第2話【予兆】
家を出て見れば、今日の空は晴天で春の日差しが心地良い。
何も代わり映えしない通学路でも、少しは清々しい気分で一人気ままに登校できると言うものだ。
この時間になれば、歌南達に追い付くことはあまりない。
時々追い付いてしまうこともあるが、その時は歌南もその親友である悠姫も同じクラスということもあり合流することになる。勿論、そこでは普通に会話したりする。
大体のやつは幼馴染みってことを知っているから、特に怪しまれない。むしろ何も喋らない方が何かあったのか勘繰られることになるだろう。
そうなると変な噂が飛び回り面倒なことになること間違いなしだ。
「ん?」
そんな気ままな登校をしていると、見覚えのある人影を発見した。
艶やかな栗色の腰まである長い髪と同じ色の瞳に、頭には黄色のカチューシャを着けているおっとりとした性格が見てとれる佇まいの女生徒。彼女がさっき歌南が言っていたユウこと
ついでに身長は女子の平均並みだが、ブレザーの制服からでも見てとれるくらい主張する大きさの胸の持ち主でもある。
歌南もそこそこ大きい部類に入るが、それよりも一回りは大きくE~Fカップ相当だという情報が男のなかで出回っている。
俺も男だからそういうのにも気になる年頃で、こう言う情報は覚えてしまうものだ。これは口が裂けても本人の前と歌南の前では言えない…
決して歌南とか悠姫をどうこうしようとは思ってないのたがな。
「
「おはよう」
ついでに彼女は中学からの付き合いになるから、俺ともそこそこに親しい。
だから、歌南がいないと話せない何てことはない。
あれ?そう言えば、なんで今悠姫が一人でいるんだ?
「あれ?歌南と一緒じゃないのか?」
いつもなら、登校中に出会う時は歌南と一緒のはずだ。
現に歌南は俺より先に出ている。
それなのにいないとは、一体…
「えと、途中までは一緒だったんだけど、歌南ちゃん忘れ物したことを思い出したみたいで…」
「なるほど、そして歌南に先に行っているように言われた訳か」
「うん、歌南ちゃんにしては珍しいよね」
確かに歌南は案外しっかりしていて、忘れ物などしたことはない。
まあ、俺の知っている限りではあるが。
「歌南ちゃん間に合うかな?」
「アイツテニス部だったし体力あるから、いざとなれば全力で走れば大丈夫だろ」
悲しいことに今では身体能力は確実に歌南が俺よりも上だ。
学校までの距離はそこまで遠くないし、走れば余程のことがなければ間に合うはずだ。
「でも…」
悠姫はそれでも不安そうな表情のままだった。
正直、俺もそうは言ってみたが不吉なことが頭に過って気が気ではなかった。
もしかして、また事故に遭ってしまうんじゃないかと…
「何よ、まだここだったの?」
「うぉっ!?歌南いつの間に!?」
「えっ!?歌南ちゃん!?」
そんなことを俺達が考えていると、張本人である歌南がすでに目の前にいて悠姫も俺も驚いた。
タオルを首にかけているところを見るに走って来て、汗をぬぐったのだろう。
「結構前からいたんだけど…」
「歌南ちゃん!よかった無事で!」
悠姫は思わず、歌南の手を取り、握り締めた。
安心したのか悠姫は少し涙目になっていた。
「もう…ユウ、心配しすぎ。そんなホイホイ事故に遭ってらんないって」
歌南はそこまで心配されていたのに気付き、バツが悪そうにしていた。
「それにしてもお前が忘れ物するなんてな」
「うっかりミスよ、人間ならあるでしょ?」
「まあ、そうだな」
「恭祐はかなりの頻度だろうけど」
「一言余計だ」
俺は歌南が忘れ物したことが信じられず、もしかしたら歌南に何かあったのかと思っていた。
しかし、歌南の様子に変わったところはなく、いつもの調子で余計な一言まで付けてくるほどだった。
何かあったのかと思ったのは俺の思い過ごしで、ホントに忘れ物しただけだったんだろう。考えすぎだったんだ。そうに違いないさ。
「ほら、ぐずぐずしてると三人ともアウトになるから」
歌南はそう言って、さっさと先に行ってしまった。
全く…本当に調子のいいヤツだ。
◆◆◆◆◆
結果、学校の生徒玄関に着いた時刻はいつもより遅くなった。
しかし、時間的にはまだ余裕があり、遅刻は免れた。
流石に三人同時に教室に入るのも気が引けて、俺はさっさと玄関から教室に向かった。
「遅いね~恭祐クーン」
教室に着くと真っ先に、オレンジのウニみたいに毛先の遊んだ髪の野郎に絡まれた。
まあ、コイツも知った顔なんだがな。
「うるせぇ、
このオレンジウニ野郎は
コイツとは高校からの付き合いのなる。
オレンジの髪に金の瞳でかなりのチャラい奴に見えるが、見た目よりおかしな奴ではない。チャラいのは間違いないが。
「うわぁ…燈野より遅くなるなんて…」
