだけ困難であるか推し量ることは出来ない。しかし、だからこそ君たちには無事に帰還する事を命じる。」

 アドはふせめがちにしていたが、一度モニターの先の個々のメンバーを見据えるように前を向く。

「今回の観察では世紀の大発見をするかもしれない。しかし、君たちが帰還し報告を行わなければ、中央政府はもちろんのこと我々アルゴースに残るクルー達もその内容を把握することが出来ない。ゆえに君たちは生還する事を最重要目的とし、帰還までに観察した内容を精査報告する事も任務であることを忘れないようにしてもらいたい。」

 アドはそこまで言うと最後に出撃を命令し通信を切った。同時にアルゴースのハンガーのエアロックが開き揚陸艇が外へと滑り出す。

 列をなした5隻の揚陸艇はV字に隊列を組み直すと、惑星レジェンディア7へと降下を開始する。先頭と左右の最後尾の揚陸艇は揚陸戦隊が、そして右の2番目にはオレ達第1観察班、左は第3観察班の揚陸艇が位置する。

 バイザーに投影されるウインドウには陸地まで到達時間と降下工程の模式図が表示される。模式図に「突入準備」の文字が点灯すると同時にふねが揺れる。大気圏へ突入するために角度を調節したのだ。オレには確認出来ないが艇首及び艇底にはフィールドが展開される。これは大気圏突入時に発生する断熱圧縮やプラズマから揚陸艇を保護するためである。(実際にはフィールドが無くても突入は可能だが、甲板の破損等の事故が置きている場合への対策としてフィールドの展開は星間航行法に定められている。)

やがて揚陸艇内が小さく振動を始め「突入」の文字が表示される。揺れは一定以上には大きくならないものの次第に体に下から持ち上げられる様な浮遊感を感じる。

振動が収まり「突入完了」が表示されると、誰とはなくため息がもれる。やはりみんな緊張していたのだろう。

 なにか声をかけるべきかと思ったがまだ上陸前だ、それに突入に関してオレ達がなにかした訳でもない。

 ならば上陸し作業を始める前がいいだろうと思いオレは上陸後の作業スケジュールの確認を行うのだった。

 揚陸艇はレジェンディア7の空を滑る様に飛翔しやがて上陸地点である森林地帯から離れた荒野へと到着したのは、アルゴースを出発して約1地球標準時間後だった。

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