第7話『襲来』
ここは自分の部屋だというのに、私は壁際に追い詰められている。
部屋の中央では、長いアンテナのような何かを垂らしながら、黒光りする生物が走り回っている。
スマートフォンで、私は必死にこの生物のことを調べる。「家屋に出現する黒光りする生物」で検索すると、合致するものが出てきた。画像をクリックするとおぞましい光景が画面に広がってきたので、すぐに消した。
この生物の名前はゴキカブリと言うらしい。なんともおぞましい名前だ。私は地球の日本語を一通り学んだけど、恐らく響きがあまりにも悪過ぎて、記憶から抹消されていたのだ。
調べると、一匹見つけたら無数に住み着いていると思った方がいいという。こんな生物に囲まれて生活しないといけないなんて、私はゴメンだ。
とりあえず部屋から出ようと、一歩足を動かすと、黒い怪物がそれを拒むように走り出す。
「ギャアア! ギャアアア!」
「どうしましたか!」
コンコンとノックする音がして、私は恐怖を噛み殺して玄関まで走る。扉を開けると、背の高い地球人の男が私を見下ろしていた。戸惑っていると、男は隣の嶋ですと名乗った。そういえばそんな名前の男が隣に住んでいた気がする。
地球人にこんな無様な姿は見せられない、私は気丈に振る舞うよう心掛ける。
「その、ご、ご、ゴキッ……」
終わった、まったく口が回らない。無様だ、ダサい、ショボい。自分を罵る言葉が無数に浮かんでくる。
「えっと、殺虫剤とかはないんですか?」
私は素直に頷く。すると、嶋は自分の部屋に戻って、スプレーのようなものを取り出してきた。そして、黒い怪物を見つけると、すぐさま白い煙を噴射した。煙を浴びた黒い怪物はもがき苦しんだが、やがてピクリとも動かなくなった。
私は、「もう大丈夫ですよ」と笑顔を送る嶋を見た。目が合ってしまい、つい逸してしまう。
何故か胸がバクバクと高鳴る。どういうことだ、あの怪物に変なウイルスでも植え付けられたのだろうか。
「仕方ないですよ、誰だって嫌ですからね」
そんな爽やかな顔で見るな、胸が苦しくなる。
これは……確か母上から聞いたことがある。父上にプロポーズされた時、心臓が飛び出しそうになるくらいびっくりして、そしてドキドキしたと。
それ以降二時間くらい続いたのろけ話を思い出し、私はこれが恋心だということを自覚した。
くっ、たかだか怪物一匹退治した男に、心を動かされるとは情けない。私はいずれ地球を支配するのだ。それがこんなたいして力のもなさそうな男と……。
「落ち着いてください、もう大丈夫ですから。あ、何なら片付けておきますよ」
恋に落ちた。こんなの、落ちるしかないじゃないか。
で、ででででも、ど、どどどどうすればいいんだろうか。怪物を退治してくれたから惚れました、お近づきになりたいですとか言えば良いのか。
こんな感情は初めてだから、どうしたら良いか、まったくわからない。とりあえず背筋を真っ直ぐ、深呼吸をしよう。そして、私の思いを告げるんだ。
「ねぇ、大丈夫?」
と、玄関先にセーター姿の女が現れた。嶋は彼女を見ると笑顔で応じる。
「ごめんね、映画見てる最中に飛び出しちゃって。もう大丈夫だから」
女は、良かったと胸を撫で下ろす。いろいろと起きすぎて、私には何がなんだかわからない。
「えーっと」
「ああ、俺の彼女です。悲鳴が聞こえてきたから驚いて、俺が様子を見に来たんですよ」
胸に篭っていた熱が、氷点下まで下がっていくのを感じた。嶋は、怪物を手近な紙に包むと、すぐに彼女の元へと近づいていく。彼女は「やだぁ」と猫撫で声を出す。
「それじゃあ、俺達はこれで。また困った時は何か言ってくださいね」
そして笑顔のまま、嶋は扉を閉めて部屋に戻ってしまった。
虚しい静寂が、私の部屋を包み込んだ。
私はその日、改めて地球征服を達成するという決意を固めた。しなくてはいけないと心に刻んだ。
そして、征服達成の暁には、地球人のカップルは根こそぎ抹殺してくれるわ!
ゆめのほし 灯宮義流 @himiyayoshiru
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