現実修正VRシステムの公共事業化の提案について

ディストピア鹿内

第1話 人間の幸福

ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★


俺の名前は向田 鎬(むこうだ しのぎ)。

どこにでもいる普通の男子高校生だ。


「鎬君おはよう!」


「ん……もうちょっと寝かしてくれよ……」


幼馴染の黒髪ロング女子高生が、

寝室まで迎えに来てくれた。

名前は一之瀬 蓮華(いちのせ れんげ)。同い年で高校二年生。

親同士に以前から付き合いがあり、産まれた時からの幼馴染。

毎朝、俺の家に勝手に入って来れるぐらいの親密さだ。


「駄目だよ!もう起きないと遅刻しちゃうよ?」


「じゃ、起きるかな……」


朝食も俺と俺の両親と、蓮華の四人で食べる。

食べ終わったら、蓮華と二人で登校する。

高校はかなり遠い場所にあり、1時間半もかけて行かなきゃならないが、

蓮華と二人で話しながら行けば移動時間も楽しく過ごせる。



「失礼しまっす!」


高校に到着し、部室に入ると二人の女子生徒がいた。

一人はほんわかとした雰囲気で、ピンク色の髪をした、

双葉実(ふたばみのり)。巨大な乳をしている。

三年生だけど、先輩風はふかさない。お姉さん風は吹かすけどな。


「おはようございます!」


俺と蓮華が挨拶して部屋に入る。


「あらあら、今日はしのぎくん遅刻しなかったんですね~~~~」

「ちゃんと起こしましたから!」


「えらいですよ、しのぎくん!」


実先輩が抱きついてきて、

自分の巨乳に俺の顔をうずめる。なんてやわらかいんだこの胸は……。


「む、むぐぅ……」

「ちょ、ちょっと実先輩!?」


蓮華が頑張って俺から実先輩をひきはがした。

余計なことしやがって……。


「実ばっかりずるい!三笠もだっこするのです!」


ふくれ面して俺を見てくるのは三笠由利(みかさゆり)。

小柄で貧乳でどう見ても小学生にしか見えない合法ロリの高校一年生だ。

トテトテとおぼつかない歩みで俺の足元によってきて、

制服の裾を手でつかんでせがむ。


「だっこするのです!」


「しょうがねえ先輩だな~」


俺は三笠先輩を抱っこした。


「キャッキャッ」


「三笠先輩、かわいい~~!」


俺が抱っこしている三笠先輩の小さな頭を、蓮華が優しくなでる。

その姿はまるで若い夫婦の様だろう。


「何してるのよ毎日毎日!セクハラばっかり!」


金髪ツインテのツンデレ美少女、

四谷麻里奈(よつやまりな)が激しく怒っていた。


「なんだよセクハラって……?俺が勝手に触ってるわけじゃないだろ」


「同じよ!同じ!風紀の乱れ!見せられる方の気持ちにもなりなさいよ!」


「やれやれ……」


「まじめに聞きなさいよ!」


四谷麻里奈が興奮して俺の方に詰め寄ってくる。

しかしなぜか部室内に落ちていたバナナの皮を踏んで滑って転んでしまった。


「きゃあっ!」


四谷麻里奈は尻を強打する。


「あ、いたたたた……」


四谷麻里奈が転んだ拍子にスカートが捲れてしまい、

白くて細いふとももと、純白のパンツが見えていた。

思わぬラッキースケベを目にして、俺は自然とニヤついてしまう。


「何ニヤついてんのよ変態っ!」

「そ、そっちが勝手に見せて来たんだろ!?」

「何よもうバカ!」


俺は四谷麻里奈に思い切り頬にビンタされてノックダウンした。


これが俺の日常だ。

輝かしい高校生活。毎日が楽しい。




ああ、俺もこんな青春を送りたかったなぁ……。



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都内にある、ごく普通の会社のオフィス。

実年齢27歳である向田鎬は、

ありもしない高校時代の自分の姿を目に映しながら、

会社の自席に座っていた。

会社は灰色の壁でできていて、汎用品の机があり、

ギシギシと音が鳴る椅子に座ってみんな仕事をしている。

社員達の表情は暗い。

ただし、向田鎬を除いて。

――――彼は満面の笑みを浮かべながら仕事をしていた。



今まで彼と喋っていた四人の女子高生は実際には存在しないし、

彼自身も高校生ではない。ただの会社員であり、独身で彼女もいない。

周囲にかわいい女の子もいない。友達もいない、孤独な男だ。

今まで彼が見ていたもの、喋っていたものは現実でなく、

機械が映した単なる映像にすぎないのだ。



――――向田鎬が顔につけている装置は完全に視界を覆っており、

内部の有機ELに立体画像を映し出している。

『VR』と呼ばれるこの装置である。

VRとは現実ではない架空の空間を、

まるで現実だと錯覚できるような人工的な環境を作り出す技術の事である。

VR端末は頭部にヘッドマウント型ディスプレイを装着するだけであるが、

ほんの数年前に発売された当初の性能からは、飛躍的発展を遂げていた。



最新型の『現実修正VRシステム』の開発には多額の国家予算をかけており、

100を超える企業と行った合同の研究開発プロジェクトによって、

世界を先駆ける最新鋭のシステムが搭載されている。





「なんだその機械は!?ふざけてんのか!!会社をなんだと思っている!?」


現実修正VRをつけた男性の上司である係長が、

向田鎬を大声で怒鳴りつける。


「ふへへ……ドュフフw」


しかし、彼の耳には届かない。

――――いや、実際には全く違うものに聞こえていた。




ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★


架空の女子高生である四谷麻里奈のツンツンとした発言が彼の耳に入り、

彼は表情を崩してにやけていた。


「なによその態度ッ!ふざけてるの!?私を何だと思ってるわけッ!?」


四谷麻里奈は顔を真っ赤にし、頬を膨らませて彼に抗議している。

その姿はとても愛らしいものだった。


「ちょっとパンツが見えただけだろ!そんな怒るなよ!」


彼女の様なかわいらしい女の子の下着が見えたら、

笑みがこぼれるのも無理はない事だ。


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現実修正VRシステムで映される映像は虚構のものだが、

まるっきり完全に虚構の映像と言う訳ではない。現実の映像と連動している。

――――ここがとても重要なところだ。


仕組みは単純。

現実修正VRシステムで映される映像は現実にあるものが置き換えられているのだ。

ディスプレイの外側についている高機能なカメラで映像を処理し、置き換えている。

例えば装着者がファンタジーな世界を希望すれば、

スーツ姿のサラリーマンが鎖のついた奴隷に置き換えられるし、

電車はトロッコに置き換えられる。カバンは麻袋になる。

この機能は『再解釈機能』と呼ばれる。


特に危険なものは同程度の危険に置き換えられる。

車は馬車になり、近づいてきた車は暴走した馬として表現される。

さらには危険を示すように強調される。

実際に存在しない音声だが、周囲の村人が装着者に「危ない!」と叫ぶのだ。

VRでありAR。架空の映像を見ながら、現実を拡張し、装着する前よりも安全に過ごせる。

これがとても重要な事だ。


もしヘッドマウント型ディスプレイに流される映像が、

完全な架空の空間であれば目の前の物が見えないことになる。

当然、移動ができなくなる。

しかし現実修正VRシステムならば外を出歩いても問題はないのだ。


それどころか仕事をしていても問題はない。

現実のありとあらゆる作業は、架空の楽しい作業に置き換えられている。


もはやディスプレイを外す必要がない。

365日、24時間。修正した現実の中で暮らす事ができるのだ。





「なんだこいつ!?」


係長は困惑していた。

いつもなら向田を怒鳴りつければすぐ謝り、

態度を改めて一所懸命に仕事をするのだが、自分の声が聞こえていない。

ふざけて笑っているままだ。


「この変な機械のせいで聞こえないのか。なら外してやるぞ!」


彼が装着しているヘッドマウンド型ディスプレイに手をかけた。

すると後ろから声をかけられた。


「おい、やめろ!」


後ろを振り向くと、課長だった。


「か、課長なぜですか?こいつは仕事サボって遊んでいやがるんですよ!?」


「いいから不用意に触るな!それは『現実修正VRシステム』だ!

