オカルト中毒《ジャンキー》少女と『ママの味』

べる・まーく

『ママの味』とマスコット人形の女の子

 夢の中で死後を生きる幽霊少女、彼岸ひがんはな

 みんなから『花ちゃん』と親しまれる少女が作る世界は少し奇妙で恐ろしい世界だ。


 ちなみに、彼女の名前は〝ばな〟ではなく〝はな〟なので注意して欲しい。


『ミんな、また来てくれて嬉しいよ』


 少女の幼馴染みである天才少年が、幼くして病で亡くなった彼女のために作ったのが『ヒガンハナ』のシステムだ。複雑な呪術式を、膨大な演算処理をこなすマザーコンピューターへ組み込むことによって花の魂をシステムの中に保管することを可能とした。


『ルいは友を呼ぶ。私も『噂』。『噂』は私の友達』


 生前、花には他人には見えない存在を見ることができた。

 人とは違う存在の彼等を花は好み、世間では都市伝説なんて呼ばれる彼等もまた花を好いた。


 だから、彼女の作る世界には口裂け女や人面犬等の都市伝説が住んでいる。彼女も都市伝説も、存在を維持するためには噂され、人々の記憶に残らなければいけなかった。


『キーっと、今回はみんなの知っているお菓子の噂』


 噂は忘れられれば消えてしまう。

 それは都市伝説となった花も他の噂と同じ。綺麗な思い出よりも強く残る記憶……それは『恐怖』。彼女達は語り継がれるために今日も人へ『恐怖』を刻む。


 ――――訪ずれた者に忘れられない『恐怖きおく』を刻むために。


 そんな花に人間の友達ができたのは、彼女が死んでから30年経った夏のことだった。私立彼岸高校に通うオカルト部。総勢4人の変わり者の集団。みんなバカでお節介。……おまけに騒がしい。


『は?オカルト部のみんな?バカだよ。大バカ。……だから私はみんなが好きなの』


 彼等は花の世界に招かれた被害者でもある。

 以前、4人を花の世界に招待した時は、死ぬほど怖い目に合わせてやったというのに、彼等は事件の黒幕である花をオカルト部に誘い、友人として迎え入れた。


 『恐怖』させた怪奇を友人に誘うなんてイカれてる。正気じゃない。最初はそう思った。だけど、花がバカと呆れる友人達はその後も度々花の元を訪れる。今ではその輪の中にいることに悪い気はしない。正真正銘本物の幽霊部員だけど、花にとってオカルト部の5人目の部員としてみんなと過ごす時間は、大切なものになっていった。


 だから、花は彼等に振る舞わなきゃいけない。

 とびきりのオカルトを。


『ママの味って、何味か知ってる?』


 赤いレインコートを翻して花は笑う。


『~♪クスクスっ。私はみんなに『怪奇オカルト』をご馳走しなきゃ。今回は甘~いお菓子の噂。……たんとめしあがれ』



 *****



 夏の終わりを感じさせる清涼な風が吹く。

 夕焼け空の下、彼岸花の赤い花弁がさわさわと揺れる。

 オカルト部のみんなは花の世界を訪れていた。


「きょ、今日話すのは、み、みんなもよく知ってるお菓子の噂」


 語り部は、全身黒色で統一したゴスロリ服の少女。

 どもってしまうのが癖で、変人揃いのオカルト部の中で『オカルト中毒ジャンキー』の渾名。通称オカジャンだ。


「こ、このお菓子、知ってるよね?」


 赤い箱から取り出されたのは一粒のキャンディ。

 半透明の白い包み紙で包装されている。両端を捻られた包み紙には、ピンクやオレンジ色のマスコットキャラクターの顔が描かれていた。


「おぉ!それはミルク味のクリーミーなキャンディだねっ!もちろん知っているとも。知っているさっ!柔らかくて独特な食感は私の大好物だよ。『ママの味』に燃える!」


 ベリーショートの黒髪を逆立たせ、Tシャツ短パンの少年のような出で立ちの少女。「燃える」が口癖で、感嘆符がやたら多いのがオカルト部の体育会系暑苦しい担当、通称『脳筋女マッチョン』だ。


