記憶


 ……もう数年経過しているのに未だに脳裏にこびりついている。

 花火をベランダから見ている。あの時とまるで変わらない、同じような花火。

 過去の事は大体もう記憶から消えていると言うのに、これだけはまだ覚えている。

 たぶん唯一の思い出だからだろうか。今更、思い出してもどうしようもないというのに。

 花火は連なって打ちあがり、夜空に広がっては消えていく。


 僕は冷蔵庫の中にある缶ビールのタブを開け、勢いよくあおった。


 苦い。

 自分の中では未だに整理がつかないというか、ふわっと浮かんでは消えていく記憶。さながらクラゲのように。

 だれにもこのことは話してないけど、たぶん話をした所で何ともない、よくある話しじゃないかと言われて終わりだ。他の人はずっと多く別れも出会いも経験してきている。その分傷が埋まってはまた新しい傷が出来て、また埋まってを繰り返して地層のようになっているのだろう。

 僕はそうじゃなかった。

 何時まで経ってもそれが最初で最後。だからいつまでたっても覚えているんだろう。下らない、詰まらないよくある事だと知っていても。

 

 すべては今更の出来事だ。

 それに囚われていること自体が多分に下らない。

 もっと新しい事を、楽しい事を考えなよって誰かに言われたような気がする。

 そうだとも僕も思う。

 

 それでも時折、どこからともなく沸いて出てくるんだ。

 どうしようもない何とも言えない感情と一緒に。

 

 テーブルの上の酒はどんどん増えていく。

 でもちっとも酔いも眠気も訪れない。

 そんな夜がまた来た。

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冴えない花火 綿貫むじな @DRtanuki

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