#6


 間違った名前で呼ばれるのがずっと嫌だった。

 本当の名前を、本当のわたしを呼んでほしかった。

 ――お母さん、どうしてこんな名前をつけたの。

 わたしをなだめながら、母親はこう言ったのだ。

 ――あなたはね、春に生まれから陽菜はるなっていうの。春の子どもなのよ、と。


  ++


 名前って、魔法の言葉だと思う。

 ひとつひとつの物を認識させるための言葉。同じものを指す言葉でも全然違う言葉があれば、同じ言葉でもまた別の異なる物を示すことだってある。でも知る人が知れば、どんな物を指しているか、すぐにわかる。だから、魔法の言葉だ。

 わたしは、ふたつの言葉をもらった。

「――ねえ、ちぃくん」

「ん?」

 どうしても聞いてみたいことがあった。

「わたしのこと、どうして『ヒナ』って呼んでたの?」

「単なるあだ名だよ。否定しないヒナが悪い」

「……ちぃくんひどい」

「俺のせいじゃないでしょ? お望みなら、ハルって呼んでやるけど?」

「うー……ヒナでいい」

「いいの? 本当に? 後悔しない?」

「ヒナが、いいんです!」

 声を上げて笑うちぃくんを追い越していく。今更呼ばれて気恥ずかしくなっただなんて、言えない。真っ赤になった顔を見せたくなくて、それ以上にちぃくんの顔を見れなくて。

「ヒナ、ほら、見て。星が綺麗だ」

「――わ」

 仰いだ夜空にはちりばめられた数々の星があって、ひと際明るい三ツ星がこちらを見下ろして笑っていた。

 春が訪れるのはまだ遠い。

 けれど少しだけ、「私」を見つけた気がした。


  了


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ハルナノガタリ 季月 ハイネ @ashgraycats

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