少し遅れて歌南がやって来た。
歌南はいつもより早く居る正輝を見てショックを受けていた。
まあ、当然だな。俺も正直ショックだったからな。
ちなみに俺の席は最後列でなんの因果か左隣が歌南で、前が正輝となっている。
悠姫の席はは少し離れた位置なのに何故だ…
正輝はたまたま近くになったが、歌南とは何故か右か左かの違いはあるものの隣同士になる。なぜだ…
「おいおい、歌南ちゃんそんな反応するなよー」
「はぁ…、今日はやっぱりの天気は晴れのち槍ね」
「なに?歌南ちゃん突いて欲しいの?それなら俺が付き合うぜ~突きだけに」
「その下品な口を縫い合わせてあげようか?」
歌南は正輝の下ネタに笑顔でさらっと怖いことを言ってのけた。
確かにあれはキレられても仕方ないな。
「それなら悠姫ちゃんに行くしかないな」
「これ以上ふざけたこと言うとアンタの髪を全部引き抜いてやるから」
「すみません…」
懲りず悠姫に仕掛けようとしたのが、かえって歌南の逆鱗に触れたようだ。
哀れ…正輝。
「分かればヨロシイ」
歌南は完膚無きままに打ちのめし、満足気に席についた。
一部で『藤波に打ちのめされるとか…燈野のやつめ羨ましい』とか訳の解らない呟きが複数聞こえたが、気のせいだろう…
「歌南ちゃん、最後に一ついいかな?」
「何よ?スキンヘッドになる覚悟を決めたの?」
ここまでやられて何を聞く気なんだ、正輝?
まあ、大したことは聞かないだろうが。
「歌南ちゃんは本当にDカップ?」
「はい、スマーシュッ!」
「イテッ!おわっ!」
歌南は座ったまま得意のフォアハンドの要領で素手で消しゴムを強烈なスマッシュで撃ち出した。
それは見事に歌南の方を向いていた正輝の眉間に直撃した。それに驚き正輝は椅子ごとひっくり返った。
正輝、哀れすぎるぞ…
「言うわけないでしょ、馬鹿じゃないの?」
実際バカだから仕方ないさ。
『よくやった、燈野』『あの反応だとD確定だな』『朗報:藤波Dカップ』『悲報:Cじゃない』
とかざわざわしている中から変なのが聞こえたが、気のせいだろう。いや、聞かなかったことにしよう…
もうすぐホームルームが始まるしな。
◆◆◆◆◆
無難に午前の授業が終わり、昼休みとなった。校内はまた喧騒に包まれて行く。
俺は購買部で惣菜パンを買って、校内を歩いていた。
「ん?」
ふと、窓から中庭を見た時に思わず声が出てしまった。
中庭に黒いフード付のロングコートに身を包み、フードを目深に被った人物がいた。
どう考えても不審者だ。しかも、白昼堂々現れて隠れる気もないとはかなり怪しい。
でもあんなに目立つ格好をしているのに、誰も騒いでいない。普通なら俺の他にも誰か気付いて通報なりなんなりするはずだ。
もしかして、俺以外見えていないのか?
「っ!!」
そのまま眺めていたら、その人物は俺に気づいたのかこっちを向いた。一瞬だが、蒼い光が見えた気がした。
しかし、その瞬間俺は異常なまでの威圧感を感じて全身鳥肌が立ち、思わず目線を離してしまった。
そのあとすぐに目線を戻したが、そこにはあの怪しい人物はいなくなっていた。
「今のは…一体?」
人が一瞬にして居なくなることなんてあるのか?
いや、不可能なはずだ。
なら幻覚だったのか…
だが、俺は確実に視線を感じたし、威圧感すら感じた。
これが幻覚とはにわかには信じがたい…
「恭祐、何してるのよ」
そう考えていると、いつの間に歌南が目の前にいた。近付いて来る気配を全く感じなかったから少し驚いたが、さっきの事とは比べ物にならない。
「いや、ただ中庭を見てただけだ」
正直に話してもいいかと思ったが、お節介な歌南に言うと本気で心配されかねない。
下手すれば精神科に連行されるかもしれない。
なるべく心配させない方がいいだろう。
「へー…」
歌南はジトッと睨み付け、疑いの眼差しを投げ掛けてくる。
「取り敢えず、戻ろうか」
「ちょ…ちょっとぉ!」
それに耐えられず、俺は強引に歌南の腕をを引き教室に向かおうとして引っ張った。
「痛いって!」
「あ…ごめん」
俺は誤魔化そうとして、焦ったのか結構な力で歌南の手を掴んでいた。
慌てて歌南の手を離したが、掴んだ場所は少し赤くなっていた。
「…強引にエスコートするのはどうかと思うんだけど」
「本当にごめん」
「…まあ、今回は勘弁してあげる」
歌南は許してくれたようだが、俺は罪悪感が消えることはない。
「ほら、行くよ」
今度は歌南が俺の手を引いてきた。
勘違いされるから止めて欲しいがせめてもの罪滅ぼしとして何も言わずに従うことにした。
神霊黙示録~四神四霊の契約者~ 孔雀竜胆 @eins
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