9-E1
有馬高槻断層帯。
全長約55キロに及び首都圏を横切るその断層帯は、しかしそれを無視するかのような宅地開発によって埋もれていった。
歴史上、この断層帯が動いた経歴がなく、そこから予測された活動周期は長いしまだまだなので大丈夫だと思われていたのだ。
だが、実際は教授が予知した時点で限界までエネルギーがたまっていた所であり、その
例えば摂津州西猪名市。
昨日の西猪名地震の余震が落ち着いてきたが、新たな地震の情報に、この町では多くの人が学校の運動場や頑丈そうな建物の中にいた。
例えば京都市。
行政の中心たるその町では、昔ながらの景観を残すがために耐震性に優れた建物がそもそも少なく、また燃えやすい木造家屋も多かった。
例えば大阪市。
経済の中心のその町では、近代的に発達してきた事から耐震性がある建物は比較的多かったが、東洋の摩天楼と呼ばれているように高層ビルが多く、そこに入居しているのは大多数が身の重い大会社だった。
例えば摂津州。
京阪神の3つの特異な町達に囲まれているその州は、様々な顔を持っていたが、ここが一番予知情報の影響で活動が何時もより大人しかった。
そして。
突き上げるような縦揺れは、それらの町を弱まりつつも襲った。
「っ!?」
その地震を京都駅のホームで感じたサラリーマンは、尻餅をついて、藁にもすがる思いでホームの屋根の端っこの方にある柱にしがみついた。
直後、少し遅れた主要動がやって来て、京都駅を音の嵐で包み込む。
「(ここは地上にある駅! だから下は地面! だから落ちる事はーー)」
自分を安心させるための思いは、左右に揺さぶられる中で妙にはっきりと見えた光景で途絶える。
「(早退しーー)」
目を閉じた彼を、横倒しになった新快速として運行していた車両が突入していく。
ほぼ同時に彼が勤めていたオフィスは、安全装置なき遊園地のコーヒーカップになっていた。
「(早退すーー)」
京都駅のサラリーマンの同僚も目を閉じた直後に、空を飛んできたコピー機に当たる。
そして、大阪市内でも有数の高さを誇っていたその高層ビルは、3分以上にわたり左右前後に揺れた後。
『あっ』
通りに伏せて見上げていた人々を押し潰し、反対側のビルに斜めにその身を叩きつける。
内陸地震ながら発生してしまった長周期地震動は、まだ震度的にはましだった大阪市内の幾つかの共振したビルの命を終わらす。
だが、やはり短周期の揺れの方が広範囲に凄まじい被害を与え、北は青森、西は福岡までの地面を揺らして消え去った。
例えば京都市内では、数多くの寺社が損壊して、一部は残ったのは仮設トイレだけという状態になった。
例えば断層沿いの町のほとんどでは、木造住宅はもちろんとして鉄筋住宅も柔かった所は崩れ去った。
例えば主に国営の鉄道は、跳ね上がった列車もあれば、京都駅のように脱線した列車も多かった。
そして、その本震の揺れが収まっても、まだ地獄は収まる事はない。被災者にとっては、これからが苦労の連続の日々が始まるのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
地震から1ヶ月が経った。
前者も西猪名市を中心に大きな爪痕を残していったが、それよりマグニチュードが1上がったエネルギーを解放した
例えば、行政の首都・京都市。
京都駅での脱線突入事故、多くの寺社や木造家屋の倒壊、そしてそれらの粉塵が巻き起こる中での火災。
震度6強を観測したその町は古都ゆえに大きな被害を受け、そして有名人も多く亡くなった。大御所俳優や女優から現役の国会議員や副大臣まで、その数は多く、合同慰霊祭は有数の規模になる。
例えば、経済の首都・大阪市。
最大震度は6弱とまだ他よりは小さかったものの、共振による崩壊など高層ビルの惨劇が大きく、この地震を機にして合同事業として高層ビルの改良工事が行われる事になる。
例えば、外交の首都・神戸市。
最大震度7を観測したこの町では、その成り立ちゆえに洋風建築が多かったが、これらの建物はその殆どが地震を想定せず故郷の建物を思い返しながら建てられた物が多く、実にその7割が粉塵と化した。