ふむ……我々のようなブラック企業の社員にも装着するやつが出てきてしまったか。

小賢しい奴め!」


「『現実修正VRシステム』……?一体それは何なんですか?」

「新聞もテレビも読んでないのか。仕方ないなまったく。

いいか?これは政府主導で開発した『現実修正VRシステム』の端末だ。

『現実修正VRシステム』は外付けのカメラとマイクを通して、

システムに外の音声と映像を送り込み、

それを再解釈してユーザーの望む音声と映像を作り出して出力するシステムだ」

「……おもちゃみたいなもんじゃないですか?」

「政府主導で開発したと言っただろう。その意味を考えろ。

『現実修正VRシステム』が取り込んだ音声と映像はシステムに送信され、

『適切に処理』される」

「……へ?」


課長は物わかりの悪い係長に耳打ちした。


「いいか?大きな声出すなよ?……これは『国民監視システム』だ」

「!!!?」


「この『現実修正VRシステム』を装着し、

自分が望む世界の映像を見て、音声を聞くことは国民が認められている権利である。

誰であれそれを望むならこれを装着することができるし、

もしそれを阻むものがいたら法律によって罰せられる。

その罪自体は微罪だが、セットで暴行罪がつくのが通例だ。

裁判は確定で負ける。『現実修正VRシステム』が取り込んだ映像や音声は証拠として残るからだ」


「そ、そんなことが?なんとかならないんですか?」


「俺達みたいな中小企業ブラック企業が国家の方針に逆らえるはずがないだろ。

今までやってこれたのも労基署が意図的に見逃しているからだ

今や現実修正VRは国家的事業なのだ。

ブラック企業は見逃されても、

国家方針に反する企業とレッテルを貼られたらすぐさま報復が来るだろう。

合法的な報復だ。労働基準に違反しているといって会社に様々な嫌がらせを受ける。

粉飾だといちゃもんつけられて潰されることだって何件もあるんだ。」



「でも部下がみんなこんなもんつけたら仕事にならないですよ!」


「大声を出すなって言ってるだろ!

……仕事は問題ないはずだ。

『現実修正VRシステム』で見せられている映像は全て現実とリンクしており、

VRの中では遊んでいるはずなのに、現実では働いていると言う状態が作れる。

自衛隊ですらこれを装着して訓練している実績がある。

的に向かってライフルを撃ち込む訓練だ。

ちなみに、その自衛官のVRには、

水着のお姉ちゃんと水鉄砲をかけあった映像が流れていたと言う……」


「マジですか?そこまで技術が発展していたとは……。

しかし営業などではこんな不気味な奴使えないのでは?」


「相手方もVRをつけていれば問題ない。

このうわ言の様な発言も相手側にとって魅惑的な発言にすり替わるからだ!」

「なんてことだ……」



「『現実修正VR』をつけた労働者は無敵だ。

まず不当な解雇どころか正当な理由でも解雇すら難しくなってくる。

常に国から監視された状態になるからな。

さらに追い出し部屋も使えない。幸せな夢を見続けるだけだ。

今まで我々が使ってきた社員への嫌がらせ技術も無意味になる」


「どうすりゃいいんですか!?

こんな奴と一緒に仕事できないっすよ。

こいつ一人で遊んでるだけじゃないっすか。

協調もできないし、和もない。会話すらままならないし」


「会話する方法はあるぞ」


「どうやってですか?」


「『現実修正VR』を装着すればいい。

『現実修正VR』には修正された現実を元に戻す機能があり、

さらに再度修正され装着者が望む世界に変換してくれる」


「何てこった……」


「さっきの例の営業でもそうだぞ?

お客様がVRをつけている場合はこちらもVRをつけないと会話にならん。

VRつけてる奴はアニメのキャラかアイドルか理想の美少女と話してるだけだからな」


「そ、そんな……」


最初に『現実修正VRシステム』を利用していた一人を皮切りに、

会社内ではどんどんVRを装着した社員が増えていった。

他の社員が裸眼でブラック労働に心を減らす毎日を送る中、

彼だけは恍惚の表情を浮かべ、よだれを垂らしながら毎日楽しそうにして仕事をしていた。

しかもその上で毎日会社に泊まってサービス残業し、仕事量も業績もトップなのだ。

うらやむ人間は多く、VRをつける人間は増えていった。

逆にVRをつけていない人間はVRをつけている人間と会話できず、

仕事に支障をきたした。

そうして会社のほとんどの人間は『現実修正VRシステム』のユーザーとなったのである。



「もう日本は終わりだな……」


最後まで抵抗していたのは係長だ。

今では自分の上司である課長とも会話は不可能だ。


「ああ~~~~!そこ気持ちいいぞ~~~~~!」


聞こえてくるのは課長のうわ言だ。

しかしこれが再解釈機能により部下への指示になっている様だ。

自分を除く部内の人間は、課長のうわ言に反応し、

自身もうわ言を発しながら仕事を始める。


「ゆいゆいかわいいよぉ~~~~~!」


係長はその光景を見て、ついに心が折れた。


「俺も『現実修正VR』買うぞ」


係長は会社を早退し、最寄りの家電量販店へ移動した。

『現実修正VR』は店の中心に置かれている。

定価は20万円ではあるが、

国の補助により売価1万円となっている。


「お買い上げありがとうございます!」



係長は家に戻り、段ボール箱を開封した。

このたった1つのヘッドマウント型ディスプレイを装着する。

たったそれだけで自分の人生が変わると思うと、なかなか決心がつかない。

三時間ほど悩んだ結果、係長はついには自分の望む世界に修正した。


『あなたが最も幸福な時代は何ですか?』


真っ暗な画面。白い文字が浮き上がり、

『現実修正VR』のシステムが問いかける。


「小学生のころかな。あの頃は何も悩まずに楽しく生きていた」


『好きなエンターテイメントの作品を教えてください。

映画、ドラマ、小説、漫画、アニメなど、作品の形態は問いません』


「そうだなぁ……」


その後も、いくつかの問いに答えた。



『現実修正VRの準備が整いました。これより実行いたします。』


「おおおお……」


係長の目の前の景色が変わっていく。


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そこに映るのは理想の世界。クソみたいな現実とは違う。

そこは失われた自分の故郷の原風景。再開発される前の田舎町の姿。

小学生の姿となった係長に対し、白いワンピースの少女が笑いかけてきた。

それは係長の初恋の女の子……ではなく、存在しない単なる虚構である。

しかし係長の理想であった。だから係長は全てを受け入れた。


「なんだ。俺ももっと早くつければよかったな……」



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『現実修正VRシステム』はこのようにしてじわじわとユーザーを増やしていったのである。









平日の昼下がりの公園。雨がやみ、湿気を含んだ清潔な空気が流れている。

近所のマンションの主婦が集まり、その子供達が遊んでいた。

――――普遍的な日常の風景。

そんな中、一つの異物があった。


「奥様!あれ見てあれ!」

「まあ!何なのかしら!怖いわねえ~~~!

