第5話 観察官、跳躍する

 『アルゴース』が大きく振動した。どうやら跳躍航法に入るらしい。

 オレはこの跳躍航法へ入る瞬間が好きだ。通常の星間航法は基本的に外の景色の変化が乏しい。出向したドッグステーションが見えなくなったら、後は座標に変化のない星々を見続けることになる。

 しかし、跳躍航法を行う際は一気に数十後年から100光年は移動するため、星々の相対座標が変わり結果として景色が変わるのだ。つまりは一瞬後には見飽きた景色が違うモノへと変わる。それを恐れる人もいるらしいが、オレはその先にどの様な景色へと変わるのかを考えるだけで好奇心が刺激される。

『跳躍航法開始、20秒前……10、9、8、7、6、5、4、3、2、1 跳躍』


 跳躍航法は恒星間国家としては必要不可欠な技術だ。居住可能惑星やドッグステーションの距離が光年単位である事は基本的なので、当然通常航法ではとても行き来することは不可能なのだから。

 そして跳躍航法は正確にはではない。跳躍航法とは実行する物体を含む空間の座標を任意の場所へずらす事だからだ。

 例えるなら一つの紐が宇宙。その上を動く点がアルゴースとした場合、その紐は絶えず波打っており重なり合う場合がある。通常は紐の上を動くだけの点はその重なりが有っても距離は変わらないが、高次元の空間で観測した場合(紐を上から見下ろした場合)、重なった部分は概ね同じ座標となる為、さしたる労力を伴わずとも移動ずらす事ができる。概念を話すとこの上なく嘘くさい話になるが、要は通常は認識できない高次元空間へ一時的に入り込むことで普段とは異なる物理法則を利用して空間の座標を変えている訳だ。


 一瞬、目眩の様な感覚に囚われるが、次の瞬間には跳躍航法は終了していた。そしてリアルタイムモニターに映し出される光景は大きく変わっていた。先程まで小さな玉の様に見えていたガス状星雲が画面いっぱいに表示され、その星雲の縁は円ではなく幾何学的な模様を描いている。

 そして、その星雲の一部に不鮮明な場所がある。暗いとも違うその箇所は、まるでモザイクでもかかっているかの様に認識ができない。

 モニターやカメラの不具合ではない。これこそが時空断裂。大暗黒期が置きた現況にして今回の航海の最初の目的である時空断裂跳躍クレバス・オーバー航法の実地テストを行う場所である。

 時空断裂は通常空間からの認識が妨げられているだけでなく、跳躍航法にて突入する高次元の空間においても同様に認識できないらしい。

 オレが時空断裂(正確にはその周囲の可視可能な空間)を見つめていると不意に室内にコールが鳴り響いた。慌ててシステムを起動させアルゴース艦内の仮想現実空間に設置された会議室へログインする。仮想現実空間へログインするだけだから遅刻しても下手な言い訳が通じない。

 オレが会議室へ入室ログインした後も数名が入ってきた。よし、遅刻じゃない。今回の会議は初の時空断裂跳躍航法実施前に各部署の責任者が最終確認するための物だ。

 見渡せば、艦長のアドと副艦長のリーン中佐。機関整備士長のエレボス中佐。揚陸戦隊指揮官のユリア・レジア大尉。船務課長タカキ・シンドウ大尉。第2観察班々長のエリシア観察官せんぱい等の我ら観察班の各班長達が集っている。

 観察班のメンバーを見渡した時、違和感があった。第3班々長のジュエン・ガンにセレン観察官が同席していたからだ。彼女はこの会議の参加メンバーではないずだったが……。オレは興味が惹かれたが話しかける時間もないので、彼女に一言だけメッセージを飛ばした。一瞬彼女はこちらを見て驚いた様な表情を見せたが会議が始まったため意識を会議の方へ向けた。

 会議はリーン中佐とエレボス中佐による時空断裂跳躍航法の再説明からは始まった。


 時空断裂跳躍航法が通常の跳躍航法では越えられない時空断裂を越えられるのは単純な話、より高度な次元を利用する為らしい。

 その高次元空間では時間すらもオレ達の感覚ではロープを伝って上り下りするように移動できるらしい。その為、通常の跳躍航法を行いつつ、時空断裂が発生する以前の過去(もしくは空間断裂が消滅した未来)へと時間航行する事で時空断裂を越え元に時間軸に戻ると言うものだ。