だが、西猪名地震の
そして、摂津州。
断層帯に沿うように震度7を観測し、州内の殆どで震度6弱以上となったそこでは多種多様な被害が発生した。
例えば、断層が押し上げた山地沿いでは多くの崖崩れや山崩れが起き、ある所では土台が滑っていたためマンションが膝かっくんを喰らったように壊れた。例えば、前震で震度7を観測した西猪名市ではそれに耐えた建物の多くが崩れ、市内の8割が半壊以上になるという被害になった。例えば、その西猪名市の東側を流れる猪名川は、2メートルに及ぶ断層の横ずれによって堤防がずれて洪水が起きた。
更に大阪湾沿岸。
首都圏の工業地帯として栄えていたそれらは、内陸の大地震からわずか1時間後に発生した海の大地震による津波に見舞われ、1週間も燃えた工場が真っ暗な市街地を照らし出した。
死者 20,121人。
負傷者 166,442人。
全壊 452,454戸。
半壊 476,832戸。
1ヶ月後、その最新の被害状況が全ての全国紙に掲載されたが、文中には後に震災関連死と名付けられる事になる避難生活の長期化などによる死者によって更に増えるだろうと書かれていた。
この一連の大震災だが、それでも、みんなは「あの地震予知の効果はあった」と口を揃えて言ってくれている。
ある学者の試算では、もしあの地震予知が無かったら死傷者は1・5倍から2倍になっていたというらしい。
「この功績は、全て私にボランティア精神で協力してくれた職員と会員の皆様、そしてある青年のおかげです」
一躍注目の的になった柳谷教授は、繰り返しそう言って少し悲しそうに会見場を去っていく。
一方、私達を捕らえていた公安は糾弾の矢面にさらされ、委員長を初めとした幹部が一斉に辞職する。その生け贄によって安心しかけていた内閣は、後方からの一撃によって崩壊する。
「私は、今の内閣は信用出来ません」
今の憲法には規定は無いが、政治的な影響力を燦然と持っておられる特高の最終的な上司でもいらっしゃる帝様。
大震災による緊急国会の閉幕時に仰られたその言葉を聞き、自分の席に座っていた首相が目を見開き、立ち上がり、けれどもそのまま崩れ落ちたのは、海外でも大きく取り上げられた。
その直後、特高は震災のニュースをトップで報じているのを見ていた所を逮捕された真犯人の代わりに御輿に
震災とならんで大きく取り上げられ、日米両国の政治的な勢力図が大きく変わろうとしている中、本震によって崩れ落ちた破片によって負傷していた多福さんが退院し、それを機にして私達は行くことにした。
「やっと……聞けました」
薩摩のある霊園の休憩所で、二ツ目純大さんはあっという間に白くなった髪を撫でながらそう呟いた。
「それで……皆さんは?」
「私は、しっかりとした神戸を再建していきたいと思っています」
「私は、更なる観測体制を整えて、精度を向上していき、学界に認めてもらうように尽力します」
「私は、魔力を更に調べていきたいと思います」
「私は、先生になります」
「先生に?」
「はい。今の混乱の間に、政権よりではない羽柴家に切り込んでいこうという本部の考えで」
「なるほど。私は……離島か山に暮らして、僧侶として静かに過ごしたいと思います」
そして、
「見送りはここで。もう、貴方達には会いたくない。会えば、また思い出してしまう。さようなら」
1つ元軍人らしい綺麗な礼をして、二ツ目さんは去っていった。
「名前を変えられるらしいですね」
その話題を多福さんが切り出したのは、神戸に着いた時だった。
「はい。顔は知られなくても名前は知られている可能性が高いですから」
「どのような名前に?」
「母方の姓と、ある戦国武将の名前を」
新たな名前を言った直後、風が2回吹き抜ける。深まった秋に似合わぬ、少し暖かな風達だった。
EとC、たまにLの話 @russia20
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます