第3話 エデンの谷 2

忙しい。多忙である。いや、まあ忙しい方が嬉しくあるのだが。人生においても。忙しくなくなるのは老後でいいな。縁側で日向ぼっこしながらお茶をすするような生活をしたい。

「オムライス七番テーブルに持ってて!」

悠馬の声で現実に引き戻される。

「りょーかい!」

皿を受けり、テーブルへと配膳する。

文化祭初日、一般客の来場が開始されてからまだ1時間ほどしか経っていないが店の前では客が列をなしている。年配の方が多く、お孫さんも一緒らしい。はしゃいでいる小さい子供達が何人も見られる。きっと、椚食堂の常連客なのだろう。悠馬は、普段からも店の手伝いをよくすると言っていたし何よりもそう話している声がいくつか聞こえたからだ。いつも長居しちゃうのよね。という声が。

しかし、今は文化祭だ。長居されても困る。利益を出すためには回転率を上げなければならない。僕は、体育館に走った。

体育館には、他クラスが使わないで教室から出した椅子がいくつも置かれている。それを持って行き、並んでいる人に貸し出すのだ。本来は生徒会の許可を取らなければならないのだが後でも構わないだろう。

「手伝うよ?」

いつの間にか後ろをついて来ていた委員長が声をかけて来た。本当にいつの間に来たのだろうか。

「生徒会の許可は後でもいいよね?」

普段なら先に許可をと言い出しそうな委員長の言葉に少し驚かされた。

「いいの?」

元々そうするつもりだったのだが、委員長が来たことで諦めていたというのに。

「いいよいいよ。だって文化祭だもん」

その言葉で片付けられる。不思議な時間だ。

二人でいくつかの椅子を運んだ。廊下は人でごった返しているため、来た時のように走って行くわけにはいかない。ゆっくりと人にぶつからないように運んで行った。

「篠原くんは優しいね?」

「そんなことないさ」

唐突にそんなことを言われ、どきりとした。

「だって、年配の方が多くて立って待っているのは辛いと思ったから椅子を持って行こうと思ったんでしょ?」

「いや、まあ、そうだけと…」

建前だ。本音じゃない。僕の心はそんなに綺麗じゃない。本当は、椅子を並んでいる方に渡した後、店内に聞こえるように長くなると思うのでと言うつもりだった。長居を防ぐために。

「いや、優しいよ。篠原くんは。自分が忙しくなるだろうってわかっていたのに悠馬くんと悠希ちゃん両方の望みを優先したし、何よりもお姉ちゃんと根気強く付き合ってくれてるし」

優しいと言うのは、委員長みたいな人に当てはまる言葉なんだろう。

「そんなことないよ。僕は、まあメニューが多い方が楽しいと思っただけだし先輩のことは好きだから別にどうってこともないし…。ってああ!好きって言うのは人としてね?」

「ふふっ。そんな否定しなくてもいいんじゃない?お姉ちゃん悲しんじゃうよ?」

委員長が笑いかけてくる。

「それは、困るな」

僕も笑顔で返した。

運び終えると委員長は、生徒会室に許可を取りに行くとかで姿を消した。僕は、並んでいる方に椅子をどうぞと渡して行き、変わらず忙しい店内へと戻った。







クラスが忙しくなる原因を作ってしまったから仕方ないのだろうが、お昼休憩抜きでの労働はキツかった。悠馬に作ってもらったおにぎりを手に図書室へと向かった。もう9月も後半だ。少しずつ暗くなり始めている。

図書室の扉を開けた。

「いらっしゃーいって後輩くんか」

長髪の白い服のお化けが出迎えた。

「ぎゃぁぁぁぁ!」

思わず、叫び声をあげてしまった。

「ダメだよ後輩くん。図書室ではお静かに」

「なんだ先輩か…」

よくよく見るといや、よく見なくても先輩だ。昨日すでにお化け姿は見ているじゃないか。何を焦る必要があるんだ。と、自分に言い聞かせた。

「して、お客さんは?」

「まーだ0人。こりゃ、何もなく終わっちゃうかね〜」

「そんな呑気な。それなりに宣伝はしたんですよね?」

「まあ、それなりに?」

言葉を濁す先輩に疑いの目を向ける。

「そ、そんな目で見ないでくれよ。したよ?お化け屋敷内で文芸部もよろしく!って」

「そんなんじゃ、誰も覚えていませんよ!」

「仕方ないだろう!私も忙しかったんだ!」

それを言われると何も宣伝していない僕にも責任が生じてしまう。まあ、来なかったら来なかっただ。とりあえず腹が減った。

「あ、おにぎり?一個貰っていい?お昼まだなんだよね〜」

そう言い終わる頃にはもうおにぎりは先輩の手中にあった。僕は、ため息をつきどうぞと伝えた。

おにぎりを食べ終え、疲れた体を休めていると図書室をノックする音がした。

「どうぞ」

先輩が短く答えると一人の女の子が部屋に入って来た。セーラー服を着ている。どうやら近くの中学校の生徒のようだ。

「なにか相談事かな?」

先輩が尋ねると少女は、何かを言おうとして口をつぐんだ。

「まあ、とりあえず座りなよ」

先輩が優しく僕たちとテーブルを挟んだ反対側に座るよう促した。少女は、それに従った。

そこからは、沈黙だった。こちらから話しかけても反応はあまり見せず、唯一反応したのは迷子なの?と聞いたときだけだった。首を思いっきり横に振っていた。

沈黙に耐えきれなくなった僕は、口を開いた。

「言うのが難しい相談ならゆっくりでいいよ。誰かに話すのには勇気がいる。それもこんな見ず知らずの高校生二人に。だから、ゆっくりでいいからね?」

「い…え、そろそろ話します…。私を助けてもらえませんか?」

なんと言う物語のような展開なのだろうか。少女は、目に涙をため、声を震わせて僕たちに尋ねてきた。




ここで切る作者もどれだけ物語を意識しているんだろうかと僕は思うけどね。

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モノの善し悪し 速水春 @syun

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