最近ああいうの多いらしいじゃない?奥様も気を付けた方がいいですわよ!」


二人の主婦の視線の先には、不審者がいた。



正確には彼は女性のスカートの中を覗いている。

ただその女性が現実には存在していないので、

しゃがみこんでニヤニヤしている不審者がここにいるのだ。


もし女性が実在していたら、

勝手にスカートを覗いている彼は犯罪者だろう。

ありとあらゆる欲望。反社会的な望み。

ほんのちょっとした電力の消費だけでなんでもかなえる事ができる。


「ユフィアちゃん!」


「奥様!怖い!何もない空間に向かって話しかけていますわよ!!」

「ユフィアちゃんって誰なのかしら!」



「ユフィアちゃん今日はかわいいシマシマのパンツだね!」


「あら!奥様!!まあ!」

「通報しましょう……もう我慢できないわ!公園の平和を守るのは私達だもの!!」


一人の主婦が携帯電話を取り出し、110の番号に電話をかける。



ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★



公園の不審者の目の前には、

確かに、透明感のある青い髪の美少女が笑顔を浮かべて立っていた。



「何かご用事ですか?」



――――ユフィアとは『現実修正VRシステム』のナビゲーションシステムの内の1つ。

女性型のキャラクターで、

全ての男性ユーザーの好感度の期待値が最も高くなるような外見をしている。

なので、男性ユーザーの数や質の変化により外見は多少変わっていく。



「今日はどんな世界で遊ぼうか悩んでるんだよね」


真っ白い空間の中に真っ白な箱がいくつかおかれているだけである。

彼の近くには細長い二つの箱があった。


「学園には飽きてしまったんですか?」


不審者は昨日まで、学園ものハーレムラノベみたいな世界にいた。

そこでは現実世界に存在しないような人格を持ったかわいい女子高生達が、

主婦に通報されるような不審者にホレてしまう世界である。


「まあ全員と性交したからね……もういいかなって」


「でしたら、自動配信モードに切り替えますか?」


ユフィアはにっこりを笑顔を浮かべた。


「現実修正VRではあらゆるユーザーの趣味嗜好、

好きな現実修正パターンの情報を収集しております。

大規模な統計処理により、

あなたが好むであろう現実修正のパターンを自動的に配信できるのです」


「難しい事はよくわかんないけど、

要は『システム側で自動的に現実修正』してくれるって事だよね?」


「ご認識の通りです」


「いいね!考えるのも面倒だからそっちにするよ」


「承知いたしました」


真っ白な空間が色づき始める。

周囲の箱が形を変え、セピア色の西洋建築になり、

歴史がある落ち着いた雰囲気を持った街になった。


『現実修正VRシステム』のこういった美麗な外見を持つオブジェクトは、

芸術的才能を持つ、他のユーザーによって描かれている。

芸術的才能を持つユーザーが架空の美少女に頼まれて描いたものや、

優勝が最初から決まっている架空のコンクールへの出品だ。

製作者は極めてモチベーションが高く、結果として高品質なオブジェクトが出来上がる。



「いかがでしょうか?」

「なかなかいい雰囲気だね!」

「気に入っていただけましたら、どこかのお店に入ってみたらどうですか?」


「ほう……じゃあこのお店にしようかな?」


不審者が選んだのはレトロな雰囲気を持った喫茶店だ。


「お客様のご来店でーす!!」


黄色い声が不審者を迎える。

ねこがマスコットの喫茶店で、

猫耳をつけた中学生ぐらいの女の子数人が接客していた。


「お客様?ご注文は何にするにゃん?」


「あ゙あ゙~~~~~~!最高だ最高だ」


窓の外ではユフィアがにっこりと笑顔を浮かべていた。


「システムは正常です!」


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主婦の通報により、警官がやってきた。



「おまわりさん!こっちですよこっち!」

「通報された方ですか?」

「そうです!あの不審者を捕まえてください!!」


主婦が指さした先には、

公園のベンチに座りながら、

恍惚の表情を浮かべて涎をたらし、激しく痙攣している不審者の姿があった。

警官はその不審者の姿を見て緊張が走った。


「ああ~これはまずいですね。もしもし?そこの方……」


警官は不審者に近づいていった。

すると、警官は不審者の顔に装着されている装置が何であるか気づく。


「あっ。彼はVRシステムを装着しているのか……」


警官は一度小さくうなづくと、踵を返し主婦達に向かっていった。


「どうしたんですかおまわりさん?」

「早く逮捕してくださいな!懲役三年でいいわよ!」


「んー……彼には問題ありません。逮捕も補導も必要ありませんねー」


「え!?」

「なんでなの!?あんなに不審者なんですよ!?ほら、今にも性犯罪を犯しそうな顔じゃない!!」


不審者は涎を垂れ流しながら、

「心がにゃんにゃんするんじゃあ~~~~!」とうめき声をあげて恍惚の表情を浮かべている。

しかし警官はその姿を見ても、ばつの悪そうな表情で首を横に振った。


「VRシステムを装着した人間に犯罪は犯せないんですよねー。

そういうシステムなんですよ。

警察を呼ぶときはあれを外した時にしてくださいねー」


そう言って警察官は帰っていった。


『現実修正VRシステム』は、政府主導で開発している公共事業である。




ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★


お客様申し訳ないにゃん!

今コーヒー豆切らしてて、お客様にコーヒー出せないにゃん!


