第2話 レギオン
二足歩行する鉄の塊が疾駆していた。
全高5m。両腕に爪状の兵器を備えたそれは、時速にして120kmという高速で街並みを蹂躙していた。彼らは人など見向きもせずに、街を解体していく。はむかう存在。邪魔な人間がいれば踏み潰してしまうのだ。その爪は恐ろしく強靭な未知の合金で構成されていて、生半可な複合装甲など紙切れ同然に引き裂いてしまう。
驚くべきは、その防御性と運動性であろう。歩兵の対戦車火器では阻害さえ不可能。有効弾をたたき出すには装甲の薄い箇所を狙って戦車砲を叩き込んだり、対戦車ヘリでミサイルを撃ち込むしかない。
しかし生半可な誘導兵器は、二足歩行兵器のことを捉えられない。実に12Gにも達する瞬間機動。そして、熱を出さず電波にも映らない特性。画像誘導形式ならば命中させることはできるだろうが、工業力の大半を喪失し、深刻なレアメタル不足に苦しむ現在のレジスタンスには量産できる代物ではなかった。
「放棄された街とはいえ元アメリカ市民を焼くのは気持ちがいいこととは言えませんね」
クリスが言った。季節は冬。凍てつくような風の吹く、曇り空の下。
彼女は使い古しのダッフルコートにウシャンカを身に纏っていた。
「市民じゃない。不法占拠者だ」
ネイサンは言うと、ハッチを閉じた。
黒亀ことM3A1ジェファーソンは市外を一望できる小高い丘の上に陣取っていた。ハルダウン姿勢。丘の土を盾に車体を隠した姿勢でいた。車体から昇る熱は、存在しない。振動さえもない。肝心の車体自体もその表面の色合いを変化させていた。
スマートスキンとも呼ばれる技術の導入。装甲各所の温度を欺瞞する特殊技術。そして、外部環境に合わせて色彩を変更する視覚偽装技術。装甲一つとっても、他の戦車とは隔絶した性能を誇っていた。
M3A1戦車の下方から伸びたピックが地面に接している。そこから“パッシブ”の音響走査プロセスが実行されている。地面を介して届く音をピックのセンサーが捉える到着時差と方角から敵を追尾していた。
モニタ上におよそ三十機の二足歩行兵器が表示されている。地形探査データから算出される3Dマップ上に、プログラムが
『推奨/攻撃』
現在、AIの設定は自由度を低くしてあった。いきなり攻撃を仕掛け始めることはない。あくまで戦闘の補助をしているのだ。
――それが普通ではないのか?
ネイサンは思った。
機械という物は人の補助をするもの。であるはずだが、むしろ人間が足を引っ張っているような錯覚さえ覚えてしまう。ジェファーソンの搭載する電子機械は何も言わなかった。
ネイサンは次にエンジェル隊の配置を見遣った。味方識別コードの割り振られた戦車と“それ”が丘が盾になるように配置されていた。
“それ”。クリスが冷えた手を擦り合わせながら呟いた。
「巨人の頭部が鹵獲できたからといって兵器に利用するなんて……どう思いますか、隊長」
「構わないと思うが、不気味ではあるな」
「ですよね!」
ネイサンはクリスの言葉に頷くと、トレーラーに括り付けられた物体をモニタ越しに見つめていた。
巨人の頭部の粒子砲の構造体のみを刳り貫いて航空機のジェットエンジンを発電機とした歪な自走砲が乗っていた。巨人の頭部構造体は無数のコードと冷却ノズルによって化粧をしていた。危険を意味する英単語が並んでいる。試作品どころか、実験段階の代物を無理矢理持って来たに等しかった。
ネイサンがため息を吐くと、ヘルメットに挟み込んでいた煙草の箱から一本抜いて咥えた。
「もっとも俺らエンジェル隊なんざ、こういうゲテモノの運用をするためだけにいるようなものだからなあ。勝手に動く戦車がいたかと思えば戦争博物館から引っ張ってきた旧式戦車までいやがる。ついこの前までお母さんのもとで毛糸編み物してた子供までいるもんなァ」
「私はもう大人ですから!」
ネイサンの言葉にクリスがキーキー声で言い返した。クリス=アンズワース。赤毛のショートカットが似合う今年16歳の娘である。クリスの年齢を二倍してもなおネイサンには追いつかない。年齢が離れすぎて会話がかみ合わないこともしばしばだった。
ネイサンは耳に手を突っ込み、もう片手をひらひらと振って応じた。手と言う蝶が、身を乗り出してきていたクリスのそばかすだらけのもちもちとした頬を掴む。柔らかい。
クリスが手を払った。
「お前さん見たいのがエンジェル隊とは随分とやらかしてきたんじゃあないか? 俺も人のこと言えないが」
「……前の部隊でお尻触られて」
「ほお」
ちらりとネイサンの視線が、自分の足元の席に腰掛けるクリスの臀部を一瞥する。いい肉付きだ。おっと、と心の中で自分を戒める。故郷においてきた妻に申し訳ない。
「頭蓋骨骨折させてやったらこっち配属になりました」
「おっかねぇな……俺のお袋でも腕の骨折るのが精々だぞ」
拳を固めて照れくさそうに笑うクリスを見てネイサンの頬が引き攣った。頭蓋骨を割られた相手は下手すれば死んでいる。死ななかったから軍属でいられるのだろうが。怒らせたくはないなと思った。
通信。エンジェル2ことエイブラムス戦車からだった。燃料を食いすぎるために使い勝手が悪く、レジスタンスでは評判が悪い。
「こちらエンジェル2。全員配置に付きました。いつでも対応できます」
