伍
あれほど暑かったのが嘘のようにこの頃は秋めいてきて、肌を撫でる風が涼しい。
俺が歩いていると、後ろから声がかかった。
「やあ」
「おお」
まじない屋だった。
いつものような砕けた格好ではなく、今日はきちんとした服装であった。
「行くところは同じみたいだね」
「そうだな」
二人でそれ以上は話をせず、黙々と歩を進める、ふいにまじない屋が口を開いた。
「これを返そうと思ってね」
まじない屋の手には、透き通って美しい簪が収まっていた。
「何もできなかったからね」
俺が答えずにいると、いつの間にか目的地である駿河屋についた。
駿河屋は、弔問のための客でごったがえしていている。
「結局、何もできなかったよ」
「仕方がないんじゃなかったのか?」
「五月蠅い」
記帳を済ませ、坊さんの念仏を聞き、最後に律の所に行く。
小さな棺に収まった律は眠っているようだった。
まじない屋は棺にそっと簪を入れた。
黙り込んで、今にも泣きそうな顔でじっと黙って俯いていた。
「親分さん、来て下さったんですね」
奥から目を赤くはらした長兵衛が出てきた。
「ええ、まあ」
「ありがとうございます、あの子もきっと喜んでいると思いますよ」
長兵衛はそういいながら涙を拭った。
長兵衛と別れた後、俺とまじない屋は黙々と歩いた。
二人でどこに行こうなどど話してもいなかったので、あてもなく歩いて行った
「氷柱なんだけどさ」
「ああ」
「最後まで律に命を分け与えて死んだよ。大切な友達だからって、親指くらいにまで小さくなって」
「そうか」
「律もわかってたんじゃないかな。でも、言っても聞かないことは多分わかってたし、最後まで付き合わせた責任のつもりなのかな、身の回りの物はほとんど配ってしまったみたいだよ」
まじない屋は立ち止って、俯いたまま呟くように言った。
「君は、やっぱり強いね」
「強くは無い、ただ仕方がないって思ってるだけだ。お前が羨ましい」
「いつまでたっても何もできない、彼女を救うことができなかった」
「おまえはよくやったさ、俺はそう思う」
まじない屋の足元には幾つか涙が落ちた跡がついていた。
顔を上げて俺をみたまじない屋は、いつものようなへらへらした笑顔ではなく、泣き笑いのような顔で明るく笑った。
「ありがとう」
「いいってことよ」
それから今度は俯かずに二人で話をしながら歩いた、極力いつものようにお互いにくだらないバカ話をしながら。
「それはそうと、まじない屋」
「なんだい?」
「お前、普段ももうちょっと女らしい恰好しろよ、みっともねえぞ」
「君はいちいち五月蠅いね、いいだろう別に」
「嫁の貰い手がいなくなるぞ」
「いいよ、無くても。君もその『まじない屋』ってのをやめてくれないかい? 名前で呼んでくれないかなあ、いつもそれだ」
「呼ぶときは呼んでるだろ」
「たまにね! たまに! 全く……」
いつものように二人で騒ぎながら歩く。
去って行く暑さを惜しみながら、そしてやがて訪れる雪に思いを馳せながら、少女と雪女の事を頭の片隅に留め置いて、日の沈む江戸の町を歩いて行った。
しあわせなお嬢さん はるゆき @haruyuki
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