第3話 進撃の黒鬼


夜の繁華街。酔漢が行きかっている。

 若い学生らしい男女のグループが、陽気に肩を組んでいる。

「どこいくの?」

「カラオケにはこれが近道なんだよ」

女が問い薄暗い路地に仲間を誘う。

「ねえ、なんだか臭くない?」

「まるで血の臭いみたいだ」

 黒いわだかまりから、バリバリ、ボリボリという音がする。

「な、なにかいるぞ!」

目の前の路地裏の暗闇が牙をむいてニヤーッと笑った。

「きゃーっ!」

邪鬼が群がり男の死体を貪っていた。

 後ろずさる若者たちは背後に立つ黒い影にぶつかった。

 振り返るとそこには黒面童子がいた。血も凍るような絶叫が響きわたった。



 数えきれないパトカーが、サイレンを鳴らして走り回る。


 旅館に『歓迎 楽市中学校御一行様』という黒看板が掲げられている。

 その大食堂。がつがつとお膳の料理をたいらげている光明。

「どうするつもりだ、旅館にまで連れてきて」

「知らないわよ、勝手についてきたんだから!」

司郎が呆れたように美波に言った。

「警察には問い合わせた?」

凪江が司郎に確認する。

「なにか大事件がおきたらしく、ドタバタしているみたいだよ」

凪江たちをよそに食欲旺盛な光明。


「あのね光明くん、妖怪なんてこの世にはいないんだよ」

 眼鏡をかけた若い男性教師の亀山が、光明とむかいあってる。

「おかわり!」

「はいはい」

茶碗をさしだす光明に、給仕する美人の女将さん。


「いいかげん電話番号ぐらい教えてくれないかなー」

「電話番号?なにそれ?」

 魚の骨をうまそうにしゃぶっている。

「亀山先生、平安時代にはそんな物なかったんだってさ」

 凪江が他人事のようにからかう。


「それに妖怪は今までいなくとも、これからはいるようになる。おれの時代から渡ってくるんだ」

 いらいらしたように頭をかく亀山。

「それじゃあ本当の住所とお父さんの名前は?」

「屋敷は堀川一条戻橋。オヤジは安倍晴明」

「あら、この旅館の近所やわー」

「だから本当の……えっ?」



「晴明神社?」

亀山教諭に聞き返した。

「なんでも安倍晴明を祀ってあるそうで、屋敷跡らしい」

「オヤジが神さまになるようじゃ、まさしく世も末だ」

 夜道を連れ立って歩く光明、凪江、美波、司郎、亀山教諭の五人。


「安倍晴明てどんな人だったの?」

美波は興味津々だ。

「呪文や式神で敵をやっつけた、当時のスーパーマンらしい」

「あはは、すると光明はスーパーマンの息子ね」

凪江がからかう。

「ふふん、狐の孫とはよく言われたよ」

「キツネ?」

「バアさんは信太の森の狐で、おれはオヤジより狐の血が濃いそうだ」

「隔世遺伝ってやつかな」

司郎が聞きかじりの知識を披露する。

「その前に狐ってところに突っ込めよ」



鳥居が現れ晴明神社に到着した。

「恋しくば たずねきてみよ 和泉なる 信太の森の うらみくずの葉」

光明が口ずさむ。


「また変な歌を……」

「母狐が晴明に残したとされる、有名な別れ歌だよ」

眉をひそめる凪江に亀山が説明した。



 耳を聾する轟音と震動が襲ってきた。

 市街地で暴れる、怪獣のような黒面童子の姿がサーチライトに浮かぶ。

「黒面童子!?」

「な、なによ、怪獣?」

「前に戦ったことのある黒鬼だ。しかしこんなに大きくはなかった」

邪鬼が黒面童子と癒着したようになり、肉体を形成している。

 破壊と殺戮の興奮に酔っているようである。

「こ、これは幻だ。生徒の引率で疲れがたまっているんだ……」

