第10話 巴と彩加

ファミリーレストラン:メイプル


 巴がランチやお茶で良く利用する二十四時間営業のファミリーレストラン。

微かな時雨振る夕刻、巴と巴の親友である新道 彩加しんどう さやかが遅すぎるランチか早すぎるディナーをとっていた。

このレストランは特に何の変哲も無いが、ドリンクバーに巴の好きなハーブティーの種類が多い事、家から近い事、そして何よりも安い事が決め手となって、メイプルは巴のお気に入りの場所の地位を確立していた。


「……それでね、一一五号室の長井さんって注射の度にぎゅーって私の手を握ってくるの、まるで子供みたいでしょ。そういえば二一一号室の麻衣ちゃん来週退院なんだけど”お姉ちゃんに!”って、似顔絵書いてくれて……ほらこれ、すごい似てるの!」


 巴にいつもの患者のよもやま話を聞かされている彩加は、これまたいつも通りほとんど聞いてはおらず、配膳されたばかりの熱々のハンバーグとソーセージとチキンがコラボされたミックスグリルを攻略する事に意識をとられていた。


「もう、彩加聞いてる?」

「聞いてる、聞いてる。似顔絵すごい似てるじゃん」


 一瞬、本当に一瞬だけ巴の差し出した似顔絵を確認して、又ミックスグリルの攻略に全力を注ぐ彩加であった。

相手の言葉を繰り返すのは心理的には好意の現れといわれているが、彩加も巴に対して嫌悪と間逆の感情を持っている事は間違いない。巴といる事で完全にリラックスして彩加の感情が正直に発露しているのは好ましい事だとも言えるが、逆にリラックスした状態が高じて相手への配慮も欠く結果となったのは若さ故である。

そんな彩加に少し呆れた巴は、一番のお気に入りのレモングラスのハーブティーをおかわりする為に席をたった。


「巴、ついでにお冷も注いでついで。なんちゃって」

「…………はい」


……若ければなんでも許されると思うのは間違いである。


「もう、彩加はいっつも私の話なんか聞いてないんだから」


 少し不満顔になる巴を見た彩加は


「一一五号の長井さんは注射の時に手を握って、点滴の時は目を瞑つむっているし、二一一号の麻衣ちゃんは来年五年生で、将来の夢は画家じゃなくて巴みたいな看護師さんになる事だよね。そういえば三五五号の急患の権藤さんは大丈夫なの?」


 彩加の為に注いだお冷を渡そうとした巴は、自分が今まで語った内容が彩加の口から正確に繰り返された事に呆然としてかたまった。


「……ちゃんと聞いてたの?」

「ちゃんと聞いてるって言ったじゃん。でも前に聞いた事がある話は、右から左に流れていっちゃうんだよね」


 かたまった巴の手からお冷を受け取り一口飲むと、彩加は何事も無かったかの様にミックスグリル攻略に戻る。


「……ゴメン」

「違うよ、巴。私は患者さんの話をしている巴の顔が好きなの。だから何回でも同じ話していいんだよ」

「それじゃ、私がバカみたいじゃない」


 慰めにならない慰めに、巴が頬を膨らませそっぽを向く。


「あははは」

「もう!」

「ごめんね、そういうつもりで言ったんじゃないけど、そう言われてみればそうかなと思って」

「……ふふふ、あははは」


 一瞬の間をおいてどちらからともなくお互いに笑顔を向ける二人。


「そう言えばさっき彩加が言った三五五号の権藤さんなんだけど……」

「どうかしたの?」

「今朝お見舞いの人が来たんだけど……」

「ふんふん、熱ち~」


 後半はミックスグリルのソーセージを熱々の鉄板から、丸ごと口に運ぶという暴挙の結果である。


「大丈夫、彩加? 見るからに熱そうだけど」


天然娘の反応に慣れている彩加は、少し涙ぐみながらも続きを促す。


「だ、大丈夫、大丈夫。続けて」

「うん。お見舞いに来た人がね……」

「うんうん」

「お見舞いの相手の名前がわからないんですって! あははは」

「何それ~、変な人。あははは」


 知らぬ間に盛大に笑われている望であった。

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