「
「エンジェル3了解」
「エンジェル4了解」
「エンジェル5了解」
「エンジェル6了解」
「こちらタイタン了解。充填率100%。照射角度、支持砲塔45度。主砲塔角度水平。角度補正、着弾点を市街地にセット。照射角目標地点左右20度設定で待機中」
応答があった。巨人の粒子砲を備えた自走砲が、クレーンの先端にくくった砲身を水平に掲げた。四隅のパイルバンカーが作動し、車体を固定する。
ネイサンは低速回転のジェットエンジンの音を気にしていた。距離にすれば優に8kmは離れている。だがエンジンを低速回転かつ防音剤で囲っているので120デシベルとしても、8km先では40デシベル前後になるのだ。二足歩行兵器――通称
各車準備完了の合図がやってきた。
ネイサンは静かに号令を下す。
「撃ち方始め」
「撃ちます」
白熱する線が、機械兵の左方から角度にして20度横切った。街並みが静まり返った。時の経過を忘れてしまったように。遅れて、溶解した低層ビルの中ほどがずるりと滑り始めた。ビルの群れが加速度的に、半ばからずれていく。ビルが街を飲み込むよりも先に地面が順を追い爆発した。2.9kmの範囲で雲に届かんばかりの火柱が上がった。
空へと撒き散らされる機械兵の残骸。あるものは肢体を引きちぎられ、あるものは直撃を受けて上半身もろとも吹き飛んでいた。生き残った機械兵達が吼えた。赤いカメラアイを滾らせて駆け出す。ブースターに点火。逆関節をしならせ腰を落とし迫る。
「トラックナンバー、1から65を捕捉。5000まで引き付ける。各車、各個射、急射を許可する。後退はするな。陣形を維持しろ」
「敵距離6000に入りました!」
機械兵が不気味なまでの速度で迫ってくる。速度は優に300kmという旧式のレシプロ戦闘機の巡航速度に達していた。
各車が砲塔でそれぞれの目標を照準する。
「命中精度は気にするな、制圧射撃! 連中を火星まで吹き飛ばせ!」
撃ち方はじめ。エイブラムス戦車の120mm滑空砲が吼える。有効射程を遥かに超える射撃の為、各車仰角を取っていた。せめて3000mまで引き寄せなければ前方投影面積の大きい機械兵とて、その素早さゆえにかわされてしまう。とにかく足を止めさせることが目標だった。
ネイサンがパネルを操作する。地中音波探査装置とカメラ装置が敵の姿を的確にトレースしていた。一番接近している目標群Αを選択。目標群Aが5000mに迫った。次の瞬間足元が炸裂する。対戦車地雷。足を止めたところへ120mmAP弾がねじ込まれる。腹部に命中。弾かれる。それでいいのだ。足を止めさせる策に過ぎなかったから。
「目標群A、先頭のをやるぞ。3点バースト。低速射撃モード。ファイア」
ジェファーソンの砲塔が三度轟音を上げた。低空を舐めるように飛翔していった弾頭は、空中で砲弾後方の姿勢制御用の羽を蠢かせていた。比較的低速のそれは装甲を貫通するには足りない威力しかもっていなかった。
機械兵三体が同時に身を仰け反らせる。腹部と首の付け根の装甲の薄い箇所を弾丸が貫いていた。
ジェファーソン戦車の自動装填装置が回転した。砲身の過熱を防ぐべくジャケットがひび割れるように分裂し、内部構造を晒す。重苦しい音と共に蒸気が機体側面へと噴出した。
「ファイア」
トリガー。三度砲身が跳ねる。機械兵三体が身をかわそうと、踊った。くるりと地を踏みしめスピンする。というのにも関わらず、ジェファーソン戦車の放った砲撃は空中で軌道を捻じ曲げていた。誘導砲弾。ミサイルから推進装置を外したような装置であった。もっとも現状量産は効かないし、搭載し運用できる車体は限られていた。
「ファイア」
一斉に機械兵が散開した。エイブラムス戦車の有効射程圏内へ到達。
擱座した仲間を乗り越えて、機械兵達が更に迫っていた。当初数百体いた彼らは既に40体にまで数を減らしていた。
「ファイア」
三度煌く砲身。
距離1000m。エイブラムス戦車の一斉射撃が集約される。胸に命中。仰け反ったところへ立て続けにAPFDSがねじ込まれ、もんどり打って転ぶ。仲間の死体に足を取られた一体は無機質なセンサー・カメラを見た。巨体が砲身をぴたりと照準していた。右にかわす。だが、砲身は狙いを誤魔化されることもなく、動きを完全に追随していた。マズルフラッシュ。頭部パーツへプラズマ化した砲弾が叩き込まれる。
『推奨/高速射撃モード』
「
ネイサンは砲弾の射出速度を高速モードに設定していた。4,500m/sへ設定。三点バーストモードを終了し、単射に切り替えた。
距離500m数は残り僅かになっていた。ジェファーソンが発砲。最後の一体は上半身と下半身を膾斬りにされ永久に沈黙した。
「やりましたね! 今日はみんなで飲みましょうよ!」
「未成年はな」
「私の故郷だと年齢問わず飲めますよ?」
「そうか。ならいい」
ぱっと表情を輝かせるクリスを尻目に、ネイサンは額の汗を拭っていた。
連中はしぶとい。祝杯をあげるのは帰還してだ。ネイサンはクリスに命じると、車体を反転させた。
小人戦記 推奨/攻撃 月下ゆずりは @haruto-k
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