 ちなみにこの方法で時間旅行はできないらしい。それは宇宙の収縮(もしくは拡大)や銀河の移動等により指定した時間座標の安全性が担保出来ないためとの事。(タイムパラドックスについてはそもそもが論理として確立していないので除外している。)


 再説明の後は各部署の現状報告が行われる。オレ達観察班は現地についてから作業に入るため、基本現時点で問題は無いはずだが出向前のミスなどが後から見つかるなんてことがあり得るため、最後の確認タイミングとして観察班もチェックした結果の報告を行う義務がある。

 その為、昨日も各人の個人携行装備や使用が想定されていない武装類に至るまで再チェックを班員に命じオレ自身も確認を行っていた。

 現状について特に問題は確認されなかった為、アドが会議の終了を宣言し、そして航行及び跳躍機関の担当部署以外の休息を命じると会議室は閉じられた。

 オレは仮想現実空間からログアウトしVRユニットを取り外しながら椅子から立ちあがった。仮想現実空間は移動時間が無くて済むが、オレは長時間のアクセスが体質的に向いていないのが難点だった。

 周りは人と合う時には頻繁に仮想現実空間へログインしているらしいが、オレには到底真似できない。まあだからこそ学生時代はフィールドワークが中心の歴史科なんてものを先行していた訳だが。

 ともかく今日はもう休息となったので、班員達にその旨をメッセージで飛ばすとオレはベッドで横になった。

明日の時空断裂跳躍は(と言うか現地につくまではだが)オレには何も出来ることは無い。とは言え初の実践に参加する以上やはり緊張す……。いや不安と言ったほうが正確か。その不安を紛らわすためにも何か刺激の有ることを考えようとするが、なかなか思いつかない。

 そんな風に悶々とした気持ちで横になっていると、不意に備え付けの端末が来客を伝えた。珍しい事も有るものだ。オレが仮想現実空間があまりアクセスしないことはそれなりに知られているとは言え、携帯端末で通話すればよいので、業務について時間外に確認が必要な場合でも班員が直接部屋へ来ることはあまりない。

 そんなオレの部屋へやってきたのは、第3観察班所属の観察官であるミサキ・キリシマ・セレンだった。同じ観察官とは言え班も異なるので(第1班と第3班は現地での直接観察が主任務なので、共同行動をすることは多いが)、これまであまり話した事はない。となると先程の会議での事か。オレは身なりを簡単に直しつつ、端末に来客準備を指示すると応対にでた。

「アイギス班長。お休みのところ突然お尋ねして大変申し訳ございません。」

 自室のドアが開くなり彼女はいきなり深々と頭を下げてきた。これには面食らったが、そのままにしておくと誰に見られるとも限らない。オレは彼女を室内の応接エリアへ招き入れ座らせた。

「セレン観察官。用件を聞こうか。雑談に来たと言うわけでもなさそうだし。」

 オレはドリンクボトルを出しながら、彼女に来室理由を問いかけた。

「はい。先程の会議での事ですが、アイギス班長はわたしの事を認識されていたようですが、何故でしょうか?」

 彼女は何を聞きたいんだ?あの場にログインしていたなら当然その姿は表示されていて当然だろう。艦内(正確には軍施設内)ではいわゆるアバターの使用を禁止されているため、制服姿の本人が映し出される。その為、別人の姿でいることも出来ない。

「実は明日の実地テストについてどうしても気になることがありまして、先程の会議には特別な方法で参加していたんです。」

「特別な方法?それってクラッキングしてたって事か?」

 彼女があっさりと軍機違反を告白してきた為、思わず素で返してしまった。

「結果的にはそうなりますね。正規の権限でログインした後に権限を上書きして会議室へアクセスしましたから。」

 真面目そうに見えるが彼女も変わり者なのかもしれない。まあ観察官になれる実力があれば政府中枢でもそれなりに働き口が有るはずなのに、わざわざ観察官に志願するくらいだし。(オレは趣味と実益を兼ねていることとか、政府に直接関係する仕事したくないとか有るから)

「それについては後で懲戒を受ける覚悟はありますので、班長はお気になさらないでください。それより、やはり先程の会議でわたしの事を認識されていたんですね?」

「あの会議室にログインしていたなら、君の姿は当然表示されるだろ?なら見えていて当然じゃないないのか?」

 彼女が念押ししてきたが、オレは何が言いたいのかわからないので、質問に質問で返した。

「わたしの姿はあの時、自分の姿を超過情報として投影させていました。」

 これを聞いてオレはようやく合点がいった。通常、仮想現実空間へのログイン時は、仮想現実空間のサーバー側が発した通信を体内のナノマシンが受信しその情報を脳へ投影させている。その為、膨大な情報を脳へ全て送り込むと、脳は処理しきれなくなりパンクしてしまう。そうならないようにサーバーはログインした者にあわせて送り込む情報を制限する様にしている。

