第3話 観察官、出航す Part.2

『汎銀河文明大暗黒期』

 地球標準時間アース・タイムにして、約2000年前に発生した汎銀河文明内での内乱及び、それに伴う通信ネットワーク崩壊による過去の記録の散逸や時空断裂による航行不能宙域の発生の事。

 これらにより約500年前に汎銀河文明政府が再発足するまでの間、大規模な文明の衰退が起こり、時空断裂の影響の無い惑星でも技術喪失によって環境維持が行えなくなった事等により居住不可能となる問題も発生。

 現在も回収または再発明されていない技術や文化が多数存在しており、廃棄星域や進入不可宙域からそれらを回収する事は汎銀河文明政府にとって重要な課題である。

「汎銀河文明再生委員会報告書より抜粋」


 機関整備士長であるエレボス中佐に誘われて、オレ達が乗艦する時空超跳躍艦『アルゴース』の機関部を見学しに向かう最中、中佐に問われた。

「観察官殿に聞きたいんだが、大暗黒期の内乱ってなんで起こったんだ?

昔、歴史の授業でやった様な気がするが、忘れちまってな。」

「…えっとですね。事の発端は当時の汎銀河文明中央議会で、とある星系の議員団が巨大な贈収賄に絡んでいた事が告発された事なんですが、それに対し告発された側が隠蔽の為に、自己進化型のデータ破壊系コンピュータウイルスを汎銀河ネットワークに放ったんですよ。」

 この年配の中佐殿はオレ達の任務の根幹である歴史的事件について、「忘れた」と言い放ったのだ嫌味の一つでも言おうかと思ったが、仮にも相手は上官。

 とりあえず、大雑把に説明したが中佐は「ふーん」と気のない返事を返しただけだった。

 このウイルスは当時最新のプログラム言語で構築されており、放った当事者を含め誰にもまだ対応が出来ない代物だった。

 瞬く間に汎銀河ネットワークは浸食され、拡散を防ぐため各星系政府は各々の判断で物理的にネットワークを遮断した結果、星間通信ネットワークは崩壊してしまった。

 そしてネットワークが崩壊した以上、情報は寸断され、抗議しようにも相手に連絡がつかない。

 相手の状況が分からない為、疑心暗鬼となる中、報復として物理的な攻撃が始まったのは、ある種当然の成り行きだったのだろう。

 しかし、報復は報復を呼び、政治的な思惑から別の星系を攻撃する陣営まで現れ、居住惑星の崩壊はおろか時空にまで影響を及ぼす大規模破壊を行うまでになり、全ての星系が疲弊するまでの数百年間、汎銀河文明圏の内乱は収まらなかった。

 これが世に言う『大暗黒期』のあらましだ。

「おっかないねぇ。たかだか金の問題で世界が滅びかけるなんてなあ。」

 まるで初めて聞いたかの様に中佐おっさんはつぶやいた。

 中佐、この事件については訓練中にも講義がありましたよ…。

「まあ、そんなこんなで衰退した汎銀河文明にあって時空断裂を越える技術の実用化が出来たんで、汎銀河文明中央政府は時空断裂跳躍クレバス・オーバー技術を使用し、大暗黒期以前に人々が暮らしていた惑星の調査を指示したんだな。」

 事もなげに言い放つ中佐にオレは目を丸くした。

 中佐は最初から知らないふりしてオレをからかっていた訳だ。アドも中佐もオレを担ぐ事が面白いらしい。

「特に多くの星域において種族発生の星、故郷星くにぼしや重要施設のある星の中にはウイルスの浸食を防ぐために意図的に時空断裂を発生させたって話だからな。

今回のプロジェクトでそれらの星系に行く事が出来たならば、多くの失われた技術や記録が見つかるかも知れないって事だな。」

 やがて艦内移動用の単路線車両モノトレインは機関室へと着いた。

 中佐が先に降りてセキュリティチェックをパスしていく。

 オレは中佐の同伴者として、ID等のチェックは受けたが中佐の本人確認に比べたらはるかに簡単だった。恐らく申請時に中枢コンピュータで様々なチェックが行われ中佐とオレのIDが一時的に紐つけされているのだろう。