「えっ?ここ喫茶店でしょ……?」


「申し訳ないにゃん!今すぐコーヒー豆を後ろの木から採取してくるにゃん」


「そっからかよ!」


「ごめんなさいにゃあ……」


猫耳の店員が深くうやうやとお辞儀をした。


「何分ぐらいかかるの?」


「一時間ぐらいかかるにゃん……もしかして、お客様帰っちゃうにゃん?」


「これも縁さ。僕が手伝ってあげるよ。そうすれば30分で済むだろ?」


「お客様優しいにゃあ~~~~!」


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彼は現実修正VRの中では様々なイベントをこなしていた。

そのたびに非実在の女の子との好感度が上がり、

最終目的である性行為に近づく。

しかし、それはは現実修正VRの中での出来事にすぎない。

現実には日雇い派遣労働をこなしていた。



『現実修正VRシステム』は、政府主導で開発している公共事業である。

政府が『日雇い派遣業』と連携し、

現実修正VRのユーザーを労働力として使用していた。

この事は商品説明にもはっきりと記載されており、

ユーザーは納得の上だ。

VRの中で遊びながら金が稼げるのだから、

歓迎こそすれ抵抗などするはずがない。



不審者の現実の一日は公園に現れた後、

農業、サービス業、調理、清掃、土建業などを行っていた。

それぞれ1~2時間の短時間労働だが、

彼の労働が終わった後は、

スムーズに他の現実修正VRユーザーがやってくる。

店側、企業側としては8時間以上のまとまった労働力が提供される事になる。

彼らはそれぞれ違う現実修正の内容を見ているが、

結果としては十分な労働力としての行動を自然と取ることになる。


農業一つとっても、

ある男性は崩壊した世界の中で数限りない種もみを育てていたし、

ある女性はアーリーリタイアした楽園の様な島で、

無農薬の安全でおしゃれなハーブを育てていた。

イベントはいくらでも発生できるし、

ユーザーがそれを実行することは統計的に保障されている。


もちろん不審者が稼いだ賃金は普通に働いた本人に払われるし、

そのお金は全額が現実の喫茶店で使われることになるだろう。

不審者のニートだった人間を、逮捕させることなく働かせて、さらに金を使わせる。

『現実修正VRシステム』はまさに経済の潤滑油と言えるだろう。











人通りの多い大通りの中、小柄な女性が一人いた。

彼女は身長だけでなく外見も幼い。

眼鏡をかけていて、髪はショートカット。

今日は寝癖が少しついていた。


「むむっ……」


彼女は通りを歩いていると、大柄な男性にぶつかられてしまった。


「私は確かに小柄だ。あの男性からすると見えにくいのはわかる。

しかし、ぶつかっても何も言わないのはいかがなものかね……」


彼女の名前は加賀野霧絵(かがの きりえ)。

身長141センチ。

少女のような姿をしているが、実年齢24歳。

外見と釣り合わない口調をしている。

海外へ留学し博士号を取得後していて、何年も前に就職済み。

その就職先はエリート中のエリートが集う研究所で、

在学中に作った数々の功績と海外、国内のコネクションにより、

彼女の社会的地位は極めて高く、同様にプライドもきわめて高かった。



「この世には失礼な人間が多すぎる。

ただ道を歩くだけ。それだけなのに、邪魔な人間が多すぎるんだよ」


小さな女性の小さな声。

彼女の声を聞いているのは世界中で彼女一人だけ。



加賀野霧絵は買い物を済ますと、運転手付きの車に乗り込んだ。

研究所に到着後、特別に用意された彼女の研究室に入る。

そこには巨大なモニターが壁四方と天井、床にそれぞれ設置されている。

部屋中央にはシステムをコントロールするための専用の端末が設置されている。


部屋の中には20代中盤の男性が、戸惑いながら立っていた。


「ああ、もう来てたのか。朝早いタイプなのかな?」


加賀野霧絵が入室すると、そちらを向き深々と礼をする。


「配属された七村勇(ななむら いさむ)と申します」


「よろしく。最初の内はわからないだろうから、なんでも質問していいよ」


「あの……こ、この映像は一体……」


七村は壁に映された映像を怯えながら見回す。


「ふっ。それはさぁ。……見ればわかるでしょ?」


「わかります。わかるんですが……だからこそ不安です」


「どうして?」


「こんなの見てもいいんですか?」


壁に映されていた映像は、人々のプライベートな映像である。

これらの映像は『現実修正VRシステム』のディスプレイ前部に装着されたカメラの映像だ。

再解釈で加工する前の現実の映像なので、

家の中や店の中、道路の上などの、日本中の様々な映像が流れている。



「ははは。契約書にも書いてあるよ。

まあ誰も読まないだろうし、読んだとしても一般的な文言だからね。

『入手した情報はサービス向上のために使われます』。

これは全てのユーザーが了解した事なのだよ」


「これはプライバシーの侵害では……?」


壁にはユーザーのトイレの中や風呂の中はもちろん、

性行為の映像すら流れていた。


「私はまさに『現実修正VRシステム』を開発した研究者なのだから、

どんな映像であれ見てもいい事になっている。

繰り返すけどね……『契約』したんだ。ユーザーと企業はそういう契約をした。

これは別に『現実修正VRシステム』に限った事じゃないんだよ。

どんなアプリケーション、サービス、製品にもこの文言は書かれているよ?

我々は何らおかしな事はしていない。いいね?」


「た、確かに……そうかもしれません……」


「一般的な契約をして、契約通りに行っているだけさ。

さあ、『仕事』を始めようじゃあないか」








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佐倉有理(さくら ゆうり)

長身の女性で、身長は175センチ。

現実修正VRを装着してもう半年になる。


元々ホラー映画が好きだった彼女は、

血と暴力とグロテスクな世界を望み、現実を修正した。


壁からは血が噴き出し、ゾンビや怪物が住み着く、明ける事の無い夜の世界。

そんな絶望の世界で彼女は食料を探し、壁を築き、罠を仕掛けて生き延びていく。

空からはゾンビ化したカラスや奇妙な角を生やしたコウモリなどが頻繁に襲ってくる。

彼女は空の怪物に対し、手製の槍で攻撃を仕掛けるが、絶対に当たることはない。

実際にはそんな怪物存在しないのだから当たり前だ。


佐倉有理は初めこそこの理想的なホラー空間に修正された現実に満足していた。

しかし彼女はだんだんと不満が溜まっていった。


「なぜ私は怪物どもを狩れないのか!?」


彼女は近くに転がっていた他人の足を地面に叩きつけ、不満を叫んだ。

すると、その声に反応したのか……。

部屋の中に突然一体の裸のゾンビが現れた。


「おおっ!?」


裸のゾンビは彼女に向かって襲い掛かってくる。

しかしゾンビならではの遅い動きだったので、彼女はそれを難なく避けた。

胸が高鳴る。ついに自分のもとに本物のゾンビがやって来たんだと思った。

しかし興奮する自分と、もう一人の冷静な自分が、この状況を不思議に思った。


「このゾンビは現実では何なんだろ?

私は一人暮らしなのだから、人である訳がないよね……?」


彼女には、ここで現実修正VRを外して現実を確認するという選択肢もあった。


「ま、いいや。せっかくのチャンスだし……殺しちゃおうかな!?」


しかしその選択肢をあえて選ばなかった。

こんなに盛り上がっているのに、水を差したくなかったようだ。


部屋の中にあるバールのようなものを手に取り、

隙だらけのゾンビを思い切り殴打した。

ゾンビは一撃で倒れこむ。


「あれ~?なんかこのゾンビ、弱くない?

