第5話『危機』

 地球には、コンビニというものがある。

 要するに生活上必要になるものがいろいろと売っている店だ。しかし、流石は技術後進星地球、二四時間営業なのに人間が常に売り場に立っていないといけない。

 私の母星にも、これに似たようなもので、自動多目的販売店がある。

 しかしそちらは、文字通り会計がセルフサービスだし、商品の補充も自動的に行われている。小腹を満たす食物とて、自動で調理して提供してくれるのだ。

 何より、万引きや強盗など犯罪行為が起こればセキリュティシステムが働き、即座に犯人を捕縛、通報することだって出来る。

 どんな強盗の襲撃を受けて店内が騒然とすることなどない。

 そう、私が今置かれている状況のように、



「さっさと金出せ、コラ!」

 二人組の目出し帽の男が店員を脅している。

 客が逃げようとすると、ノッポの方が野太い声で呼び止め、背が低くて丸い方はバッグを取り出して金を詰めろと急かしていた。

 私の星だったら、こんな割の合わないことは絶対にやらない。もし私の母星でコンビニ強盗をやるのだとしたら、重機が必要になる。そんなことをしていたら、重機を用意する代金だけで赤字になりかねないけど。

 強盗は興奮し、店にいる客を一箇所に集めようとしていた。中には涙目になっている人も居る。

 まったくしょうがない、ここは一つメイター星人である私が、隠し続けてきた真の力を発揮して、強盗を一網打尽にしてくれよう。

 私に秘められた超念動力にかかれば、強盗はたちまち宙を舞い、天井にたたきつけられ、やがては店のガラスを突き破って倒れるだろう。

 今に見ていろ、強盗どもめ。この私が超パワーで貴様等を恐怖のどん底に叩き落してくれるわ。

 …………。

 私は、建物の柱によりかかって、壁に拳を叩き付けた。

 そんなこと出来てたらとっくに地球侵略出来てるっつーの!

「おいそこの女、何してんだ! 下手な真似してるとぶっ殺すぞ!」

 ノッポの強盗がナイフをこちらに向けて怒鳴りたてた。

「す、すいません」

 私は素直に引っ込む。屈辱だ、この私が地球人の命令を聞くだけに飽きたらず、悪党に詫びを入れなくてはならないとは……。

 いや、どの道私に抵抗手段がないんだから、言う通りにするしかないんだけど。でも、地球を侵略しにやってきた異星人が、こんな小狡い犯罪者に凄まれて引っ込むっていうのは、あまりにも情けなさ過ぎる。へたれ侵略者という肩書きを付けられても文句は言えない。

 ここは一つ、誇り高きメイター星人として、ガツンとあの小悪党を倒してやろうじゃないか!

 …………。

 だからそんなことが出来りゃ侵略で苦労はしないんだって!

「もう、やめなされ」

 張り詰めた空気の中、しわがれた声が聞こえてきた。

 レジの方を見ると、杖をついた老人が身体を震わせながら強盗と対峙していた。

「何だジジィ、邪魔だぞ!」

「ほれ見てみなさい。君がさっき怒鳴った娘っ子さんが怯えきっているではないか」

 娘っ子さんって、私か?

 くっ、地球人のご老体にまで私の怯えを見抜かれるなんて。

「こんなか弱い娘っ子さんを虐めてまでお金が欲しいのかね」

「うるせぇぞ、テメェからぶっ殺すぞ!」

 いきり立つノッポの強盗に対し、老人は全く臆すことなく向かい合っていた。身体は震えているが、それは恐怖というより足腰のせいなのだろう。

 老人は、怒鳴り返すこともなく、怯えた様子もなく、強盗に言い返した。

「この爺さんを殺して皆が助かるなら、いくらでも殺しなさい。その代わり、アンタラもこんな馬鹿なことは辞めて、家に帰んなさい」

「黙ってろって言ってんだよ! そんなに死にたきゃ、さっさと死んでこいや!」

 ナイフの刃が、老人に突き立てられようとしている。他の客は怯えて何も出来ないようだ。

 こんなご老体が体を張って頑張っているのに、地球人は身動き一つ取れないのか。

 いや、それよりも、地球人より高度な生命体であるはずのこの私が、一体何をやっている。

 いずれこの地球の支配者となるこの私が、あんな小悪党に怯えている暇など、あるものか。あの老体よりもずっと優れた身体能力を持つこの私が、何故こんなところで蹲っている!

 今こそ、未来の支配者たる私の力を、見せる時だ。あんな小悪党この私の手で赤子の手を捻るように叩き潰してくれるわ!

 ご老体、私を奮い立たせてくれたアンタの死、無駄にはしない。その屍はこの私が拾って……。

「……あれ?」

 よく見ると、老人は刺されていなかった。すんでのところで、ナイフの刃先が止まっていたのだ。

「何故避けねぇんだ、本当にぶっ刺してもいいんだな」

 そう脅す強盗相手に、老人は笑顔で返す。

「本当は強盗なんて真似したくないのだろう? オドオドした様子を見ていて、すぐわかったよ。今ならまだ間に合う、その辺りにしておきなさい」

「知った風なことを、殺すぞ!」

 興奮する強盗犯だったが、老人は刃物を持つ手を掴んだ。その手は震えていた。

 強盗は抵抗できなかった。酷くショックを受けたような顔で、掴まれた自分の腕を凝視している。

「そんな、人を殺すのを恐れている手で、誰かを殺めることは出来ん。自分の心に正直になりなさい」

「うっ、くぅっ……」

 手の震えがより一層大きくなる。よほど心のなかで葛藤が渦巻いているのだろう。

「あ、兄貴」

 一部始終を見ていた小太りも、戸惑ったように相棒の姿を見る。あれだけ凄んでいた強盗二人が、今ではとてもか弱い存在に見える。

 老人は、ただただ笑顔で二人のことを眺めていた。

 やがて、ノッポはナイフを取り落とした。レジに身を乗り出していた相棒も項垂れ、店員を脅すのをやめてしまった。

「これからすべきことは、わかるな?」

「……はいっ」

 強盗は素直に老人の言葉に応じ、揃って頷いた。恐らく、二人で警察に出頭していくのだろう。

 店内では、拍手が巻き起こった。強盗を言葉だけで鎮圧させた老人の勇気にたいしてではない、自らの弱さを認めた強盗達の勇気を褒める拍手だった。

 …………。

 負けた。

 地球人のご老体に、全てにおいて、負けた……!




秋山あきやまくん。今日の天上あまうえくんはなんか元気ないね」

「コンビニ強盗に巻き込まれたそうです。今日は大目に見てあげましょう、店長」

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