 何重にも施されていた隔壁(実際は進入用のシャッターなのだが隔壁と形容した方がしっくりくる感じだ)が開きオレ達は中に入った。

 そこは『機関室』なんて広さではなかった。小型艦船用ドッグ程は有りそうな空間に、1つの巨大なモニュメントが一定の低音を響かせながら浮かんでいた。

『偏差機関ジェネレーター』。外宇宙航行用船舶なら一般的に使用している動力機関だ。

宇宙空間にも放射線等の様々流れが存在する。その流れを利用してエネルギーを発生させる半永久の外部燃焼型発電機関。極端な言い方をすれば宇宙版水車小屋が『偏差機関ジェネレーター』だ。

しかし、この場に設置されたジェネレーターは、これまでの物よりはるかに巨大だった。

「これが艦のメイン動力機関ですか。なんか大きすぎませんかね。」

 オレが素直な感想をもらすと、中佐は意地悪そうににんまりと笑った。

「外れだよ観察官。こいつは時空断裂跳躍専用のジェネレーターだ。

 いくら『アルゴース』がでかいとは言え戦闘艦では無い以上、通常航行なら従来型で十分だ。

 時空断裂跳躍は莫大なエネルギーを必要とする。その為には最低でもこの規模のジェネレーターが必要だったって訳だ。

 この艦のサイズ選定も、専用ジェネレーターを搭載する為のスペース確保が第一基準だったて話だ。」

 これまで数百年もの間、不可能だった時空断裂の突破を可能なったが、こんな超大型ジェネレーターが必要では一般化にはまだまだ問題が有るようだ。

 ふと周りを見渡すと、出航はまだ先だがジェネレーターの周囲で技官達がチェックを行っている。

 そう言えばまだ出航していないのにこのジェネレーターは既に起動している。ジェネレーターの周囲がやや歪んで見えるのも『偏差機関ジェネレーター』が起動し空間に干渉している為だ。

 時空断裂跳躍に必要なエネルギーは、このジェネレーターでも瞬間的に賄いきれない場合があるので、バッテリーが用意されており時空断裂跳躍が行われていない時でも常時ジェネレーターは動かしエネルギーを蓄積していると中佐は説明したが、これは予想以上に大掛かりな仕掛けが必要なシステムらしい。

「いつまでも担当外のオレがお邪魔していると、作業の妨げになるかもしれませんので、そろそろ戻りますよ。」

 次の予定が近づいていた事もあり、オレは切り上げようと席を立とうとした。

「そうか。なら観察官どの。最後に一つ、立ち入った事聞いてもいいか?」

 中佐が改まってプライベートの事を聞いてくるとは珍しいが、直ぐに「いいですよ」と答えた。

「お前さん。なんで観察官になったんだ?

 民間や文官の学者なら分からんでもないが、わざわざ半軍属の観察官なんて中途半端な道を選んだ。

 軍属になるのであれば、純粋に軍隊に入れば、指揮官や参謀として親父さんを越える事も出来たかも知れんのに。」

 一瞬だったが、中佐が何を言っているのか分からなかった。

 否。分かりたくなかった。

「中佐。オレは文明再発見に従事する事が自分の道と定めてこの道を選びました。観察官になったのは、一番現場に近いと判断したからです。軍属になりたくて選んだのでは有りません。」

そこまで言うのが精いっぱいだった。「では失礼します。」と簡単に挨拶をすませ、その場を後にした。

 オレは間違っても親父と同じ道は歩みたくない。救命の英雄ともてはやされ、周りが見えなくなった奴と一緒にされたくは無い。

 ここが仮にも軍艦である以上、親父の話が出る事は覚悟していたが、やはり比べられるのは居心地が悪い。

 今さらながらに、軍属でありながらそんな話を全くしないアドは稀有な例だったと思い知らされた。

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