シン・グンマ
北乃ガラナ
第1話 3000
栃木県には世界最高齢ぶっちぎりの大老婆と呼ばれる老婆がいた。
御年百七十歳。
そんな彼女が、息をひきとった。
「……く、黒い波がくる」と、
西に拡がる密林を指さして……。
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201X年、三月某日夜。グンマー県庁。
広場には囲むように、多くのたいまつが燃えている。
そのたいまつの灯りが、無数のあつまった人々を照らし出していた。
人々の黒光りのする肌が、うかべた汗でぬらりと光る。
歯だけが白く月明かりを返す。
すべてのグンマー人の父である、チジ・グンマーは言った。
「時は来た! 世界にグンマーがあるのではない、グンマーが世界なのだ! 勇敢な兵士諸君! いまこそ 世にしらしめよ! おまえたちが小馬鹿にしたグンマーの恐ろしさを! グンマー万歳! そして、世界をグンマーに!」
「グンマー!! グンマー!! グンマー!!」
広場にグンマー! の大合唱が沸き起こる。
「我がグンマーの兵は強い。なぜならば生まれながらにしての戦士でありながら、過酷な成人の儀式を乗り越えたもののみが、大人の漢としてみとめられ戦うからだ!」
「グンマー!! グンマー!! グンマー!!」
再びグンマー! 次第に異様な熱気を帯びてきている。
「装備兵器など、弱者のたわごと! 真の強者はグンマー魂をやどした強靱な肉体と、弓と槍のみで戦う! 近代兵器や防具など飛翔する肉体の邪魔でしかない! そう、銃弾など当たらなければどうということはない! 立てよグンマー民!」
「グンマー!! グンマー!! グンマー!!」
三度、広場にグンマー! がこだました。
チジ・グンマーの前には、多くの裸のグンマー民観衆に囲まれる形で、兵士達が並んでいた。顔や肌には戦いの紋様を施し、腰ミノに弓や槍を装備したフル装備グンマー兵のその数、およそ三千。
たった三千人とあなどるなかれ。
かのスパルタ兵は、三百人でペルシア百万の大軍を相手にしたという。ならば、グンマー兵三千人ということは、対する相手は一千万の兵が必要となることだろう。
……そのことを、世界は身を以て、体験することになる。
この日、グンマーは世界に宣戦を布告した。
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「やつらに銃は効かない! 銃では同士討ちをするばかり! 銃剣など近接武器で戦うんだ!」
グンマーの世界侵攻戦。ごく初期にグンマー兵と交戦した、無名な現場指揮官によってもたらされた、この情報は的確なものだといえた。
そう、グンマー兵には銃がまるで効かなかった。
否、効かなかったのではない。
まるで当たらなかった。
――彼と、彼の部下の命と引き替えにもたらされた「グンマー兵には近接武器のみが有効」という有用な情報。
しかし、無駄だった。
付け焼き刃的に素人が銃剣や近接武器を振るったところで、俊敏きわまりないグンマー兵に致命傷はおろか、かすり傷ひとつ負わせることはできなかった。銃弾を避ける相手にどうやって近接武器を当てればいいというのだろうか? せめて平地ならば、まだ可能性はあっただろう。しかし、グンマー兵は常に彼らの母であり棲み家、密林と共にあった。
グンマー密林。後に世界の人々は、この密林こそが「グンマーそのものであった」と、気がつくことになる。
チジ・グンマーの世界への宣戦布告。
もちろん、それを受けた日本国をはじめ、世界も手をこまねいた訳では無い。
戦いを挑まれた世界は、秩序を守るためグンマーに次々と軍を派遣した。
しかし……、グンマーの密林は想像以上に深く険しいものだった。
天然の要害。そして獰猛なグンマ兵は神出鬼没。音も無く、どこからでも現れる彼らの姿を捉えることはできなかった。
特に夜は、彼らの能力を最大限に発揮することになる。
暗闇に同化する彼らの姿は、目の前にグンマー兵が現れたとしても、他国の者はその白い歯しか、わずかに確認することはできないのだ。姿を捉えることのできない敵と、どうやって戦えというのだろう?