 参加者が会議室に表示されるのは最上位権限の一つによって統制されているので操作しようがないが、彼女はその制限を利用し誰にとっても不必要な情報として投影することで、少なくともその場にいるメンバーには認識されずにいる様にしていた訳だ。しかしオレはそんな彼女に「君はメンバーだったけ?」なんてメッセージを送ったから驚いて確認しに来たのだろう。

「そういう事か。なら答えは簡単だ。オレは会議室で君を『見かけた』んだ。オレは体質的にナノマシンを受け付けにくいんで常駐型のナノマシンを入れていない。なんでオレは仮想現実空間へのログイン時はVRユニットを装着しているんでね。」 

 VRユニットを装着してのログイン時は、感覚は生身の感覚器に依存する。その為、必然的に受け取れる情報は制限されるのでサーバーによる情報制限は受けない。だから超過情報であっても、『それが存在する方向』を向けば視界に入ってくる。

「えっじゃあアイギス班長もわたしと『同じ』なんですか?」

 彼女は驚きの表情を見せる。

「君もナノマシン不適合者なのか?」思わずオレも聞き返した。

「いえ、わたしは遺伝子調整不適合の方です。遺伝子調整ジーン・アジャストが出来ない以上はナノマシン入れていてもあまり意味ないですから。」

 それはオレより重度の不適合じゃないか……。現在する地球人類が居住可能な惑星は問題ないが、他の星由来の人類が居住する星は地球人類にとって必ずも生存に適した環境とは限らない。その為、他星人類の星へ行く際には遺伝子を調整してある程度、耐性をつける必要が有る。これは他星人類に比べ地球人類が劣悪環境に弱い事に由来している。しかし地球人類は遺伝子の改造が比較的容易という特性が有った為、遺伝子調整しやすい様に何代にもわたって遺伝子を改造してきたのだ。

 しかし、まれに彼女の様な先祖返りを起こし遺伝子調整不適合となる者もいる。その様なタイプの人物は他星人類の星へ行く際の準備が多くなるため、有能でも政府中枢での仕事にはつきにくくなる。(ちなみに監察官が直接観察を行う際は原則として対環境スーツの装着が義務付けられているので遺伝子調整が出来なくても問題はない。)

「ありがとうございますアイギス班長。これで謎が解けましたので、わたしはこれから艦務課へ出頭しクラッキングの件を報告自首してきます。呼び出されるより自分で先に行ったほうが先方の心象がいいですし。」

 同類が見つかったの嬉しいのか、楽しそうに笑顔を浮かべながら立ち上がった。

「それに今のタイミングなら時空断裂跳躍航法の事で手一杯だから細かな越権行為も見逃してくれるかもしれないしな。」

 オレもニヤリと笑いながら言った。それを見て彼女はちょっとおどけた様な表情を見せた。

「あと今は休憩中だ。『アイギス班長』なんて呼ばなくていい。オレの事は『コウタ』って名前で呼んでくれ。」

 オレは誰に対しても仕事中以外は名前で呼ぶようにしてもらっている。もちろん問題なければアドの様に仕事中でも名前で呼ばれても構わない。それにオレは姓で呼ばれることがあまり好きではない。

「では普段は『コウタ班長』。休憩中は『コウタさん』って呼ばせてもらいます。わたしの事も『ミサキ』で構いませんよコウタさん。」

「ああ、じゃあこれからはそう呼ばせてもらうよ。ともかく今は早く船務課へ行って謝ってくるんだ。」

 「はいっ」と答えると彼女は改めて頭を下げ、そのまま退室していった。

 ミサキとははじめて仕事や訓練以外で話した訳だが、ちょっと意外な感じだった。これまでは無口で堅物なイメージだったが、人見知りはするが人懐っこい性格と見たほうが良さそうだ。

 ともかく目標である『レジェンディア7』へ上陸したら第3班とは行動を共にする事になる。ならば彼女や第3班々長のガン観察官以外のメンバーとも交流しておくのがいいかもしれないと思った。

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