小人戦記 推奨/攻撃

月下ゆずりは

第1話 ジャイアント・キリング

 「目標、二時方向。距離7000。迎撃地点Aポイント・アルファ侵入。速力凡そ90km。迎撃地点Bポイント・ブラボー侵入。敵味方識別信号に反応しない。隊長?」


 目標の速力であれば残り40秒で攻撃の機会が損なわれることを意味していた。火力を集中して罠に嵌める以外にあれを止める術はないのだ。


 「攻撃開始。砲撃開始」

 「了解。迎撃部隊配置完了。集中射向束開始。射撃から弾着まで10秒」


 隊長と呼ばれた男は、唇を解くと言葉を発した。一応形式的な会話も含まれている。敵味方識別装置を備えているはずがないし、確認する必要性さえないというのに。

 それは陸戦の王者と呼ばれた鉄の塊であった。無限軌道に砲身を備えた物体であった。核融合炉リアクターを備え、膨大な電力から得られる出力を電磁投射砲110mmレールガンに注ぎ込むことの出来る兵器であった。例え初速1,700m/sに達する装弾筒付翼安定徹甲弾APFDSでさえアクティブ防御システムプリトウェンによって叩き落すまさに鉄壁の要塞であった。

 最強と言う名。それを過去の褪せた伝説のものとしたのは、外宇宙から落ちてきた連中であった。

 聳え立つ壁のようなものが歩いている。100mにも達しようかという不気味な黒い金属部品の塊が歩いている。さび付いたエンジンパーツ。鎖。ギア。ハシゴ。車。その他あらゆる鉄部品を集合させたようなものが、歩いていた。

 突如前触れもなく地球に襲来したそれを人々は端的に『エイリアン』と呼んでいた。

 どこかの学者が言った。宇宙を渡ってこられる技術力があるならば、わざわざ地球侵略など非効率的な手段は選ばないのだと。だがそれは理性的な知的生命体であって、理性もなくあらゆるものを貪る巨人には通用しなかった。

 それは航空爆撃をものともせず進行する怪物であった。それは、あらゆる都市を蹂躙して貪る巨人であった。

 誰かがこう言った。

 あれは堕ちてきた巨大な者ネフィリムであると。

 皮肉なものだなと隊長こそネイサン=タギガワは思った。彼の所属する部隊名こそ『エンジェル』であり、言うならば彼の搭乗する車体はメルカバというのに。

 ――くそったれめ。

 ネイサンは思った。こんなことならば故郷で待つ両親の豚の糞回収業でも継げばよかったのだ。何がどう間違ってエイリアン狩りなんぞに駆り出されているというのか。はした金スクラップしかもらえないというのに。

 巨人達は世界中の国家という国家を焼き尽くしてしまった。もはや国家という区切りはなくなってしまった。抵抗勢力だけが巨人に対し戦いを挑みかかっているだけであった。ネイサンも同じように、国家という所属を持たない勢力が故郷であった。その昔アメリカと呼ばれた超大国の残滓たる都市に暮らす農民だったのだ。あるとき妻が病に倒れ、止むを得ず戦車乗りとしての試験を受けた。後方任務に付きたかったというのに。

 巨人の足元で火柱が上がった。設置された仕掛け爆弾が炸裂した証拠であった。過去の戦争で運用されていた砲弾を、地雷として使用した豪勢な一撃であった。


 「弾着、今」


 巨人が足を止める。次の瞬間、頭部腹部脚部それぞれに榴弾砲が炸裂した。無人化された自走砲による同時弾着射撃。大口径の砲を備えた系二十両以上の砲撃が巨人の表面を撃ちつける。自走砲、各車、各個射開始。どうせ無人なのだ、反撃など考えてすらいない速射が開始された。

 男が言うまでもなく部下のクリス=アンズワースが車両を駆動させるべくギアをアクセルに切り替えてペダルを踏み込んでいた。無限軌道が大地を切り裂くと、一拍遅れて車体が駆動し始める。まるで亀のような巨体が大地を踊った。伸びた砲身は車体上部のせり出した装甲板によってすっかり守られており、ハッチでさえ凹凸が極端に殺されている。車体各所には人の目には映らぬ各種センサー類が埋め込まれており、相対距離を随時計測していた。これだけの最新兵器を扱えるのはネイサンの所属するレジスタンス以外にはありえなかった。

