第2話 飛鳥
現代の飛鳥路。両面石や亀石、鬼の俎など奇石をはじめとして、高松塚古墳、遺跡などが点在している。そこを貸し自転車でめぐる中学生たち。
山坂の手前で自転車をとめる二人の女子がいた。
ポニーテールの、小柄でおとなしそうな少女が美波。大きな瞳が魅力的だ。
やや不良っぽい、あやうい雰囲気の少女が凪江。どことなく大人びている。
「おい美波、ほんとにこの坂をのぼるのか?」
「あたりまえでしょ、あとでレポートを書くんだから」
「でも、みんな冷たいね。パンクがなおるあいだ、待ってくれてもいいのにさ」
「凪江の、ふだんのおこないが悪いからよ」
林の中を横切る白い生き物。
「あっ、キツネ!」
「どこ、どこっ?」
「白い狐がいまそこを……」
「白い……?それって野良犬じゃない?」
「そうかなー?」
酒船石は細道を登った小山の、森閑とした木々に包まれ、落葉に埋もれるようにあった。美波は酒船石を解説した看板をメモしている。
「こんなわけのわからない石、どうだっていいじゃん」
ひょいと飛び乗ってしまう。
「凪江ってば、大切な遺跡なんだからのぼっちゃダメ」
「古代の呪いにかかったりして……」
冗談を言って笑う。
突然、凪江の姿が光の柱に包まれた。
「な、なによ、これ!」
「きゃっ、まぶしい!」
いっそう輝きが増し、目の前が真っ白になってしまう。
光が消え、目が慣れてきた凪江。目をかばっていた腕を少しずつおろす。
恐る恐るまぶたをあけると、そこには同じしぐさをしている光明が立っていた。
「わーっ!」
「あなや!」
驚きのポーズをとる二人。
「なんだてめーは?」
「☆△קー◎!」
光明の意味不明な言語に、凪江は凍りついたように言葉を失う。
「こいつ何語をしゃべってるんだ?」
「古い日本語のようなだけど、発音が……」
『千年たつと言葉も発音も変わるらしい』
「あっ、ちゃんとしゃべった!坊や、からかってるの」
「これでも陰陽師のはしくれ、他心通ぐらいは心得ておる」
美波に胸を張り食べカスの大和瓜の皮をポイと捨てる。
「それに坊やではない。ちゃんと元服しておる」
凪江はクルクルパーのジェスチャーを美波にしてみせる。
「おおお、これはなんと美しい女性であることよ!」
そんな凪江を見て、光明は短冊に恋の歌を詠みはじめる。
できあがった歌を、扇子で顔を隠して恥ずかしそうに差し出す。
「読めるか美波?」
凪江は眉をしかめて美波に短冊をみせる。ミミズが這ったような文字だ。
「ひどい草書体……恋歌のようだけど
生卵 白身と黄身を 練る夕餉 殻は捨て去り さぞや美味かも
安倍光明 」
「どういう意味?」
「うーん、卵で食べる夕飯はおいしいかな?という歌だけど……服(殻)を脱いで君(黄身)と寝(練)る夜はとても楽しいだろうという、おそるべき意味が隠されているわ!」
怒りと恥辱でカーッと、真っ赤に染まる凪江の顔面。
「この変態!」
腰を振り、扇子を広げて舞う光明に、強烈な平手打ちが炸裂した。
~~~~~
京都。
そのランドマーク京都タワーのてっぺんにうずくまる黒面童子の姿があった。
「古ぼけた無防備な都だ。寺社ですら観光名所におちぶれている」
黒面童子の周囲に陽炎のような、無数の邪悪な気がたちのぼっている。
「千年の月日とはおそろしいものよ」
黒面童子の身体は膨れ、角も牙ものびる。顔貌もさらに凶悪化していた。
「おおっ、おおう……邪気が体に満ちてくるわ!」
邪悪な哄笑が京都にこだました。
~~~~~
すでに夕暮れどきである。
凪江や美波たちの観光バスが待っている。『楽市中学校3年1組』とある。
図体の大きい少年、司郎が昇降口に立っている。
「美波、この小汚いのはなんだ?」
ソフトクリームを舐めている光明を指さす。
「凪江に一目惚れしたらしく、つきまとってはなれないのよね」
「いいこと、わたしたち修学旅行の途中なの。これでバイバイよ」
そう言ってバスに乗り込む。
「これが宿か。ちと狭いのではないか?」
「これはバスでしょ!からかわないの!」
クラクションを鳴らして発車するバス。
「げほっ、ごほっ!ひどい瘴気だ!」
排気ガスに咳き込む。
「あな不思議!牛もいないの動いておる!さては式神に引かせておるのか?」
窓から手を振る凪江と美波を、呆然と見送る光明。
「ちょっと変だけど、面白い子だったわね!」
美波は座席にすわりなおし、隣の凪江にいきおいこんで話しかける。
「一千年の過去から妖怪退治にきたんだってー!」
「あなや!って驚くんだからぁ!」
「ひょっとしてさ、わたしたち狐にバカされてたんじゃない?」
「いえてる、いえてる!」
わいわいキャーキャーとかしましい。
「ぶっ!」
そのバスに急ブレーキがかかり、凪江は前の背もたれに顔をぶつける。
「凪江、あれっ!」
運転席を指さす。凪江は鼻を押さえている。
フロントガラスにへばりつき、運転手に問いかけている光明がそこにいた。
「さぞや名のある陰陽師とお見受けした。どこに式神は隠しておられる?」
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