……まあ、いっか!あはははははははははははは!」


佐倉 有理はゾンビに馬乗りになり、部屋の中に転がっていた石でゾンビの顔を殴りつける。

彼女はこの時、生まれてきて一番の興奮と幸福感を感じた。

しかし、三発も殴ると頭が破裂してしまった。

真っ赤な血しぶきが部屋中にまき散らされる。


「あーあ。もう死んじゃった。腐敗した肉体だから脆いのかな?」


彼女は一仕事を終えた気分になり、ゆっくりと立ち上がって背伸びをした。


「んーーーーーッ……気持ちよかったぁ!」


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現実における彼女の部屋はとんでもない事になっていた。


倒れているゾンビは実際には30代男性。

この男は暴漢であり、

佐倉有理を乱暴しようとして部屋に入って来たが、

『現実修正VR』をつけた彼女相手に戦って、見事に返り討ちにあった。


暴漢は出血して床を真っ赤に染めて気絶していた。

しかし、死んではいない。


VRの中でのバールのようなものは実際には物干し竿だったし、

石ころは貯金箱だったため致命傷には至らなかった。


彼女は普通の女性より身長が高く力も強かったが

それでも、暴漢に勝てたのは現実修正VRの力が大きい。


『現実修正VR』の中でのゾンビの動きがのろく、避けることができた。

実際の暴漢の動きは人並みに素早い。

しかし、カメラに映った暴漢を現実修正VRが映像処理をし、

動きを先読みしたために動きが鈍く見えていた。

暴漢の行動をリアルタイムで解析し、

先の行動を予知していたので、

佐倉 有理は熟練のボクサーのように暴漢の攻撃を避けることができた。



ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★


「このゾンビ、邪魔くせー。どうにかしてほしいわ……」


佐倉有理はゾンビの横腹に思い切り蹴りを入れた。


「ん?部屋の中に、変な黄色いチラシが落ちてる……」


彼女はチラシを拾って内容を見た。

こういう時は有益な情報が記載されているのが現実修正VRではお決まりである。


「あー、なるほどね。現実修正VRは気が利くなぁ」


そのチラシには掃除屋の電話番号と仕事内容が書かれていた。

無料で死体を片づけてくれるサービスのようだ。

早速彼女は電話を掛ける。


「もしもし?あんた掃除屋?死体が転がってるので掃除してくれない?」


電話を掛けた瞬間、チャイムが鳴る。


「ええっ!?早すぎでしょ!?」


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彼女の家に警察が踏み込み、気絶している暴漢を逮捕した。

彼女の現実修正VRがとらえた映像は、

すでに警察に届けられており、

彼女が電話をかける前から家に向かっていたのだ。

正当防衛はすでに証明されており、

スムーズに事件は処理される。



ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★


「ああ、なんて素晴らしい!もっと早く気が付けばよかった!!」


佐倉有理が本当に好きなのはホラーではなかった。

本当に好きなのは暴力。今までは自身の社会性がそれを閉じ込めて来た。

しかし今は違う。『現実修正VR』により真の彼女の幸福を追求できるのだ。


「これが本当の私が望むものだったんだ!!」


今はリアルな現実世界を修正している。

現実そのものの風景だが、人物だけが違う。

本当に存在する人物はおらず、虚構の人物だけが存在する。

そして虚構の人物と出会ったら、彼女は必ず殺害する。


素手で殺害する。

鈍器で殺害する。

刃物で殺害する。

銃器で殺害する。

ミサイルで大量に殺害する。


「あははははははははははははははは!」


――――どのような欲求であれ、『現実修正VR』の中では平等だった。

彼女は修正された現実の中で65536人の人間を殺害した。


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あるアパートの一室。

一人のヘッドマウント型ディスプレイをつけた女性が、

部屋に置いてあるサンドバックに向かってパンチと蹴りを繰り返していた。

時には肩たたき棒を持ってサンドバックを殴る。

時には定規を持ち、サンドバックに突き刺す。

モデルガンで打つ事もある。

あるいはまるでサンドバックには興味を失った様子で、

キーボードのエンターキーを重大そうな様子で押すこともある。

そして、最後には必ず狂ったように笑う。


これらは、何の問題もない行動である。

彼女は自分で購入したサンドバックを使用しているだけにすぎないのだから。








会社員 27歳男性 向田鎬は現実修正VRを外して過ごしていた。

なぜなら今日が日曜日で、かつ会社が休みだからだ。


「やっと休みが取れたぜ!あのブラック企業潰れろや……」


「しかしVRのおかげで遊びながら会社過ごせるからいいわ。

日本政府ありがとうございますだよ、ほんと」



現実修正VRのユーザーは、中毒者が多く、

平日も休日もやり続ける人間が多いが、向田鎬は違った。

休日には外して過ごす事に決めている。


「これ面白いんだけど、やっぱ目と首が疲れるんだよね」


現実修正VRのディスプレイは最新の技術によって、

目や首が極力疲れにくいようにできている。

しかしブラック企業勤めの彼は睡眠時間が短いため、

どうしても疲労が限界が来てしまうのだ。


「目を休めたいし、どっか田舎にでも出かけるかな~」


向田鎬は自分の車を走らせた。

北の方角へ向かって。


何気なく走らせた車は、自然と群馬の奥地へ導いた。

生命力を感じさせる田園風景。景色の奥には大きな山脈が連なっており、

それを色の強い青空が包み込む。

夏らしい雲が浮かんでいるのを見て、向田鎬は深呼吸をした。


「ここなら羽根を伸ばせるな~」


彼は何気なく散歩を始める。

この場所の事は何も知らないし、調べもせず歩くのが彼の好みだった。


一時間ほど歩くと、山の麓に大きな駐車場があった。

駐車場の案内看板を見る限り、

どうやら正面の山道を登ると神社にたどり着く様だ。


「へ~。結構有名な観光地なんだな。結構人がいるわ。まあ登ってみるか」


向田鎬は駐車場にある自販機でペットボトルに入った水を購入した後、

山道を登った。

途中で何人かとすれ違い、その度に挨拶をした。登山時のルールだ。

5回目ぐらいの「おはようございまーす」の時に、

違和感を覚えた。その登山者は『現実修正VR』をつけていたのだ。


「うおおおおおおおおおっ!なんてこった!そんな場所に伝説の剣があるとは!?

まさに灯台下暗しってやつだな!!」


「ええっ……?俺のおはようございますは何に変換されたんだよ……」


「洞穴にある穴に勇気のクリスタルをはめればいいのだな!?よし、わかった!

そなたの村を救ってあげよう!!」


「……こうして見るとヤバイ人にしか見えねーな」


向田鎬は歩みを進めた。

夏の強い日差しが彼の頭を熱する。


「熱いわ。帽子でも持って来ればよかったな」


ふと太陽を見上げた後、視線を山道に戻すと、

小学生ぐらいの女の子が倒れているのを発見した。


「うおっ!?」


向田鎬は少女に駆け寄った。


「どうしたの?大丈夫?」

「ううぅ……」


少女は汗をぐっしょりかいていて、意識が朦朧としている。

どうやら熱中症の様だ。


「飲みかけだけど飲む?」


そう言って彼は飲みかけの水を差しだした。


「の、飲みます……」


少女は勢いよく飲み干した。


「大丈夫?気を付けた方がいいよ。

大した距離じゃないけど、山道は山道だからね」


少女は水を飲んで少し楽になったようだ。

喋れるくらいに回復していた。


「も、申し訳ない。こんな観光地の山道で倒れるとは情けない事です。

助けていただきありがとうございます」


女性のしっかりとした口調を聞いて、向田鎬は自分の勘違いに気が付いた。

見た目こそ小学生だが、どうやら実年齢は大人のようだ。


「あ、もしかして成人の方ですか?」


慣れなれしく話しかけていた自分に後悔する。


「……はい」


「……失礼いたしました」


向田鎬は心の中でそっと胸をなでおろした。

もし彼女が成人していることに気が付かなければ、

彼の次のセリフは「お父さんとお母さんはどこ?」だったからだ。


「調子はどうですか?」

「熱中症のようですが、水を飲んで大分楽になりました」

「それはよかった」


「うぅ……恥ずかしい。こんな、なんでもない道で倒れるなんて。

研究室に閉じこもっていたせいで、相当に体力が落ちてたんだな……」

「まあまあ。体調不良は誰にでもありますよ」


向田鎬が女性をなだめてると、物凄い勢いで山道を駆け上がる男がいた。


「うおおおおおお!!ついに伝説の剣を手に入れたぞ!!!アリーシャよ!今助けるぞ!!!」


訳の分からぬ叫び声をあげる男。

それは、先ほどすれ違った現実修正VRユーザーである。

どうやら彼は何度もこの山道を往復しているらしい。


「あ、さっきの人だ」


向田鎬が男を見ると、男も反応した。


「君のおかげだ!村人Aよ!!」


そう言って男は山道を駆け上っていった。


「……こうして見ると、『現実修正VR』つけて仕事をするのも考え物だな~」


女性は鎬のセリフにぴくりと反応した。


「もしかして、あなたも現実修正VRを持っているのですか?」


「そうですよ。会社行くときは絶対つけていきますよ。

そうすりゃ嫌な仕事も楽しいイベントになりますからね」


「……へぇ」


彼女は意味ありげに笑った。

その表情は鎬にとって意外な表情だった。どこか毒のある笑み。


「でも、今はつけていませんね?」

「休日はつけない派なんですよ。平日につけすぎて、目と首が痛くてね」

「……そうですか」

「あなたは現実修正VR、持ってます?」

「私はつけていませんね」

「いいですよアレ。面白くて。

本当に別の世界に居るような気分になりますよ」

「そうでしょうねぇ……」


彼女の返答にはどこか違和感があったが、

鎬にはその理由がわからなかった。


「まあ、つけない人にとっては迷惑でしょうね。

ああやってユーザーの奇行を見せつけられる訳ですから」

「そうですか?見ていると結構面白いですよぉ?」


再び彼女は毒のある笑みを見せた。


「しかし、日本はよくあんな高度で完璧なシステムを開発したもんだ。

さっきの人も、奇行ではあるけど、安全に山を登ってる。

室内だけのゲームではなく、外に出ることがそのままアドベンチャーゲームとなっているのが凄いんだよなぁ。

本来はただの娯楽製品なのに政府主導の製品、公共事業となったのも信じられない。

どんな人がこのプロジェクトを初めたんだろ……?」


「ふふ。高度で完璧なシステムですか。

でも、あなたは今『現実修正VR』つけていない。

ならば、それはまだ完璧ではないのでしょう」


「へ?……まあ、そうかも。少なくとも目と首は痛くなりますからね」


「はははは。……では、私はもう家に帰ります。

助けていただきありがとうございました。このご恩は忘れません」


「忘れてもいいですよ別に。飲みかけの水をあげただけですし」


「いいえ。このご恩は必ず、いつかどこかで返します。約束しますよ」


「ははっ。面白い人だなぁ」


彼女は体力と気力を取り戻し、山を下った。

加賀野霧絵は『仕事』をしなくてはならない。

そして、その仕事は完璧でなければならないのだ。







様々な人達が各々の望む世界へ修正していき、

ちょうど販売台数が2000万台を超えた日の事。

世間では反『現実修正VRシステム』の機運が高まっていた。


マスコミこそ素晴らしい発明だと宣伝の手をゆるめなかった。

しかし、各SNSでは現実修正VR装着者の不気味な姿と、

監視社会に繋がる危険性を訴えかける人達が注目を集めていた。


各SNSの呼びかけで人を集め、反『現実修正VRシステム』のデモを行うまでになった

国会議事堂前では2万人程度の人間が集まり、

各々の手製のプラカードを持ち寄って行進した。


「 V R や め ろ ! 」


ドドンガドン


「 V R 反 っ 対 っ ! 」


ドドンガドン


「 V R 危 険 っ ! 」


ドドンガドン


わかりやすい主張と、太鼓の音が心地よいリズムを生み出す。

デモ参加者が大声で自分の主張を道行く人々に


「現実修正VR絶対反対!これは危険だ!