「ふふふっ、あのCMは耳に残るよね。ふふふ~んはママの味~♪」


 ポニーテールの少女がCMのフレーズをハミングすると、頭の中にCMの映像が再生される。オカルト部の濃い面子に囲まれて普段は目立つことの少ない少女、通称『フツーちゃん』。


 二人が口にした『ママの味』。

 それこそが今回の噂の肝だった。


「じゃ、じゃあ……ま、マスコットキャラクターの女の子も当然知っているよね?」


 模範的な反応を示してくれた少女達に、弾んだ声でオカジャンは笑顔を向ける。


「マスコットキャラクターって……赤いオーバーオールを着て、舌をペロッと出している女の子の事かい?」


 七三頭の黒縁眼鏡の少年。オカルト部の部長。部のブレーンにして自他ともに認める天才少年。通称……役職のまま捻りもなく部長。


「ふっくらとした頬っぺたがほんのり赤くて、赤いリボンをつけた女の子の事だねっ?牛のベコのような可愛さに萌えるっ!」


「こ、これを見て」


「これは……キャンディの包み紙?」


 オカジャンがスカートのポケットから取り出したのは、白い紙の包装紙。そこには商品のマスコットキャラクターである女の子の顔が小さく印刷されていた。


「こ、ここに書かれている女の子の顔が、と、途切れずに10個印刷されていれば、ね、願いが叶うって言われているの」


 彼女が取り出して見せた包み紙には、10個の顔が途切れずに印刷されている。


「おぉ、実物を持っているんだねっ!ひーふーみーよ、うん、確かに途切れずに顔が10個書かれているよ」


 箱から出したキャンディを取り出すと、オカジャンは口の中に放る。そして包み紙を広げてみれば、なるほど女の子の顔は紙の端で途切れてしまい9個しか納まってない。


「こっちは途中で顔が切れてしまっているね」


「ほ、捕捉すると他の味は絵柄も違うけど、く、クローバーの中に四つ葉が混ざっていたり、は、ハートがたまに印刷されている物あるらしいよ」


「へー!私もたらふく食べてきたけど知らなかったよっ。今度から包み紙も注意して食べてみるとしよう」


 願いを叶えるキャンディの包み紙。確かに都市伝説ではあるのだが、普通の女子高生が好みそうな話題だ。女子勢は喜んで見せるが、部長は苦笑いを浮かべる。

 わざわざ花の世界に足を運んでまで話す内容としては、少々インパクト不足だ。


「で、オカジャン。当然、続きがあると僕は考えているんだけど……どうかな?」


 それだけではオカルト部の語るオカルトとしては役不足だ。そう言いたそうに、物足りないと訴えかける部長の視線を受けてオカジャンがニヤリと笑う。


「さ、流石部長ね。こ、ここからが本題・・。み、みんなは何でこのお菓子が『ママの味』なのか分かる?」


「分からないっ!」

「……ミルク味だから?」

「ママの作ってくれたお菓子だからかい?」


 三者三様の回答に、オカジャンは首を縦にも横にも振らない。瞬きもせずにじっと皆の瞳を覗き込む。


「――――こ、このお菓子のマスコットキャラクターの子が生きていたのは、まだ日本が戦争をしている頃のこと。女の子はお母さんと二人で暮らしていたの」


 オカジャンのどもり・・・が消えていく。

 オカルトを彼女が語るとき、まるでスイッチが入ったように言葉は淀みなく紡がれる。


「当時は戦時中ということもあって食料難が続いていた。二人の生活もまた、とても貧しいものだったの。女の子は毎日『おなかがすいた』とこぼしていて、母親はそれをとても気にしていたわ。当然、家にお菓子なんてあるはずない。そしてとうとう女の子の空腹が限界だと悟った母親は……」


