部員A
野方幸作
高校の頃、ある年の年末に部室棟の水道管工事だかなんだかで部室から荷物その他を全て撤去しなければならなくなったことがあった。我らが文芸部では普段床にはマットを敷いてあったがそれも全て取っ払った。
そのとき、ものはついでと床に六芒星を描き魔法陣を作って部室に黒魔術的成分を増そう、と言う話になった。チョークを握るのは部を代表して私である。
そして、かなり歪だが六芒星とそれを囲う丸さらにそれを囲むもう一回り大きな丸が描けた。
続いては魔法陣だ。魔法陣といえばラテン語である。
勢いよく描き始めたものの、半周ほど書いたところでラテン語のストック切れ。
周りに聞いても流石にラテン語は知らないらしい。ならばとロシア語を書いたがまたもネタ切れ。
意地でうろ覚えのハングルを書いたが、ほんの少しを残してネタ切れ。
どうしたものかと悩んだ末、最終的に┗(^o^ )┓三と描いてみた。
結果、ぴたりと一周できた。
こうして出来上がった魔法陣だが、文芸部員とはいえ、無論黒魔術なんかは専門外である。
なにか呪文らしいものを詠唱しようにも何も知らないのである。書棚を漁ってみたが、参考になりそうなものはない。強いて言わばメイド図鑑くらいなものだ。
どうしたものかと思ったとき唐突に友人が言った。
「般若心経なら・・・」
彼の手には般若心経が握られていた。
結果、魔法陣を前に般若心経を唱える男たちという和洋折衷のモダンな構図が出来上がった。
般若心経を唱え終わっても勿論クリーチャーなどが生まれてくるはずも無く
「生肉やら血液やらは用意してなかったからなあ・・・」などと先輩は呟く始末である。多分原因はそこじゃない。
そうこうしているうちに荷物の撤去も終わった。
最後になぜか記念撮影だけしてその日は解散となった。
恐らく部室の安物のマットの下にこんなカオスな魔法陣があることを今の後輩たちは知らないだろう、とそんなことをあれから数年経った今にして私は思うのである。
召喚したところでどう使役するつもりだったのだろうとも思った。
こうしてふと思い出して現在魔法陣がどうなっているのか、確認しに母校を訪問した。
私を待ち受けていたのは更地になった部室棟の跡地であった。
これが魔法陣によるものなのかは今や分からない。
召喚するつもりが破壊を招いたのか、召喚したものが破壊したのか。
しかしそもそも魔法陣が成功しているという確証も何も無い。
私に時の流れという現実を意識させたことこそがこの魔法陣の効果だったのかもしれない。
家に戻ってから記念撮影したときの写真を探してみた。
部員全員で魔法陣を囲んで撮影した構図だったはずだが、出てきた写真は光の加減か、きれいに魔法陣の部分だけ白飛びしていた。
部員A 野方幸作 @jo3sna
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます