キミなんて大嫌い

篠騎シオン

キミなんて大嫌い

「僕の友達にすごいモテるやつがいてさ」


一人の生徒がそうやって僕に話しかけてくる。

僕の数少ない友人の男子の一人だ。

時刻は休み時間。

僕はちょうどトイレから帰ってきたところで、教室と廊下の扉の所で立ち止まることになる。


「はあ」


僕は間抜けな声を挙げて彼の言葉に応じる。

そして、彼の容姿をじっと見つめた。

僕から見れば相当モテる部類に位置する彼は、僕の方を向きながら落ち着きなく髪を触っていた。



面倒くさいな。

僕としては、早く話を終わらせたかった。

モテるやつに関わるとロクなことにならないから。


でも、数少ない友達を失うわけにもいかないので、話の先を促した。

もちろん、迷惑だという顔をなるべく出さないように気を付けつつ、だ。


「それで?」


どこを見ているんだろう、あちこち目を泳がせている彼。


そんなにピュアで、恋愛話が苦手なのだろうか。

彼は僕の催促に応じてなんとか話を続けていく。


「あのさ、それでソイツがさ。ある女の子のこと、好きだって言ってるんだけど。あ、もちろん友達の話ね!」


「それで?」


「あ、えとね。それで、その相当モテるやつなんだけど、成績優秀で、スポーツも万能で、ほんとにいいやつなんだよ」


成績優秀、スポーツ万能。

僕は話の要旨を聞きたかったのだが、帰ってきたのはそんな言葉だった。

まるっきり、彼のこととしか思えないその二つの条件に僕はふうん、と返す。

僕の知る限り、この学校の中でその条件に当てはまり、かつモテているのは、彼しかいない。

もっとも、彼の友人というのが学外の生徒である可能性もあるが。

だから、僕は一応彼へと問いかける。


「そのモテる人って、この学校の人?」


「あ、うん。もちろん、そうだよ」


彼はあたふたしながら、僕の問いかけに応答する。


「なるほど。それで?」


「それがさー。ソイツのその好きな人って同じく成績優秀で、でもちょっぴり運動は苦手な子らしいのよ」


僕は彼のその言葉から自分の学校の中で、条件に当てはまる女子生徒を頭の中に数名思い浮かべる。

まあ、彼の友達(or 彼)の中の成績優秀の基準がどの程度かにもよるけれど。

ちなみに、僕も運動は苦手で、成績はそれなりに優秀だ。特に文系が得意だ。自慢じゃないけど。


「それで?」


僕は一人語りを振り払い、再び先を促した。


「いやね、その子ってね。長髪で、黒髪で、肌の白い子なんだけど」


彼の視線はふらふらと教室の中を彷徨った。

僕の方は一切見ない。 


しかしその彼の言動で彼の友達(or 彼)が好きな女子生徒が僕の中で確定する。

 

「それってさ……」


僕は、その少女の名前を言おうとするが、すぐにやめる。

わかってしまったせいで厄介ごとに巻き込まれたくない。


「いや、なんでもないや」


だから、僕は誤魔化す。

ちなみに話の中心である女子生徒は今は、教室にはいない。


「いや、なに。その好きな子わかったなら、教えろよ!」


必死な形相で彼は、僕へと詰め寄る。

こう言ってくるあたり、本当は彼の友達の話なのではないかと僕は思ってしまう。

彼にこんな高度な演技が出来るのだろうか。

それとも、本気で恋して、理解して知ってほしくてこんな言動をとるのだろうか。


僕はそんな彼をよけ、教室に入り、椅子に座りながら答える。


「わかったけど、あんま言いたくない」


彼の様子があまりに必死だったので、僕は真実を言ってしまう。


「やっぱり誰が相手かわかっちゃったのか!」


僕を追いかけて教室に入った彼の視線が、一か所で止まった。

視線の先を見てみると、ちょうど廊下の水飲み場の鏡に件の少女が映っていた。

長髪で控えめに言って美人なその少女。

僕の席は、廊下のある鏡の正面だからよく見える。

なんで、あんな座った位置から見える低いところに鏡があるのかは謎だが。


僕が鏡の方を向くと、その少女はちょうどこちらを苦々しげに見つめていた。

僕は慌てて目をそらす。

彼をどうあしらうかに集中しなくては。


僕が正面を向くと、男子生徒はまだその少女を鏡越しに一心に見つめていた。


僕はそんな彼に、話の続きを催促する。


「それで? その友達がなんだって?」


僕の言葉で、彼は慌ててこちらを向いてくる。

今日初めて彼はまともにこっちを見たかもしれない。

急かされたせいかどうなのか、心なしか顔が赤い。

まあ、本当の理由は想像がつくけれど。

 

「いや、その、友達がさ。告白しようか悩んでるみたいで……」


僕はその言葉にため息をつく。

よくあることだ。

彼はこうやって確認して、あわよくば告白しようと画策しているのだ。

僕は、そんな彼に向けて静かに言葉を紡いでいく。


「ねえ、その君の友達って陸上で全国大会いった人?」


これは男子生徒、彼の情報だ。


「お、おう」


赤くなる彼、そして肯定の言葉。

 

彼であることが、確定。



「……じゃあ、その少女って言うのは読書感想文のコンクールで入賞した子?」



「あ、う、うん……」



これは少女の情報だ。


そして、再び彼は肯定した。




僕はその言葉にため息をつき、やれやれと頭を振りながら、もう一度鏡に目をやる。

少女の様子を見ようと思ったのだ。

この話を聞いた少女は喜んでいるのか、悲しんでいるのか。

なぜなら件の少女は、今の話を最初から最後まで聞いているのだから。

鏡を見てみると、今度は少女は鏡の中で首を振っていた。

そうか、そうだよな……。






僕はにっこりとした笑顔を作って、男子生徒の方へと向ける。



この際、友達を失うリスクはしょうがない。




「うーん、多分だけど、その友達の恋はうまくいかないね」


「え!?」


「だって、今誰とも付き合う気はないから」



一瞬、固まる彼。

そんな彼を僕は、いや私はじっと見つめる。

彼は、数秒固まった後、頭を小さくかいてから言った。

 

「そうだよね。まあ友達の話だし。気にしなくていいよー。俺からそう言っとくわ」


去って行く彼の背中はしょんぼりとしていた。

でもしょうがない。

彼はいい人だったかもしれない。

だが、周りはそうとも限らない。

モテる彼の周りには、それに嫉妬する男や、それに恋する女が集まる。

そんなのにはもう、関わらないと決めたんだ。


幾度となくこんなトラブルに巻き込まれてきた私は、いつの間にか男嫌いのせいで一人称が変わってしまった。

これ以上モテる人間に近付いて恨みを買ったりだとか、危ないことはしたくない。



僕はため息をついて言う。

視線は教室の外——


「ああ、僕はキミなんて大嫌いだよ」


鏡の向こうの少女ぼくに向けられていた。

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キミなんて大嫌い 篠騎シオン @sion

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