 ――――ゴクリ。

 語り部の声だけが静けさの中で響く。唾を呑み込む音が騒々しく感じた。


「……自分の腕を切り落として女の子に与えたの」


 目を見開いたまま固まるみんなの表情を満足気に眺めながら、オカジャンは口を開く。


「ねぇ、みんな。何が・・『ママの味』なんだと思う?」


「お、オカジャン?何が、とは……私は今とても嫌な予感がしているのだけれど?」


 嫌な予感が胸を掻き立てる。


何で・・舌をペロッと出していると思う?」


「ご馳走様的な表現かな~?」


 数秒。場に沈黙が流れる。

 うっすらとした微笑みを浮かべたまま、ゆっくりとした口調でオカジャンはもう一度皆へ問い掛ける。


「女の子は、何を・・食べたと思う?」


 重ねられた質問に、皆は表情を強張らせる。

 その質問に、誰も答えられない。


 いや、質問の答えは目の前に用意されているが言葉にしたくなかった。だって、もしもそれが『ママの味』なのだとしたら、あまりにも悲しくて、あまりにも残酷すぎる。


 空腹の女の子と切り落とされた母の腕。

 導きだされる答えは自ずと……。


「ねぇ、みんな。このお菓子の名前にお母さんの残したメッセージが隠されているのを知ってる?」


「……お母さんのメッセージ?」


「お母さんは衰弱していく。医者にかかるお金も無い。苦痛に悶えながらも考えるのは娘が生き延びる事。だけど、もう自分で女の子へ分け与えるだけの力は残っていない…」


「……」


「そこで、お母さんは娘に言ったの。たった7歳の女の子に。……このお菓子の名前を逆さに読んでみて」


 思考する事を拒絶する頭の中で、全員がお菓子の名前を思い浮かべていった。ゆっくりと、ゆっくりと逆さ文字へと変換して言葉を紡ぐ。


「き、る……み?」


 羅列した言葉がすぐには理解できず、みんな眉を潜めた。

 疑問を言葉しようと部長が口を開こうとした瞬間、怪訝な表情を浮かべたままのメンバーにオカジャンが解答を口にする。


「――――KILL ME。私を殺して」


 その場にいた全員が言葉を失う。

 ゾクリと寒気が背筋を走った。


「……ぁ」


 ――――ルルルール、ルルルルルル~♪


 フツーちゃんが声にならない声を漏らしたのと同時に、スマホから着信音が流れた。慌ててポケットをまさぐり、スマホを引っ張り出す。


 ディスプレイに表示されている名前は『花』。

 通話ボタンを押すと、5人目のオカルト部である幽霊部員の『花』は切迫した声で話始める。


『あ~、あー、みんな『花』だよ。ちょっといいかな?オカジャンが熱弁を振るうものだから……』


 ――――ドサッ


「「「「うぁ!」」」」


 大きな音が後ろで響く。

 突然の物音に思わず全員声をあげた。


『……噂していた女の子、来ちゃった』


 フツーちゃんがスマホを耳に当てたまま、音のした方を恐る恐る振り返ると……そこには、人形が立っていた。


「これってマスコット人形?――――だあっ!?」


「ねぇ、みんな?あの人形が持っているのってもしかして……」


「あぁ、僕も視線を逸らすことができないよ」


 赤いデニム生地のオーバーオール。その下に黄色い長袖を着て茶髪の赤いリボンで結ぶ女の子。ふっくらとした頬に満面の笑みを浮かべて舌をペロリとだしていた。


 店頭に並んでいるマスコット人形と同じ姿。

