あれほど暑かったのが嘘のようにこの頃は秋めいてきて、肌を撫でる風が涼しい。

 俺が歩いていると、後ろから声がかかった。


「やあ」

「おお」


 まじない屋だった。

 いつものような砕けた格好ではなく、今日はきちんとした服装であった。


「行くところは同じみたいだね」

「そうだな」


 二人でそれ以上は話をせず、黙々と歩を進める、ふいにまじない屋が口を開いた。


「これを返そうと思ってね」


 まじない屋の手には、透き通って美しい簪が収まっていた。


「何もできなかったからね」


 俺が答えずにいると、いつの間にか目的地である駿河屋についた。

 駿河屋は、弔問のための客でごったがえしていている。


「結局、何もできなかったよ」

「仕方がないんじゃなかったのか?」

「五月蠅い」


 記帳を済ませ、坊さんの念仏を聞き、最後に律の所に行く。

 小さな棺に収まった律は眠っているようだった。

 まじない屋は棺にそっと簪を入れた。

 黙り込んで、今にも泣きそうな顔でじっと黙って俯いていた。


「親分さん、来て下さったんですね」


 奥から目を赤くはらした長兵衛が出てきた。


「ええ、まあ」

「ありがとうございます、あの子もきっと喜んでいると思いますよ」


 長兵衛はそういいながら涙を拭った。

 長兵衛と別れた後、俺とまじない屋は黙々と歩いた。

 二人でどこに行こうなどど話してもいなかったので、あてもなく歩いて行った


「氷柱なんだけどさ」

「ああ」

「最後まで律に命を分け与えて死んだよ。大切な友達だからって、親指くらいにまで小さくなって」

「そうか」

「律もわかってたんじゃないかな。でも、言っても聞かないことは多分わかってたし、最後まで付き合わせた責任のつもりなのかな、身の回りの物はほとんど配ってしまったみたいだよ」


 まじない屋は立ち止って、俯いたまま呟くように言った。


「君は、やっぱり強いね」

「強くは無い、ただ仕方がないって思ってるだけだ。お前が羨ましい」

「いつまでたっても何もできない、彼女を救うことができなかった」

「おまえはよくやったさ、俺はそう思う」


 まじない屋の足元には幾つか涙が落ちた跡がついていた。

 顔を上げて俺をみたまじない屋は、いつものようなへらへらした笑顔ではなく、泣き笑いのような顔で明るく笑った。


「ありがとう」

「いいってことよ」


 それから今度は俯かずに二人で話をしながら歩いた、極力いつものようにお互いにくだらないバカ話をしながら。


「それはそうと、まじない屋」

「なんだい?」

「お前、普段ももうちょっと女らしい恰好しろよ、みっともねえぞ」

「君はいちいち五月蠅いね、いいだろう別に」

「嫁の貰い手がいなくなるぞ」

「いいよ、無くても。君もその『まじない屋』ってのをやめてくれないかい? 名前で呼んでくれないかなあ、いつもそれだ」

「呼ぶときは呼んでるだろ」

「たまにね! たまに! 全く……」


 いつものように二人で騒ぎながら歩く。

 去って行く暑さを惜しみながら、そしてやがて訪れる雪に思いを馳せながら、少女と雪女の事を頭の片隅に留め置いて、日の沈む江戸の町を歩いて行った。

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しあわせなお嬢さん はるゆき @haruyuki

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