 ぬかるんだ道を突き進む。車体は不気味なほどに静かに大地を突き進んでいた。排気の音さえ響かない。電力によって駆動するからこそであった。

 巨人は爆炎の中に沈んでいた。もはや煙幕と化した火炎の中でひたすら沈黙を守っている。

 次の瞬間、砲陣地目掛け一筋の線が延びた。直撃を受けたビルはその壁面を瞬間的に蒸発させられていた。閃光が瞬く間に巨人の前方を一舐めした。

 山の表層が順を追って火柱と化す。

 粒子砲。高温状態の粒子を高速で射出し、接触時の熱で焼き切る兵器。大気の影響をものともしないで街を焼き払うそれは巨人の兵器としての性質を露にしていた。


 「粒子砲か。耐えられそうか?」

 「測定値、装甲の冷却性能内です。距離5000。敵既に射程内。攻撃開始しますか」

 「引き寄せるのはここまでだ。戦闘開始。発砲開始。こちらエンジェル1交戦。各車、兵器使用自由」


 スコープを覗き込んだネイサンは照準内の巨人の頭部へ向けて引き金を落した。全自動であらゆる計算が成されている。弾道はもちろん、ロックした対象の移動先を予測して弾道の補正がかかっているのだ。考える必要もなく撃てばいい。

 初速にして4,500m/sの弾道が発射される。音速の数倍というそれは、旧時代の重戦車に分類されるであろう男の車体をもってしても、反動で大きく仰け反らせるものであった。最大出力。三時方向にいる巨人に向かって弾丸が飛翔していく。

 ジュール熱と大気圧縮の影響で白熱した弾丸が、音さえ置いてきぼりにして巨人の頭部にめり込んだ。貫通。侵入点をコルクのように刳り貫き、反対側からオイル状の粘り気のある物体を噴出させる。

 巨人の顔面が輝いた。

 戦車目掛け粒子砲が着弾するより先に、防御が作動する。装甲板に仕掛けられたセンサー群から送信される情報を元に敵性を観察、分析、判断する。それは人間がたとえ寝ていても自動で作動する仕掛けになっている。迎撃か、それとも反撃したほうが早いか。戦車が下した決断は瞬時に回避することであった。

 スモーク散布。鶏の鶏冠を彷彿とさせる管の集合体から砲弾が発射されるや、車体上部で炸裂してなでしこ色の煙を撒き散らす。


 『自動回避』


 粒子砲着弾より素早く下方に隠されていたスラスタが青い火を噴き、車体が傾く。かすかに宙に浮いたことで自由を得た無限軌道が粒子砲の進行方向から逃れられるであろう方角目掛け転換するや、着地と同時に瞬時に時速90kmという速度へ機動した。

 車内の二人にはたまったものではなかった。車に轢かれたような強い衝撃に仰け反った。

 音の数倍で飛翔する弾丸を迎撃することさえ可能とする戦車にとって、人間の行動は遅すぎた。機械より早く反応できるならば別だろうが、超能力でも持っていない限り不可能だ。


 『反撃』


 モニタに表示された文字列に注意を払うことさえ許されない。

 車体が次に取ったのは、素早く発射するために車体前方に備えられたスラスタで急激に仰角を取るという決断であった。発砲。威力を抑えた電磁投射砲弾が巨人の頭部をしたたか打ちつけた。


 「……くぅ、ぐ……」

 「うがッ」

 

 二名の人間がうめき声を上げた。

 反動で着地するや否や、猛烈な速度で戦車が後退を始めた。最適な仰角を得、巨人の死角に回り込もうと自動で動いている。瓦礫に乗り上げた途端にスラスタが作動する。ものの数十mはあろうかという距離を飛翔し、着地と同時に無限軌道を同速度で回転させて負荷を防止する。


 「じゃじゃ馬め!」


 ネイサンは怒鳴ると、自動操縦が解除されていることに気が付き安堵した。

 最新式の戦車は言わば無人化と言っていいほどの過剰な自動化がなされている。人間への被害を少なくする為の設計らしいが、敵とみなした者を勝手に攻撃し始める性質も合わせて持っている。つまるところ試作品の域を出ないのだが、巨人が都市を片っ端から平らげている中で、これほどの高性能兵器をしまいこんでおく理由等なかった。設計のお陰で、人員への負荷など考えない派手な蛇行を繰り返すこともある。ネイサンがこの戦車に乗っているのはじゃじゃ馬の手綱を握る騎手というわけであった。

 核融合炉を得た戦車は、もはや航空戦力を歯牙にかけない防御性と火力を発揮する。各種スラスタから得られる急減速急加速は時に人員を殺すほどであり、電磁投射砲等の火器はセンサー群と併用することで発砲された敵砲弾さえ空中で迎撃せしめる。電磁装甲を含むモジュール化された装甲は航空爆撃にさえ耐えてしまう。近未来運用が予定されていた粒子砲その他兵器に対してさえ防御性を有すると言うのだ。