 ただし、彼女が両手に抱えた物を除けばだ。


 光沢のあるプラスチック製の両腕で大切そうに抱え込むのは、色白く細い腕だった。ここからだと見えづらいが、末端からポタポタと赤い液体が滴り落ちているように見える。


『……ママ』


 寂しげな声が聞こえ、人形の首がスイングしてカタカタと音を鳴らす。切ない声。なのに笑顔のまま変わらない表情が不気味だった。


「えっと、オカジャン?私達は逃げる準備をすればい、いいのかな?あの手に抱えた物は……萎えるっ!」


 人形との距離は歩幅にして10歩くらい。


『……ママ』


 一歩、また一歩と人形がこちらへ歩き始める。同じ歩幅だけみんなは後退していく。……ただその中で一名を除いて。


「オカジャン?何を、するつもりだい?」


 黒のゴスロリ服少女は一人前へと進む。彼女の表情には先程までの余裕はなく、緊張しているように見えた。


「危ない!僕たちの所まで下がって、オカジャン!」


 部長の静止の声には答えず、オカジャンは迷いの無い足取りで人形へと距離を詰めていく。


「み、みんな!」


 オカジャンは立ち止まると拳を握りしめて叫ぶ。

 振り向いた眼差しは、強い覚悟を感じさせた。


「こ、こうなるの分かっていたの。だ、黙っていてごめんなさい。で、でも私に任せて欲しいの」


 そう言うと、彼女は人形に向き合って腰を下ろす。

 目線を合わせ、小さな子供に話すように優しく語りかける。


「お、お姉ちゃんね、ここならあなたに会えると思っていたの。あ、あなたの『噂』を知ったときから会いたかった。ね、ねぇ、お母さんに……会いたい?」


『ま……ママ?』


 くりっとした人形の大きな瞳にまっすぐと視線を注ぐ。


『ママ、ママ、ママ、ママ、マママママママママママママママママママママママママママママママママママママママママママママママママママママ、ママ、マママママママママママママママママママママママママママママママママママママママママママママ』


 人形から連呼される『ママ』。

 カタカタと首を左右に暴れさせながら、抱えている腕に噛みついた。肉を引き千切って顔が腕から離れると、口の回りに付着した血液を長い舌で拭った。


 狂気さえ感じる動きに、飛び出したい衝動を必死に殺しながら部長達はオカジャンを見守る。


「わ、私はこの都市伝説を知ったとき、ひ、『ヒガンハナ』の世界で話をしようって、き、決めていたの」


 暴れる人形を目の前にしても、オカジャンは落ち着いていていた。少し悲しそうな瞳で女の子を見詰め続ける。


「こ、このお菓子メーカーの社長が、この子みたいな子供をもう生み出さないようにしようって、か、彼女をメーカーのマスコットキャラクターにしたの。あ、甘いお菓子を好きなだけ食べられる世の中にしようって。お、お腹が空いて『ママの味』を知るような子供がもつ生まれないようにって、このお菓子を作ったの」


 右手を伸ばしたオカジャンが、そっとマスコット人形の頭を撫でた。カタカタ動いていた首が止まり、掌ほどの大きな黒目がゴスロリの少女をじっと見詰める。


「こ、この子の年齢はまだ7歳。身長は100センチ。た、体重はたったの11キロ。け、結局、彼女は死んじゃったの。わ、私調べたんだ。も、もしも花ちゃんの世界で彼女に会えるのだとしたら、しゃ、社長さんの願いを叶えてあげられるんじゃないのかなって」