亀山教諭は腰を抜かし、現実から逃避している。


「ここで千年前のケリをつけてやるか!」

太刀を抜きはなつ。光明の気がゆるゆると放出される。


「お待ちなさい、光明!」

 白狐がその前をさえぎる。

「白狐……?バアちゃんか」

「そう、かつては葛の葉とよばれた女……」

 白狐は白装束の美女に変身した。

「ここに来るとおもっていましたよ。そなたも妖怪王に召喚されたのですね」

「いや、世を救うためオヤジに飛ばされて来たんだよ」

「世を救う?どちらでも同じこと……人間にわかれを告げ、われら妖怪と行動をともにしなさい」

 狐火がいくつも灯りはじめている。

「そして人間を皆殺しにしろというのか!」

 光明の剣風は葛の葉の髪をなびかせ、そのまま彼方の黒面童子に命中した。

「ぐおーん!」

 肩から生えていた邪鬼を切断され、黒面童子は因縁の敵を見つけた。


「そなたはこの時代に来たばかりで、なにも知らないでしょうが、人間こそ災厄そのもの。この世を地獄に塗りかえ、破滅させる邪悪な存在なのですよ」

「でたらめを……」

「人間のたれ流す害毒に空は汚れきり、海は濁り、大地は死に瀕しています。しかも世界を何十回も滅ぼすほどの兵器をもって、いがみあっている始末」

「ウソだ!そんなとんでもない毒や兵器があるものか!」

「嘘かどうか、そこの女にきいてみなさい」

 嘘であってほしいと願いつつ凪江たちを見る。


「たしかにそうかもしれないけど、世界を破滅させるつもりなんて……」

「われら妖怪は世界を守護するため、妖怪王から人類抹殺の命をうけて、千年の時をこえてきたのです」

「冗談じゃないぜ!人間にだって生きる権利はあるはずだ!」

「光明!女狐!こーろーすー!」

 凄まじい形相で光明たちに迫る黒面童子。建物を砕いてくる。

「どいてくれバアちゃん!いまのおれは、惚れた女をまもるだけだ!」

 印を結んで太刀を構えなおす。


「人間は、もはや救いがたいのですが……いいでしょう、そなたにもいずれわかるはず、それまで待つとしましょう」

 ふわりと袖をひるがえして中空で狐火に変身する葛の葉。

「光明や救世主がいるとしたら、世界と人間、どちらを救うのでしょうね」

哄笑とともに闇に消えていく狐火の群れ。

 最後の言葉は、光明に謎をかけるとともに、鋭く胸に突き刺さった。

「きっと両方救うさ……」


「光明、逃げるぞ!」

「陰陽師が鬼に背中をむけられるか!」

 凪江の手をふりはらう光明。

「黒面童子はおれが退治してやる!」


 助走をつけて跳躍し、気合とともに剣風を叩きつける。

 ところが黒面童子の手のひらに遮られ、逆に叩き落とされる。

「さっきは油断していただけだ!バカめ!」

「うるせえ……いまのはおれも油断してたんだよ!」

 太刀を杖になんとか立ち上がる。かなりのダメージを受けていた。

 黒面童子は右手をのばした。無数の邪鬼が集まって黒い金棒となっていく。

 光明にその金棒を振りおろすと、地面に亀裂がはしった。

「くそ!」

光明は転がって避けると、懐から呪符をはなった。すぐ式神化する。

金棒は不定型のムチとなって光明の足首に巻きつき、さらに蛇のように牙をむく。

白い鳥は黒面童子の顔にたかる。しかし、吐き出す邪気の一息で破れてしまう。

 光明は咬みつく蛇の束を切断して逃れる。

 しかしどれだけも駆けないうちに膝が崩れる。足首の出血はひどかった。

「どうした光明、自慢の式神はそれだけか」

(だめだ、呪符ぐらいじゃ奴にかなわない)

