第2話 観察官、出航す Part.1

 任命式終了後、オレ達は早速出航の準備に入った。

 配属人事に不満のある者もいたが、全員が職務に必要な資材の準備やミッションブリーフィングをこなしていた。

 程度の差はあれ、今回の航海を成功させプロジェクトを軌道に乗せなくてはならない事は誰もが承知していたからだ。

 「進入不可能宙域への探索」などと言えばロマンチックな空想を思い浮かべるであろうが、居住不可能な惑星が増えている現在、汎銀河文明の各政府は相対的な人口増加による食糧危機が危惧されていた。

 それは百年単位での未来に起こりうる危機であり、オレ達にとっての最重要案件は、如何にして円滑に艦を運行しミッションを成功させる事だが、その一つ一つの行動が未来を決定づけていくと感じていた。

 今日は朝から会議だった。議題は観察班の優先順位。元来の観察行動においては、最初に惑星軌道から間接観察を行う2班に優先権が与えらているが、今回のプロジェクトでは地上で直接観察を行う1班と3班に最優先権が与えられている。

 軌道からの観察は経験が必要な為、今回招聘された2班の観察員達は場数を踏んでいおり、従来どおりに優先権が無い事が面白くない者も多く、第2班々長が艦長に指揮官権限での優先権の変更を直談判した事が発端らしい。

 エリシア・アルテール・イレイ(大尉相当)観察官。第2観察班の班長。オレやアドにとってはスクール時代の先輩でもある。

 学生時代から才媛として知られており、代々高名な政治家や将軍を輩出した家系の出身。末は将軍か星域元首こっかげんしゅと噂されるほどの女性だ。

 そんな彼女せんぱいが汎銀河文明圏全体に関わるプロジェクトとはいえ、末端の現場作業員といって差し支えない観察官として参画したのは周囲から驚かれたが、当人を知るオレ達は至極当然の話だった。

 端的に言えば彼女は現場主義。どんな仕事でも現場の最前線に立つ事を至上としている。

 だからと言って、組み易い相手かと言えばそうでもない。…プライド高過ぎんだよなあ。

 もちろん、そのプライドに見合っただけの結果を出しているので、非の打ちどころがないんだが、納得のいかない指示には、自分の意見が通るか、納得できるまで意見具申するタイプ。

 今回もそんな彼女の性格ゆえ、班員の士気を考えて直談判に出たのだろう。

 正直なところ、オレはそんな細かい事にこだわってはいないんだが、第1班の班長としての責任があるし、何より彼女が相手なら、二人の事を知る友人としてアドを手助けしない訳にもいかない。

 向こうさんは公私混同上等でアドの弱点をついてくる事は目に見えている。何せ二人はスクール時代に付き合っていた。その時のネタも使ってアドを強請ゆすってくるだろう。

 …オレが行っても昔の悪戯をネタに攻撃される事は目に見えてるんだけど。

 会議室の扉が開くと、そこには会議とは言えないものが広げられていた。

「大体、こうやって強引に話を進めようとするから、話が進まなくなるんですよ!」

 唾を飛ばし、声を荒げるアドに対し、エリシア先輩は顔を俯かせていた。

 一見アドがやり込めている様に見えるが、何かおかしな雰囲気だ。

 あの先輩がアドに口で負けるか?もしかしたら、オレの知らない極めてプライベートな時間では、そんな事も有ったのかもしれないが、少なくても第三者が見ている様な場所でこんな事は無かった。

 そして、ここには各班の班長以下、数名の観察官がいるんだぞ。そんなトコで弱味を見せるタイプか、あの人は?

 ……あ、はめられているなコレは。

「艦長。今の発言はあまりに侮辱的では有りませんか?いくら過去にプライベートな関係だったとしても。」

端の席に座っていた女性観察官が、小声で発言した。

小柄な身体を精一杯伸ばしそれだけ言うと、背を丸めて手もとの端末に目を戻していた。

たしか、第3班のミサキ・キリシマ・セレン(少尉相当)観察官だったか。訓練期間の頃からあまり話した事は無いが、聞くところによると、幼いころから科学、観察学の分野で非凡な才能を示しての抜擢らしい。オレよりも2歳ほど年下でチーム最年少のクルーとの事だ。

