第2話

 



「あーあー! 暇だあっ!」


 ごろんとベッドの上で寝返りをうつ。

 日曜日、いつもなら(無理矢理)遊びに誘っていた翔大も誘えるわけもなくて暇を持て余していた。葉月も部活だし、他の人を誘う気分でもない。というか別に遊びたいわけじゃない。……私、いつも何してたかな。


「柚希! ちょっとおつかい行ってきてよ」


 感傷に浸っていると無遠慮にバンッと部屋のドアが開かれた。


「……お姉ちゃん、ノックくらいしてよね」

「したわよ」

「……」


 絶対うそ。


「これお金とメモね、頼むわよ」

「えっ、ちょっ! 待ってよ何これ」

「何って言ったでしょ。おつかいよおつかい。お母さんに頼まれたんだけど私これからバイトだから」


 ちらりと置時計を確認すれば、なるほど、確かにお姉ちゃんが近くの喫茶店にバイトに行く時間だった。つまり、私に拒否権はないわけね。


「……わかった。行くよ」

「じゃ、頼むわよー」

「へーい」


 渋々受け取ったメモ用紙を確認する。マヨネーズとじゃがいも、ご丁寧にネコだろうか? 定かでない挿し絵によろしくね! と吹き出しで書かれていた。仕方がない、行くか。ダルい気持ちを抑えながら私はコートを羽織って家を出た。


 吹き抜ける風が冷たい。もうすぐ十二月だもんなぁ、早いなぁ。翔大と出会ってからもうすぐ六年だ。小学校五年生の時に私が転校してきて、時期外れだし中途半端だし不安でいっぱいだった私と、翔大は仲良くしてくれた。思えばあのときからもう、私の気持ちは翔大にあったのかもしれない。


「……もう遅いけどね」


 大人しくフラれとけばよかった。せめてあんなこと言わなければ、今も友達で――


「柚希」

「! しょっ、翔大っ?!」


 とぼとぼとゆっくりゆっくり歩いていたのに、いつの間にか馴染みのスーパーの前に辿り着いていた。


「買い物?」

「……うん」


 今まさに、というかずっと想っていた人物の登場に心の準備が出来ていない。胸を締めつける痛みよりも、込み上げてくる罪悪感の方が大きくて頷くのが精一杯だった。


「……」

「……」

「……」

「なあ」

「! なっ、なんでしょう」

「何だよその喋り方」


 あ、笑った。


「なっ、なんでもない」

「……勝手だけどさ、柚希は笑ってたほうがいい」

「フッたくせに」

「……うん」

「う……っ」


 そんなこと言ったって無理だよ。笑えるわけない。そんな簡単に切り替えられないよ。すぐに諦められるような、単純な気持ちじゃないよ。

 涙が溢れた。ぽろぽろと止めどなく頬を伝っていく。なにやってんだろ、私。スーパーの前で大泣きしちゃって。また翔大のこと困らせて、バカみたい。


「おい、柚希っ!」


 気が付いたら走り出していた。これ以上情けない姿見せたくない。


「待てって!」

「っ、バカバカ! なんで追いかけて来んのよっ!」


 だけど私の足じゃ翔大をふりきれる訳もなくて、あっという間につかまってしまった。掴まれた腕をふりほどく。私も大概バカだけど、翔大もバカだ残酷だ。フッたならほっといてよ。好きになってくれないなら構わないで。そんな自分勝手な文句ばっかり口をつきそうになる。


「柚希、俺は」

「わかってる、わかってるよ」

「悪かった。無神経だった」

「本当だよ……酷いよ、酷いよ」

「……柚希」

「笑えるわけないじゃんっ、そんな簡単に忘れられないよっ!!」


 ずっと好きだった。私には翔大だけだった。


「でもっ、」


 でも、それ以上に。


「翔大を傷つけた自分が許せないよ……」


 一番大事にしたい人を一番大事な気持ちで傷つけた。


「ごめん、なさいっ、ごめんなさいっ……」


 いつもそばにいてくれたのに、いつも不器用な優しさで励ましてくれていたのに、傷つけてごめんなさい。


「お前、そんなこと気にしてたの?」

「だって!」

「お前に言われなくたってわかってたことだろ。改めて言われたところでやっぱりなーぐらいにしか思わねぇよ」


 子供みたいに泣きじゃくる私の頭をポンポンと撫でながら翔大は呆れたように、だけど私を映す優しい眼差しにまた泣けてくる。


『翔大と委員長じゃ釣り合わないよ。委員長は頭良いけど翔大はバカだし、授業もろくに出ない不良だしっ、委員長に相手にされるわけない!』


 あの日、私はそう吐き捨てて逃げ出した。


「……傷ついてないの?」

「あれくらいで傷つくかよ。バーカ」

「バカは余計でしょっ!」

「それに言われた本人より、言ったやつの方が傷ついた顔してたしな」

「え、」

「本心じゃない、ごめんって顔に書いてあった」

「っ、人の顔に書いてあること勝手に読むな……っ」


 いつの間にか涙は止まっていた。

 やっぱり翔大には敵わないな。いつもいつも振り回してるようで、私の方が振り回されてるんだから。


「……翔大、私まだまだずっと翔大のこと好きだよ」

「……」

「ずっと、好きだよ」

「……ああ」

「翔大が私の魅力に気が付いたらいつでも付き合ってあげるよ」

「……ああ」

「でも、私だって女の子なんだから、他に好きな人ができたら、いくら翔大でもフッてやるんだからね」

「……うん」

「だからそれまでは、それまではね」


 どうか、好きでいさせてください。



          ◇◇◇



「それで? 仲直りしたの?」

「うん、したっ」

「ならいいんだけど。やっぱり柚希は笑顔の方がいいよ」

「……」

「柚希?」

「うん、私もそう思う!」


 今はまだ思い出して胸が痛むけど、いつか心から応援できる日が来たらそのときは、


「翔大!」


 今よりずっといい顔で笑っていたい。



END.



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

初恋を屋上で(仮)— side柚希— 姫野 藍 @himenoai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