 大切そうに腕を抱え、口の周りを真っ赤にした女の子を見てオカジャンの目尻に涙が溜まっていく。


「ね、ねぇ。お姉ちゃん達と一緒にお菓子食べよ。も、もう『ママ』を食べなくてもいいんだよ?」


 瞳の動かない人形に話し掛ける少女。

 なんともシュールな光景を、他のメンバーは固唾を呑んで見守る。


「ね、ねぇ、花ちゃん。こ、この子を、お、お母さんと会わせてあげたい。う、噂ならお母さんを呼ぶことはできないかな?」


 今日、ここに来た目的を打ち明けた。

 名前を呼ばれた花の声が彼岸花から聞こえてくる。


『……残念だけど、無理だと思う。この世界は『噂』を生かす事はできても、『噂』そのものではないお母さんを呼び出して会わせる事はできないよ』


「こ、この女の子は『噂』だからここに現れる事ができた……」


『うん。そう。だからオカジャンの願いは……叶えられない。力になれなくて……ごめん』


 期待に答えられない事を花は苦々しい声で語る。


「そ、そっか……」


『マ……マ』


「ご、ごめんね、お、お姉ちゃんはあなたをママと会わせてあげられない」


 消え入りそうな声が短く呟かれる。オカジャンは人形を抱き寄せた。耳元で「ママ」と聞こえた声に胸が痛んだ。涙で視界が霞始めた時、彼女の肩に三つの手が添えられる。


「ちょっと諦めるのは早いかもしれないよ。花ちゃん、『噂』ならばお母さんを呼べるんだね?」


「ぶ、部長?」


「花ちゃん、彼岸花にまつわる数々の話は、こっちの世界で現実になる『噂』で間違いないよね?」


『彼岸花?お菓子じゃなくて?……そうだよ。彼岸花の『噂』もここでは現実になる。なんで今彼岸花の話をするの?』


 彼岸花を摘めば手が腐る。家が燃える。死人が現れる。


 それは古くから伝わる『噂』。以前、花の世界を訪れた際に目の前で現実となった事。だからこれは確認だ。


「じゃあ、冒頭で話をした包み紙の『噂』は?」


『現実になる……か分からない。内容が漠然としすぎているから『噂』としては弱い。誰かの強い想いがこもった口裂け女みたいな『噂』じゃないし』


「……そんな簡単にはいかないか。考えろ。何かないか。他に何か……」


 部長は眼鏡に指を当てて考えこむ。

 ぶつぶつと口から漏れらされる思考。フツーちゃんが部長の漏らした言葉の中に『彼岸花の呼び名』という単語を聞き取って疑問を口にした。


「確か、彼岸花の呼び名ってたくさんあるよね、部長?」


「あぁ、フツーちゃん。僕が知っているだけでも死人花や地獄花の他に数十の異名がある」


「確か、彼岸花って天国とこの世を繋ぐ橋渡しの花じゃなかったっけ?花ちゃんと出会ってから彼岸花について調べてみたんだけど、確かそんな意味の名前があった気がする」


曼珠沙華マンジュシャゲって異名も存在する。僕もそう思ったんだけど……」


 歯切れの悪い部長の言葉。途中で切られた彼の言葉を花が引き継ぎ語る。


『それも駄目……。確かに彼岸花の別名の曼珠沙華マンジュシャゲは天国とこの世を繋ぐって意味がある。だけど、それは特定の誰かの所に繋ぐ『噂』じゃないの。繋いだ先にこの子のお母さんがいるなんて限らない』


 口にする度に否定されていく提案。ついには全員沈黙して重い雰囲気が漂う。そこに、いつも変わらぬ能天気な少年のような少女が口を開いた。


「私はバカだから難しーことは分からないけど、何でやる前からみんなが諦めているのか一番分からないねっ!」


「ま、マッチョン……」


「願いが叶う可能性が一つでもあるのなら、繋がった天国にお母さんがいる可能性が一つでもあるのなら、やろう。やるべきさ。やるしかないっ!」


 夕焼け空に向かって大声が響く。拳を固く握るマッチョンは真っ直ぐな瞳をみんなにぶつける。やろう。彼女の眼差しはそう語っていた。

 呆気にとられ、キョトンとして、そしてみんな笑みをこぼした。


「なんで笑うのさ!?」


「ふふふっ、マッチョンらしいなーと思って」


『やっぱりみんなバカで本当にお節介。あーあ、私もオカルト部の部員だから、そんな事言われたら頑張りたくなっちゃうじゃない』


「あぁ、僕達もやる前から諦めるなんて、らしく・・・なかった。ありがとう、マッチョン」


 オカルト部の中でオカルトに一番疎いマッチョン。みんなの言葉に顔を赤くして照れて見せる。だが、彼女の言うとおりだ。やる前から諦めるなんてオカルト部らしくない。


「う、うん。や、やる前から諦めるなんて私達らしくない。わ、私達はオカルト部……?え、――――きゃあ!?」


 そこでオカジャンの悲鳴が上がる。突然の叫び声に、一斉にみんながオカジャンの方を振り返った。

 マスコット人形が抱えていたはずの腕が動き、オカジャンの胸ぐらを掴んでいた。


『ママ……』


 人形は、オカジャンに掴みかかる母の腕へと両手を伸ばす。事態を把握した部長たちが、慌てて腕を彼女から引き剥がそうと動く。白い腕を掴んで引っ張ると、いとも簡単に腕が離れる。引き剥がした白い腕の指先が何かを摘まんでいた。


