初恋を屋上で(仮)— side柚希—

姫野 藍

第1話

 



 ずっと好きだった人にフラれた。理由は他に好きな人がいたから。名前も顔も知ってる。同じクラスの委員長だ。頭が良くて自分では気が付いていないみたいだけど可愛らしくて、しっかりしているようでどこか危なっかしい。守ってあげたくなるようなそんな人。


 でもね、私はずっと好きだった。そばにいたいって、いられるってずっとずっと思ってた。それなのに高校生になった途端に好きな人ができちゃってさ、しかも私とまるでタイプが違うだなんて酷すぎるよ。

 だから言っちゃった。そんなこと少しも思ってなかったのに大好きな人を傷つけるようなこと、言っちゃったんだ。


「……どうしよう、葉月ぃぃっ」

「どうしようって、謝るしかないでしょ? まったく。だいたいあんた翔大が委員長のこと好きだって知ってて告白したんじゃないの? なんでそんなこと言っちゃうのよ」

「……それは、だって、なんかあのまま引き下がるの悔しくて」

「まぁわからなくもないけど」


 言いながら葉月は盛大にため息をついた。心底私に呆れているんだろう。当たり前だよ、私だって私自身にすごく呆れてる。

 ぐたっと机に突っ伏すと葉月は「やっぱ謝ってきな」と私の頭をぺちぺちと叩いた。謝る、か。わかってる、わかってるよ。悪いのは私で翔大に非はない。でも自業自得とはいえ、今更話しかけるなんて出来ない。だって絶対に嫌われた。嫌な奴って思われた。ただでさえフラれてしまっているのに。


「……焦るんじゃなかった」

「うん?」

「翔大のこと取られちゃうって、焦って告白するんじゃなかった」

「……」


 そうしたらまだ友達でいられたのに。まだ高校二年生だよ? なんでもう少し我慢できなかったんだろう。同じフラれるでも、卒業前だったら潔くお別れもできたかもしれないのにな。


「だけどそうしたら柚希ゆずき、後悔してたかもしれないよ」

「どうしてよ」

「だってさー、その頃には翔大と委員長がくっついちゃってたりし」

「わーわーわー!! まだ! 心の傷! 深いんだよっ!」


 くっつくとかさ、言わないでよ……

 確実に涙腺緩くなってる。胸が痛いし辛いし、大声で泣き出したい。


「ごめん柚希」

「……ううん、大丈夫」


 大丈夫、きっと忘れられるよ。いつかきっと、絶対。


「唯一の救いは翔大があんまり授業出ないってところだよね」

「隣の席って辛すぎるわ」

「……本当、なんでこのタイミングで告白なんてしたのかな」


 葉月は言わなかったら後悔するって言ったけどさ、私は今まさに大後悔してるよ……



          ◇◇◇



「あの、島村さん」

「! いっ、委員長……」


 突然の登場に驚きすぎて椅子から落ちるかと思った。翔大は三時間目が終わった今もまだ戻ってきてはいない。……あれ? ていうか今日学校来てるのかな。


「ごめんなさい、驚かせちゃって」

「ううん大丈夫。ぼーっとしてた私が悪いから。それでどうしたの?」

「あ、これ。現国のノート集めるんだよ、ね?」


 少し自信なさげに眉根を下げる委員長にがたんと席を立った。


「そうだった! 忘れてたっ」


 さっきの現国の時間、日直が集めてこいって言われたんだった。生憎二人一組の日直も、相手は隣の席のあいつだから仕事をやるのは私しかいない。おずおずと差し出されたノートを受けとる。


「じゃあ預かるね」

「うん。……手伝おうか?」

「ありがとう、でも平気。クラス分のノートくらい一人で持てるよ」


 ガッツポーズを決めると委員長は「そっか」と笑った。この笑顔、翔大が大好きな笑顔だ。いつもぽけーっと彼女を見つめていて、委員長が笑うと翔大の頬も緩んだ。

 いいな、委員長は。私も、私も翔大の視線の先にいたい。


「みんなー! ノート集めるよーっ!」


 それから一日、翔大が姿を現すことはなかった。






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