密林に一体化して襲い来る彼らは、まるで地球外生命の捕食者であり、人類の天敵とさえ言っても過言ではなかった……。それほどまでに一方的な、力の差があった。
当初、日本国政府は、自国だけでどうにでもなると、たかをくくっていた。
軍はおろか「警察だけでどうにでもなるだろう」と愚かな論をくり返すものまでもいた。中には「話し合いで解決するべき」とまで主張する者まで……。
弓や槍程度の原始的な装備しかもたないグンマー兵など「相手にならぬと」常識に囚われた彼らは判断した。
しかしその判断ミスは、おおきな代償をはらうことになった。
人間は己の範囲内の物事しか理解できない。
その理解を遙かに超えた存在で在る、グンマーのことをなにひとつ知ろうとしなかった。学ぼうともしなかった。
科学万能はおなじ人類の間でだけ通じる、ローカルルールでしかなかったことに気づくのが遅すぎた。
それは人類がもつ共通の傲慢でさえあった。
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初動の遅れがグンマの密林を広げることになった。
グンマー兵はみな腰にちいさな皮の袋を下げている。
その革袋には、グンマーの偉大なシャーマンによってもたらされた、密林の種が入っていた。
わずか三日で数十メートルの高さまで成長する、爆発的なグンマー密林の植生。
グンマーの植物もまた、そこに棲まう生物たちと同様、あまりにも強く圧倒的な存在だった。
グンマーの地は年中五六度を下回ることは無い。この過酷な環境が、そこに棲む生物達を、このように極限に進化させた。それはまるで、グンマの密林が大きなひとつの蟲毒の壺となり。生物たちを殺し合わせ、強者のみを生き残らせる、加速度的な進化の壺と化してたことを表している。
その種は占領した地に撒かれ、大地に転がる敗者の死体や、まだ乾かぬ流された血液を養分として、彼らの絶対的生息域グンマー密林を加速的に広げさせた。
ごく稀に、人類がグンマー兵を倒すことができたとしても、彼らは最期に種を撒くだろう。
己をも養分として。
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世界に宣戦を布告したグンマーは、手始めに近隣県に侵攻を開始した。
新潟県・長野県・福島県・埼玉県はグンマーの攻撃の前に数日で陥落。それらはすべて密林にのみ込まれた。
一ヶ月を待たずして、栃木県のみが、かろうじて前線を維持し、交戦中という有様となった。しかし他県が陥落したことで、各地に散らばったグンマー兵が栃木一県にあつまる形となるだろう。
地上戦では、もはやグンマー兵に勝てないことは、誰の目にもあきらかだった。
すでに国連軍を中心とした数万人の兵が死んでいる。戦闘準備を終えたフル装備の現代兵の死者数としては類がない。
そして討伐できたグンマー兵は一説には十数体。
これ以上の被害を許容するわけにはいかない。
しかし、世界の秩序のためにもグンマを許容することはできない。
人類にのこされた手段は、そう多くはない。
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核を使用する許可がでた。
名乗り出たのは、世界の警察を自認する米国。当然といえば当然の展開だった。
そのことを発表した直後、米大統領は――
不思議な力で死ぬことになった。
そして、核の使用に賛意を示していた世界各国の首脳たちが、次々と――
不思議な力で死ぬことになった。
世界は大混乱に陥った。
直後、グンマーから世界に向けて発信がなされた。
そこには、サーフボード型をしたおおきな仮面をつけた異様な人物が映し出されていた。その人物は《シン・グンマー》と名乗った。
「偉大なるグンマーに逆らうものたちに告げる」
「我々に抗うな」
「もし断れば、不思議な力で死ぬことになる」
グンマーの強さは前線を駆けるグンマー兵の存在だけではなかった。
世界はこのときになって、古代グンマー帝国から脈々と続くグンマー精霊信仰の存在と、その担い手である偉大なグンマーシャーマンを知ることになった。
棲まう生物が規格外な地。グンマー。
その精霊の力も、規格外に強大なものであった。
現代の偶像と化した世界の神など、足下におよばぬ力をいまだ行使できた。
グンマー民の尊敬を集めるグンマーシャーマン達の存在は、日本から離れた世界各地の、対岸の火事とみていた世界の人々の眼前にも、恐怖を届けることになる。
世界が当事者となった瞬間だった。
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核の使用はできなくなり、手段をうしなった世界各国は日本から撤退した。