「はぁ、はぁ、はぁ……そ、それはお菓子の包み紙?」


 それは、冒頭で話をしたお菓子の包み紙。オカジャンが無くさないように胸ポケットにしまってあったものだった。女の子の顔が途切れずに10個描かれた紙を持ち……母親の腕は、何かを伝えようとしている?


「――――あ!み、みんな包み紙に指を当てて!た、多分願いは叶うっ!」


 その様子を見て、ハッと何かに思い当たったオカジャンがみんなに行動を促す。数秒の遅れもなく、息のあった所作でオカルト部のメンバーがお菓子の包み紙を指で摘まむ。


「は、花ちゃんっ!彼岸花を摘むよ!」


『彼岸花を摘めば手が腐ってしまうよ。それに、こんな少人数が信じこんだところで強い想いの『噂』にはならない』


「は、花ちゃんっ!わ、私を信じて!」


『……分かった。頑張るって言ったばかりなのに、まだ私バカになれてなかったね。そんなんじゃオカルト部失格』


 一輪の彼岸花が赤から白へと色を変え、淡く輝きだした。


『だから信じるよ、オカジャン』


 光は白い炎に変わり、炎の中から赤いレインコートを羽織った花が宙に現れる。そして、オカルト部のメンバーと一緒にお菓子の包み紙へ指先を当てた。


「ひ、彼岸花を摘むのは私じゃない」


『ママ』


「つ、摘むのはこの女の子」


『マァマァ』


「つ、想いを繋げるのは、お、お母さんと『お菓子』」


 癇癪を起こして泣く子供のみたいに、縋るような声を上げながら人形は腕を伸ばす。包み紙を摘まむ母の腕にではなく、足元にある彼岸花へ。人形の手が彼岸花の茎を掴み、摘んだ。


「こ、このお菓子に込められた想いは、わ、私達のものだけじゃない」


 噂が現実になるこの世界では、彼岸花を摘めば手が腐ってしまう。人形も例に漏れずに腕が腐食してボロボロと崩れ始めていいた。それでも人形は彼岸花を離さない。彼岸花の放射線状の花弁が赤い光を灯し始める。

 光が強まると花弁は炎へと姿を変えた。炎は火の勢いをどんどん増していく。そして、周囲の彼岸花も呼応するように花弁を真っ赤な炎へと変えて力強く燃え始めた。


 彼岸花の赤い炎は人形も、腕も、オカルト部のみんなも呑み込むほど大きくなりみんなを呑み込んでいく。


 煌々と燃える炎の中。熱は無く、むしろ優しい温もりが皆を包み込んだ。周囲の灯火が霞むほどの白光が、腕の摘まんでいた包み紙から弾ける。


『ママ』


 人形は見上げるように弾けた白光の方へと顔を向ける。突然現れた陽光のような鮮烈な光。その中に女性の影が映る。恐らく、目映くて先の見えない光こそが、この世とあの世を繋ぐ門なのだろう。


『ママ』


 一歩、また一歩と戸惑うような足取りで歩いていく女の子。両手を光へと伸ばす。その先にいるのは、半透明の体で宙に浮く妙齢の女性。包み紙を摘まんだままの左手だけが透けていない。


『ママァあああ!』


 その女性が人形……いや、愛する娘へ微笑むと、女の子は駆け出して女性に抱きつく。人形だったはずの姿は、いつの間にか人間の女の子へと姿を変えていた。


『ママ、ママ、ママ』


 胸に飛び込んできた愛娘を抱き締めると、母の手は女の子の背中をトントンと優しく叩く。女の子は顔をくしゃくしゃにして泣き、ママと呼び続ける。感動の親子の再会に、みんな温かな視線を送りながら微笑んだ。


