第4話 観察官、出航す Part.3

 半球状の壁面に外の光景が映る。そこは宇宙に浮かぶオフィスの様だった。

しかし、そこに並ぶのは業務用の備え付けの机ではなく、艦の航行に必要な計器やレバーなどの機器。

 ここは艦橋。全長1kmを超える超大型艦の頭脳とも言える場所であった。

 艦橋内には数名の人間がつめており、各々に計器を見つめ、時にパネルを操作、またはマイクに向かい何かしらの指示をしていた。

 それを一段高い位置に設置されている艦長席から、男は見ていた。

 現在、艦橋につめいているクルーは皆己の役割を把握しており、必要最低限の命令を下すだけで済む。その為、彼はもっぱら艦の航行と目的達成のための思案に没頭できた。

 モニターに映る光景に時おり星が瞬く。いや、空気のない宇宙において空気による光の屈折である瞬きなど起こることは少ない。

 それは小規模の爆発。光を発している物体が何かしらの爆発が起こっているのだ。

 次の瞬間、突如艦橋の近くに光の帯が発生し、先程爆発を起こしていた物体へと光の帯が伸びやがて物体に吸い込まれていく。

 一瞬の間をおいてひときわ大きな輝きが生まれた。光の帯、光速近くまで加速した重粒子を浴びた物体が溶け爆散したのだ。

 暫くの間爆発は続いていたが、やがてその勢いは弱くなっていく。

『状況終了。シミュレートプログラムを終了します。認識の齟齬から来る現実酔いが起こる可能性があります。不快感を……』

 シミュレーション終了のアナウンスが終わると同時に参加していたクルーたちは一瞬、奇妙な浮遊感と落下感を感じた後、シミュレーションデッキ内で目を覚ました。


 仮想現実空間を利用した訓練シミュレーション。

 意識を仮想現実空間に送り込む事により、擬似的な軍事訓練を体験する。

 宇宙戦闘艦は何かと金がかかる代物であり維持費だけでも馬鹿にならない。まして訓練航海など行った日には途端に必要経費が跳ね上がり、訓練だけで軍事費がパンクしかねない。

 しかし、訓練を欠かさずに行わなければ兵も将校も練度を上げるとができない。そこで閉鎖型仮想現実空間(と言っても大規模な物だと数億単位で同時アクセスが可能)に戦闘艦を再現、そこで訓練を行い経験を行うのが慣例となっていた。

 システム開発費は戦闘艦1隻の建造費と比べて遥かに高コストだが、1度作れば運用コストは現実での航海訓練に比べはるかに低い。その為、軍ではこの訓練方法を取り入れているらしい。

 そしてオレ達が乗るアルゴースは戦闘専用艦ではないが軍の区分では超大型艦に分類され、さらに特殊機材を大量に載せている事もあり、軽々に出港して訓練を行うわけに行かない。

 その為、実際に調査航海に出るまでの間はもっぱらこの方法で操艦訓練を行っている。

 そして、今は課業外である。ステーション内にて停泊中の軍艦のクルーは原則として6時間の課業及び訓練を行い、その後18時間の休息を取る事を義務付けられている。その時間サイクルはクルー全員が同じである。その為、本来であれば今の時間にシミュレーターを起動させることは禁止されているが、アルゴースは新造の特務艦の為、他の艦と運用方法が根本的に異なる事もあり、課業時間後3時間まで追加の訓練が認められている。

 訓練を終え、航海士兼副艦長のエレノ・リーン中佐(任命式の後にこれまでの功績が認められ少佐から昇進)以下ブリッジクルー達がシミュレーションデッキから出てきた。

 艦の運行には関係のないオレはたまたま居合わせた訳ではなく、リーン中佐から話が有ると呼び出された訳なんだが、任命の時以来、艦長アドを目の敵にしていると言われる中佐が、アドと一番古い付き合いのオレに用事というだけで何を言われるのか戦々恐々とした思いだ。

「よく来てくれたアイギス観察官。課業外の時間に来てもらってすまないな。」

 オレを見つけた中佐は、オレのそばに来ると厳しい感じのいつもの表情のままだが、幾分柔らかな口調で声を掛けてきた。

「いえ気になさらないでください。では早速ですが、ご用件をうかがっても?」

 オレは少し焦っていたのかもしれないが、挨拶もそこそこに本題に入ろうとした。

 そんな態度がおかしかったのか、中佐はニヤリと口元を歪めた。

「そんなに警戒しないでもいい。確かに私は今回の人事に少なからず異議があるが、君や艦長の資質に疑いを持っている訳ではない。」

 どちらかと言えば階級より軍歴、戦歴が重要視される現場の軍人にあって、中佐の一言は意外だった。オレは即席栽培で士官待遇の観察官。彼から見れば士官学校を卒業たてのヒヨッコ未満。素人よりは少しだけ物を知っている一般人程度と評価されているものと思っていたのだが。

「では呼び立てた件だが、艦長と付き合いの長い観察官から見て、艦長の調子はどう見える?」

 想定していない質問にオレは一瞬とまどった。

「概ね普段どおりだとは思います。初めての艦船勤務ですからそれなりに緊張しているとは思いますが。」

「なるほど、ところで貴官は任務を遂行する上で必要な事は分かるかね?」

「心構えですか?そうですね……」

 違う方向に話が飛んでるような気もしないがオレは思いつくままに答えた。

「平常心で臨むことでしょうか。何事においても焦っていては失敗してしまいますし。」

「50点というところだなアイギス観察官。答えは平常心と向上心。ああ、この場合は野心と言っても差し支えないか。」

「野心……ですか?」

 中佐の答えにまたオレは驚かされた。向上心なら分かるが何故、野心と言い換えたんだ?

