第6話『見栄』
私もこの地球という星にやってきて、それなりに長い時間が過ぎた。
となると、私は地球の文化や常識をそれなりに溶け込めるようにもなった。侵略対象の星を着実に学んでいるというのは、良い傾向だ。
そんなわけで私は、初めてこの街にやってきた友人に、周辺を案内出来るくらいには、ここでの生活に慣れきっていた。
「いらっしゃいませ」
「わぁ、素敵なお店」
私の友人が、うっとりしながら感想を口にする。銀髪に気品ある立ち振舞いも相まってか、男性客の注目の的となっている。私は「みっともないからやめなさい」と注意して、席に着かせた。
それはともかく、この店の接客は素晴らしい。まるで王宮に仕える給仕のように、謙虚でかつ心地よくもてなしてくれる。会計はやや値が張るが、食事の味も含めて相応と言えば相応だろう。
私も財政的に余裕がある時は、居心地の良い接客を求めてこの店を訪れる。ここでの接客態度が、自分のアルバイトにも生きるかもしれないし。
……もちろん、あくまで
「なんて美味しいの! このような美味しいものが、宇宙に存在していいの!」
「少しは静かにしてよ……!」
小さい声で私は注意を促した。
「お気に召しましたでしょうか?」
「ええ、とても素晴らしいわ。これも頂こうかしら」
「ありがとうございます」
友人は、洋服店に入ると、いろいろなものに目移りしながら購入品を決めていた。流石は財閥の一人娘、財力には困らないようだ。
金に糸目をつけない買い方に店員はやや困惑していたが、それでも動揺を表に出すことはない。技術的後進惑星である地球人ならではの文化であろう。
技術さえ進歩すれば、異星人の私から見て馬鹿馬鹿しい思えるこの過剰な接客も消えてなくなるのだろうか。
「本当に素敵なところね」
しかし、友人はとても気に入ってくれたようだ。よほど嬉しかったのか買ったばかりの水玉模様のワンピースと麦わら帽子にそのまま着替え、店を出ることになった。
外に出て、さらに周囲の注目が集まったことは言うまでもない。
帰り道、友人は私に振り返りながら言った。
「荷物まで持たせちゃってごめんねー」
「な、なんてことないわ」
サラッとした顔で私は答えた。でも実際この荷物はすごく重い。一体どれだけの量を購入したのだろうか。
そしてこれはいくらかかったのだろうか。中に入ったレシートの値に、一着一万単位と記されているのが見えた。恐らく見間違いだろう、そうだと言って欲しい。
しばらく歩くと、森の生い茂る公園へと辿り着いた。その昔、小高い山を切り開いて作ったのだそうだ。
登っていくと、頂上からは美しい夕日が見えた。私の母星にも夕暮れはあったが、この星の夕暮れも悪くはないと思う。
「今日はありがとう、すごい楽しかった」
友人が、私の手をがっしり掴んで握手を交わす。幼馴染相手にこんな名残惜しいことをする必要はない気がするけど、今はなかなか会えないから仕方ない。
少し気恥ずかしくなって私は目線を反らす。
「でも、本当にウェリーはすごいね、ここまで地球人を心服させちゃうなんて!」
「え、ああ……い、いやぁ。シェーラにそう言われると、照れくさいなぁ」
「みーんな私達にヘコヘコしてたし、もう七割もお侵略してるウェリーは、やっぱり違うなぁ」
「そ、それほどでも」
私は、さっきとは違う意味で目線を反らす。そりゃそうだ。今日は私が特選した、接客自慢の店しか回っていないのだから。
「私なんてまだ半分しか征服出来てないよー。みんな岩みたいな身体してて怖いし、オシャレしないし、本当、選ぶ星間違えるとやんなっちゃうー」
「も、もう半分侵略出来てるなら、あと少しじゃないかな。あ、はは」
「うん、私も頑張るよ。絶対あのゴーツガン星人達を地球人みたいに手懐けてやるんだから!」
闘志を燃やしながら、シェーラは宇宙船の回収ビームに乗って浮かび始めた。居ても立ってもいられないのだろう。
たくさんの荷物とともに宙に浮かんだシェーラは、大きく手を振りながら高らかに叫ぶ。
「バイバーイ! 今度は私の侵略した星にも遊びに来てねー」
「う、うーん、楽しみにしてるよー」
そしてシェーラは光の中に消えていった。
宇宙に向かって一瞬浮かんだ光の帯を見送りながら、私は一筋の涙を流した。
私はまだ、アパートの一室しか侵略出来ていないのに……と。
新たな教訓。幼馴染相手に、見栄は張るものではない。
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