国民監視システムだ!まるで1984年だ!絶対に政府の支配を許すな!」


しかし、まさにこのデモは外を歩く現実修正VRユーザーによって監視されていた。

VRシステム研究所のモニターにデモを映っており、

加賀野霧絵と七村勇が見ていた。


「ふふふ。……彼らの主張も、半分は当たっているね」


「どう見ても、全部当たっているのでは?

今まさに監視してるじゃないですか」


「ははは。半分しか当たってないよ。

正解は『国民コントロールシステム』だから」


「えっ!?」


「確かに巷では『国民監視システム』といわれているけど、それは真実じゃない。

ただの監視システムってだけでは国家主導で多額の金なんてかけないよ。

コントロールができるからこそ価値がある。

だからスポンサーもつくのさ。企業ではなく、真の特権階級のね」


「確かに言動や仕事、消費活動とかはコントロールしてますが……」


「選挙時も『現実修正VRシステム』つけたままなら、投票先もコントロールできるからね。

このシステムの価値は無限だよ。

まあ、もう法律どうこうってレベルでもないんだけどね。

政治なんて通過点に過ぎない。最終的には国民全員に『現実修正VRシステム』つけてもらい、

全国民のコントロールが最終目的さ」


「そ、そんな事していいんですか」

「当たり前だよ。これは正しい事なんだから」

「正しい事!?」

「そうだよ。正しい事じゃなければこんな事はしてはいけないよ。

……これは別にふざけて言ってるんじゃあないよ?私は本気で言っているんだ」

「国民を国家の奴隷にしてどこが正しい事なんですか!」


「それは勘違いだよ。国民は真の意味で自由人になる。見てみなよ。

『現実修正VRシステム』ユーザーはみんな自由な振る舞いしてるじゃないか。

彼らは自分の意思で自分好みの世界を望んでいるんだ

私が強制的につけさせた訳じゃない。ユーザーはみんな喜んでるよ。幸せそうだよ」


「うぐ……」


「かわいそうなのはまだつけてない人たちだ。

最初は思想信条により抵抗するかもしれないが、

最後は受け入れるだろう。

いや、そうなるように作るのが我々の使命なのだ」


「その論理はおかしいですよ。結論ありきじゃないですか」


「君はなんて言われてここに来たんだ?それがここの仕事なんだよ。

『現実修正VRシステム』の開発・保守・運営は。君の仕事でもあるんだからね?

でも、反論をしてくれるのはありがたいね。私が暴走したとしてもきっと君が止めてくれるだろう」


「止められそうにないんですが……」


「いずれにせよ現実修正VRは正しい行い。正義の行いなんだ。

統一された意思と行動。人生のすべてを使って仕事をし、

最大数の子供を作ってもらい、国家の生産力を最大限に高める。

はははは。日本のすべての問題が解決するじゃないか。

そうやって日本が豊かになる事でどれだけの人が救われると思ってる?

考えてみてくれ」


「た、確かに、そう言われるとそうなんですが……しかし」


「賢い君ならわかるだろう。君が反対してるのは論理ではなく――――感情だと」


「……そうかもしれません」



二人の話が終えた頃、デモの方は熱を帯びていた。

デモの参加者が、デモを見て楽しそうにしている現実修正VRユーザーに対して絡んでいったからだ。



「何ニヤニヤしている!?私たちはまじめにデモをしているんだぞッ!!」

「馬鹿にしてるのか君ぃ!」


ヘッドマウント型ディスプレイをつけた相手に対し、凄むデモ参加者。

一触即発の雰囲気だ。




モニター越しにデモを見ている加賀野霧絵は、にやりと毒の含んだ笑いをした。


「七村君。反対デモも、なかなか面白い事になってるみたいだね」


彼女は部屋中央にあるコンピュータのキーボードを取り出し、何やら操作を始める。




デモ参加者に絡まれているユーザーは、

何を言われても全く動じないどころか、大声で笑いだした。

よほど楽しい映像でも流れているんだろう。


「ははははははは!そんなにおどけてどうしたの?君はまるでおとぎ話のピエロだね!」


それが『偶然』にもデモ参加者にとっての煽り文句となる。


「なんだとッ!!」


デモ参加者はVRユーザーの襟首をつかんだ。

それを他のデモ参加者が静止しようと群がる。



そこに長身の女性VRユーザーが通りかかる。

デモ参加者とユーザーを見てぽつりと言葉を漏らす。


「なんだこのボロっちい壁は。邪魔臭いなあ」



「ふ、ふざけるな!!我々は人間だぞッ!!」

「いい加減にしろよお前ッ!!」

「ホラ見ろ!現実修正VRをやってる奴は国家の犬だ!」

「VRユーザーは国民の敵なんだ!」


女性は不機嫌な様子で首をかしげながら呟いた。


「邪魔臭いから、壊してやろうかな?」


「うおおおおおおおおおお!」


デモ参加者達が長身の女性VRユーザーを取り囲んだ。

今にも袋叩きにしてしまいそうな危険な空気。


しかし、そこを高そうな服を着た一人の中年女性が割って入る。


「まあまあみなさん落ち着いて。悪いのは彼女じゃありませんよ」


「は?」


「悪いのはすべて現実修正VRシステムです。このデモの意義を忘れてはなりませんか?」


「まあ……確かに」


「そうでしょう?悪いのはすべて現実修正VRシステムです。

彼女から自由を取り戻してあげましょう

国家が彼女につけた囚人の鎖である現実修正VRシステムを破壊し、

彼女を人間らしい姿にしてさしあげるのです」


そう言って中年女性は、佐倉有理の現実修正VRシステムを顔から取り外し、

地面に叩きつけて破壊した。


「え?」


佐倉有里は突然景色が変わったことに対し理解できず、

きょとんとしていた。


「なんでいきなり場面が切り替わったの!?いいところだったのに」


彼女は現実修正VRシステムをずっと装着していたヘビーユーザーで、

彼女専用の暴力的な現実の中では、人間は必ず破壊されるものである。

ゆえに街中に人は存在せず、部屋の中のサンドバックとか

山奥に捨ててあるゴミが人間として映し出された。


「人がいっぱいいるし……」


そのため、街中で大勢の人間なんて見かける事などありえない事であり、

遠い記憶の彼方へ忘れ去っていた現実の姿だった。


「現実修正VRが壊れて地面に落ちてるし……」

「そうです。私がその悪魔の機械から助けてあげたのよ。

さあ、政府の犬ではなく自由人として生きましょう」

「あ、そーかなるほど!」

「わかっていただいたようで何よりです」


中年女性が会釈すると、周囲のデモ参加者は歓声をあげた。


「おお~!凄いな!」

「話しあえば誰でもわかりあえる」

「今回も有意義なデモ行進だった」


参加者がデモを総括している途中、

佐倉有里は目を見開き、狂ったような声をあげて笑い出す。


「あははははははははははははははははははははは!」


「ど、どうかしましたか……?」


「よくわかってるよくわかってる!

