あの夏の一球を、君に捧ぐ。

 完璧なプロローグ──!!
 まず、一読して、どころかたった数行を読んで驚いたのは、そのプロローグの〝完璧さ〟である。世辞でなく、これには本当に感心した。
 じりじりと灼けつくような太陽に、張り裂けそうな心拍、噴き出す汗と恐ろしいほどに緊迫した空気。これぞ、まさしく正しき読書体験、である。
 そして特筆すべきはもう一つ。この作者の他の作品を読めば分かると思うが、プロローグを終えて、途端に文のスピードを緩めている。これが作者の平易な文体、穏やかな筆致の真骨頂というべき部分なのだが、これがうまく作用している。
 プロローグの駆け抜けるようなアレグロ、それ以降のゆるやかでなだらかでおだやかなアンダンテ。これが実に効果的に、視点人物の心境の変化を、雄弁に物語るわけである。
 巧い! どんどん巧くなる!
 同作者の「東大男と中退女」を拝読したときの衝撃が、さらに何倍にもなって襲ってきたような感覚である。まだ進化するのか──心底、恐ろしい。
 緻密な内面と情景の描写においてはなかなか他の追随を許さない、筆者の小説を、どうかご一読されたい。
 願わくばこのレビューが当作品と、作者の他の作品へ、触れるきっかけになれば幸いである。