全自動歯磨きを買ったはなし。(短編集)

さんぼんじん

全自動歯磨きを買ったはなし。

歯磨きのあとガラガラぺっと口をゆすぐのさえ億劫おっくうになった僕は、全自動歯磨きを買った。


それがもう、すごい。


何が凄いって、まずはその値段。本体だけで60万もする。それに施工費、アクセサリー、消耗品の歯ブラシと特製歯磨き粉、保険など、全部込みで120万もする。


次に凄いのがその取り付けで、全自動、いつでもどこでもきちんと歯磨き!という小学生のようなキャッチフレーズを体現すべく、本体は僕本体に取り付ける。

どう取り付けるのかって。手術して、肩甲骨にビスを打ち込んで本体を固定し、僕の神経に電極を貼り付けて本体の思考ユニットをリンクさせる。


君達にはばかばかしいと思うかもしれないけど、ぼくはあの退屈でしかたのない歯磨きから解放されるためならば、悪魔に魂を売るほどであったのだ。


そうして全自動歯磨きを手に入れは僕の日々はゆっくりと変化していった。


全自動歯磨きの取り付け手術のために、ほぼ半月会社に来れなかったのだが、それほど長い間暇をもらっても、会社の上司も同僚も暖かく迎えてくれた。


全自動歯磨きを手に入れてからすぐの頃は、僕の左肩から生える、ユーモラスな金属の羽のような全自動歯磨きは、起床後と朝昼晩のご飯の後、就寝前に洗面所に行き、口を大きく開くように僕に指示をくれる。


大人しくそれに従って洗面所に行き口を大きく開く。すると、ユーモラスな金属の羽はカチャカチャとみるみる変形して、マニピュレーターに歯ブラシとコップを持った細い金属の腕に変わる。

その細い金属の腕が自動で歯磨きをしてくれる訳だが、全自動歯磨きの思考ユニットはまだ僕の口の中を把握しきっていないために、水や歯磨き粉をこぼしたり、歯茎を歯ブラシで切ったりしやがる。


(思考ユニットが僕の体に)慣れるまでの辛抱だと思って、ぼくはされるがままにし、最後にガラガラぺっと口をゆすいで洗面所を後にする。


2ヶ月も経つと全自動歯磨きは、僕の口や、僕の生活習慣を把握してきて、ご飯を食べてお腹が落ち着く前や、布団に寝っ転がってマンガを読み出す前に歯磨きの指示をくれるようになった。

もう、歯ブラシで歯茎を切るようなこともなくなった。


全自動歯磨きには様々な追加機能があって、それらを好みにカスタマイズしていくことで便利で豊かな生活を送ることができる。最近は地図のアプリとパズルゲームのアプリをインストールして、道案内や暇つぶしに全自動歯磨きを使うことも増えた。


半年も経つと、飲み会の帰りにふらふらしながら帰っていても、気がつけば公園の水飲み場で全自動歯磨きで歯を磨いていたりするようになった。沢山あった僕の虫歯は、寝ている間にドリルで削られ、朝には詰め物で蓋をして見る影もなくなっていた。


更に数ヶ月もした頃。最近は仕事でヘマをして、事態を収拾するのにあっちに謝りこっちに謝りでストレスが溜まっていた。ストレスは口内の環境も悪くする。

全自動歯磨きの思考ユニットは、普段の歯磨きは正常に行われているのに口内細菌の数が増えていることを検知した。

全自動歯磨きは僕の脳にアクセスする権利を持っていて、いくつかの脳内物質を作ると、それを僕が歯を磨く前になると分泌してストレスを和らげてくれた。

そうして僕は、歯を磨く間はリラックスできるようになり、歯磨きが苦にならなくなってきた。


全自動歯磨きを買ってから1年もすると、全自動歯磨きの思考ユニットは僕がストレスを溜めないようにと、仕事中にうっかりしたミスを指摘してくれたり、スケジュール管理をしてくれるようになった。全自動歯磨きのマニピュレーターはブラシの代わりにペンを持って代筆も頼める。

僕の仕事は順調に進み、成果をあげることが出来たので、僕の給料はちょっとよくなった。


しかし最近の悩みは、僕もいい年なのに彼女も全くできないし、結婚できる気がしないということであった。

口内環境は徐々に悪くなってきており、加齢に寄る免疫力の低下ではないと判断した全自動歯磨きの思考ユニットは、口内環境を正常に保つため、僕に街コンに行くように提案してきた。

しかし、彼女のカの字もかすらなそうな僕は全自動歯磨きにサポートしてもらうことで街コンに臨んだ。


かくして、コーヒーをこぼしそうになったり、緊張して何を話していいか分からなくなったりしたが、街コンは健闘したとおもう。

全自動歯磨きは、コーヒーをこぼしそうになると僕の右腕を制御してコーヒーのバランスを保ってくれたり、僕が何を話していいのか分からなくなると、僕が話しそうなことを勝手に喋ってくれた。


その甲斐もあって、数ヶ月後にはめでたく初めての彼女ができた。


そんなこんなして、その彼女と結婚する頃には、僕は全自動歯磨きに生活のほとんど全てを任せるようになった。


朝起きて歯を磨く。朝食を終えて歯を磨いて出社する。書類整理、打ち合わせ、データ編集、ホウレンソウ。全てを全自動歯磨きが卒なくこなす。僕は全く別のことを考えていたり、最近全自動歯磨きの追加機能として購入した、RPGアプリを脳内で再生させたりして一日を過ごす。


妻との関係も良好で、彼女がこの前久しぶりに真剣な顔してるなと思ったら、どうやら僕との赤ちゃんができたらしい。全自動歯磨きがそう教えてくれた。


赤ちゃんができると夜泣きやなんかで忙しいって脅されたけど、全自動歯磨きが夜中に赤ちゃんをあやしてくれたり、買い物の時はマニピュレーターで赤ちゃんを落とさず抱えてくれるから、思ったほど大変じゃなかった。オムツの交換もできるって提案されたけど、さすがに口に入るものだから、これは自分でやった。


そうやって、今日は子供の小学校の入学式。僕は子供と妻と小学校に向かう途中、他愛もない会話を全自動歯磨きに任せ、全自動歯磨きの位置情報ゲームをプレイしていた。


子供が横断歩道を飛び出す。車が迫るが僕はあわてない。全自動歯磨きがカチャカチャとみるみる伸びるとマニピュレーターで子供をつかみ、ひょいっと白線の内側に戻してくれた。

妻は慌てふためいたが、僕の代わりに全自動歯磨きが冷静に子供を叱って、妻をなだめてくれた。


子供は反省し将来は自分も全自動歯磨きをつけたいと話してくれた。成人したらねと全自動歯磨きが言う。

妻も落ち着き、来月に予定している全自動歯磨きの手術が待ち遠しいと言う。彼は軽く微笑み頷いた。

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全自動歯磨きを買ったはなし。(短編集) さんぼんじん @sashimi

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