第2話 『現実主義者』のクーデター      ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆

向田鎬は不思議に思っていた。

群馬で登山して、神社にお参りしてからの事だ。

務めているブラック企業が労基署から勧告を受けて、

一気にホワイト企業になったからだ。

毎日5時に帰宅し、土日は休む生活。

睡眠時間はたっぷり8時間になった。

『現実修正VR』のハードウェアも大幅に改善され、

毎日24時間やっても目や首が疲れなくなった。


ちょうど小柄な女性と話した後だったので、

奇妙な関連性を感じた。常識的に考えれば、関係ないのはわかっているが。


環境が改善して向田鎬は現実修正VRをほとんど外さなくなった。

快適で、何よりも面白い現実修正VR。

しかし、たまに外す時がある。

それは群馬で登山する時だ。もっと言えば彼女に会うためだった。


「あーあ。連絡先聞いておけばよかったな……あの時の流れなら100%いけたわ」


しかしいくら後悔しても時は戻らないし、何度群馬にいっても彼女に会えなかった。


向田鎬は彼女に興味を持ち、

それは現実世界への興味につながった。

世間にどんどん現実修正VRが浸透していく一方で、

彼はそれを使わなくなった。


そうしていたら、いつからか、理不尽な目にあうようになった。

現実修正VRシステムをつけている人間から、

直接的に暴力を受けるようになっていた。警察に行っても相手にしてくれない。

とんでもない事態になっていってる事は明らかだった。


過疎化したインターネット上のSNSは、

日本政府と現実修正VRシステムへの不満でいっぱいだった。

そして修正済みの現実を嫌い、無修正の現実を好む人たち。

――――通称、『現実主義者』による『オフ会』が頻繁に行われるようになった。


『オフ会』は山奥の崖や、夜の海岸といった危険な場所で行われる。

なぜなら現実修正VRシステムをつけた人間は危険な場所にはこないからである。

オフ会で集まる人間はそこで現実修正VRシステムへの不満を話し合い、

やがてクーデターを画策するようになった。


『現実主義者』たちは『オフ会』を重ね、組織化を進めていき、

ついには10万人の規模のつながりを手に入れた。


向田鎬はクーデター実行犯として重要な役割を与えられた。

10人を率いて、現実修正VRシステムの開発者である加賀野霧絵を拉致し、

説得あるいは洗脳あるいは拷問によって、

現実修正VRシステムの根幹を破壊するための情報を聞き出すのだ。

この仕事はスピードが求められる。

時間が経てばVRユーザーが襲い掛かってくるためだ。


向田鎬は『現実主義者同盟』の幹部から、

開発者の行動パターンと、顔写真の情報を与えられた。


「えっ!?この女性は……」

「知り合いか?」

「以前、観光地で会話したことがあります」

「とんでもない偶然だな。きっと吉兆だろう。必ず成功させてくれ。

『現実』を取り戻すために!」

「わかりました!」






人通りの多い大通りの中、小柄な女性が一人いた。

彼女は身長だけでなく外見も幼い。

眼鏡をかけていて、髪はショートカット。

今日は寝癖が少しついていた。


「あの女性が開発者だ。さあみんな!作戦を成功させるぞ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「!?」


いきなり10人の男性に襲われ、加賀野霧絵は驚愕し、現実を認識できなかった。


「えっ!?君達は、誰?あ、あなたはいつかの……?」

「また会ったね」

「これはドッキリか何かですか?悪い冗談なんですよね?」

「違うよ。これは現実。

君はこれから現実修正VRシステムを破壊するために手伝ってもらう。

君はあの時、必ず恩は返すといったよね?なら今返してもらおう」

「い、嫌です」

「――――拒否したらひどい目にあうよ。

俺はできればしたくないけど、君がわがまま言うならしょうがないな」


向田鎬はポケットからナイフを取り出した。

加賀野霧絵はナイフを見てひどく怯え、

暴力を恐れるかよわい一人の女性になってしまった。

「ううぅ……わかりました。こうなったら仕方ないですね……。

あなた達に従い、現実修正VRシステムを破壊いたします……」



クーデターは大成功した。

加賀野霧絵は現実修正VRシステムを破壊し、

日本人はみんな修正済みの現実を見れなくなった。

最初の1週間こそ、みんな夢から覚めたばかりの寝ぼけた顔をしていたが、

やがて現実を取り戻し、以前のような社会性を取り戻していった。


そう。これでいい。

生きていれば幸福も不幸もある。それが人生。

幸福しかない人生は死と同じだ。そんなものは偽物なんだ。


「おはようございます!」

「おはようございまーす!」


向田鎬は会社に出勤し、顔面に何もつけてない人々と挨拶を交わす。

人間は関わりあうとトラブルになることがある。でもそれは仕方ない事だ。

これこそが人類の自然な営みなのだ。

さあ、まっとうな人生を始めよう。

















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現実修正VRシステムの公共事業化の提案について ディストピア鹿内 @mmmmmmmm

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