「……よ、良かった。ほ、本当に……良かった。良かったよぉ」


 オカジャンはそんな親子を見つめながら微笑んだ。そして嬉しそうに涙を流す。


 娘を抱き締める母親が、オカルト部のみんなに向かって会釈する。再会を果たして満たされたのだろうか。二人の体が段々と薄れていく。その様子を見てオカジャンは慌てて声をあげる。


「あ、あぁ待って!ま、まだ消えないで。こ、これをっ!」


 戸惑ったような表情のまま、幽霊の母親がじっと差し出された赤い箱を見詰めていた。


「あ、あなた達のためにお菓子を作ると決めた人達が、つ、作ったキャンディです。む、向こうで二人で、た、食べて下さい!」


 オカジャンの勢いに、少しだけ驚いた母親はすぐににっこりと笑ってお菓子を受け取った。深々ともう一度お辞儀をしてみせると、二人の姿が更に薄れて……今度こそ本当に消えてしまった。


『オカジャン。どうして、願いが叶うって分かったの?』


 いつもと変わらぬ彼岸花の咲き乱れる風景。

 発光が止んで、ひらひらと焼け焦げた包み紙が地面へと落ちていく。部長達の考えを否定してきた花。納得のいかなそうな彼女の声が彼岸花から響いてオカジャンに説明を求める。


『だって、どう考えたって私達だけじゃ成し得るはずがない。『噂』は数千、時には数万単位の人々の記憶や想いからなるもの。奇跡なんて言葉だけじゃ腑に落ちないよ』


「は、花ちゃん。そ、それ答えを自分で言っているよ」


『……ほぇ?』


 黒いゴスロリのスカートが上機嫌に揺れる。オカルト少女は、種明かしを求める観客に向かって微笑みかける。少し焦らして、そして絶妙のタイミングで口を開く。


「す、数千から数万の人々の想いがあのお菓子に込められていたの。ど、どんな想いが込められて、な、何人の人があの美味しいお菓子を作ってきたと思う?」


「――――あ!」


『……そっか。物に込められてきた想いだね』


 ずっと考えていた部長も、やられたって顔で額を押さえる。そう、答えは考えるまでもないほどシンプル。脈々と継がれてきた、創立者や共感した社員達の想いがあのお菓子に元々詰まっていたのだ。


「ふふふ、そ、その通りよ。み、みんな女の子に幸せになってもらいたくてあのマスコット人形が生まれたの」


 一粒のキャンディの中には、甘くて、思わず幸せな笑顔を浮かべる味が詰まっている。それは、あの女の子のような悲しい『ママの味』ではない。笑い合う時間を彩る『お菓子』にしようとしてきた、たくさんの人の想いが込められている。


 オカジャンのツインテールが宙で踊る。晴れ晴れとした表情で夕焼け空を見上げる彼女を見ると、どうやら、彼女の『オカルト中毒』は満たされたようだ。


 この世界に咲き乱れるのは真っ赤な彼岸花。

 腰かけるのは人間であるオカルト部のみんなと都市伝説の花。


 口の中で転がしたキャンディから甘い味が広がって『ママの味』を求めた女の子に想いを馳せる。出会った女の子に自身を重ねながら、今はいない自分の母親の事を考えた。オカジャンは少し寂しそうに微笑みながら誰にも聞こえない声で呟いた。


「お、お母さんに会えて良かったね」


 お菓子も紐解けば、都市伝説に行き当たる。

 甘くておいしいお菓子。そこに隠されたちょっぴり苦い物語。


『ママの味』の噂は、あくまで噂。

 嘘か誠かは分からない。


 だけど、彼女のために作られた甘くておいしいキャンディは、今はみんなに愛される『ママの味』になって笑顔を作る。


「ん?オカジャン何か言った?」


「な、何にも言ってないよ。さ、さぁ、みんなで持ってきたお菓子を食べましょう」





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オカルト中毒《ジャンキー》少女と『ママの味』 べる・まーく @shigerocks

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