色彩都市にて

RAY

色彩都市にて


 残った仕事を片付けて外へ出たら、いつもの夜があった。

 いつも思うこと――それは、この街の夜が夜っぽくないってこと。


 色とりどりのフラッシュライトを浴びて街全体が輝きを放つ。

 人や車で溢れ返る大通りだけじゃなく、名前のない裏路地だってしっかり彩られている。


 いつから? この街を「色彩都市」と呼ぶようになったのは。


 夜のとばりが創り出す、黒いカンバス。

 描かれているのは色鮮やかな絵画たち。


 何かを求めて集まってくる、たくさんの人たち。

 彼らもまた彩られていく。


 人の波をスラロームするわたしに浴びせられる、光のシャワー。

 自分の身体が一秒毎に変わっているのがわかる。


 パリコレのファッションモデルも目じゃない、目まぐるしい変化。

 でも、高感度カメラで連続撮影したような、刹那のわたしはどれも本当のわたし。この街が引き出してくれた、いろいろなわたし。


 パンプスを通して感じる、乾いたアスファルトの感触。

 コツコツという無機質な響きさえ心地良い何かに変わっていく。まるで上質な音楽が身体全体に染みわたるように。


 なぜかって?   それは、ここが「色彩都市」だから。


 目の前に現れた、宇宙そらまで届くようなガラス張りのビルディング。

 扉が閉まるとすぐにトップスピードで上昇を始めるエレベーター。

 見えない何かに身体を押さえ付けられる感覚。でも、身体はしっかり昇っている。

 どこか不思議なカンジ。息苦しくて、こそばゆくて、気持ちがいい。


 エレベーターの扉がゆっくりと開く――そこは、わたしのお気に入りの空間。


 窓際のカウンターに座ると、目に映るのは点描画のような街。

 街がウインクするように瞬いている。まるで一つ一つの光が生き物みたい。


 冷えたスイートマティーニのグラスを傾けた瞬間、わたしはそんな風景とひとつになる。


 真っ赤なチェリーが沈む、透明な液体を通して眺める色彩都市。

 ロールシャッハの心理テストで使うデザイン画みたいににじんで見えた。


 ――わたしが色彩都市ここに存在するのはなぜ?――


 すぐに答えなんか出そうもない、哲学的な問い掛け。

 そんな問い掛けといっしょに、グラスに残ったマティーニを一気に飲み乾す。


 顔を隠すように右手で前髪を目の前に垂らすわたしは、目線を隣の席に移す。

 スーツ姿のベビーフェイスのキミが目を逸らす。


 見知らぬキミへ、わたしは伏し目がちに目線を泳がせる。

 それは、わたしが酔っ払ったときに見せる仕草。


 ――キミの肩に寄り掛って見る街はどんな色に変わっていくと思う?――


 そんな問い掛けをしたらキミは困った顔をするだろう。

 でも、こんな問い掛けを続けたら答えが返ってくるかもしれない。


 ――今夜のわたし、どんな色に染まっていくと思う?――


 街の汚れた部分を覆い隠す、夜のとばり

 黒いカンバスを無数の光がきらびやかに彩る。


 それは、この街の営み。一晩中終わらない、静かでしっとりとした営み。

 そんな営みがなくなったらこの街の存在価値は無いようなもの。


 きっと、わたしも同じ。


 この街と同調シンクロしながら、わたしはいつも何かを探している。

 それは、夢とか安らぎとか呼ばれるもの。


 お気に入りの空間より宇宙そらに近い場所。

 昇り詰めた瞬間、気だるい世界から垣間見た、ガラスの向こうの世界。


 それは、とても温かい色に映った。


 接するひとによってこの街の彩りは変わる。

 いえ、同じ色が違う色に見えただけなのかもしれない。

 それは、街の色じゃなくて心の色。


 色彩都市ここに存在するすべては彩られていく。

 だとしたら、巡り合いにだって色はあるはず。


 ――わたしたちの巡り合いはどんな色?――


 隣で寝息を立てるキミに問い掛けたとしたら、きっとこんな答えが返ってくる。


「今まで一度も目にしたことのない色。君も――だよね?」



 RAY

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