 通常砲弾が矢継ぎ早に巨人の体を撃ちつける。大口径高速弾でさえ、巨人の表皮を抜くことは敵わなかったらしい。あらぬ方角へ弾かれる弾丸さえあった。

 巨人は、あきらかに眼下の漆黒塗りの亀を第一目標に切り替えているようであった。ビルそのもののように太い足が振り払われる。

 さすがにセンサーで捉えても対処法のない攻撃には自動回避が作動しない。

 ネイサンは咄嗟に怒鳴った。


 「接近しろ!」

 「了解!」


 無限軌道が唸りを上げる。下方に隠されたスラスタが火を噴くと、背面部のロケットノズルが口を開く。板状の推力偏向ノズルが指揮棒を振るかのように左右に振れるや、推進炎が噴出した。大地を擦り亀が突進し、敵巨人のなぎ払い攻撃の半径の中へと退避する。

 頭上を通り過ぎていく巨人の腕の更に内側に接近していくや、その足下を潜り抜ける。クリスがペダルを踏む。無限軌道が左右同時に逆方向に回転。急転換と同時に後退を開始。砲身が仰角を取る。


 『砲身温度高/警告』

 『砲出力自動修正』


 砲身を包むジャケット状態パーツがひび割れて、分裂した。あたかも組みあがったパズルを崩すように。内側の冷却装置が露出。濛々と上がる蒸気をマントのようにして、亀が巨人の背後を奪い取った。

 ネイサンは咄嗟にスモークを散布していた。

 亀がビルの壁面へと突撃。する間際に防御システムが作動。砲塔に設けられた王冠を彷彿とさせる迎撃システムから砲弾が速射され、壁面を四角状に刳り貫く。穴へと飛び込んだ亀目掛け粒子砲が照射される。前傾姿勢を取った巨人がにやりと笑う。


 『照準波検知/ECM...開始/ASアクティブステルス開始』

 『複合装甲熱迷彩起動中』


 敵の目をくらませるためにスモークを散布。目標を見失い熱探知に頼った相手の目を欺く為に装甲の温度を欺瞞。電波探知に対し波長を打ち消す電波を放出することで、位置を計り間違えらせた。そうモニタが告げる。

 狙いを外した粒子砲が地面をマグマに変えていた。


 「エンジェル2撃ちます」


 味方機からの援護射撃が襲い掛かる。

 狙い済ました一撃が巨人の頭部へと突き刺さった。粒子砲発射機構を外部に露出した状態で着弾したせいか、余剰エネルギーが暴発して頭部が弾け飛ぶ。地面に落したトマトのようにひしゃげた頭部を抱え、巨人が唸り声をあげた。

 スモークの残滓を塗って黒亀がビルの柱に砲身を向けた。


 「こいつ何をするつもりだ」

 「ビルを倒壊させるつもりでは?」

 「撃て!」


 戦車は、撃たなかった。ビルが倒壊し巻き込まれた際に自己防衛が出来なくなることを危惧しているらしい。判断は人間に任せると言うかのようにモニタに文字列が写りこんでいる。


  『推奨/構造物の破壊』


 ええいままよ。じゃじゃ馬どころか、ただのバカじゃないのかコイツ。機械を罵ったところで返事さえ返してくれないだろうが。

 ネイサンはビルにおし潰れませんようにと、普段祈ってもいない神の敬虔なる信徒となって引き金を落していた。

 マックスチャージの電磁投射砲が砲身で加速される。核融合炉からもたらされる膨大な電力によって加速されたダーツ状の砲弾は、加速に使用したアルミニウム合金製のジャケットを脱ぎ捨てると、ジュール熱と大気との断熱圧縮によって輝きながらビルの柱を数本纏めて粉砕した。

 ビルの倒壊が始まる。巨人が倒壊するビルに巻き込まれて埋まる。


 『推奨/攻撃』


 言われなくても。ネイサンは再度引き金を落した。


 首だったものが放物線を描いて飛んでいく。

 それは放物線を描きアリスとネイサンの頭上へと落ちてきた。


 「うわわわわわ!」


 アリスが咄嗟にバックギアに入れると頭部だったものから逃れる。間一髪のところに頭が落ちた。


 「エンジェル2よりエンジェル1。無事か?」

 「頭をもぎ取ってやった」


 ネイサンは無線に怒鳴ると汗を拭った。


 「やりましたね」

 「ああ」


 ネイサンは晴れやかな顔をする部下に渋い面を晒していた。


 「こいつのお陰でな」


 何も映さないモニタを見つめて苦々しげに吐き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る