「任務を遂行するにあたっては平常心を持って執り行うことは確かに大切だ。しかし、それはあくまで実際に作業を行う時だ。士官は範囲の大小はあれど指揮官として事に臨んでいる。そうなれば当然、戦闘行動以外にも作戦や運用の立案も含まれる。」

「戦闘行動は平常心、作戦立案は野心を持って当たれと言うことですか?」

「そうだ。作戦立案においては敵の裏をつく必要がある。そのためには相手が思いつかない事を考える必要がある。」

「では普段から相手を出し抜くことを考える必要があるという事ですか?」

 オレは中佐の言葉を遮り答えを急かすように言った。

「イヤそれでは『自分は相手の裏をかく事をしています。』と喧伝しているようなものだ。かえって相手の術中にはまるな。つまりは普段はいつもどおりに運用しつつ、ここ一番で相手の不意をつく行動をとれるように、常に行動パターンを幾つも用意しておくことだ。」

 なんとなくだが中佐の言いたいことは見えた気がする。

「つまりここぞという時に盤面をひっくり返せる準備を野心的に考え。行動は先々の布石を考えながら確実に行う為に平常心を持ってあたるということでしょうか。」

「概ね正解だな。さてここで本題に入るが、ウィル艦長はどちらも欠いている様に見える。先だてのイレイ観察官との一見についても、完全に手玉に取られている感じだった様だしな。」

「あれは、元恋人同士の痴話喧嘩みたいなものですよ。」

 とっさにアドを弁護するオレ。いや、オレが原因とかではないんだが、手玉に取られたのはオレも同じだったんでつい……。

「としてもだ、確かにアイギス観察官の言う通り痴話喧嘩だったのだろうが、勤務に関することである以上は、艦長として責任ある行動をとって欲しいと思うのが部下たる私の思いだ。」

確かにあの件は、階級役職の上下関係なしに先輩の言い分が全面的にとおった形になっている。これはアドにとってマイナス点になっているのはもちろんの事、先々のことを考えれば先輩もマイナスだった様な気がする。

「あの時は、せんぱ…イレイ観察官の言い分を聞きつつもあくまで艦長が決定した様にする必要が有ったと?」

「そうだな。欲を言えば言い合いになる前に片付けられていたら良かったと思うな。」

なにか自分に言い含めるように中佐は答える。

「そこでだアイギス観察官。貴官が艦長の古い友人である事を見越しての相談だが、艦長をサポートして欲しい。もちろん作戦行動や艦船運営に関しては私が積極的にサポートするが、人間関係やプライベートな事に関しては私より貴官が艦長に付いていた方が何かと効率が良いだろうと思うのだがどうだ。」

 悪い言い方をすれば、アドが巻き込まれるトラブルにこれからも付き合えってことか……。班の人心掌握だけでも大変なのにとは思うが、これも腐れ縁のさだめか。

「わかりました。自分が可能な範囲で艦長のサポートをさせていただきます。」

 中佐はそれを聞き一瞬安堵した様に見えた。

「そうかアイギス観察官。よろしく頼む。その際に何かあれば私に相談してくれ。一応貴官より年長者だ。それなりに年の功と言うものが有るのでな。」

「ありがとうございます中佐。でも自分は人の上に立つより誰かのサポートに着くほうが性に合いますので。」

 やや自虐気味な言い方になったが、自分の特性は分かっているつもりだ。

「おいおい。君は第1観察班の班長だろう。現地での文明観察を行う時は君が揚陸部隊の実質的指揮官なんだ。それを忘れてくれるなよ?」

 ややわざとらしく大仰な振る舞いで手を広げ、首をかしげながら中佐が言ったが、口元が笑っている。

「もちろん、それはそれで平常心と野心を持って尽くす所存です。」

 オレも同じ様に大仰な身ぶりをしながら答えた。

 そして目があった瞬間、どちらともなく吹き出してしまった。俺たちの笑い声が広いシミュレーションルームに響く。中佐はオレがこれまで抱いていた人物像とは異なる側面も持っていたようで、なんとなく安心した。

「私の話は以上となるが、貴官からは何かあるか?」

 笑いが収まると、仏頂面に戻り事務的に問うてきた。オレは「いいえ」とだけ答える。

「では出向まであまり時間がない。貴官も準備が残っているのであれば早く終わらせるといい。」

 そう言い終わると、中佐は手元のディスプレイに目をやり、先程のシミュレーションの結果のチェックを始めた。

「失礼します。」とだけ伝えオレはシミュレーションルームを後にした。


 そして地球標準時間アース・タイムで5時間後、『アルゴース』はドッグステーション『A.r.k』より出港した。

 『アルゴース』とオレ達の目的地は『A.r.k』から200光年ほど離れた恒星域Za-72。通称『レジェンディア』。

 そこで『アルゴース』に積まれた時空断裂跳躍クレバス・オーバー機関の実地テストと、かつてレジェンディア星域に存在したという、居住惑星『レジェンディア7』の観察行動。それがオレ達の最初の任務だった。

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