第6話

 僕の妻は吸血鬼である。一般人の想像する吸血鬼といえば、上から目線で「ククク……下賎なる人間風情めが……」とか言ってそうなイメージかもしれないが、妻は違う。対等だ。



「下賎なるダンナ風情めが。我と貴様が同等の存在だと? フ、面白い冗談だな?」


 

 内心ではそう思っているのかもしれないが、たぶん違う。実は自信がない。



「ねー、ダンナ君、明日お休みだし、お酒買って帰らない?」

「かまわんよ」


 週末、夫婦で車に乗って買い物に出かけていた。雑貨と日用品を一度車に運んでから、最後に食材を見て回る。僕たちは揃って酒が弱かったけれど、たまには家で飲みたい日なんかも普通にあった。


「なに買うの、ビール?」

「うーん、たまにはワインとか飲みたいなー」

「いいんじゃないか」


 吸血鬼っぽくて。買い物用のカートを押しながら、僕たちはアルコール売り場の棚に移動した。


「赤と白があるけど、どっちにする?」

「白かなー」

「え」


 そこは赤じゃないのか。偏見だがそう思ってしまった。つくづく彼女は〝らしくない〟。


「どうかした?」

「いや、なんでもないよ。どの白ワインにする?」

「うーん、このラベルのやつが美味しそう」

「でもこれ、たまに飲むビールと比べると、度数がだいぶ高いぞ」

「あ、じゃあ隣のやつで。辛いの苦手ー」

「はいはい」


 普段から買い出しに行くのは僕なので、妻は買い物の経験値が低い。割と見境なしに商品を放り込もうとする。せめて賞味期限ぐらいは確かめて頂きたい。


「さて、それじゃ一通り買ったかな」

「うんうん、帰ろっかー」


 レジに向かい、清算をすませた。屋上の駐車場に移動して車に乗り込むと、シートベルトを締めながら妻が言った。


「あのね、白にした理由なんだけど」

「うん?」

「赤は、もう一番が埋まってるから、白にしたんだよ?」

「どういう意味だね?」

「だからー、そのー、飲んだら酔っちゃう、って意味。赤は」

「……」


 妻がたいへん可愛いことを言っていた。顔が赤い。


「だ、黙ってないで……なんか言ってよ! 恥ずかしいじゃないっ!」

「うむ、真顔で言うにはハードルが高いな今のは」

「そういうんじゃないでしょ!?」


 バカっ、バカっと、ビシバシ叩かれた。子供みたいにすねた表情になって「早く車だしてよ」と怒る。言われた通りキーを差し込んで、エンジンをかけた。


「ねぇ、ダンナ君」

「なにかね」

「今日は、白ワインね」


 妻の言葉が意味するのは、吸血する際に、今夜はおまえの首を白で染めてやるぞということらしい。普段なら「わかった」と返事をするところだが、


「――あまり酔い過ぎないように」


 たまには、そんな風に応えてみせた。

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吸血鬼の妻が、僕の首に醤油をぬってくる件について。 秋雨あきら @shimaris515

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