こくりさんの憂鬱

辻本 浩輝

こくりさんの憂鬱

 その学校には噂があった。


 毎年、卒業式の前日になると、少女の幽霊が出るという。

 校舎裏にある桜の樹の下に、その少女は現れると伝えられていた。

 そして、少女はこう言うそうだ。


「わたしには、いつ春が来るの?」


 彼女の問いに答えられる人はなく、いつまでたっても成仏できないままだという。


★ ★ ★


 卒業式の前日だというのに、僕は憂鬱だった。


 この学校の生徒たちの間で、もう何年も続いている儀式がある。

 卒業式の前日の夜、選ばれた一人の男子生徒が、校舎裏にある桜の樹の下で、少女の幽霊に会いに行くというものだ。

 選ばれた生徒のことを、生徒たちは「こくりさん」と呼んでいた。「こっくりさん」と掛けているのだろうか。

 その年に「こくりさん」となった者は、卒業式の日に、後輩である二年生の男子生徒を翌年の「こくりさん」に指名することになっている。そうやって受け継がれてきた儀式だった。


 僕は、すっかり日が落ちて暗くなった学校の敷地内を歩いていく。


 去年、「こくりさん」となった先輩から指示されたのは、卒業式の前日の夜に桜の樹の下へ行け……ということだけだった。いったい何が起こるのかは、まったく教えてくれなかった。その先輩はただニヤリと笑って、がんばれよ!と僕の肩を叩くだけだったのだ。

 なぜ、夜の学校はこんなにも不気味なのだろう。心臓の鼓動が速まるのを自覚しながら、校舎裏へと急いだ。


 いつものように、そこには桜の樹があった。何も人影らしきものは無い。ゆっくりと桜に近寄り、樹木全体を見上げてみる。

 この桜は花を咲かせなかった。一説には、この桜の樹の下に、ある女子生徒の怨念がこもっているという。ここで過去になにか悲劇があったのか、それ以来、花が咲かなくなったという。それを思うと、少女の霊が「いつ春が来るの?」と問うてくることは悲しい話だった。


 僕は、しばし考え込んだ。もし「いつ春が来るの?」と少女に聞かれたら、どう答えれば良いのだろうか。もし上手く答えられれば、霊を慰めることができて、この桜も花を咲かせるかもしれない。

 しかし、これまでの「こくりさん」が答えられなかったのだ。機転の利かない自分に、できるだろうか。そもそも、なぜ、自分が「こくりさん」に選ばれたのだろう?


 思いを巡らせていると、ふと周囲が、ぼうっと明るくなりはじめた。

 しばらくすると、桜の樹の下一面が、青白い光で浮かび上がるように照らされていた。


「あなたを待っていました」

 背後から少女の声がした。

「あっ、まだ振り返ってはダメですよ」

 抑揚のない少女の声が、空気を揺らす。

「あなたにお願いがあります。いいですか?」

 僕は、ただ立ち尽くすだけだった。背中から突き刺さるような声に、体が動かなかった。

「あ、はい……」

 背筋に冷たい汗が走る。

 少女は、声を強くして言った。

「わたしに告白してください」


 その言葉の意味が、よく分からなかった。


「こちらに振り返って、わたしのことが好きです――と告白して欲しいんです」


 少女の嘆願する声には悲しみが含まれていた。きっと、彼女はここで好きな人に振られたのだ。その怨念がここに居着いてしまったのだろう。

 自分の力で、この怨念をはらってやりたい。

 僕は意を決して振り返った。


 目の前にいたのは、一人の少女。膝下まであるスカートのセーラー服を着ている。古い卒業アルバムでしか見たことのない、一昔前の制服姿だった。肩まで伸ばした黒髪が、青白い光の中でつややかに映えている。紛れもなく美少女と言って間違いなかった。

 そのつぶらな瞳に吸い込まれそうになりながら、僕は彼女に正面を切って告白した。


「僕は、あなたのことが好きです!」


 一瞬の静寂が、辺りを包み込む。これで、少女の怨念は消えてくれるだろうか。

 すると、少女の顔がみるみると険しくなった。


「一年待った結果がこれ?」「なんで、そんなにブサイクなの?」「あんた、もしかしてB型? あたし、B型の男って苦手なのよね」「まさか、B型に間違われるA型とか? そんじゃ、もっと最悪!」「ほんと、この学校にはろくな男がいないのね」「去年もひどかったけど、今年もひどすぎるわ!」「あんたにコクられるぐらいだったら、死んだほうがましね!」「あ、もう死んでるから、これ以上、死にようがないけど!」


 ありとあらゆる罵詈雑言を浴びせ続けられて、僕は、その場に立っているのがやっとだった。今にも、膝から崩れ落ちんばかりだ。

 な、なんなんだ。この屈辱感は。

 自分を「こくりさん」に指名した先輩は、きっと僕のことが嫌いだったに違いない。これは嫌がらせだ。


「あ~あ、なんか疲れちゃった。これ以上、あなたに文句言うのも面倒くさいわ!」

 少女は、ようやく罵詈雑言の嵐を収めた。

「来年こそは、本当にイイ男を連れてきてちょうだい。いいわね!」

 少女の吐き捨てるような言葉に、僕は来年の「こくりさん」候補を思い浮かべていた。そうだ、奴がいい。あのブサイクで嫌味な奴だ!


「ねえ、わたしには、いつ春が来るの?」

 そう言い残して、少女は姿を消した。

 僕は、暗闇に向かって叫んだ。

「そんなの知ったことかあああ!」


――了

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こくりさんの憂鬱 辻本 浩輝 @nebomana

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