さっすが『現実修正VRシステム』。私の好みをよくわかってるね!

私前から気に入らなかったのよねー。こういう人種ぅ!!」


佐倉有里は中年女性の髪をつかみ、下に思い切り引っ張って頭を地面に叩きつけた。

そして間髪いれず、足で一切の手加減なく、思い切り中年女性の頭を踏み抜き、

頭を砕いて殺害した。


「うわあああああああああああああ!!」

「な、何をしているんだ!?」


目の前で突然殺人を行われたことに対し、

周囲のデモ参加者は激しく動揺した。

それを見て優里は心の底から愉快な気持ちになり大声で笑っている。


「楽しい楽しい!気持ちいいよ!

みんな殺しちゃえばいいんだね!あははははははははは!」


彼女は次に近くにいた中年男性の顎に手をかけ、

首をひねって頸椎を破壊し殺害した。

有里のこの手慣れた殺人は、修正された現実の中での経験によるものだ。


「こんなに人を殺せるなんて!!

今日は大盤振る舞いだね!?私の誕生日だっけ??

ありがとう現実修正VR!」


結局、彼女は逮捕されるまで16人を殺害した。

この現実が修正済みなのか無修正なのか?

彼女は実のところ曖昧だったようだ。手ごたえがあまりにリアルすぎるから。

だが、この後の事を考えると、修正済みだと信じておくのが最適だと判断した。



史上最悪レベルの殺人事件が発生したが、

報道としては最初の日のみで、すぐにニュース報道は止められた。

これが現実修正VR絡みの犯罪が初めて報道規制された例となる。


某日。裁判所にて佐倉優里の裁判が行われる。

彼女は逮捕された当初から一貫して「この世界は修正済みの世界であり、殺人は架空の物である」

と主張してきた。


「あははははははははははは!面白い!私裁判受けてる!

裁判長もみんなみーんな殺したいのになんで私手錠されてるの?

演出過剰すぎるよ!?私そんなの望んでないよッ!!」


後ろの手にかけられた手錠がガチガチときしむ。

常人では出せない怪力だ。


「被告に判決を言い渡す」


傍聴席にいる人間は誰も下される判決の内容を疑わない。

16人も殺したのだから死刑以外にはありえないだろう。

裁判長は判決を読み上げる。


「心神喪失により無罪とする」


「!?」


傍聴席がざわつく。


「静粛に」


裁判長は再び判決文を読み上げていく。


「本件はデモ最中に起きた殺人事件に関するものである。

被告人は当時、現実修正VRによって作成された映像を閲覧しており、

その映像を本人の意思なく中断させられた。

映像は現実感が強く、現実と誤謬するには十分なものであり、

被告人はデモ参加者を現実修正VRの映像であると確信していた。

すなわち、心神喪失状態だったと考えられる」


「なんてことだ……」


傍聴席の一人が、落胆して呟いた。


「また、現在の被告は憲法25条に対し、違憲状態である。

今すぐ現実修正VRを装着させ、健康で文化的な最低限度の生活を営む必要がある」


「なんだこのふざけた判決は?」


傍聴席の一人が、感想を思わず口にした。


判決後、すぐさま佐倉有理の顔に『現実修正VR端末』が取り付けられ、

違憲状態が解消した。


「あれ~?いっぱいいた人間どもがいなくなっちゃった。

邪魔臭いから全員殺したかったのに!また獲物探しに行かなきゃいけないじゃない!」


佐倉優里は獲物を探し、速やかに退廷した。


「こんな裁判、現実のものとは思えない!」


遺族の一人が怒り出し、声を荒げる。

この言葉は傍聴席で裁判を聞いていたものの総意だった。

――――しかし出た判決は覆ることはない。


これは極めて重要な判例だった。


この殺人事件の顛末はとんでもないものであり、

佐倉有理が無罪になっただけでなく、

逆にデモ参加者の何人かが暴行罪及び過失致死罪で逮捕させられる始末である。

責任は現実修正VRユーザーになく、

非ユーザーにある。これが司法の結論である。


この判決は報道されることはなかったし、

すぐに法改正によって、

より一層、現実修正VRユーザーが守られるようになった。


その中の一つ。

現実修正VR妨害罪は、主に現実修正VRユーザーから同意なく取り外した時に適用される刑法だ。

『現実修正VRを妨害した者は、3年以上の有期懲役に処する』

簡単に言えば傷害致死と同じ、極めて重い量刑である。




現実修正VRの需要はどんどん高まりを見せて行った。

基本的な性能として極めて高く、娯楽としても生活の道具としても有用である。

また、現実修正VRをつけた人間とは、現実修正VRをつけた人間しかコミュニケーションできない性質も、

急速に普及していく一つの要因であった。


また日本は長らく晩婚化、少子化の問題を抱えていた。

そこで、現実修正VRは『結婚促進』の機能を新しくリリースした。

現実修正VRをつけた独身の男女が積極的に結婚していき、子供を作って、

幸福な家庭生活を送るようになる。夢のようなシステムである。




ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★

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「ただいま!今帰ったよ~」


夫が自宅の豪華マンションに帰って来た。


夫はとんでもない美男子であり、

精悍な顔つきで、映画俳優だと言われても疑われないほどだった。

声は低いが落ち着きのある優しい声だった。


「おかえりなさいあなた!」


迎える妻も絶世の美女であり、

アイドルとしてデビューしていたら一万年に一人の美人だと言われることはまず確実だった。

声は人気声優みたいなかわいらしい声だった。


「今日のご飯は何かな?」

「あなたの好きなプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュールよ」

「やったー!」


楽しい食卓。会話も弾む。

夕飯の後はソファーでゆっくりと過ごす。


「あなたとあえてよかった」

「俺も本当そう思う。こんなかわいい嫁がいて毎日幸せだよ」

「そんな……私なんて」

「今日も愛し合おうよ」



現実修正VRは二人同時プレイも可能です。

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築47年のアパートで、30代中盤の夫婦が愛し合っていた。