 黒面童子の巨大な足が光明を踏みつぶしにかかる。


「あぶない!」

 凪江が光明を引きずるようにして助ける。

「だから逃げろと言っただろ!」

 晴明神社に逃げ込む。すでに美波や亀山たちが、身を寄せあい隠れていた。


「うおっ?」

 あとを追う黒面童子は晴明神社の結界にはね返される。

「神社だけあって簡単に結界を張れたが……」

 荒い息のもと、太刀をくわえ、消耗しきった体力で印を結ぶ。

「小癪な!邪鬼どもよ!」

いずこからともなくおびただしい数の邪鬼が集まり、黒面童子と合体していく。

 ますます巨大化し、凶暴なパワーを蓄えて結界を破ろうとする。

結界と黒面童子の衝突がはげしい稲光を発する。怯える美波や凪江たち。


「くそ、強力な式神さえあれば……そうだ戻橋!ここが屋敷跡ならば……」

 周囲を見渡す。

「あれか!」

そして戻橋を見つけた。昔の面影はないがたしかに戻橋であった。

 黒面童子がついに結界を破り、踏み込んでくる。

 が、様子がおかしい。よだれを垂らし、苦しんでいるようだ。

「ぐぐっ……いかん、邪気を吸収しすぎた……もういい、はなれろ!」

 しかし、砂鉄を吸いつける磁石のように邪鬼どもがたかってくる。

「ぐおっ!やめろ!うぐごおおぉーっ!」

 もはや黒面童子は鬼の姿を失い、定義不可能な黒い怪物へと変化していた。


(式神は石櫃に封じてあるから、千年後でも……たのむぞ)

 一縷の望みをたくして祈念する。

 凪江たちの悲鳴があがる。コールタールのような怪物に襲われていた。

 光明の体にも黒い触手が巻きついたとき、戻橋が爆発した。

 爆煙と炎に包まれて出現した巨大な、仁王像にも似た戦士。


「われは晴明に調伏されし大怨霊、道魔法師なり。光明よ、われを使役せよ!」

「へっ、縁があったようだな!道魔法師の式神とは、オヤジめ味なマネを」

 道魔法師の式神は金剛杖で、光明たちに巻きついていた触手を蒸発させた。

「こいつは使えるぜ!」

 もとは黒面童子だった怪物は道魔にからみつく。

「焼きつくせ、道魔法師!」

 全身から炎を吹き上げる道魔。怪物はばらばらになってしまう。


「た、たすけ……て……くれ」

 破片のひとつが救いをもとめる。矮小になった黒面童子だ。まだ粘っこそうな邪鬼がしがみついている。

「光明さま、助けてください、だろうが!」

「……助け……ください」

(また巨大化すると厄介だからな)

 邪鬼どもを切り裂く。

「魂結び!」

 光明が五茫星の形に太刀をふるうと、黒面童子の姿が勾玉に変じた。

「命は助けるが、勾玉に封じさせてもらうぜ」

黒光りする勾玉は光明の掌に乗った。


「これで役目は果たした。千年の呪縛から開放してくれ」

「ああ、成仏しろよ」

薄れていく道魔の戦士姿から、天上へのぼっていく人魂ひとつ。



 新幹線。京都駅からベルとともに発車する「のぞみ号」があった。

 その車内でいまだ夢心地の凪江たち。亀山教諭はまだ心に傷を負ったままだ。

「とんでもない修学旅行になったわね」

「それどころか、これからは妖怪がいて当然の時代になるんだぜ」

美波と司郎が会話する隣で凪江が物思いにふけっていた。

(あいつ、右も左もわからないこの現代で、妖怪と戦いつづけるのかな……)

 窓外の流れ去る景色をぼんやり眺めて、センチメンタルな気分にひたっている。

 だが、そんな気分もふっとぶ急ブレーキで車内はパニックになる。


 先頭車両の運転席。二人の運転手がのげぞっている。

「そこな陰陽師たち。ちと尋ねるが、これは白蛇の式神であろうか?」

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妖怪大戦 伊勢志摩 @ionesco

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