 あまり人付き合いはしないとの話だが、今の発言からすると会話の流れを観察しているしコミュニケーションが不得手な様ではない様だ。閑話休題。

 そして彼女の一言を皮切りに女性観察官を中心とした艦長バッシングが始まった。

 それも上官で有る事を無視したかの様な結構きつい言葉で。

 そんな中でも、エリシア先輩が全く発言しない事が気にかかる。

 いつもならここまで流れが自分に有るなら、確実に相手を仕留めにいくんだが。

「みんな、ありがとう。でも艦長の言う事にも一理あるわ。委員会が決定した事は艦長の権限でどうにもならないと思うの。」

ようやく口を開いた彼女は、なんと自分の非を認めアドの擁護する発言をした。

「でもそれは出航する前の話。出航したら艦内の人事権は全権、艦長に委譲されますよね、アド?」

 少し身を乗り出し、ニコリともせずに同意を求める。しかも、艦長と呼ばずに愛称で呼んでるよ…。

「だから、出航後にあなたが観察優先権を1班から2班へ変更すればいいのよ。でしょ。1班々長?」

 そこでオレに振るか…。まあ、ここは腹くくるしかないか。

「確かに出航後であれば、艦長権限のもと、担当班々長の同意を持って観察優先権の委譲は可能ですねエリシア先輩。」

「アイギス観察官。今の私はあなたと同じ大尉相当の観察官です。スクール時代の関係を持ち出して、無意味な上下関係を作らなくてもよろしいです。」

 自分の事は棚に置いて叱責してくる先輩。ただ、あくまで優しく諭す口振りから、周りは垣根を取り払う為の発言に聞こえただろう。

 恐ろしく計算された言動だ。

「ではイレイ観察官と呼ばせて頂きます。イレイ観察官は2班に観察優先権を委譲した場合、その優先権を行使して何をされるおつもりですか?」

 こうなっては、口論するつもりは毛頭ないので、単刀直入に理由を聞いてみる。

「観察対象惑星到着後、最初に行う衛星軌道からの間接観察の時間を延ばします。これは2班の主業務ですが、本計画では通常より間接観察の期間が短縮され、その分の地表に降りての直接観察の時間を延長されています。間接観察の時間が短くなりますと、惑星降下するメンバーの安全を確認しきれない可能性があります。」

 なるほど、メンツの問題ではなく安全管理上の提案か。

 ならもうひとつ。

「イレイ観察官、重ねて確認します。直接観察に関して2班は優先権を行使する予定は有りますか。」

「我々は間接観察のエキスパートですが、直接観察について有効な手段を持ち合わせていませんので、他の班の行動への干渉は考えていませんアイギス観察官。」

 先輩はやはり切れ者だ。交渉に有効ならプライベートだろうが、醜聞だろうが、あらゆる手練手管を使ってくるが、目的は相手を落とし込める事ではなく、常に全体の為を考えている。

 オレはアドの方を見る。アドもオレの視線に気づいて少し肩をすくめる動作を返した。どうやら今回はオレ達の完敗だな。

「イレイ観察官。観察優先権の委譲につきまして了解しました。もし間接観察に必要な機材等がありましたら、1班に要請して下さい。ある程度でしたら要望にお応えできます。」

 正直なところ、今回の計画では最新の機材が導入されており、既存の性能の機材はコンパクト化している物も多いので搬入量に余裕がある。だからこその提案だが、先輩は事務的な返礼を返しただけだった。

「一応、話はまとまったな。」

 アドがどこか気まずそうな調子で口を開いた。

「先程は俺も個人を中傷する様な発言をしてしまい申し訳ない。以後はこの様な事が無い様に気をつける。」

 頭を下げる事は無いが、謝罪した。仮にも軍隊である以上、致命的な問題ではないので、上官の謝罪としては的確な態度だろう。

 続けて解散が命じられ、それぞれに会議室を後にしていき、後にはオレとアドだけが残った。

「正直すまないな。こんな事で手を煩わせて。」

アドがドリンクカップを渡しながら、改めて謝罪してきた。

「お前は艦長だろ。気にする事は無いさ。…まあ本音を言えば、先輩には会議を開く前に直接オレに交渉してくれればと思ったがね。」

オレはカップを受け取りながら答えた。

「そう言ってやるな、彼女はああ言う性格なんだよ。裏で確約取り付けるより、オープンな場で本音をぶつけて決める事を好むんだ。」

どこか遠くを見つめながらアドが呟いた。

「昔の男にはそう言う機微が分かるってとこか?」

カップの中身を飲み干したついでに、ツッコミを入れ、オレはドア向かった。

一瞬、顔を真っ赤にしたアドの顔が見えたが、今は見なかった事にして会議室を後にした。

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