「世界で一番愛してるよ!」

「私もよ!」


この夫婦は結婚して一年経過したが、

結婚当初から今まで、まったく熱は冷めなかった。

円満な夫婦関係の原動力は現実修正VRである。

修正している現実は相手の外見であり、声である。

現実修正VRシステムは夫婦の幸福な生活を永遠のものとすべく、

夫には毎日、新しい妻の外見と声を提供している。

また、妻にも毎日新しい夫の外見と提供している。


これなら夫婦生活は円満だろう。

365日、とびきりの美男美女をとっかえひっかえしているのと同じなので、

相手に飽きることもない。毎日が初夜なのだ。


結婚する前から現実修正VRを装着しており、

結婚式の日に、肉体と現実修正VR端末を接合する手術を受けた。

互いに裏切りが起きないよう。

また、現実を見てしまわないよう行われる尊い儀式である。


「今日も幸福な一日だったね。おやすみ」

「おやすみなさい」


この夫婦は結婚相手の現実の姿を見たことはない。

しかし、多くの人が語るように外見など結婚生活に不要である。

大事なのは心であり、愛。

夫婦生活には愛さえあれば良いのだ。








『現実修正VRシステム』はやがて日本人の9割が装着するまでになった。

法律により所持は義務となっていた。

『現実修正VRシステム』を装着している人の権利は手厚く守られる一方で、

装着していない者は法的に無防備な状態である。

なのでよほど意志の強い『現実修正VRシステム』の反対者以外はみんながつけている。


また『結婚促進』の機能により、多くの子供が生まれるようになった。

結婚促進の一年後に生まれた子供は約300万人。

VRによるベビーブームであり、

またこの赤ん坊にもそれぞれ小さな『現実修正VRシステム』が配られ、

誕生とともに装着させられた。


この子供たちは『ネイティブVR世代』と呼ばれるようになった。

呼んでいるのはまだ現実を修正していない1割の人間だけだったが。


ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★ミ☆ミ★


「あああああああああーーーーーー!ぎゃああああああああああああ!」


新生児用の『現実修正VRシステム』がつけられた赤ん坊が泣いている。

『現実修正VRシステム』は赤ん坊の状態を統計的に解析し、

最も心落ち着くような映像と音楽を流した。


「あああああああ」


新生児はあまりよく目が見えないため、

はっきりとした映像を映す必要がある。

この子供の目に映るのは、

新生児の需要をもっとも満たす理想的な母親の姿だ。

不思議な事に、統計処理によって導き出された母親の姿は、

普通の人間の姿ではなかった。

理想の母親の姿は腕は30本あり、顔はのっぺらぼう。

色は真っ赤で、皮膚には欠陥が浮き出ている。

胎内のイメージに近いのだろう。


「ふえ……」


優しい母親の姿を見て赤ん坊は心が落ち着き、

すぐに泣きやんだ。やがて眠りにつく。


この理想の母親は、客観的に見れば異形の怪物かもしれないが、

新生児にとっては胎内こそが母親であり、

それに近い姿の方が安心する。



赤ん坊が生まれて六か月になる。

何の問題もなく、健やかに育っていた。


「ふー。ふー」


赤ん坊が母親の30本の腕になでられる。

するとにっこり笑って喜んだ。


「あー!あー!」


現実修正VRは赤ん坊を育てる時も常に最適な映像を流す。

なので、成長も普通に育てるよりも早かった。


「まま……」


のっぺらぼうの母親が、

我が子が初めて喋った事に喜んで、にっこりと笑った。




これからも子供達はずっと現実修正VRをつけたまま生きていく。

一度も現実世界を見る事はないだろう。

それはとても幸福な状態である。

この世界にはいじめも虐待も存在しない。

あるのは幸せな夢しか無いからだ。


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研究室で七村勇は加賀野霧絵に頭を下げた。


「すみません。仕事、辞めさせてください」


「なぜ?」


「毎日毎日発展していく『現実修正VRシステム』を見ていて、

頭おかしくなりそうですよ。なんなんですか?酷すぎますよ。

僕はもう崩壊していく人類社会を見ていたくないんです。

そしてその原因となるソフトウェアを開発したくないんです」


「んー、辞める事ないんじゃない?辞めると損だよ~。

給料いっぱいもらってるでしょ?

仕事が嫌なら現実修正VR端末をつければいいんだしさ」


「…………」


七村は現実修正VR端末をつけている自分を想像して、

嫌悪感を覚えて、顔を逸らした。


「なぜ……」


「ん?」


「なぜこんなシステムを作ったんですか?」


霧絵はその質問を聞いて毒のある笑いを浮かべた。


「『――なぜこんなシステムを作った』だって?

それはね。現実逃避こそ人間に一番必要だと気付いたからだよ。

会話をしていてこんな経験はない?

自分の話している内容がまるで違う意味として捉えられて、

違う話にすり替わっていること」


「……そりゃ、ありますが」


「これはその人の勘違い?違うね。

人間には最初から現実修正VRと同じ『再解釈機能』がついているんだよ。

現実の発言を違うものにすり替えて捉える機能がね。

そして人がすれ違う理由は、再解釈機能があるからじゃない。

再解釈機能が弱いから、すれ違ってストレスを感じるんだ。

人間はね、現実を見なきゃいけないのに現実逃避するんだ。

正常性バイアスもそうだろ?

命の危険がる状況ですら、それがストレスだと感じるために、

現実をすり替えてしまう。

目をそらしてはいけない事なのにね。

要は人間は現実逃避が好きだし、必要なんだよ。

現実逃避の機能が弱いから不幸で、現実逃避の機能が強ければ幸福なんだよ」


「……でもそれじゃ危険に対応できず、死ぬって事じゃないですか」


「そうだね。だからそれを現実修正VRシステムの機能で安全を実現している。

再解釈機能と国民コントロールシステムで危険を回避し、

安全に現実逃避をして心の平穏を手に入れられる」


「お、俺は現実逃避なんてしませんよ。現実修正VRだって必要ない」


「果たしてそうかな?君は本当に現実逃避をしていないのかい?

人間が現実逃避を望んでいるのは現実なんだよ。

昔も私は真実こそ素晴らしい。真実こそ善きものであり、真実を言う事が正しい事だと信じていた。

プラトンと同じように。

でもね。現実を見ればそれは間違いなんだ。

私は真実と言う宗教を捨てて、現実を得たんだ。

『人間の幸福には真実は不要であり、現実逃避こそが幸福をもたらす』

この事実から目をそらすことをやめたんだよ。

もう一度聞くけど、君は本当に現実逃避をしていない?なら、この真実を認める事ができる?」


「そ、それは……人それぞれですよ。

強い人間なら、現実逃避せずとも幸福になれるはず」


「それはそうかもしれないね。でも、多くの人は現実逃避をしているし、それを望んでいるんだ。

本能的なものだからね。現実修正は。

例えば人は必ず死ぬが、死ぬ時にほしいものってなんだかわかる?」


「そりゃ寿命でしょう」


「ははははは。なるほど。うまい答えだね。

でもそれは与える事は出来ないね?」


「高度な科学技術があればできますが?」


「いいねー。いい反論だ。しかし今、それは存在しないよね?」


「……そういうことですか」


「わかったかな?死ぬ時に欲しいもの。

死にそうな人が好む虚構。それは『死後の世界』だ。

現実修正VRは統計処理によって人の死期を予測し、

死ぬまでの間に多くの神秘体験を体験させ、

死後の世界を信じさせるコンテンツとなる。

もちろん死後の世界など存在しない。

しかし死にに行く人間に死後の世界を信じさせ心穏やかに死を迎えさせる事。

これはどう考えたって正義の行いだろう?」



『現実修正VRシステム』は政府主導の公共事業であり、

国民コントロールシステムであり、

国民の幸福を保障する機械だ。


日本の生産性は『現実修正VRシステム』によって急上昇し、

現実修正VRシステムは海外に輸出

海外ではスパイ行為だ国家の危機だと強く警戒されたが、

結局は人が望むものは国も受け入れてしまうものである。

多くの検索エンジンやアプリケーションがそうだったように。


最終的に現実修正VRシステムは世界を征服した。

全ての国で、全国民が装着義務であり、

子供は生まれた瞬間から装着させられる。

最後まで抵抗していた人間。

――――いわゆる『現実主義者』は一人の例外もなく発見され、即逮捕。、

強制的に装着させられて、VR端末が外せなくなる手術を受けた。


この世界は幸福だ。

70億の人々、それぞれが思い描く幸福がそこにはある。

この世界には差別も戦争もない。

なぜならば。

『人と人が関わりあうことがないから』である。

これこそが人類にとっての真の平和であり、最大の幸福なのだ。















人通りの多い大通りの中、小柄な女性が一人いた。

彼女は身長だけでなく外見も幼い。

眼鏡をかけていて、髪はショートカット。

今日は寝癖が少しついていた。



彼女は微笑み、ぽつりと呟く。


「よかった。道がこんなに広くなった」


大勢の人間は、大通りの商店の壁にぺたりと張り付いていた。

彼らが装着している現実修正VR端末は、

商店の壁に彼らが絶対に張り付くような映像を映し出している。

その内容は人それぞれで、大声で笑っているものもいれば、

性的に興奮しているものもいる。



「ははっ。間抜けな姿だねぇ」


彼女は壁に張り付く人間を嘲笑しながら、現実の公道の真ん中を歩く。

彼女は現実修正VRシステムの開発者でありながら、

世界でたった一人残った『現実主義者』だった。


彼女はとても幸福だった。


これこそが彼女の欲しいものだったから。

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