「米国まで手を引いたなんて……」
日本国政府は万策尽きた。降伏するしか選択肢はなくなった。
グンマーから出された、降伏を認める条件はひとつ。
「栃木県民はみなごろし」という苛烈な条件だった。
有史以来くり返されてきたグンマーの栃木にたいする怨恨は遺伝子レベルまでしみこむものだった。
それだからこそ、栃木県民は必死に戦ったのだといえた。敗れれば、このような運命しか待ち受けていないのは自明の理であった。積年のライバル。この世に二つと存在してはいけない存在。それがグンマーとトチギだった。
「栃木県民はみなごろし」
未だ戦い続ける勇敢な同胞である栃木県民。
それを見捨てることを、日本国政府、日本国国民は強いられた。
しかし、多くの人々はこう考えた。
「それだけで、
それは、代償としては安いものだといえた。
もちろん。父や母、子や孫を栃木県にもつ各地の人々は義勇兵として、
次々と「栃木県を守れ!」と現地に集結し、グンマーに決戦を挑んだ。
栃木日光では「赤ん坊でも引き金を引いた」そんな伝説がのこっている。
それほどまでに勇敢に果敢に精悍にグンマーに徹底抗戦をした。
ほどなくして、栃木県庁をのこして密林に埋め尽くされた。
最終決戦前夜、世界にむけて発信された。栃木県知事の演説。
「みんな今日までよく戦ってくれた、ありがとう」
「もはや栃木もこの県庁を残すのみとなった……。明日我々は県庁と共に地球上から消え去るだろう」
「結果として、多くの者を失い我々も消え去る。そのことを無為な行為だったと、あざ笑う者がいるかもしれない。しかしその者に問おう! ならば栃木には意味がないのか? 栃木県民に生まれてきたことに意味がなかったというのか? 否! 違う! 意味を持たせるのは我々だ! 我々は明日グンマーに最期の戦いを挑む! 世界よ刮目せよ! 我らすでに人に非ず! ひとつの意志也! グンマーと戦うという意志こそが《栃気》なのだ! 栃木よ奮い立て! 栃木よ戦え! 栃木よ永遠に!」
日本国政府をはじめとする、各地の支援がえられないという絶望的な状況の中、
かれらはよく戦い。
――よく散った。
それはちょうど、桜の花びらが散る時期とかさなった。
栃木の散華。
その日を以て――
日本という島国は地球上から消え去り、グンマーとなった。
――世界は、そんな日本を見捨てた。
「いかにグンマーとはいえ、海は越えられまい」
というのが、世界の人々の共通した認識だった。
極東にある島国のことなど、知ったあことじゃない。
自分達さえよければいい。
そのことを責めることが、誰にできるだろう?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
数週間後。
チャイナ国江蘇省、長江河口域にて――
丸太をくりぬいた手こぎのカヌーが無数にみつかった……。
グンマーの大陸上陸。
有史以来多くの侵略者の野望を阻んできた存在。偉大なる海。しかしその海すらも、グンマーは易々と越えた。
もはやグンマーの侵攻を止めるもの、いや、止められるものは何もなかった。
さらに数週間後。
チャイナ国江蘇省に隣接する数省を、密林で埋め尽くしたところで、不思議とグンマー軍の侵攻はストップした。
慈悲深いグンマーの大シャーマンは世界に向けて、こう発信した。
「世界よ。もはや勝敗は決した。グンマーの軍門に降れ」
「もし断れば、不思議な力で死ぬことになる」
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世界の国々の首脳は「不思議な力で死ぬことになってはかなわない」と、
我先にとグンマーの軍門に下った。
そうすることしか生き残る術は無い。
奴隷として生き残る道を選んだ、彼らは賢かった。
そして――
賢くない少数の国は、「自由を守れ!」と団結し、グンマーへの徹底抗戦の道を選んだ。
反グンマー連合国盟主の大統領は、自ら戦闘機にのりグンマー兵に特攻したりもした。
結果は大戦果。
グンマー兵およそ三〇体を道連れに、大統領はこの世を去った。
……だが、そこまでだった。
グンマーは逆らう敵には容赦はしない。
賢くない少数の国々は、国土も家も、男も女も等しく蹂躙され、この世から消え去った。
彼らは確かに守り切ることになった。
《死ぬ自由》を。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
二年後。
世界の人々は仰ぎ見ていた。
そこにはあった。
――世界を支配するグンマー県庁の姿が。
世界に
シン・グンマ 北乃ガラナ @Trump19460614
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